白刃姫の戯れ
デートねぇ……。こんな煤臭い男とつるんで何が楽しいのか解らんが。金髪で青い目の三年生。ヴィヴィレット・レンナーズ皇女。どっかの国の第一王位継承者らしいが……知らん! 今は彼女の剣の手入れをしている。西洋人の二刀流はあまり聞かないが彼女はそれなのだ。右には三皇と呼ばれる剣の中で最強を誇る『聖剣ロンバルディ』、左にはレンナーズ王家の家宝で『神剣ブリュンヒルド』……。見た目もゴージャスな人だが部屋もゴージャスだった。今は彼女が見る前で二本の剣を手入れしている。
『断る……ですか』
『せっかくのお誘いなんですが仕事もありますし』
『エレ!』
『は、いかがいたしましたか?』
『学内に剣一さんが休めるだけの刀鍛冶とエレメント工学の専門家を呼びなさい』
『は!』
……という経緯を踏んで金髪でスタイルの良いお姫様とデートをしているのだ。ま、俺も彼女も各々の武器を持ってはいるが……エレノア・クレンシーという名前の騎士らしい護衛までついている。今日、俺が持っている武器は『ラグナロク』という剣だ。実はもう一本あるがこいつは非常時以外は出してはならない。だから、ずっと隠していた。だから、格好としてはヴィヴィレット嬢に合わせた感じになっている。
「蒼い剣身の重みが強い剣……ラグナロクですわね」
「普通はそんな感じに話すんですか?」
「え~? キャラ造りに決まってるじゃない! あははは!! やっぱり、からかいがいのある男の子は好き……それに、かっこいいし。本国にお持ち帰りしたぁい!」
むちゃくちゃ言うなこの人。しかも、さり気なく色使いしてるし。このタイプは初めてだ。確かにこの人は美人だしいい人なのは解るが……なんと言おうか。手腕が整った人ってのはこんな風に変な人が多いのだろうか。後ろに居る同じく三年生のエレノアさんに聞いてみたが……なんつーか、世界が違った。
「ダメよ? いくらエレがスタイルよくて美人で強くても……つまみ食いは」
「姫様……お戯れが過ぎますよ」
「ごっめぇ~ん!! そうよねぇ、エレは純情乙女ちゃんだしね」
教室では気さくで面白い人……というイメージだったが何だか悪戯好きの小悪魔のような性格の人だな。財布とか気をつけよ。エレノアさんはあくまで護衛に徹していた。食事の時や俺がゲーセンでぬいぐるみをとってやってる時もずっと近くから離れずに周りの気配を感じ取り……ナンパしてきた奴らをケチョンケチョンにしている。この人もよく解らない人だ。それに、護衛に来たエレノアさんはいつの間にかいないが……。何なんだこの人らは。
「で、なんでデートの終点が学校の生徒会室の前なんですか?」
「それは……」
何やら嬉しそうに企んだような笑顔をためたレンナーズさん。おいおい……。両開きのは豪華な樫の扉を開くと中には生徒会メンバーと委員会の委員長達が並んでいた。そして、全員が声を揃えて……。
「ようこそ! 荻原 剣一さん!!」
「……」
黙って扉を閉じると内側も数十秒の沈黙のうちに大きな声で叫んだ。その後は女生徒の波に巻き込まれた。中には見知った顔も居る。俺の体格が大柄だからこの部屋に居ると……あれ? エレノアさんが二人? まぁ、不思議ちゃん気質のあるエレノアさんなら分裂は……可能じゃねぇ!!
「私達は双子だ」
「ああ……そういう」
「私は妹のエルシアよ。……それから」
エルシアさんが近づいて来る。俺が居る入り口近くで正しい居住まいの整った歩き方で……。今、皆には死角になっているから解らないだろうが……胸倉をつかまれている……。
「お前ごときがヴィヴィレット様をたぶらかしおって……次に匂わせたら……骨まで残さず……殺す」
……怖!! 俺、普通に殺されますけど! この姉妹は怖すぎる。とりあえず紫神と一年生なのに隣のクラスに在籍しているレヴィに導かれ俺の席らしいところに座る。見知った顔はレヴィ、紫神、レンナーズさん、エレノアさんくらいか……お、奥にリュウの姿もあるな。で、何故俺は優雅にお茶をしとるんだっけか?
