根元は何処
あんたも物好きだな。俺の詰まらないデスクワークを受講するなんてよ。ま、そんなことはいいか。授業を始めよう。授業っていっても淡々と説明するだけだがな。何故ならここは私立の学校の割にお嬢様は少ないため、普通科と変わらないから寝るやつなんてざらにいるんだよ。確かにそうか、この学園や最近設立されたここのような学校の入学基準は最近発見されたエレメントを強く感じ取れる……または宗教と魔鋼に精通しているかだからな。俺はその両方とも関わっている。特異体質の俺はエレメントに特に影響されやすいらしい。よし、ちゃんと聞いてくれる人も居るから始めるか。
「まずは前回の復習からだ。エレメントとは何だい?」
「はい」
このクラスは他クラスと比較すれば割と積極的で助かる。まぁ、ノートと俺の説明にかじりつくようにされても気持ち悪くてかなわないけどよ。俺の授業は学園唯一の男だと言うことも関係してか、受講者が一番多くかなり人気ではある。だが、ちゃんと受けているのは数名も数えられない。集中していてもらわないとそろそろ人の命にも関わるのだが……な。
「それじゃ、レンナーズさん」
「はい。エレメントとはこの大気に存在している元素に含まれた形質で、同質の元素にも異属性のエレメントが宿ることもあり多くは六属性に分けられていると言われています。最近は混合種までもが確認されています」
「うん、完璧だな」
エレメントは最近の化学で見つけられた新たな判断基準を生む要因物質だ。だが、エレメントは人間に強く作用する割に発見が遅れていた。何故ならこれまでの物質と違いエネルギーに作用されない上に生体の内部でしか増幅や集中しにくいからだ。自然界では木や小型の生物などを媒体に超常現象を引き起こす原因になりうる物質で、操るには体に『エレメント耐性』がなくてはならない。特に俺達の中で軍や化学者、エレメントに関する職や宗教に関連した職につくにはエレメントに対応できなくてはならない。この日本に関わらず世界各地でエレメント認定が作られ差別が広がっているがエレメントはエネルギー不足に対応できるとても有効な手段だ。だから、各国もエレメントを扱える人間を誘致している。
「では、俺が実演するがけして初めて行う皆さんは実践しないように。注意してほしいのはエレメントは簡単に扱えるからと言って決して子供の遊び程度の被害では済まないと言うことです」
俺は特異体質と言っただろう。実は普通のエレメントを扱える人間には一人につき一つの属性のエレメントしか使えないはずなのだ。稀に亜種として生まれた人間は複合二属性、または複合四属性まではデータにある。しかし、俺のように基本六属性がすべて使える人間は少ない。居るにはいるのだ。だが、彼らは短命で普通は成長過程でどれか一つのエレメントの誇張によりエレメントに侵食されてしまい命を絶たれる。俺は本当の意味で特異なケースなのだ。……そうだったな。これではエレメントについて危ないイメージしか持たれない。まぁ、事実、危ないし彼女達には戦闘や化学的な知識として与えなくてはならない。最初に扱いやすさを植え付けるといつ調子に乗るか解らない……ということはないか? 人間の特性として仕方がないのだ。人間は苦言により進化し、誉め言葉により進む伸びしろを作る。今は苦言を呈して進化させる段階なのだ。そう、普通の人間からエレメントを扱う人間になるという進化を。
「これが、焔のエレメントだ。四属性の中では特に攻撃性が高く防衛面ではあまり強いとは言えない。だが、使い方次第では最強の『攻防』の要になるだろう。それに焔は柔軟性と親和性に関しては抜群な高さを誇る。覚えておくように」
言うまでもなく、焔のエレメントは俺の指先で小さく揺らめいている。この焔は普通の焔ではない。一瞬で一万℃に加熱され一瞬で零下まで下がるという特徴があるのだ。実習で使わなければこればかりは個人差があり解らないだろう。科学的な分野に視野を向けると焔のエレメントは水素や酸素に強く付加されている。窒素や炭素にも少ないが付加されていることがあるらしい。おっと、言うのがまた遅れたな。『水素』に関しては『万能元素』と呼ばれている。全てのエレメントを強く引きつけるからだ。それに、エレメントには個集性という一点に集まりやすいという特徴がある。これによりエレメント同士にも相性が大きく関わり、実際の実験証明でも明らかになったが反対の属性のエレメント同士は磁石のように遠ざけ合う。逆に同属性や近位の属性は引きつけ合うのだ。それには焔と氷が良い例だろうな。だから、人間に関わらず普通は体に複数のエレメントを吸入できないはずなのだ。いくら近位の属性でもたくさん一つのエレメントが凝縮した所には近づけないらしい。それに特異体質の二属性を保持する人間たちのメカニズムは案外簡単だった。本来は焔属性を受けやすい体質だったのだが氷属性のエレメントを強く吸収する何かに触れ続けたり影響されることで属性の変容が起きるのだ。母親が焔属性で自らが氷属性などだと顕著にこれは起こる。ただし、反対の属性にしか起きないのがこの変異の条件である。俺の場合はこのケースには当てはまらない。全属性が均一に保持されるようになっていたからだ。
