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魔女の気まぐれ亭2

作者: けむりぬ
掲載日:2026/10/25


 店主の気まぐれによって現れる不思議な木目調の白い扉には、ガラスの四つ葉がキラキラと輝いている。


 その扉に魅入られた人々が店内に入ると、まず目に飛び込んでくるのは、チョコレート色に統一した内装だろう。内装は高級感があるのに、どこか懐かしさを覚える。


 店主曰く、入ってきた人々を無意識のうちに安心させる効果があるらしい。それと、結構凝ってるから、思う存分見て欲しいそうだ。


 ここにくるお客は、たいていの人が心をすり減らした状態で来るから、まずは心を休ませるというのが、店主の粋な計らいだ。


 内装の次に、店内に入ってまず目にするのは、奥の中央に位置する食事処だろう。背もたれ付きの椅子が四席並べられた白いバーカウンターだ。バーカウンターとは言ったが、酒は並んでない。どちらかと言えば、オープンキッチンのカフェが正しいだろう。


 カウンターの上には、メニューがポンと置かれている。食事500円、サラダ200円、飲み物100円と実におおざっぱなメニュー表だけが置かれている。ただ、見た目も味も抜群なので、ぜひ全品頼んでみてほしいというのが、常連客の謳い文句だ。


 注文方法はシンプル。メニュー表に光っている文字をタップ。タブレットと一緒と店主は言い張っているが、現代人からすれば苦笑いものだ。なにせ、タブレットは機械で、メニュー表は紙なのだから。ただ、新規のお客さんも気付けば紙に書いてある文字をタップするから、魔法とは不思議なものだ。


 店主曰く、使い方が一緒なんだから細かいことを言っちゃいけないよ、らしい。


 さて、食事を楽しみながら、店主との会話を楽しむのも、ここならではだろう。普段、食事中は黙々と食べたい人でも、なぜだか話しながら食べてしまうという。そして、日頃の疲れを店主に吐いてしまうのだ。まあ、食事に集中する人もいるので、一概には言えない。そういう時は、食べ終わってから話をするのだという。


 店主曰く、会話は心を癒すために必須、らしい。そしてなにより、その人に今必要な物を選定するためでもあるそうだ。


 入口から見て右隣の一画が物販スペースなので、そこから店主が今その人に必要な物を取ってくる。チョコレート色の棚に並べられているのは、香水のような瓶や、どこか不思議で柔らかな光を放つのは、宝石にも天然石にも見える石を填め込まれたアクセサリーの数々、繊細な糸で創られているであろう布製品等、女性人気のアイテムが揃っている。


 店主が女性なので、当たり前と言えば、当たり前だ。だが、ここ最近は男性客も増えているので、無骨で使いやすいアクセサリーも置く予定らしい。まあ、この店の店主は気まぐれな人なので、いつになるかは未定だ。


 話は逸れたが、たいていのお客が、ここで納得するような表情を見せる。食事の料金が安いのは、こういう理由かと。値段も言われないので、新規客からしてみれば恐怖だろう。ただ、皆がまあいいかといった感じで素直に受け取るのだから、面白い。


 常連客曰く、美味しい食事による幸福感と、日々の疲れを聞いて貰った罪悪感とが混ざりあい、この人に貢献したいという気持ちから来るものだという。


 店主からしてみれば、お人好し過ぎて心配になる。ただ、会計を聞いて、その安さに驚く人がほとんどなので、今ではそれでもいいかと思っているようだ。

 


 さてさて、そんな感じで、店主とお喋りしながら食事を楽しみ、必要な物を受け取ったら、次で最後の案内を店主がする。


 入口から見て左隣の一画には、休憩スペース。底に通されるのだ。


 大きな窓が二つ並んでいて、窓の近くには、体が沈んでしまうほどの柔らかいソファが設置されている。ソファに座りながら、雄大な自然の絶景を眺めて、ボーっと景色を楽しむ。それだけで、なぜか心がスッキリする場所なのだ。


