新たな形へ
「へぇ、魔鋼にもいろいろあるんだぁ」
「そういうこと。魔鋼って一口に言っても…………」
今はレヴィエル・オストレア・フォーセンと共にこの先にある商店街に向かっている。この周辺は鋼産業が盛んで鉱山から掘り出された鉱石を錬成し玉に造りかえることをしている企業が多い。俺はそのことについて全世界からここに集まっている実力派の女の子と比べて知識が豊富だ。俺は刀剣精錬師……。一応のことそういう職業の見習いとしてその道についてるのだ。ん? 彼女との関係か? ああ、そんな色っぽい関係ではないさ。彼女は俺の仕事上の依頼主だ。一年後輩だがここに居る期間は一カ月程俺の方が短い。俺は途中編入だからそう成るのだ。おっと、早く行こう。ここは鋼を取り扱う店が多いとは言ったものの……全てが望んだ物をおいている訳ではないのだ。そう、俺が必要としているのは包丁などを拵えるのに使われるような良質な玉鋼ではない。先ほどから口にしている『魔鋼』が必要なのだ。この先にそれを手に入れるための俺の行きつけがある。大きな声では言えないがあの店は非合法だ。物々交換で高価な魔鋼を手に入れられる。そう、それが、一億円は下らない超良質な魔鋼であってもだ。
「おい。剣一、ここに直接ご新規さんをつれてくんなよ」
「済みません。でも、武器が武器なもので」
「ほう……で、武器の名前は? お前がそこまで言うんなら相当なんだろう?」
「そうですね。破槍プ……」
「ぶっ!!!!!! お、おい! レプリカ……じゃねぇよな?」
「えぇ、兵頭さんは俺を信用してないんですか?」
ま、この人が驚くのも無理はないさ。刀の大業物以上の高格な物は世に三桁はある。だが、枝物は数が限られている上に良質な作りの物はそれはそれは珍しい。加え、プルトンはその中でも名槍中の名槍なのだ。六天皇格の槍はこの世に三本、俺の持つ『破壊神槍ハデス』と『運命槍グングニル』、『聖槍ロンギノス』の三本でプルトンは最上大業物と大業物の間に位置する。そこに俺が転製の技法を使って手を加えると明らかに……六天皇格の槍を超えるような物へと姿を変えるからだ。
「お前、解ってんのか? 失敗なんか絶対にあり得ないとは思うがお前の腕だとその槍が強くなりすぎるぞ。嬢ちゃんに扱えるのか?」
「そこは心配ないですよ。プルトンを修理する理由はあの強固な造りの槍の刃を彼女が『折ったから』なんですからね」
「お、折ったぁぁぁぁ!? お前……魔槍をか?」
そうなのだ。『魔』の付く武器を折るなんて簡単にはできない芸当のはず……。それをやってのけたのが彼女、レヴィエルだ。体の見た目は華奢で見た目ついでに言えばアイドルのように可愛い系の整った顔立ちに……目立つのはオッドアイだと言うことだ。色白で傷一つない綺麗な肌にルックスは少しやせているがモデル並と来た。男としてはほっとけないがそこまでのことが無いから俺も手は出さないし祖母にここへ誘致してもらった手前その学園の生徒にては出せない。しかも一つ年下の依頼者……悪い、どうでもいい話だったな。よし、魔鋼の交渉にこじつけた。これで彼女の欲しがっている魔鋼が手に入る。プルトンの転製ができるのだ。
「よし、その嬢ちゃんの顔も立ててやるよ。よほどの武人と見た」
「『黒露の御霊』が欲しいんです」
「また……偉い物ほしがんなぁ……。ある、一つある。だがな、こちらも苦労して手に……」
「はい、兵頭さんはこの前『笹珠の簪』を欲しがってましたよね?」
「あぁ」
「それは既に壊れていました」
「ほう、やっぱりな」
「それを直して転製した『天格呪具』を用意して来たんですよ」
「ほ、本当か!?」
ま、この人の欲しがる物の壊れた物を俺が持っていたのは事実だ。それを直したのもホント。ただ、金銭の面で多くかかったのも事実だ。輝石の部分が完全に砕けていた……。その輝石を手に入れるのに相当、苦労したのだよ……。緑楼石と呼ばれる……ま、言っても解らんだろうから言わなくちゃならん時にしよう。それを手に入れるのに彼女の資金の一千万円を使い造り変えたのだ。それをここで手渡し。物をもらう。
「よし、持ってけ」
「黒露の御霊……確かにいただきました。量も問題ないですね」
魔鋼……それにも純度が関係してくる。ちなみに、この黒露の御霊は……正規ルートの売値では国家予算も真っ青な値段になる物だ。よしよし、このつややかな光沢……確実に本物。あとは、彼女次第で決まるだろう。魔鋼の特性は本来俺達のような刀剣精錬師の秘儀のため言わないが今回は特別だ。
