駆け出し刀剣精錬師
まぁ、あれだ。剣を造るにしろ刀を造るにしても方法はいろいろある。鋳溶かせば簡単な物だってできるし元々ある荒い作りの剣を造りかえることはできるのだ。今回は厄介だ。真っ直ぐな刃に数か所の飾り所が付いた特殊な造りの刃が……無残に折れたハルバート。俺も確かに刀鍛冶というか刀剣精錬師をしている。だが、こんな派手な折れ方をした刃を見たのは初めてだ。造りが悪い品なら廃棄かリサイクルではないが残っている刃を利用した小物にするように勧めるのだが……質が悪いのは造りが良いからだ。柄には黒い特殊な革で作られたグリップが付き、握りには適度なくぼみまで造られたとても手の込んだ大業物のハルバート……。
「何とか……なりそう?」
「どうだろうな」
「……しゅん」
「まぁ、修理はできる」
「それじゃぁ!」
「待て! ここからが話の本題だ。修理をしてもコイツはもう、武器ではなくなってしまうと思う。ここ、剣芯ってのがあってな? コイツが完全に砕けてる。ここに特殊な細工を施せば蘇って新しい形に造り変って新しい形状の武器にできる。でも、このままの形状の修理だと折れた刃の断裂面を接着するだけの見かけの修理しかできないんだ」
「……剣芯の修理だと?」
「修理というか……転製っていって刃物や武具自体を元のそれを利用して造りかえるのさ。それには資金が恐ろしくかかる。このハルバートは魔槍だろう? このハルバートの設計図があればまだ……ってあるのか。うわ……こりゃまた厄介だ」
……とこんな具合に俺にもぶつかる限界はある。特に今、俺の口から出たような特殊な武器は直すのが困難なことがあったりする。まずは俺が必要だと思う知識を皆に伝えよう。この世界に存在している刃物の武器には大きく分類しても多くの種類が存在している。では、例としてメジャーな物をあげよう。大剣類は皆が一番知っている剣だろう。この剣程メジャーで扱いが簡単と思われている武器はないだろう。この武器は実は扱いにくいがそれはまたの機会に。二つ目として剣、細剣、突剣などなどの剣類が含まれており、剣は無難に突き、切断、打撲の基本三撃ができる。細剣は女性向きな軽装な剣でコイツはデリケートで扱いには注意が必要だろう。簡単に折れてしまうからよく修理の依頼があるのだ。この学校は女学院だ。だから女学生しかいないこともありこの剣の所有者も多い。最期の突剣はレイピアやエストックなどの刀身で切る機能よりも突き殺すことに重きを置いた剣が代表選手だと思う。今、説明したこれらの部類も大剣と呼ばれるものと同じくらいメジャーな剣だ。
「そ、そんなに?」
「あぁ、魔鋼にもいろいろあるんだよ。普通の鋼や玉鋼なんかは案外と普通に安価な値段で取引されてるんだよ。でも、魔鋼の中でも種類が限られる属性鋼はとっても高価なんだ」
「値段は?」
「修理用だと安い物を使っても……50万円は下らないかな」
「高いと?」
「というか……君のこのハルバートは『破槍プルトン』という大業物の槍の中でも頂点に君臨できる槍だからね。だから、コイツにつかえる魔鋼は最低でも1000万円は下らないさ」
これまでの剣は全て直刃という部類の真っ直ぐな刀身の剣だ。次に曲刀に移ろう。曲刀は刀類が一般的だ。西洋にはあまり伝わっていないのだが……刀程切断に適した武器は刀剣にはない。日本や中国なんかだととても有能な武器として扱われている。刃が研ぎ澄まされている変わりに西洋の剣と比べて横面からの打撃に対して折れやすいのが珠に瑕なのだ……。それに曲刀には種類は特にない。ただし、こまごまとした形状には違いがありたまに種類のようにいわれたりする。俺のような刀剣精錬師は知識として知っているのが当然だ。普通の一般人にはいらないだろうから聞き流しても特に差し支えはない。悪く言えば武器オタク、よく言えば武器の専門家だと思ってくれても構わない。
「ふぇ……高い」
「それより、レヴィエルはちゃんと話すんだな。無口だったから不安だったけど」
「え? そりゃ話すよ」