 店主曰く、自然を眺めるのも心の療養だと言う。


 これで、このお店を十分満喫できたことになる。


 さて、お会計だが、食事、サラダ、飲み物、それと店主から貰った品を含めて……。


「お会計は、1000円だ」


 会計の安さに驚くまでが、新規客のお楽しみともいえる。


 おっと、ここまできて、店主の紹介と店名をお伝えするのを忘れていた。


「私はオフィーリア。【魔女の気まぐれ亭】の店主で……魔女だ」


 皆さんもぜひ、足を運んでみて欲しい。


 とはいっても、魔女の気まぐれで開くお店だし、遭遇できるかは運次第。


 ただ、魔女の気まぐれ亭に入れた貴方は運がいい。


 なにせ、気まぐれな魔女オフィーリアは、貴方を幸福に導いてくれるのだから。


 常連客が口々に言うので、間違いない。


 ああ、そうそう。


 常連客はこうも言っている。


 魔女の気まぐれ亭ではなく、幸福亭だとね。


 そんな魔女の幸福亭もとい、魔女の気まぐれ亭は、本日営業中である。


 そしてそして、花の蜜を求める蝶のように、扉に導かれたお客人が、どこぞに現れるか分からない不思議な白い扉の前に立っていた。


 ===★


 オフィスカジュアルに身を包んだ真面目という言葉が似あう女性、立花沙織は不安げに大きな瞳で辺りを見渡している。


「おかしい」


 沙織はそう呟いて、お気に入りのピンクゴールドの腕時計で時間を確認している。


 時刻は、まもなく19時。


 定時で退社して、彼女はまっすぐ家に帰ってきた。会社から駅までいつも通り歩き、いつも通りの時刻の電車に乗り、最寄りの駅で降りて、歩いて帰宅してきた。


 はずなのに。


「どういうこと……」


 彼女の目の前には、温かみを感じる白い扉が佇んでいる。上部の半円アーチの窓の中央に、ガラスで創られた四つ葉のクローバーが店内の光で輝いていた。


 ただ、おかしなことに、ガラス製の窓からは、店内の様子は見えない。


 いや、そもそもその前に、もっとおかしなことが起きている。


(……ここ、私の家のはずなんだけど)


 彼女の家は賃貸のマンションのため、左右のお隣さんと同じ無機質な扉が入り口だ。もしかして、階を間違えたかと思い、左右チェック。


 右のお隣さんの家には、コンビニで買ったビニール傘が大量に置かれている。左のお隣さんの家には、何やら見たことのない海外の置物が置かれている。


(間違いない。やっぱり、私の家だ……)


 なのに、自分の知らない扉が目の前に佇んでいる。


「おかしいはずなのに……」


 怪しいことこの上ないが、沙織は扉を見れば見るほど心惹かれていくことに気づいた。


 まるで、何かに導かれているかのように。扉を開けたくて仕方がない。


「……まぁ、中に入らないと、話を聞くこともできないわよね」


 自分に言い聞かせるように、ドクドクと響く心臓を無視して、沙織は白い扉を開いた。


 ――ギイィィィ


 建付けの悪い音が、鼓膜に響く。


 暗い外から明るい店内に入ったせいか、沙織は目を細める。


「……凄い」


 明かりに目がなじむと、沙織の視界に広がるのは、扉から想像した通りのカフェだった。ただ、若者向けのキラキラした感じのカフェではない。どちらかと言えば、シックな大人向けの喫茶店のようだ。


「私の家じゃないわね」


 扉を開けたら実は自分の家でしたというオチでもない。だというのに沙織の心は、先ほどまでの緊張が嘘のように解けていく。


「いい香り……」


 紅茶のフルーツフレーバーの香りが、鼻腔をくすぐる。


 右には雑貨スペースと、左には休憩スペースが併設されているカフェのようだ。


「いらっしゃい、よく来たね」


 店内を観察していると、沙織の耳に落ち着いた女性の声が届いた。


「えっと……こんばんは」


 沙織は、じっと店員を見つめる。

 

(日本人……なのよね。すごい綺麗な人)


 女性なら誰もが憧れる艶やかな美しい黒髪に、日本人とは思えぬ目鼻立ちがはっきりしている美人顔。背が高くスタイルもいい。まさに、女が憧れる女性像そのもの。


「こちらの席へどうぞ、お嬢さん」


「あ、ありがとうございます?」


 沙織はお嬢さんという歳ではないが、大人の色気が漂う美人から言われてしまうと、従わざるを得ない。


(というか、私の家はどこに?)


