龍璧の証
リュウ・シュウリンは俺のクラスメイトだ。枝物を扱う彼女だが、あまり成績がいいとは聞いたことがなかった。だが、持っている武器は最上大業物の中でも皆がよく見知った武器だ。『青龍円月刀』。レプリカならば俺がすぐに感じ取るだろう。だから、そうではない……実は、青龍円月刀には多数の種類が存在するらしいのだ。彼の関羽が持っていた円月刀を模して名高い工匠達が競って造ったのが……『七月刀』らしい。俺もまさか、その中で頂点に君臨する武器にお目にかかれるとは夢にも思わなかった。俺もこのタイプの武具を持っている。だが、形態や条件が少し違うため……なんとも言えない。
「何か必要なの?」
「ああ、必要だ」
「勿体ぶらずに教えなさいよ!」
教えたところでリュウ一人では簡単には手に入れられないさ……。まぁ、魔鋼よりはましだがな。皆は瑪瑙の名前くらいは知っているだろう。魔鋼を鍛えて造られた武具には一定の特徴がある。簡単な説明をすると中国製の武具には瑪瑙や翡翠のような透明に透けているように見えない宝石……璧のような玉があてがう上で相性がいい。おっと、すまない。言葉足らずだな。彼女の持つ青龍円月刀は……無属性なのだ。正しく言えば特別な魔鋼を使われていて、わざとエレメントを付加されていない青龍円月刀なのだ。このような武器にはたいてい何かをはめる窪みや部分がある。こいつは6つの玉をはめる穴があるのだ。だいたいわかったと思うがそこには瑪瑙や翡翠が当てはまる。ついでに言えば日本製の武器は金属で……金、銀、銅、鉄などを使うのが通例であり揺るがない。西洋では柄や接続部に貴石……ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドなどが多く当てはまる。
「何でこんなとこに来なきゃいけないのよ!」
「お前、璧が欲しくないのか?」
「うぅ……わかったわよ」
解ればいいさ。さてと、この辺りだな。天然石はエレメントを含んだ物が多い。だからパワーストーンなどと普通の人間にももてはやされるのだよ。さて、探すか。取り上げて説明する必要がないから説明するつもりはなかったが……俺達は今、溶岩堀にいる。この辺りには昔、瑪瑙の鉱脈があったのだ。だが、20年程前からエレメントが活性化し周辺の生物の異常や人間にも被害が出始めたため廃鉱になったらしい。まだ、良質な各属性のエレメントを含んだ瑪瑙や多種の貴石が沢山眠って居るのにだ。あまりにも勿体ないしエレメントを凝縮した鉱脈なんてそんなに存在しない。エレメントは普通の人間にはただの猛毒だ。だから、ここには沢山の鉱夫の亡骸というか遺骨がある……。オカルトじみていはするが別に怖かぁないだろう。
「あ、あんまり、離れないでよ?」
「かと言ってくっつきすぎるな。危ないぜ」
「わ、わかってるわよ……。手、くらいならいいよね?」
「それで安心できるならな」
下に強い水の流れがある。この先は危ないな。いくら固い溶岩でも長い期間に水の浸食でもろくなっているはずだ。少し戻ってから反対の分かれ道を俺は慎重に奥へ進む。なぜ、慎重か? 普通だろう。水の流れはどんな形があるか目視し難い。それに明かりが松明しかないからだ。懐中電灯はあるがなるべくは使いたくない。磁気の乱れでエレメントを感じ取るのが難しくなるからだ。電気製品は極力抑え、リュウにも携帯の電源は切らせている。かなり歩いたな。それに奥に来すぎたか……リュウが疲れている。ん? ……石の声。笑っている?
