刀の絆
今日からは祖母に言われてクラスに編入することになった。俺は編入自体は決まっていたのだが……何しろ女子校だ。あまり、男子一人が嬉しくない。前にもそう言うことを身を持って体験したことがあるからだった。せめて、もう一人、……男が二人ならとも思ったが特別な編入だからそうも行かないか……。トホホ……。お先真っ暗だぜ……。
「荻原 剣一です。よろしくお願いします」
俺は17歳の二年生だ。一年間の修行期間を終えて日本にいる刀剣精錬師の師範が独り立ちを許してくれてからは工房を持たずに家でお袋の包丁の手入れや近所の皆さんの手伝いなんかをしていた。ちなみに、師範の独り立ちの認可はそのまま沢山の資格を一気に得るのと同じ事なのだ。だから、何年たっても卒業できないやつは普通に刀鍛冶を目指したり工芸職人になったりしている。卒業を無事にできるのは100人に一人……、俺はその中で最速の卒業をした師範が自慢をする程の弟子らしい。ま、いつもは普通にど突かれてるし、誉められる事なんか稀だがな……。あれ、痛ぇんだよなぁ。
「荻原君って理事長のお孫さんなんでしよょ?」
「まぁね。初めて会ったのはほんの数週間前だけどさ」
正しくはお袋と親父が駆け落ちしており会うことができなかったと言った方がいいか? そんなこんなで一応は友達もできた。リュウ・シュウレンという中国からの学生だ。そのこは俺も興味深い物を持っている。彼の関羽が保持した『青龍円月刀』という薙刀を持っていたのだ。あれは確かに本物だろう。ま、彼女はクラスでも人気の気さくで話しやすい人物だったし、よく話すからまた何か向こうからのコンタクトもあるだろうな。そうだった……また、忘れるところだったよ。レヴィのハルバートの『破槍プルトン』の転製も無事に終わり嬉しそうに俺が学園内で受け持つ刀剣精錬所の受付嬢をしてくれていた。ぶっきらぼうで不器用な俺がやるよりは沢山の人が利用してくれるから俺も小遣い稼ぎくらいにはなっていたと思う。
「その節はありがとうございました。プルトンが最近話しかけて来てくれるんです」
「ちゃんと力を抑えてられるのか? 力が強くってるからな。プルトン」
『問題ねぇよ、鍛冶屋のあんちゃん。俺もあんたにより男前にしてもらったかんな』
「そりゃ、何よりだ」
レヴィのような大掛かりな依頼は最近は来ていなかった。そして、レヴィの打ち金の費用も彼女が俺にした少しの借金も彼女が受付嬢をして稼いだから彼女も勉学に戻らせておいた。彼女は武道関連の学部ではとても高い成績だがデスクワークは良いとは言えない成績だからだ。だから、今日から少し寂しくなるがこの刀剣精錬所も今は俺が一人で切り盛りしている。そこに、珍しい客が現れた。顔は見たことがあるし隣のクラスだからよく出会う人物。剣刃 紫神が現れたのだ。今回はどんな用件かと思いきや……彼女のような熟練者に似合わずカウンセリングを求めてきたらしい。
「腰に、雪守はない……か。どうかしたのか? 武士が刀を腰から下ろすなんて余程だぞ?」
「え、えぇ、……不安なんです」
「お前らしくないな」
「雪守は確かに私を導くことをしてくれています。ですが、父から受け継いだ……からではないかと思うと」
たまにある。霊打ちされた霊刀の中には一族の当主に代々受け継がれる武器があるのだ。だいたいのやつはそれを受け継ぎ、力が見合えばいいのだが足りずに手放さなくてはならないケースに陥る。というか、エレメント耐性がなくて手放す率が高い。それにあったとして……使用者の技量がなくては刀に振られ……いずれは死ぬ。紫神の場合は逆だ。刀の方が彼女の力の強さに自分の力が見合うかを計りかねているらしい。ここは俺がどうにかしなくてはならないな。それから雪守を預かり毎日話している。雪守の性格は紫神その物だ。双方が自分の力が足りないから互いに迷惑をかけていると考えているらしい。……いや、何かが違うか? 俺もそうだがエレメントを集中できる武器には対価を求める物が多い。もしだ……雪守がそうなら……。はは、そんな訳がない。雪守に限ってはな。
『わたくしは紫神様をお支えできぬのです。あの方はお強く美しい』
「ま、確かに綺麗だな。凛とした澄ましたような表情に少しつり上がって怖いが妖美な雰囲気な目に雪みたいに白い肌。細い手足に体格」
『はい、紫神様は万能の一言に尽きるお方……わたくしなどが提がり重荷になるのであれば……』