「質問……」
「はい、どうぞ」
間髪入れずにレンナーズさんが詰め寄りながら俺の質問に答えようと身を乗り出した。彼女の後ろから禍々しいオーラが漂ってきているのは……あんまり感じ取りたくなかったな。うん……。それから、近況を語るのを忘れていた。豪雪……斬馬刀の側斬豪雪は紫神に手渡してある。俺では扱えないからだ。氷のエレメントは俺には扱いにくいし太刀は既に常闇がある。何より雪守が懇願したため俺が譲ったのだ。
「率直に……何故、俺はここに?」
「そ、それはわ、私のだん……」
『違うだろう!』
周りから強力な否定が入り、彼女が顔を赤らめたまま本題を話し出した。なる程、だから休日にも関わらず生徒会や委員会の重役までもが集まっていた訳だ。せっかくお集まりいただいたが俺はその誘いには乗ることができない。日々の仕事でもかなり体力と時間を奪われるのに無理だ……。
「生徒会に……」
「お断りします」
「何で!? 私まだ、最後まで言ってませ……」
「理由は2つです」
「あれ……私のお話は?」
「時間のことと仕事のことです。俺はできれば刀剣精錬師として武具達に心血を注ぎたい……。そして、祖母に養ってもらっている手前、本来の職務を疎かにはできません」
最初にしょけだのはレンナーズさん。次に、俺が初めて見る生徒会のメンバー。……だが、諦めない者もいる。最初に口を開いたのはレンナーズさん。確かに間違ってはいない。……が、事はそんなに簡単ではなかった。
「なら、他の刀剣精錬師の方をお呼びすれば……」
それは無理な話だ。刀鍛冶やそれに近い者は今や世界的に引っ張りだこだろう。珍しい工匠の家系などは高い報酬を提示されて故郷を離れざるを得ない場合も少なくない。俺は親父はエレメントナイトと言われる国が管轄する軍隊の特別部署にいた。お袋もエレメントデザイナーとして世界中でもてはやされてはいたが俺が生まれてからは二人とも普通にサラリーマンと主婦をしていた。だから、だいたいの人間はその呼びかけには答えてくれない。親父やお袋も俺を守るために姿を隠したのだ。
「……そういう事情が……あるのね」
「はい」
ここで革新的な意見を出したのが紫神だった。彼女は武士の家系に生まれただけに少し発想が古風に感じる。ようは『決闘』をすればいいのだ。負ければ文句なしに俺は生徒会へ入会。俺が勝てばいつも通りということだ。それに、紫神には前回の授業で俺にやられた借りもある。だから、返したいらしい。敵は複数だ。俺VS見知ったメンバーとクレンシー姉妹。面倒だ。だが、味方の武器と戦闘スタイルを見ておくのはいいかもしれない。
「どうですか? 剣一さん」
「ああ!! 紫神さんが名前で呼んでる!」
「別に名前で呼べばいいだろう。普通に……。その勝負、受けよう」
「決まりですね」
この学校は実力が物をいう学校だ。二年生より強ければ一年生でも所属自体は二年に所属できる。ま、学力の方もそこそこはなくちゃならんがな。校庭は部活動をやって……いない。この学校は武道系の部活しか存在しないようだしな。気兼ねなく暴れられそうだ。主に向こうが……。
「ですが、一人では圧勝……」
「あの方をなめてはいけません。私一人では赤子扱いでしょうから」
紫神……それは力を解放する前のお前ならだ。敵としてレヴィをけしかけられるのは嫌だ。強すぎる……。単体の攻撃力ならアイツが今は一番高い。それに、今回は新しいメンツが協力を志願してきたしな。敵だけど……。シュヴァルツェン・シルヴィア・ローレンスといういささか舌を噛みそうな名前のこれまた貴族の娘がいる。敵陣はこれで六人……。紫神とレンナーズさんが前衛。その一列後ろに騎士の双子、クレンシー姉妹。さらに二人の補助遊撃にレヴィとシルヴィアがついた。面倒この上ない。しかも、未知数な実力者が三人に六天皇格の刀、雪守と最上大業物に認定された豪雪を持った紫神、『冥王破槍プルトン』を持ったレヴィに……。
「へぇ、シルヴィアちゃんはアックスなんだ」
「レヴィはハルバートでしょ? 飛び級した人と一緒に戦えるなんて光栄ね」
さて、戦闘が開始されました。司会実況は私、荻原 剣一が勤めます。さぁ、最初に突っ込んで来たのはこの俺を殺さんばかりの殺気で槍を延々と突き出し続けるクレンシー姉妹の妹、エルシアさんだぁ。それに相槌を入れたのはさすがに姉妹。息がぴったりのお姉様、エレノアさん! 速い、速い! 寸出のところで回避して、さぁ、ショータイム!!