ここからは特別な知識だろう。槍や薙刀などの枝物は特殊な形状や個々の名前が決められることが多い。このハルバートもその一つだ。西洋の曲刀類に分類される部類の一つだが、枝物は名のごとく柄が長く刃物が先端についた武器だ。スピアや薙刀、ハルバート、両剣などがその類の代表で皆も解りやすいと思う。形状も様々だがこいつらはとにかく使い手の個性が出るから扱いに困る。今回の依頼はとても造りの良い大業物の修理だ。『大業物』が解らない? なら、ここから説明した方がよいか? 武器のレベルにもいろいろとある。造りの良さで特別なものから言えば、最高ランクから『最上大業物』、『大業物』、『真業物』、『業物』、『小業』、『差業』、『平』、『鈍』となる。因みに言えば大業物の上にもまだ有るにはある。俺の持つ武器も複数あるが刀で言うなら『黒刀常闇』は黒造りの『六天皇』と呼ばれる武器だ。刀の中でも最強の部類と言えよう。まぁ、めったに抜かない物だが……。二つ目は『白刃焔皇』、これも同じ扱いだ。他にも俺は数本の最上大業物以上の武器を保持し、管理している。これも刀剣精錬師の仕事である。おっと、忘れていた。『六天皇』とは日本の呼び方で西洋ではトップ6だのセイント6だの呼ばれているらしい。日本が起源のこの呼び名は六方位……四方位の東西南北に上下をプラスした方向に合わせてその強さを誇示する格としてついているのだ。少しかっこつけすぎだが昔の日本人が考えたことだ……。それ以外にもいろいろ刀や剣には分類は多い。
「解った、私……ここで働く」
「は?」
「お金は少し足りるけど……生活費がなくなる」
「そうか、なら、打ち入れの時だけは勘弁してくれよ」
「いちゃいけないときは教えてね」
種類の明示としての大きな物と言えば、残りは投げ刀や投げ刃、短刀、短剣、差刃くらいか。手裏剣やクリスなどは投げ刃や投げ刀に含まれるだろう。ダガーなどは短剣に含まれる。差刃には……クリスより大きくダガーより小さいクリスダガーなんかが有名どころか。そうそう、先に言えばよかったが武器の説明にも限界はある。本当のところを言うと刀剣や刃物だけでも部類には多くの種類がありすぎて説明はしきれない。何? そんなことより状況を説明しろ? いいだろう、今の境遇なども説明しようか? 俺はこの女子校、『聖武錬女学院』に特殊編入した男子学生だ。父母がある事故で死んでしまい俺は富豪である母方の祖母に引き取られ刀剣精錬師という俺の持っている技術をかわれてここにいる。ちなみに、俺は普通学科の授業を受けることはない。というか教える側だ。教習学生という制度を使って教習することで自らを深め単位を得ている。今回依頼してきた彼女は隣のクラスの武道科の学生だ。まぁ、将来に道場を開いたりその道で食べていこうという人が集まる学部で……一般人からすれば飛びぬけた人たちが集まる学科である。俺はそこでも教えている。主に武道科の刀剣部と槍人部の指導をしているのだ。
「それから、これは扱えるか解らないがプルトンの代わりに貸しておく。それから……そいつを折ったら弁償してくれよ?」
一応は貸し出した槍。『爆牙槍ゲイボルグ』も魔鋼を使われた武器だ。レベルは大業物。こいつは祖母がくれた物で使われないよりはと俺に与えた……といっている。この槍の特性は爆発による圧倒的な破壊力で単体攻撃力の破壊性能としてはトップレベルだがスピアラーが扱う物としては手の内での回しには向かない。ただし、投げたり、突き倒すのにはとても強い力を誇る。その槍をケースに収めて自分の教室に向かうレヴィエル。俺もこれから刀剣部の生徒を教えに向かう。場所は屋外訓練場。これも出会う前に言っておくが魔鋼を打ち鍛えて造られた武具を持つ者は珍しいがそこそこ居ないこともない。今から教える生徒の中にも一人いる。魔鋼は前にも話していることから察しはつくが高価だ。そして、扱いにくい。それを理解した上でここからは俺も集中する。
「剣刃さんは他の人との訓練はしない方がいいと思う。強すぎるからね。じゃ、まずは特殊な刀剣での上、中、下段の構えと防御の受け方。その後に刀と剣に分かれて二人組を作って訓練をしよう」