「率直に言う。お前、紫神の声が聞こえないんだろう」
『はい、恥ずかしい限りですが……』
稀なケースだ。紫神の場合はエレメント云々よりも刀と一方通行らしい。話せていると思っていたのだが……実は彼女の超人的な気配察知で読み取っているらしいのだ。俄かには信じがたいが今はこいつらの言葉が真実だろう。そう、信じるしか俺にはできない。あとは……二人を同調させるのが早いだろうな。先ほど、可能性の一つを否定した理由として雪守は守刀と呼ばれ人物や社などの特定物を聖なる力で守る刀なのだ。だから、守護される対象にある紫神と雪守の二人の呼吸さえ合えばあとは訓練次第で実力は伸びる。紫神のエレメントを読み取る力は遣り手の人間と変わらない力を持っているからな。だが、もう一度、調べよう。雪守を……。
「済まない……。貴重な休日をつぶしてしまって」
「いえ、こちらこそ……雪守のお話なのでしょう?」
察しがいいな。俺が雪守を分解し刀身を特殊な方陣の上に置いた。これも刀剣精錬師の秘技の一つだ。そこに、彼女達の話し合いを聞かせたい者を連れてきた。いや、持ってきた。造り替えた……篝火だ。ああ少し違うな。……今はそのような名前ではない。『錬牙の側斬豪雪』だ。彼の熱烈な志願を受けて俺と共に立ち会って話を聞きたいと言うのだ。ま、別に俺達は悲惨な状態にならなければ口を挟まないだろう。刃物、特に刀や剣には工匠の性質が鏡に映したようにそのまま写る。豪雪も俺のような感性を前の悲観的な彼に上乗せした。ちなみに、彼は俺が自費で転製し炎属性から氷属性に造り替えた造り交え刃だ。実は……完全に氷属性に転換できていない。いや、わざとしていない。彼には運命を見て欲しかったからだ。
『お久しぶりにございます。紫神様』
「姿を見るのは初めてね。美しい……」
『いえ、紫神様程では……正直に申し上げます。わたくしの不徳の致すところからあなた様のお声が聞き取れず無駄な不安をおかけしてしまいました』
「……」
『紫神様?』
「私は……使い手失格ね」
なるとは思った。二人とも自傷しやすい性格だ。紫神は恐らく、自分の独りよがりで雪守に負担をかけていたと勘違いをしたらしい。そこで豪雪が口を開いた。やらせてみるか……。
『紫神さん。あんたは少し、雪守の大切さについて考え直した方がいいぜ』
「貴方は?」
『少しの間、俺を使え。俺は側斬豪雪。この荻原工匠によって造り変えていただいた暴れ刀だ』
……てなことで俺が刀剣科の授業を受け持つ時に雪守を提げて向かっていた。刀剣科は実力でクラスを再編したためさらにやりやすくなっている。ま、こうなるとも予測したよ。紫神が斬馬刀の豪雪を扱いきれてないのだ。斬馬刀の弱点は両手を使う大振りで豪快な攻撃を見せるところにある。隙がデカくなるために紫神には扱えないのだ。本来、斬馬刀に付加するエレメントは炎属性か風属性が望ましい。炎や風はそれ自体に推進力や軽量化する力が有るからだ。しかし、氷や大地には攻撃的な重さの付加しかない。しかも、氷は斬殺力は高くなろうが空気の浸食や熱にも弱いためあまり斬馬刀には向かないのだ。
『紫神さん! 振りが遅いって!』
「くっ、うあっ!」
俺との打ち合いすらままならない。これではあまりにも可哀想だ。だから、俺が少し手助けをする。……背中側から彼女の両手をつかみ脚を引いて刀の持ち方を変えたのだ。紫神は斬馬刀をそれしか知らないように体の前方に構えていた。しかし、斬馬刀や大太刀と呼ばれる刃が長く、太刀の二倍はある刀は後ろに刀身を寝かせるように構える。……それをすると、周りの女子がざわざわと喋り始めた。紫神は顔を赤らめているし……なる程、女子校にある独特の流れと言うやつか? そんな物は知らない。それに、やきもきしている者がいる。雪守だ。流石にこれ以上は主人の腰を空けさせる訳には行かないか……。
「紫神さん」
「『さん』は要りませんよ」
「紫神。豪雪の言いたいことは伝わったか?」
モゴモゴしていると言うことはまだわかっていない。彼女はそういう性格だ。さて、俺も豪雪の力を見せる時が来たか。タイミングもバッチリ……二年生の刀剣科には刀や剣にある特殊な力を教えなくてはならない。二年生になると最低でも『差業』の刀が配給、及び購入手続きにより手元に渡る。二年生になれば自分のエレメントくらいは把握できているはずだからだ。
「みんな、聞いてくれ。タイミングも良いし、今回の授業では『付加技能』について教えよう」