「リュウ、少し下がってくれ。ここだけ穴を開ける」
「……落盤とか起きない?」
「大丈夫だ。火山の天然の洞窟だからな」
「……ホントよね?」
リュウがここまで女の子していたとは……。いつもは俺に突っかかって悪態をつくが……今日、特に洞窟に入ってからは俺の手を離していない。恐らく、入り口付近から沢山見た遺骨や内部にあるエレメントの波脈が彼女の不安を煽っているようだ。そのまま……彼女の手を握ったまま焔皇で小さく、小さく削りながら壁を切り裂くと……真っ赤な光をたたえた部屋に出た。薄い壁の内部は流動性溶岩の溜まり場……。まだ、火山が生きているのか? だが、収穫もあった。この空間はエレメント……しかも多数の属性のエレメントで満ちている。瑪瑙をある特殊な入れ物に詰め込んでいく。魔鋼で鍛えたり物を造る上で刀剣精錬師の技術は何も破壊を司る武器を拵えるだけではない。金物には心が宿る。いや、心を込めて造られた物には大切に造られたなりの心が宿るのだ。そいつらは使用者や製作者を助けてくれる……。実際に俺もなんどもそれらには助けられた。この革袋もその一つだ。某アニメの青い狸型ロボットが腹につけているあれに似ているだろうか……。ま、こちらには容量が決まっているがね。
「集まった?」
「ああ、出る……伏せろ!!」
ここが廃鉱になった理由はこれか!! 溶岩の中から重そうな逆三角形の頭をした大蛇が現れ俺とリュウに向けて熱線を吹いたのだ。しかも、頭は全部で六本ある。もろに当たれば命は無いだろう。リュウは今、武器がないため先に逃がしたい。しかし、手を握ったまま放してくれない……。くそ……、どうする、どうする……。いつもの俺なら……。大蛇を倒す……。だが、ここでか? ここではあまりこの力を使いたくない。本当に人命に関わる時以外は……。リュウを背に隠して俺が常闇を構えた。リュウの命に関わる。最低でもリュウだけは助け出さねば祖母に示しがつかない。こんな危険な洞窟に連れ出したのは俺だからな。こんなことになるなら俺一人でくれば良かった。
「リュウ、俺が技を放ったら全速力で走るぞ」
「へ?」
「状況が悪いから少し無理をする。アイツ一匹だけならいいんだが……」
ここで戦闘はしたくなかった。俺の中で一番強い力……闇の力を常闇に食わせれば……アイツ一匹ならば問題ない。その後が大変だが……。恐らく、大蛇の耐久力では常闇の斬撃ももちろん焔皇の閃光なんかは軽く貫通する。できることなら使いたくないのだ。俺の出力が低い氣弾ではやつを吹き飛ばすだけでダメージ程度にしかならない。無駄に敵を残してピンチを招くなら可能性は一つにしぼるべきだ。たとえ、破壊してはならない溶岩流の流れの核を破壊してしまってもだ。
「準備はいいか?」
あまり良くなかったらしいが大蛇の攻撃の方が少し早かった。この大蛇、面倒だ。とっさに本能なのかリュウも俺に合わせて逃げる。六属性のエレメントをすべて扱える……『浸食と合成』をおこした生物らしい。エレメントとはそれだけ恐ろしいのだ。遺伝子や形質、外見のそれすらを簡単に変容させてしまう。エレメントの耐性があっても耐えきれる量には限度がある。……そのため、少し早く技を発動し大蛇を誘き出して波動をわざと打たせ隙をついて全ての頭に強力な斬撃を打ち出して切り裂き、やつが余力で放った波動を常闇で弾き返す。そこからはただ、急いでその部屋の付近から逃げる。俺は溶岩流に歯止めをつけようと岩を砕き道を閉じて時間稼ぎをしてから別れたリュウと合流する予定だった。だが、途中で面倒なアクシデントに遭遇したが……。先に逃がしておいたリュウは俺が危ないと思っていた場所との混じり合う場所で転んでいたのだ。……足を痛めたらしい。とことんダメな時はダメだな! 彼女を背負う。また、目の前で人に死なれるのはごめんだ!
「私はいいから……逃げ……キャッ!」
「バカなこと言うなよ! 滅私なんて全然似合ってねぇからな! しっかりしがみついてろ!」
常闇を鞘に納めて焔皇で体を支えて一段高い高台に飛び上がるのに何とか成功した。溶岩は俺が足止めしたのと傾斜の関係で確実にそこまでは来ない。あの先にある流れと天然の冷却水……ヤバい! これは誤算だった。冷却水……沸騰した蒸気の中にいたら死んじまう! 今日は何度死に目をみたか……リュウの言うとおりに安全な方が良かったな。……よし、切り崩そう。まだ、時間には余裕がある。そこまである訳ではないがなんとかなるはずだ。切り裂いて抜け出せそうな場所を必死で探す。蒸気は確実にこの通路まで上がり始めていた。息苦しさと熱気で体に負荷がかかり石の声が聞こえにくい。ダメだ……光? 上から? 彼処だ!