 頭の中の疑問を晴らすことなく、沙織はカウンターの席に座った。


「あ、柔らかい」


 思っていた以上に柔らかい感触に驚く。


「これ、メニューね」


「ど、どうも……」


 渡されたメニュー表は、メニューと言うにはあまりに簡素であった。


「注文が決まったら、タップして」


「たっぷ?」


「メニューの光ってるところを触ればいいのよ」


「は、はぁ……」


 仕事から帰ってきたばかりなのでお腹は空いている。ただ、紙の文字に触れる意味がわからない。感触的に、タブレットではないのだから、当然の反応である。


 からかわれてるのかと思い、女性店員を見上げるが、彼女はただニッコリと笑うだけだ。


(まぁ……押してから考えましょう)


 色々と聞きたいことはある。だが、手がメニューの文字に吸い込まれるように近づいていく。


 破格の値段のメニューに、躊躇することはない。寝坊したときに仕方なく買うコンビニの昼ご飯と同じくらいの値段だ。昼なら罪悪感を覚える値段だが、夜ご飯となれば話は別だ。千円以下でサラダと飲み物まで付いてくるなら頼むに決まっている。


 とん、とん、とんと、小気味よく食事、サラダ、飲み物の文字に触れた。


 すると、メニューの文字が輝きを増す。


 そして、目の前に食事、サラダ、飲み物が現れた。何もない空間から突然に、だ。


「え……なに、これ」


 沙織は目を見開いて、メニューの反対側を見たり、机に触れたりする。


 だが、種も仕掛けもなさそうだ。種も仕掛けもなく、突然料理が現れた。


 沙織の脳内に、ある一つの言葉が浮かぶ。


(まるで、魔法じゃない……)


 困惑している沙織だが、食事の匂いにつられて視線を料理に向けた。


 食事はビーフシチューだ。長時間煮込まれたであろうゴロゴロの野菜と肉塊。ビーフシチューから溢れる湯気と共に、濃厚でコクのある香りが空腹の胃を刺激する。ビーフシチューの隣には、見た目にも柔らかいふわふわの白パンが、お洒落な白い皿に2つ乗っていた。


(これで、500円って何の冗談?)


 さらに隣には、瑞々しい野菜と、細かく刻まれた手作りであろうドレッシングのかかったサラダ。


 飲み物は、カフェに入ったときに香った紅茶だろうか。柑橘系の果実が入ったアイスティーは、琥珀色に輝いている。


(これで……800円ってことよね……)


 信じられない物を見る目で、料理をじっと見つめるが、匂いと見た目には抗えず、そっとフォークを取る。


 さっそくビーフシチューを頂きたいところだが、最初は野菜と決めている沙織はサラダに手を付ける。シャキシャキと口の中で弾ける様々なサラダの食感。市販のとは別次元の甘さと旨味が凝縮されたドレッシング。


 コンビニやスーパーのサラダを食べていた沙織にとって、今までのサラダはサラダではなかったと思わせるほどの味だ。


(つ、次は……)


 湯気の立つビーフシチューのゴロゴロの野菜と肉をスプーンで崩す。


「わぁ」


 肉と野菜はスプーンで軽く触れただけで、一口サイズに切れてしまうほど柔らかい。

 

 人参と肉をスプーンに乗せて一口。


「んー」


 思わず声が出てしまうほどに、美味かった。肉の弾力はあるはずなのに、数回で口の中でとけるように消えた。人参は野菜と肉、ビーフシチューの旨味を吸収し、柔らかな甘みを出している。


(これは……パンが欲しい!)