「こ、これがその鋼?」
「あぁ、黒露の御霊だ。あとは、君の覚悟を貰いたいんだが……」
「へ!? 何するの?」
「いやいや、そんなに驚くなよ。別に死にはしないよ」
そう、この時、俺は面白い事態に遭遇する。空中から降り注ぐ烈火の雨……。エレメントの調整がしきれていない乱れた振幅の波動。人間……。人間がエレメントに食われた! 何が起きている? おそらく、この波動は……刀だろう。しかもレプリカだ。メカニズムは解らないが魔鋼を使用されたレプリカは何故かエレメントを暴走させる呪われた呪具になったりする。ならない物も多いが……特に、拵えられた過程で憎悪にまみれたそれらは人間に怨みを抱く。それは、……人間を殺す。精神や魂を食い殺して罪もない人間をも巻き込み殺すのだ。それの範囲が拡散する前に抑えなくては……。
「焔皇!」
『わぁってる! 相殺するよ!』
「刀から声!?」
撃ち放たれた熱線を飛び上がり焔皇の輝閃を放ち相殺した。周りの人々は俺が戦い出したのに気づいてたまたま居たらしい知識人達が避難を誘導し始めている。武器のないレヴィエルも一緒に避難してくれていると楽だったのだが……。そう、それと見せ物ではないが熟練した刀剣精錬師には刀や武具の声を他人に届けることもできる。今、試しに使ってみたのだが……。簡単に受け取ることはなかなかできない。おそらく、彼女の力、エレメントを吸着する力は普通のエレメントを扱える人間の数十倍から数百倍の比率で高いのだ。まぁ、腕のたつ連中からすれば平均くらいだが……だから、プルトンは強度的に耐えられなかったのだろう。彼女には聞こえなかったろうがプルトンは泣いていた。『主に尽くせぬ武具など「鈍」以下ではないか』と。彼ら武具にも意思はある。愛されればそれだけ彼らも答えてくれるし武器にも性格はいろいろあるが……相性によってその武器は心を開きもするし閉じもする。プルトンはおそらく彼女のことを愛していたのだ。武器でなければ男女として共に過ごしたかったというレベルだろう。今、俺が預かっているプルトンは俺へ熱心に彼女のことを語ってくれる。マメな性格のレヴィエルのことは彼のお陰でよくわかったし理解できていた。
「レヴィエル……」
「私の愛称は、レヴィ。レヴィでいいよ」
「解った、レヴィ、物陰に隠れてコイツを守って居いてくれ。ほら」
魔鋼の入っている袋を手渡した。コイツがあればプルトンはさらに男前になって生まれ変わる。ま、具現化はできても男としては付き合えんだろうが。そこは気にするな? いやいや、刀剣精錬師はそういう相性までも気にしなくちゃならんのだよ。使い手は武具を愛し、相棒として認めることでお互いの相性を高め合う。俺だって例外じゃない。その後、俺が常闇と焔皇を抜き放ちビルの上で焔をまき散らす人影を睨みつける。
「篝火だな」
『あぁ、あれは偽だがな』
『……哀れな』
「常闇」
『は……』
「街中での戦闘になりそうだからな。少し力を抑えてくれないか?」
『御意』
『なぁ、アタイはどうなんだい?』
「焔皇もだよ」
『あ゛あ゛? またなのかい?』
「仕方ないだろう。一般人を巻き込んでまでお前らも戦いたくはないだろう?」
『ま、そりゃそうだねぇ。無駄に命を奪うのは理にかなわないよ』
『ふむ……主よ。来るぞ』
篝火……。本物は大業物中級のそこそこ強い太刀だ。斬馬刀の部類に分類される妖刀でこれの本物は国立美術館に保管されている。国立美術館の専門家が保管しているはずだ。それに、本物の篝火はあんなに出力が不安定ではない。それはどの武具でも共通だ。過去の偉匠が拵えた武具は安定性に富み、美しい。しかし、レプリカなどはその美しさに賭けるのだ。俺のように本気でその道を目指し資格を取得した刀剣精錬師は過去の偉匠にも負けない物が造れるが……裏で作っているのは所詮は資格が取れなかったフリー……いや、違法な職人だ。それには……造れるわけがない。偉匠の偉作を愚弄するそれらを俺達は許さない……いや、許してはいけないのだ。武器の心を踏みにじるばかりか憎悪を纏わせた罪は重い。重すぎる。
「偽の篝火よ。答えろ」
『人は身勝手だ。私を造りだし、売り渡し、自らは金に溺れる。匠には誇りがないのか! 我を造った意味は何だと言うのだ!』
「そうだな。俺もそう思う」