皆が興味心身な表情でそれを見ている。豪雪を紫神から受け取り、俺は彼の本来の力を見せた。打ち合いの相手の紫神は同属性だから防御は簡単だと思ったらしいがそんなに簡単ではない。出力は三割以下に抑えて彼女には本気で攻撃させた。雪守の力は氷を打ち飛ばし敵に刺し傷や切り傷をつける戦い方だ。大成した使い手になれば波状攻撃や波動を連射することも可能になる。ただし、今の彼女達では礫で限界ではあるがな。
「どうした? 攻撃にすらならないぞ?」「くっ……」
俺が豪雪の力を解放する。彼に施された特殊な設計は俺だからできたことだ。簡単には力の強い斬馬刀の最大出力を下げる代わりに他のエレメントを合成吸入して放てるようにしたというコンセプトであった。あとは元々、篝火だったこともあり彼は焔も扱える。複数の属性の特徴を『氷属性』に転換して使うのだ。
「今度はこちらから行くぞ! 寒刹……鬼火!」
風属性のエレメントを付加された氷属性の斬撃は吹雪その物だ。しかも、打ちつけるのは雪ではない。氷でできた大粒の礫だ。出力を下げなければ紫神を殺してしまうような力だけに俺も慎重に行う。これで二人が目覚めてくれればいいのだが……。まだらしい。彼女の間合いを読んだ圧倒的な機動力を前には誰も太刀を避けられないだろう。ならば、来る前に打ち返せばいい。
「攻撃のパターンが一本化しすぎだよ。俺じゃなくても解るさ……鬼火氷爆!」
ま、誰も氷が爆発するなんて考えないだろうよ。俺が飛び上がり豪雪に集約した三種のエレメントを地面にぶつかった瞬間に放つ。軌道上にいてもろにその波動型の攻撃を受けた紫神は雪守に守られたのだろうが大ダメージを受けたろう。まだ、横になっていた。大ダメージで当然……豪雪のように俺が作った特殊な刀はこのように新たな機能が盛り込まれているのさ。さぁ……。紫神、立ち上がらないと君の負けだ。俺に一太刀も浴びせずにまけるのか?
「少し買い被り過ぎたか? 君ならもっと強いと思ったんだが……しかたないか。そこの君、紫神の代わりをしてくれないか?」
恐々と前に出ようとする女子生徒を止めたのは弱々しい紫神の声だ。流石は武士。その道に対する執着を信じて良かった。それに、一山越えたのかな? 瞳にエレメントを集約した証拠が現れている。武器はあくまで器だ。人間に集めたエレメントを変換する……な。感情を持ち、戦う同朋として……そいつらを信じられないなら、お前は器を振るうただの『愚か者』だ。武器を信じないやつに武器はついて来ない!
「まだ……です。……まだ、……戦え、ます」
そうだ、来るんだ。雪守にも俺は伝えた。雪守には彼女自身が封印している力があるはずなのだ。でなければ雪守は大業物より下位に存在する真業物程度の力しかない。雪守は……実は可変式の刀だ。代償は要るが格段に強くなるはず……。俺はその秘密を見つけている。だとしたら彼女の感ならば……解るはずだ。君達なら、解るだろう? 六天皇の力を見せられるはずだ。
「雪守?」
『はい……』
「今までは……私を守って居てくれたんでしょ?」
『は、……わたくしは守刀の反面……妖刀です。貴女が糧を授けてくだされば……相応の働きをします。わたくしも覚悟を決めたしだいにございます』
「わかった。血を飲みなさい」
雪守の澄んだ薄紫に近い光沢を持った刃に紫神が親指で触れた。言わずとも血が垂れる。その血液を刀身でスライドさせると……六天皇、雪守の力が解放されるのだ。血を喰らい、主を傷つけることでとても攻撃的に……。
「行きます……」
「この時を待っていたよ。紫神」
紫神の太刀が俺の右の鎖骨から左のわき腹までを一瞬で切り裂いたように皆は見えただろう。こんな物か、実は俺はもう少し後ろに居る。鬼火は超低温の焔だ。それが蜃気楼を起こしているのだよ。紫神には見えて居たに違いない。そして、赤いオーラを漂わせる雪守を沙耶に納めると……。
「……抱きつくなよ」
「悪役を演じるなんてさせません」「先生! それホント!?」
めんどくさいな。……逃げるために紫神を出汁にするか。
「おい、紫神……お前、酷い怪我には変わりないからな。医務室に……」
「ンチュ……」
「キャァァァ!」
「大胆!」
「羨ましいなぁ……」
ま、俺が出汁にされたがな。最近の女の子達はみんなこうなのか? 紫神は嬉しそうに俺に抱かれたまま医務室に運ばれて行く。俺は痛いやら黄色いやらの声援を背中に受けて校舎に入る。俺が同級生だって自覚あるのかねぇ……。