「次は氷だ。氷は焔とは違い攻撃性と防御の面でかなり強固になる。だが、氷が完璧ではないのが全ての属性の中で一番、他のエレメントに影響されやすいという特徴を持っているからだ。だから、すぐに形が崩れたり短時間の付加しかできないという弱点もついて回る」
エレメントは互いに影響しあって円環を造るように四属性が対位している。昔の人物の表記に四方位が使われたのはそのためだ。北は前の時間の剣刃 紫神の氷属性の刀である雪守のことから解るように氷属性だ。対するように南は焔属性が強く働く。あとの二方位も同様に属性が選定されていて決まりがある。特にこれから実演する風属性はあまり使いたくはない。風属性は焔属性のように簡単には扱えないのだ。何しろ、風は大気の申し子だ。簡単に形状を選定できず、力が暴発して暴れ出すと手を付けられない。また言い忘れていたがエレメントには意志がある。感情があるらしいのだ。だから、これまでの研究では見つからなかったらしい。今、何で今になってエレメントが急に発現し俺達に語りかけて来たのかは解らないままだ。だから、俺はこの仕事、刀剣精錬師に憧れた。世界的に強い力が求められるだろう。それになるには途方もない努力が……ああ、俺のことは何でもいいか。授業だ授業。風のエレメントだったな。
「次は風だ。こいつが一番危ないと俺は感じる。風は焔や氷とは違い、無形でまとまりがないエネルギーの力がかかりやすいエレメントでこれも使い方によるところが大きいが収束し続ければ焔属性よりも攻撃性は高い。しかし、単発の短時間連射はあまり強くないし防御性と他のエレメントとの親和性は低いのが難点か。この風は周りとの協調性に乏しいわけだ」
基本四属性の最後は一番イメージしにくく大成に時間がかかる大地だ。大地属性はイメージに合わないかも知れないが東の方位を示しやすい。風が西ということもある。大地の属性は……なんと言うか本来、刀剣精錬師には必要不可欠な力を含んでいた。刀剣精錬師『大地の心を読む』という力が必要なのだ。簡単には石や金属などがどのような特徴なのかなどを見るのはこの力がなくてはままならない。
「基本四属性の最後は大地だ。大地属性の場合は絶対的な防御性の代わりに機動力を捨てるという苦渋の選択を強いられる。だから、突撃攻撃型の人間にはもってこいだな。防御力は絶対的な攻撃力に転換できるんだ。おっと、注意してほしいのは俺の中で最強はこの大地だと思っていること。ここまでが基本の基本だ。一端は区切りにして他の三属性の特徴と一緒にレポートを作成して週末に提出してくれ」
「はい!」
そして、最後の実演だ。この力はあまりにも強すぎる。特に闇の力は本来はあまり人間に向かない力だ。人間が闇の力を手に入れると欲望に支配されて理性を失い破壊の限りを尽くすからだ。悪党に多い気質だろう。俺にはこれらの特徴はないがこの闇と呼ばれるものが危険なことは皆にもすぐに理解できたはずだ。こんなことを教官扱いの俺が語るのは問題だが実は……闇と光のエレメントのみは存在提起自体が難しい。力としては作用するのに他のエレメントと反応すらしないからだ。今の所はエレメントと呼ばれているが実は違うなどと言われそうな物だろう。しかし、経常や破壊的な力の面では酷似していると言える。
「暴発するかも知れないからエレメントが使えるメンバーは前に出て防御結界を張ってくれ」
「わかりました」
光と闇を同時に発動できる俺はやはり特殊な人種だ。エレメントは二属性を保持していても訓練しなければなかなか併用は難しい。それを訓練もなしにこなした。だが、これは未だに死んだ父しか知らないことでもある。それだけではない。俺は基本六属性ならば全てを併用できるのだ。
「右手が光属性のエレメントで左手が闇属性のエレメントだ。光のエレメントは唯一、回復性能がある力で攻撃性も高い。だが、光はすぐに過ぎ去るんだ。持続はしない。闇は持続したり付加率は高いが防御性能は皆無。攻撃力は六属性の中で最強を誇る」