 パンをちぎると湯気が立ち、ふわっと柔らかな弾力がした。パクリと一口食べれば、小麦の香りが口いっぱいに広がり、モチモチとした食感を楽しむ。


 お高いパン屋の食パンを一斤買って、中身だけを食べる贅沢をしているかのようだ。


「美味しい……」


 こんなに満足がいく食事をしたのは久しぶりだった沙織は、なぜだか涙が溢れてきそうになる。


「それはよかった。冷めないから、ゆっくり食べるといい」


「は、はい!」


 沙織はガツガツとは言わないが、食事の手を止めることはなかった。


 途中、息継ぎをするように、飲み物を口に含む。ブワッと鼻に香る紅茶と数種類の果物が、食事をしていたことを無かったことにするほど存在感に溢れていた。

 

 ほどよい甘味と酸味の絶妙なハーモニーと、香りを楽しむアイスティーが100円。もはや、新手の詐欺である。


 果実ティーで口の中がリセットされると、ビーフシチューやパンとサラダを噛みしめる。


(あとはパンだけかぁ……けど)


 皿に残ったビーフシチューと、一口サイズのパン。家なら間違いなく皿に残ったビーフシチューをパンにつけて食べるが、さすがにそれをやる勇気はない。


 残念に思う沙織の耳に、クスクスと笑い声がした。


「君たちニホン人は、不思議とここで躊躇うね」


 日本語があまりに流暢なので、ハーフの日本人だと思っていたが、そうではないようだ。日本人のイントネーションに、この人は日本人じゃないのかと、沙織は少しだけ驚く。


「ここでは、皿に残ったビーフシチューまで食べきるのが礼儀だよ」


 美人が真剣な顔で言うものだから、沙織はコクコクと頷いた。


「そ、そうなんですね……では、いただきます」


 心を読まれたようで顔が赤くなるも、礼儀と言われれば日本人としては従わなければならない。


 郷に入っては郷に従え。


(そうよ、そういうことなの)


 礼儀を弁えた外国人を受け入れるなら、我々もまた礼儀を弁える必要がある。


 と、頭の中で意味のない言い訳をしながら、パンでビーフシチューをすくう。


 残りのビーフシチューとパンも、最後まで冷めることがなかった。


 そんなありえないことに驚きつつも、沙織は料理を食べ終わる。


「ご馳走様でした」


「満足したかな?」


「はい、とっても」


 沙織は、心から笑みが溢れた。


 食事をしただけなのに、会社での疲労が吹き飛んだかのようだ。


「それはよかった」


 女性は満足そうにしながら、パチンッと指を弾いた。


 すると、食べ終えた皿が一瞬で消えてしまった。


「え」


 またしても、現実では起こりようもない現象を見て、沙織は固まった。


「なんで……」


「あぁ、私は魔女だからね。このくらい、お安い御用さ」


「ま、魔女?」


 突然のファンタジー単語にますます混乱する。とはいえ、自分の家の扉がいきなりカフェの入り口になっていたり、メニューの文字をタップすると食事が突然でてきて、食べ終わるまで冷めない料理、指を弾いただけで片付いた食器。


 まさに、魔法。


 魔女と言われても納得してしまう。


「そう言えば、自己紹介がまだだったね。私はオフィーリア。魔女の気まぐれ亭の店主をしている……魔女だ」


「は、はぁ」


 オフィーリアは決まったとばかりのキメ顔だが、沙織は混乱しっぱなしで頭がぐるぐる回っている。


「お嬢さんの下のお名前は?」


「えっと……沙織です」


「沙織か。いい名前だ」


 美人の魔女に名前を呼ばれて、沙織は頬を赤らめる。


「さて、沙織。せっかくここに来たのだから、君の話を聞かせてくれないか」


「話、ですか?」


「あぁ、なんでもいいよ。自分の話だったり、今は何しているとか、そういう何でもない話だ」


 そう言われても困ってしまう。自分語りをするほど、沙織は大した経験をしていなかった。


「オチがある話とかは、持ってないのですが……」

 