「大丈夫か?」
「う、うん……ねぇ、私、そんなに大切?」
「は? 当たり前だ。人の命にランクなんてない。俺は誰か一人でも危険な目に遭うなら助けに行くぞ」
俺がそうやってひとりの男の命と引き換えに助けられたようにだ。俺は、あの日からあの人の背中を追って生きてきた。逃げない……絶対に逃げたりなんかするもんか。俺は十分逃げたんだ。誰かが助けられるなら自分が生き残りそいつと共に生き残る最高の確率を探るんだ。たとえ、自分だけの生還率が高くても、絶対に見捨てない。
「リュウ、荒療治だが、もう一回だけ……我慢してくれ」
「うん……わかった」
暑さのせいで既に顔が赤らんで思考が鈍っているリュウ……。溶岩は何度なのかは定かじゃない。それが水を密閉空間に近いこの場所で沸騰させれば天然の蒸し器の出来上がりだ。俺がこのまま打開しなければ俺もリュウも必ず死ぬ。なら、足掻いてやろうじゃないか。リュウにリュックを縛り付けてリュウを俺にロープで縛り付ける。こんなに出力を出したのは初めてだ。
「焔皇、常闇頼む」
『あいよ!』
『御意』
『裂閃黒牙突進!!』
焔皇の加速と少々火傷が残るが急に沸騰を強く起こした水が副産物として発生させる上昇気流に乗り……常闇の力で前進する方向に円錐形のエレメントを形成し天井の亀裂を……突き破った。俺は動けずに最低限にリュウを肩に凭れかけさせて俺も岩に体を預けている。それから数時間してリュウが目を覚ましたらしい。弱く俺の名前を呼んでいる。隣に居ると声をかけると安心したらしくまたうつらうつらしていた。とんだ武道家だよ。こんなに神経張り詰めてちゃ大変だ。だが、まぁ……今回は俺に非があるからな。リュウに甘えさせてやった。なぜだろうか、熱はないのに顔が赤いが……。火傷か? 心地よさそうなリュウを見れただけで今はいい。ま、何とかリュウを助け出したし及第点か。
「剣一……。ありがとう」
「今回は俺のせいだよ。危ない目にあわせてすまなかった」
「いい…………よ」
「さて、帰るか」
ここも大誤算だったのが……祖母に大目玉を食らったのだ。おかげでリュウは3日間の謹慎で俺は自宅療養を言い渡された。祖母は刀剣精錬師のことを知らないからわからないのだろうが俺は着実に体を痛めつけている。強すぎる力はそんなものだ。耐えきれないのだよ。俺達のような脆弱な『人間』ではな。それも含めて俺達、エレメントを使える人間には不思議なことが多い。今回は無傷に近かったが変な副産物を生んだ。特にリュウのことがそれに関係する。俺が自宅に居ると現れるのがチャイナドレスのリュウ……。確かに綺麗でスタイルのいいリュウだから似合いはするが……。あまりこんなことして謹慎を長引かせる原因になりかねない。
「大丈夫?」
「もう、あれから2日だぞ。ダメージは残っててるがそんなでもない」
「だよね……じゃ、手が使えないみたいだし……ご飯作るね」
これまでは適度なツンが入った感じの接し方だった。たが、今は……すっげーデレてる。若妻気取りはいいが……そのチラチラ見せてるのか不可抗力なのか太ももは何とかして欲しい。気持ちが落ちつかないじゃないか。あと、俺が手を怪我している理由は簡単だ。リュウと二人で岩窟を突破した後に着地のことまで考えなかったことが理由である。受け身に右手を使ったために他やリュウ自身は無傷だ。当の右手はエレメントを進んで使用して回復を早めつつ左手で仕事をしている。何回も語るがエレメントは正しく使い適度なリスクを消化していけばこれほど便利な物はない。仕事にしても何にしてもな。早く回復させねば……リュウ用の璧を造るのだ。ま、簡単には瑪瑙の玉だと思ってくれ。本来はドーナツ型のが多いらしいがぶっちゃけどうでもいい。使えるならな。
「できたよ。特製マーボー豆腐」
「おぉ、お前最近さ。通い妻みたいになってるぞ……」
「つ、妻? お、奥さん!?」
『おい、主をからかうでない』
「事実だろ?」
「二人で話すなぁ!!」
彼女の青龍円月刀は『麗鱗』という名前の物だ。確かに、本物に一番近い形だろうな。それから、……スプーンで口にマーボー豆腐と白米を突っ込むのは勘弁してくれ……ここに誰か来たらマジで殺される。特に、紫神とかレヴィとかな……。おっと、祖母に見られたら別の意味で殺されかねない。あの人は戦前世代の人だから結婚は早かった。なかなか、母さんが生まれなくて困ったらしいが……。
「そういえば、ずっと聞こうと思ってたんだけどさ……剣一はなんであんなに必死だったの?」
「あの時の言葉通りさ。『誰も目の前では死なせたくない』だけだ」
「……」
こら、抱きつくな。そして、手が使えないことをいいことに抱きつくな! うわぁ……別の意味で昇天しそう。うん、鼻血出そうだぞ。そんでもって……。
「えへ……。マーキング」
「四人目だがな」
「! ……へぇ、いいこと聞いた。ふぅん、そうなんだぁ……」
ちょ! 待て! 目が怖いから! これによって俺は1日だけ療養期間を延長したのでした。めでたしめで……たくねぇ!!