この学園は力を基準に順位付けしているという。まぁ、俺には序列など関係ないし教習学生だから先生たちと同じ立場だ。力の上では一番の生徒と互角になるぐらいだからそこまで舐められてもいない。俺の持つ刀は二本、六天皇の刀が二本だが両方とも用途が違う。特に白刃焔皇は普通の刀とは違い防御や流しが目的の刀だ。黒刀も相応に力の扱いが違い攻撃に特化している。
「私はどうすればいいのでしょうか……」
「俺と打ち合いをした方がいいかな? 君の持っているのもおそらくは六天皇の一振り……、北の護り刃『麗刃紫刀雪守』だろう」
「はい、雪守を知っているのは教官が初めてです」
「俺、これでも刀剣精錬師のはしくれなんだけどさ」
「……さようですか、申し訳ありません。家の事から初日の登校ができず御身の事を知らぬままなので」
ま、別にそこは関係ない。この人が相当に出来るのは居住まいで解る。俺が間合いを作り、他の生徒に引かせて居合の構えをとった。この女生徒との打ち合いは上手い例示になる。あらかじめ白刃は抜いておく。黒刀は……居合刀だ。今の未熟な俺ではコイツを完全に使いこなすことは無理だろう。だから、刀の全力は出させない。特殊な封印技術を俺達、刀剣精錬師は持っている。それで訓練を行い己を磨くのだ。俺も実質的には見習いに等しい。剣にしても刀にしても最低限の技量しかない。戦い、武具を抑えられるだけの……だ。
「行きます。雪守よ……凍てつく大地を統べし氷帝の力を表せ!」
魔鋼を使った刀や剣には特殊な力が宿る。特に、良質な魔鋼を使って鍛え上げられた武具の六天皇や最上大業物、大業物はそれが顕著に表れるのだ。俺の黒刀と白刃はその中でも力が強い。使える者が居ないから俺が封印して力を抑えているのだ。黒刀常闇は俺の家の家宝で白刃焔皇は母さんの実家の家宝である。力は対局の物だ。扱うには相当な知識と力を必要とする。
「輝ける輝刃よ。その刀身に秘めたる白き焔の力を我に託せ……。暗き闇の王と呼ばれし常闇。我にその無限の力を見せよ!」
こういう異質な力などは寺の宝刀と呼ばれる物や大業物以上の武器、または呪われた武具に多い。破壊力には事欠かないが制御ができないから普通の人間には使用できないだろう。俺のような刀剣精錬師や祓魔師と呼ばれる職業の人物、陰陽師、聖騎士、霊法師などなどが扱えるだろう。魔鋼の特徴はこの世に浮遊している力とその根源と呼べる属性霊やエレメントと呼ばれる物が付き力になる。簡単には焔の力を宿しやすい魔鋼には焔を噴出したり操ることが出来るような力が宿る。当然、力には強弱も存在しているし扱い難さや相性も多い。武具の適正や肉体の持つ大きなエレメントの相性もあるから一概にも言えないのだ。
「来い」
「はっ!」
彼女、剣刃 紫神は氷の属性を操るのに適応した相性があるらしい。それに、刀の意思もちゃんと読めている。正しく訓練された力を持っていて俺も戦いやすいがまだまだ彼女は甘い。剣術だけならば俺は彼女に引けを取るだろう。動きにしても技術にしても彼女の方が整っているし実際に強い。だが、強い力は時として狂気になり人を殺めてしまうこともある。そんな時のために俺は祖母にこの学園へ導かれたと今は思っていた。そう、刀剣精錬師の仕事は何も剣や刀を作ったり直すだけではないのだ。時と場合によっては……武具を亡き物としなくてはならない。
「剣技は俺より上だけど……刀の力に振り回されてるね。俺の力の方が出力は弱いのに俺の方が優勢になってる」
氷の息吹を纏う雪守は熱源を発する焔皇に弱い。ただし、焔皇は上方を守護する刀だ。この焔皇の力を強めるのには日光が欠かせず、なければ使えないのだ。ここは幸いにも屋外。今ならいける。
「陽焔剣舞! 紅炎!」
そこで勝負は終わる。彼女の体を守ろうとした氷の壁を溶かした所で封印の力量臨界点を突破しそうになったため俺も鞘に納めて焔皇を鎮めた。これから俺はデスクワークをしに校舎に向かう。D組の授業だ。刀剣精錬師の仕事は大方わかったと思う。俺は一応、後継を育てるためにデスクワークにも顔を出す。おっと……時間だ今回はこの辺りだな。また今度、会おうぜ。まだまだ、この世界は深いのさ。気があるなら俺は待っている。