「お二人とも……甘すぎますよ。踏み込む角度がね」
別に彼女らが弱い訳ではない。俺は刀鍛冶の資格も同時に習得しているから打ち金も行う。だから、足腰の強さには少しだけ自信がある。彼女ら、特に妹のエルシアさんの弱点は槍を突き出して引くタイミングだ。エレメントを使うタイミングが上手ければこんなに隙を与えない。少しだけタイミングが遅いのだ。それをフォローしているのだろうが俺には効かない。今、俺は剣を使っている。ラグナロクは氷のエレメントを強く吸着して瞬時に展開できる名器だ。その細工に気づいて居ないのが二人の過ちだと言えよう。
「エル!! エレ!! 足元の注意が散漫よ!!」
「あと三秒早けりゃね。大氷塊!」
「あ、脚が……凍って」
「抜かったか……」
幸い、ここにはこの大氷塊の氷塊を解凍できるだけの火力を持つ焔エレメントを保持した武具はない。二人は恐らく姉妹揃って大地のエレメントだ。エレノアさんは『大戦勇ブレイカー』、エルシアさんは『穿つ者アースディレクト』だろう。どちらも真業物の上位を勝ち取る名器だ。だが、三皇に入るこの『ラグナロク』を前には勝てない。次はレヴィとシルヴィアか。速いな……。
「風神ゼピュロスの力を舐めないでよね!!」
「プルトン行くよ!!」
さぁ、二人の猛撃を俺は回避することしかままならない! どうやらシルヴィアは頭脳派のコマンダーらしいぞ!! 先ほどのアヴァランチは対処されて使えない! アヴァランチはその効果を強大にするために冷気の塊を使って地面を冷却しなくてはならない。それを『風神ゼピュロス』を使った風の衝撃波で弾かれてはなかなか上手くは行かないはずだ。しかも、……実況できないくらいにレヴィの柔軟な体を生かした乱撃にあってしまい避けるのが事実、精いっぱいなのだ。だが、俺もやられる訳にはいかない。来る。あと数回よけたら仕掛けてくる……。一、二、三、来る!
「終わりです!」
「デリヤァァァァァァ!」
レヴィのプルトンがエレメントの力を前方に突き出して小さいが強力な爆発を起こした。それに合わせるようにシルヴィアが……吹き飛ぶ。レヴィも次の瞬間に俺が吹き飛ばしてわざとクレンシー姉妹の方に吹き飛ばしてフィニッシュで片付けたのだ。種明かしをすると、二人は一つのエレメントに集中しすぎたのさ。俺は一応、全学年の全クラスに同じように実演をした。俺は複数のエレメントを同時に併用できる。爆発は……受けたのはシルヴィアだったのだ。風のエレメントは親和性が悪いと言っただろう。親和性が悪いことは反対に言えば影響を受けない。シルヴィアも同じようにガードすればエルシアさんに重なって伸びずに済んだのにな……。レヴィはエレノアさんに抱きかかえられて怪我はないだろう。彼女の場合は普通に風のエレメントを使って吹き飛ばしただけだ。前に、レヴィが打ち出した氣弾の容量で……な。
「お待たせ」
「やっぱり……お強いですね、剣一さん」
「うわぁ……、これだけ居るから余裕かと思ってたのに……こりゃ、本気をださな……」
「来ます!」
先に言っておくが彼女らの方が剣技やエレメントの集約力は高い。力、能力、アビリティと呼ばれる面では恐らく彼女らと俺では天と地ほど違う。俺は六種のエレメントを使えるが出力は高くないのだ。戦うにしても武具に助けられて居るに過ぎない。だから、彼女達にはすぐに抜かれる。俺も鍛錬をしたり特殊な訓練を受ければ違うがな……。おっと、来た。豪雪の力にやっと気づいたか。斬馬刀は鞘に納めずにバンドで止めている。ちなみに、魔鋼の武具は使用者と意思が通っているならばどんな距離でも異能が使えるのだ。
「豪雪!」
『あいよっ!!』
風と冷気の下方推進力を上げたジェット……さながら、氷上の妖精か。速い。滑るように冷気で凍結させた地面を進んでこちらに接近してくる。抜かったか!!
「私のこと忘れちゃダメよ!! オールレンジフルショット! フェザーグロリア!」
厄介な……光の光線をあらゆる方向に……しかも味方をよけて敵だけに向けて追尾する。チートだろ! ま、防御は容易だが……。それから死闘は夕暮れ時まで続いた。
「ハァハァ……どう? 『参りました』は?」
「参りました。あなたの執念に……」
地面を這ってくる音が聞こえる。恐らく、あのフェザーグロリアとかいうチートを使いすぎてスタミナを切らしたんだろう。俺の……顔を掴むと……ホントに参ったよ。あんたの空気を読まない行動には……おかげでもう一戦せにゃならん!
「それから私のことはヴィヴィレットだから……ヴィヴィって呼んでって、……あれ?」
「待てゴラァ! 次、匂わせたら殺すって言っただろうが!」
「殺されるのが解ってんのに待つバカが居るか! そりゃ自殺志願者か英雄だよ!!」
死ぬ気で逃げる……エルシア以外が皆、笑う中を必死に……な。空気を読まない王女様のファーストキスのせいで……。