レプリカや偽の武具の多くは怨みを人間に覚える。特定するのならば拵えた工匠にだ。俺達はそれを祓うことを仕事にしている面も強い。コイツも憎悪の念を祓って亡き物にしなくては何度も暴走してしまう。確実にこの刀を祓ってやるのも俺達の役目だ。常闇と焔皇が刃の交わりを見せる度に説得しているが……時間がない。変転している。武具の心が歪み、憎悪に取り付かれては……どうしようもなくなってしまうのだ。
「パパ!」
「なっ!」
この乗っ取られている男性の娘か? くそ! 逃げてくれ! 俺の防衛範囲では……レヴィ! 彼女なら時間稼ぎはできるが武器がなくてはそれもささやかだ。防御が可能なのは恐らく一発。彼女が吸着し易いのは闇のエレメントだ。防御性能は皆無。一発だけ波動を凝縮したエレメントの氣弾を当てれば弾ける。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「でかした!! レヴィ!」
彼女が氣弾を打ち出し一発だけ強力な火炎放射を相殺する。俺は焔皇の輝閃を利用した熱の推進力を利用したジェットで彼女と少女を抱きかかえて走った。ビルのエントランスのところで下ろして少女をレヴィに任せ俺は少し力を強める。六属性の刀剣精錬師の力を見せてやる。
「篝火」
『いな……』
「生まれ変わりたいか?」
『それができるならば私は新たな型を受け入れるだろう』
「わかった。ならば、お前の憎悪を祓ってやる」
恐らく、あの男性は助からない。既に目が死んでいる上に体の火傷に苦しむ姿もないのだ。俺も意を決して決めることにする。篝火は恐らく、俺のような男に出会えたのを心の開きにしたらしい。最期は……刀身に常闇が分け入り真っ二つに折れた。俺が男性の遺体と折れた篝火を背負い、下に降りる。そこには既に警察の特務班が到着していた。そこで、俺は悲しい事実を語らなくてはならない。
「……」
「刀は?」
「俺が祓った。それより、彼女に最期のお別れをさせてあげてください」
父子家庭だったらしい。まだ、幼稚園もそこそこの少女なのにだ。俺は一時保護を特務警察に任せてレヴィを連れて帰宅の道に足を踏み入れた。レヴィが何故かチラチラと俺を見ている。まぁ、男でポニーテールは珍しいだろうな。だが、これは刀剣精錬師の形と言おうか……いや、数種類あるのだが、丸刈りやスポーツ刈りが嫌だったからコイツにしただけのことだ。
「あの、ありがとうございます」
「何が?」
「え、ぁ、その助けてくれて……」
「そのことか。ま、いいさ。気にしないでくれ」
いきなり背中側から抱きつかれかなり困惑している。俺の手には折れた篝火と黒露の御霊があった。一瞬、手から落としそうになったが言葉を告ぐ前にレヴィは俺の右手を掴んだ。色白の肌は夕日のせいで赤らんでいた。にこやかに笑う彼女としばらく無言のまま歩いていると……彼女の方から口を開いてくる。なんか、少女漫画みたいな入り方だな。身長差は結構ある。俺は親父もお袋もデカい人たちだったから俺もデカくなると踏まれていた。事実、デカくなったよ。身長は高2のこの時期にしてはデカすぎな195cmだ。レヴィは女子生徒にしたらというか女性のなかでは普通で平均な体格で165cmらしい。自己申告を受けたのだが。
「私、165cmなんですよ。身長」
「確かに、それくらいかなとは思ったよ。だけどなんでまた?」
「剣一さん。ですよね? 名前を伺ったことなくて」
「確かに、兵頭さんに言われた時だけだっ……」
キス? めいいっぱい背伸びしたレヴィが俺の肩に手をかけて俺を押し下げながら軟らかい唇を重ねてくる。フレンチキスかとおもいきや意外とませてるな、レヴィ……。深いキスをしてくる。糸が引くが気にせずに俺に視線を合わせつづけるレヴィが気づいたように後ろに引いた。よく見れば彼女のいつもの落ち着いた服装ではなかったようだ。
「剣一さん、鈍すぎです」
「悪いな。性分なもんで」
「でも、私の気持ちは変わりません。無口でいっつも一人の私にもちゃんと相手してくれて……今日は、お姫様抱っこまで。それに……覚悟はこれでたりますか?」
「ま、まぁな。とりあえず、これから忙しくなるんだ。早く帰るぞ」
俺がはぐらかしたのに怒りもせずに俺の右手を握って歩き出すレヴィ。女の子のことが一番解らない。刀や武器の方がまだ明解かもしれないな。レヴィか。いったい、俺に何を感じて求めているんだか。はぁ……俺に変な期待をされても困るのだが……。