 一番困るのが、そういう類いの話だ。オチがない話なら思い浮かぶが、それを話すとオチは何と、元恋人に言われた事が多々ある。


 オチがないと他愛もない話もできないのかと、結局その元恋人とは長く続かなかった記憶が蘇った。


「はは、そういうのは求めてないさ。そうだなぁ……仕事での愚痴とか、困ってることがあればそれで」


「そうですね……あ」


 沙織は何かを思い出したようで、小さく声を漏らす。


「えっと……お恥ずかしい話なんですが」


 言うのを躊躇いそうになるが、何故だか不思議と話を聞いてもらいたい気になってしまったのだ。


「その、人を見る目がどうやらないようでして」


 沙織はついオフィーリアの目を気にしてしまう。ただ、オフィーリアは真面目に話を聞いているようで、沙織に手を向けて話を催促してくる。


「えっと、付き合う人全員がダメ男だったんです……」


 一人目は学生時代。初めての一人暮らしで、心の支えになってくれていた。ある時から、体調が悪い日でも押しかけてくるようになったり、家の冷蔵庫を勝手に開けて消費するように。連絡も疎かになり、たまに押しかけてはご飯を要求する始末。結局、相手が三股して別れたこと。


 二人目は、社会人二年目。会社の先輩だった。面倒見がよく、社内からも人望があり、飲み会きっかけで付き合うことに。同棲も考えていたが、ある日を境に手を出すことが判明。暴力が酷くなる前に、逃げるように会社を辞めて連絡を切って別れたこと。

 

 三人目は、転職して一年後。友人の紹介で出会った。親しい友人だったので、信頼できると思っていたが、モラハラ男だった。付き合って数ヶ月で、常にグチグチと嫌味を言うように。あと、マザコンだった。友人に相談すると、怒り狂った友人が男友達を連れて元カレと別れさせてくれた。


 友人との関係は良好で、今ではいい思い出として消化していることだけが不幸中の幸いというやつだ。


 身の上話すぎて、沙織の視線は下がったままだ。


 恥ずかしさもあるが、どうしてこうもダメ男と付き合ってしまうのか。

 表面上でしか人のことを見抜けない自分に対して、呆れと虚しさが襲う。


「ふむ……なるほど。沙織、君はまだ人を好きになりたいと思っているかい? それとも、独身のまま幸せに生きたいと思っているかい?」


 オフィーリアの問いかけに、沙織は顔を上げた。オフィーリアの深海のような深い青色と目が合う。黒だと思っていた瞳が青かったことに驚きながらも、沙織は自分自身に問いかける。


「私……家庭を持ちたいんです。私の家族は、とても仲がいいんです。両親はお互いに尊敬しあってて、兄との関係も良好で……だからかな、私も私の家族みたいな家庭を持ちたいって思うんです」


「では、まだ諦めていないね?」


 オフィーリアの確認の言葉に、沙織の丸まっていた背筋が伸びた。


「そう、ですね。私は、まだ諦めたくありません」


 オフィーリアは沙織の態度を気に入ったのか、目を細めて笑う。


「そうか。では、今の君にピッタリな物を持ってこよう」


 オフィーリアはカウンターから外に出て、物販スペースへと足を運んだ。その足取りに迷いはなく、導かれるように小物を手にとった。


 そして、そのままカウンターの中に戻っていく。


「今の君にピッタリのアイテムは、これだね」


「これは……ガラス?」


 雫型のガラスのようなアイテムが、カウンターに置かれていた。


「これは貝殻だ。二枚貝は縁を呼ぶと言われていてね」


「これが、貝殻……凄くオシャレですね」


 貝殻と言われても、あまりピンとこない。なにせそれは、とても小さい。本物の雫ほどの大きさで、薄紅色の貝殻は、見ているだけで心が温まる。


「ああ、小さいし貝殻にも見えない。どうだろう、お気に入りの物につけておけば効果を発揮すると思う。例えばそうだね……そのピンクゴールドの腕時計にあしらえば、存分に効果を発揮すると思う。思い出の詰まった良い時計だ。良縁を結ぶに相応しい」