実演は終えた。ここからは実習になる。これも遅れていたが別に俺は刃物以外も造ることができる。一番簡単な物は……。まぁ、武器が簡単に造れるなら苦労はない。俺達のような刀剣精錬師も要らない……。そんな平和な世の中ならいいのだが……。
「実習で友達を傷つけたくないなら力は最小限に抑え、おごりや高ぶりを捨てるんだ。エレメントは確かに強いエネルギーで正しく扱えば相応の恩恵を与えてくれる。だが、確実に人の命を奪える凶器にもなるからね」
俺が見せたのはエレメントだけで起こす小規模な超常現象だ。俺の周りを焔が舞い風が巻き上げる大地の力で結晶化させた硅素の欠片に地面から突き出る氷柱、闇の力で作り出した黒い靄や光属性の発光球を氷注に納めるなど。美しいがそれぞれに危険だ。力とは得てしてそういうものなのである。そこに対抗するように白い光の筋が俺の周りを飛び回ってから彼女に帰り砕けてキラキラと光を放ちながら散っていた。別に競う訳ではない。つまらなそうに反応を見せたのは俺の授業に好意的な姿勢を見せてくれる彼女、ヴィヴィレット・レンナーズだ。そこに、俺も思わぬ問題が発生した。気づいた生徒は既に悲鳴を上げて逃げ出したり剣や刀、各々の武具を構える者に別れている。俺が常闇を抜くのを見ると一部の生徒が安心したようだ。まだ、気は抜けないが……。何が起きたか? エレメントは先程から説明している通りに利害がセットになったようなものだ。便利な物には必ず弊害がついて回る。この辺りは昔からエレメントの集合し易い地域でこういった『化け物』も少なくはない。燃える猪だ。ほおっておいても死ぬが生徒に被害が出るなら俺は彼女達を守る義務がある。俺や彼女等が練習でエレメントを大量に放散させたり集中させたためかそれに敏感になっている『エレメント浸食生物』がこちらに来てしまったのだ。奴らには理性や感情は無く、一つの感覚に揺り動かされて何も解らずに苦しむのだ。それは……体をエレメントに蝕まれる、痛みに揺り動かされて……罪もない者を巻き込む。まぁ、やつにも罪はないんだがな。
「精錬を始める……」
俺達、刀剣精錬師は普通の刀鍛冶とは違う。刀鍛冶は刀を打ち鍛えて刃を強く強固にし整え、作り上げる。俺達のような刀剣精錬師はエレメントを扱う専門の刀鍛冶だ。いくらエレメントに個集性があってもそれは完璧ではない。とくに、闇と光のエレメントは他のエレメントをどさくさに紛れて多量に取り込んでしまうのだ。それを不純魔鋼と呼び、その魔鋼から的確にエレメントを看取りそれを精錬し、取り除くことができるのが刀剣精錬師。俺にもその技はある。まずは……その過程を思い浮かべるのだ。刀鍛冶にも同種の者らがいる。彼らは刀をその場で鍛錬するが俺達は鍛錬はしない。あくまでも、エレメントだけを移動させる。自分の名と血を契約の証に捧げてその武具に干渉するのだ。
「半溶解……冷却……奪取……打ち金。常闇、精錬終了」
まぁ、エレメントが急速にそこに集中するこの力を使えばエレメントに当てられやすい感度が高い生徒は貧血を起こすようにエレメント欠乏で倒れるだろう。既に数人倒れた。そのまま、来い。猪は焔のエレメントを強く受けすぎたか意図的に体内に注入されたのだ。ここなら両者が考えられるが前者を取るのが一般的だろう。そう、そのままだ。そのまま、来い。
「先生の片目赤くない?」
「工匠の目ね。刀剣精錬師がエレメントの流動を見る時に見せる目よ。でも、凄い。あんなに若いのに」
あと、三秒。……二秒。……一秒。
「居合!! 黒刃!!」
俺は刀を振り抜いただけだ。猪は走り抜け……燃え尽きた。抵抗して苦しんでいたのだ。巨大な2メートル以上の巨体に膨れ上がるような吸入など……できないはずだ。俺はさらに多数の殺気を感じてそちらに走り込む。エレメントが見えていればなんとでもなるのさ。今度は犬が三匹。全長3.50メートル程、元の犬種はラブラドールレトリバー。好奇心が旺盛で人懐こい犬種だけに人への洞察はできている……。一発目は空振りだ。本来は使わないが犬は危ない。先月も街中にシェパードの浸食生物が現れて一般人が襲われた。それのせいで三人もの人が亡くなった。俺も全力を出す。ここにいる誰も死なせたくはない。
「洗練されし太刀よ。我が力を喰らい……汝の力を表せ!」
黒い波動が生徒をよけて彼女等を襲おうとした浸食生物を切り裂いた。俺の体に常闇の力を付加し、戦闘力を上げることができる。刀剣精錬師だけが持てる力だ。だが、これは体へのダメージが計り知れない。浸食生物を倒し終えると俺は意識を失ったらしい。目覚めたのは俺の部屋だった。心配そうに俺をみている何人もの人の顔が見える。……はぁ、俺も、まだまだ未熟者だ。また、鍛え直さなくちゃな。