「良縁を?」


「聞いたことはないかい? 貝殻は二枚で一つ。元のペア以外の殻とは絶対にぴったり合わさらないことから、そう言われているんだ。どうだい、今の君にピッタリだと思うがね」


 確かに、良縁という意味ではいいかもしれない。


 ただ、ここで一つ疑問が浮かぶ。


「それは……そうですね。でも、どうやって付けるんですか?」



「腕時計、貸してもらっても?」


「あ、はい」


 オフィーリアはジッと沙織から渡された腕時計を観察する。


「ふむ……あしらうとするなら、ここだ」


「え」


 オフィーリアが持っていた貝殻が、腕時計に吸い込まれていった。


「うん、いいね。どうだろう?」


 戻ってきた腕時計を見れば、12時を差す場所に、雫の貝殻が埋め込まれていた。工具を使わず、時計が細工されたことに、沙織は目を開けては閉じてを繰り返す。


 元々可愛かった腕時計が、さらにオシャレになったことには満足だが、どうやったのか気になって仕方ない。だが、オフィーリアは話すつもりはないのか、付けてみてとジェスチャーをするだけ。


 沙織が腕時計を付けると、不思議と活力が湧いた気がした。どんなと言われても、言葉にするのは難しい。


 強いて言うなら。


(恋が……怖くない気がする)


 そんな言葉が、脳内で響いた。


 沙織は、胸に手を当てた。


「……ありがとうございます。とても、いいです」


「ならよかった」


 オフィーリアの笑顔に見惚れそうになりながらも、沙織は思う。


(やっぱり……本当に、魔法?)


 そう考えるしかなかった。


 ここに来てからというもの、魔法という存在が身近にありすぎた。フィクションの世界に入り込んでしまったかのようだ。


「さて、まだまだ話したりない。紅茶でも飲みながら、沙織の話を聞かせてくれ」


「……えっと、お願いします」


 店内に入ってから香ってきた紅茶が、オシャレなティーカップと共に置かれる。


 それから、沙織は日頃の大変なことや、家族のこと、それから今後のことについてオフィーリアに聞いて貰った。話すだけなのに、どんどんと心が軽やかになるのを感じながら、沙織はオフィーリアとの会話を楽しむ。


「オフィーリアさん、ありがとうございました。話まで聞いて貰って」


「いいんだよ。私が聞きたいだけだからね。話し疲れてはいないかい?」


「そうですね……普段、ここまで話さないからかな」


 会社では、あまり話す事がない。一人暮らしで、電話する相手もいない。オフィーリアの言う通り、沙織は少しばかり疲れていた。


「あそこで景色でも見ながら、心と体を休ませるといい」


「ありがとうございます」


 紅茶のお代わりを貰って、休憩スペースまで移動する。


 身を包んでくれる柔らかなソファに座って、窓の外を眺めた。


「……わぁ」


 家からでは絶対に見ることのできない絶景が目の前に広がっている。


 紅葉の季節でもないのに、赤や黄色に染まった美しい山々。窓ガラスが閉まっているのに聞こえてくる美しい音色を奏でる鳥の声。目の前の草原にはたくさんの花びらが舞い、草原にはふわふわした見たことのない生き物たちが寄り添いあっている。


「……いい景色」


 見たこともない絶景に見とれながら、紅茶を飲んでは生き物たちの観察をする。

 

 沙織はただただボーっと目に優しい光景に見惚れながら、ソファで寛ぐ。


 やがて、最後まで温度を保っていた紅茶を飲み終えると、体がぽかぽかとして元気が漲っている気がした。


「……帰ろう」


 自然とそう思えたことに驚きながら、沙織はソファから立ち上がる。


 カウンターで優雅に本を読みながら、紅茶を飲んでいるオフィーリアに話しかけた。


「オフィーリアさん、お会計お願いしてもいいでしょうか」


「もちろん。気分が晴れたようで、なによりだ」


 心の内を当てられても、沙織は驚かなかった。


 彼女は、魔女だ。


 心くらい、簡単に読めるのだろう。


「はい、本当にありがとうございます」


「どういたしまして。さて、会計だが、1000円ちょうどだ」


「え」


 満足のいく食事に、オフィーリアとの世間話もとい悩み相談、腕時計に貝殻の加工。


 正直、1000円なんてクオリティの値段じゃない。


 これで、1000円なんて、他の飲食店に足を運ぶのが億劫になる値段だ。


 沙織は、人生で初めて本物のおもてなしとやらを体験した気分であった。


「ふふ、安いんだろ。よく言われる。でもいいんだ。私の自己満足でやってる店だからね」


「で、では……お願いします」


「ああ、たしかに。今日は楽しかった。ありがとう、沙織」


「……こちらこそ、本当にありがとうございました」


 沙織は、満足そうに笑う。


 そして、入ってきた扉へと向かった。沙織の後ろからオフィーリアが近付いてくるのが、足音で分かった。


 どうやら、美容室の様に、お見送りまでしてくれるらしい。


「開けるよ」


「ありがとうございます……その、このお店は、いつ空いてるんでしょうか?」


 自然と出た言葉に、オフィーリアは困ったように笑う。


「ここは、魔女の気まぐれ亭だ。私の気分次第。縁があれば、また会おう」


「はい……楽しみにしてます」


「ああ。では、ご来店、ありがとうございました」


 ――ギイイィィ


 来る時と同じく、建付けの悪い音が聞こえた。


 魔女なのに、この音は直さないのかと思いはしたが、理由があるのかもしれない。


 沙織は余計な言葉を言わずに、頭を下げる。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 オフィーリアが開けてくれた扉から、外へ出る。


「……家の中だ」


 どうやら、家の扉の前に出ると思っていたが、すでに部屋の中に入っていた。


 いつもの家であることに安心しながら、後ろを振り返る。


「いつもの扉」


 白い扉から出てきたはずなのに、振り返ればいつもと同じ無機質な扉が目に映る。


「時計は」


 腕時計を確認する。


 時刻は、19時ちょうど。


 腕時計の長針は、12時である貝殻と重なっている。


「夢じゃないのね……」


 体感にして、2時間以上を魔女の気まぐれ亭で過ごしていたはずだが、どうやら時間の流れすら違うようだ。


 さすがは、魔法と言ったところだろうか。


「……今日は、湯船にでも浸かろうかな」


 いつもならシャワーで済ませる沙織だが、今日は気分がいい。


 すでに夕食を食べ終えていることも要因の一つだろう。


「次の恋……か」


 お気に入りの腕時計に加工された貝殻に期待の眼差しを向けてから、沙織は顔を上げる。


「期待してもいいのかな」


 そう呟く彼女の顔は、キラキラと輝いている。顔というよりも、体全体が仄かに輝いているかのようだ。


 だが、本人がそれに気付くことは……ないのである。


 

 ===★

 


 月日は流れて、二年後。


 少し硬いオフィスカジュアルの服装も、お気に入りのピンクゴールドの腕時計も、ぴしっとした髪型も変わっていない。


「先、出るね」


「うん、頑張ってね」


「貴方も、頑張って」


「ありがとう。いってらっしゃい、沙織」


「いってきます、奏人」


 沙織は、以前住んでいた別のマンションから家を出た。


 そして、左手の薬指には、指輪を身に着けている。


 沙織の表情は、以前に比べて柔らかくなっているのだが……。


(今日も、頑張ろう)


 本人が気付くことは……ないのである。


  


 魔女の気まぐれ亭2 fin

 


魔女の気まぐれ亭1は、こちらに。

https://ncode.syosetu.com/n3107kt/

一話完結作品なので、見ても見なくても、問題ないです。

だからこその後書き記載。


では、またどこかで。

更新も……気まぐれなのですよ、読者様

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