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「アラン叔父上が公爵家を継ぐとはどういうことですか!?」


部屋にクライヴの声が響いた。

怒っているというよりは、心底びっくりした、という声だった。


ここは王宮の一室。

アランとレティシアの婚約発表の翌日、改めて関係者が集められた。


クライヴ、ルロワ公爵夫妻、レティシア、ロシャールに、私と私の両親だ。

錚々たるメンバーだが、さすがに国王夫妻はご不在だ。


「どういうこと、とは?お前は昨日のことを理解していなかったのか?」


ルロワ公爵が呆れたようにため息をつく。

クライヴは腰が浮きかけ、立ち上がりそうだ。


「昨日は、アラン叔父上とレティシアの婚約が発表されただけではないですか」


そこに、ロシャールが口を挟む。


「レティシアのこの国での将来の身分は『王妃』か『公爵夫人』の二択だ。私と結婚しない以上、公爵夫人となるのは当たり前だろう?」


「いや、でもそれは…僕がルロワ公爵の一人息子で、僕がいるのにわざわざアラン叔父上が継がなくても…」


情けない息子の姿に耐えられなくなったのか、ルロワ公爵が遮った。


「もうやめなさい、クライヴ。お前はマリアンナ嬢と結婚したいと言ったではないか」


「そうですが!」


「待望の子どもだからと、お前を可愛がりすぎたのか…そんなこともわからなくなってしまっていたとは、私達の教育が間違っていたようだな…」


ルロワ公爵は苦しげに眉間を揉んだ。


私から言わせてもらえば、一つのことに目を向けると他が見えなくなるのは親譲りだと思うけど。

さすがに空気を読んで黙っておく。


「愛する人と結婚したいと言っただけではありませんか。それがそんなに悪いことですか?それだけで公爵家を追われるようなことなのですか?」



クライヴは、さも自分が被害者だと言うような表情で言った。

さすがにこれには黙っていられないと口を開きかけたとき、私より先にピシャリと言い放つ声がした。



「国家間の取り決めを反故にしたんですもの、公爵家を追われるようなことでしょう」



そう言ったのはレティシア。いつも通りの口調だが、その声色はいつもとは違って苛立ちを含んでいた。

私はレティシアのそんな姿を見るのははじめてで、これは黙っておこうと口をつぐんだ。

彼女はなんでもはっきり言う性格ではあるが、いつもどこか一歩引いていて、怒っている姿は見たことがなかった。


クライヴもいつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、言い返さずにいる。


「愛する人と結婚したいと言っただけ?それを言ったらどうなるか、想像しなかったの?私情で国同士の約束を破ったら、下手をすれば戦争よ?今は友好的な関係を築いているけれど、少なくとも関係性は冷え込むでしょうね。それで損害を受けるのは民なのよ。経済も冷え込んで、飢えた民にあなたは言うの?愛する人と結婚したかっただけなんだって?ふざけるのもいい加減にして。こんなあまちゃんが公爵家を継ぐことにならなくて本当によかったわ」


レティシアはクライヴをきつく睨む。

その視線にうろたえて、クライヴが視線をそらして私を見た。


「そ、そんな、考えすぎだろう…?」


私を見て言うので、私もしっかり見つめ返してやった。


「レティの言う通りよ。そもそも、本当に何の憂いもなく友好関係が築けているなら、両国で血を交わし合う古臭い習わしなんてなくていいはずだわ。お互い王族に近しい人間を送り合って、ちゃんと確かめておかないといけない関係性ということでしょう?」


クライヴの顔が青ざめる。

唇がわなわなと震えているように見えた。


「そんな、だって…」


クライヴが俯いてしまった。

そこにレティシアの言葉の雨が降る。


「あなたって、人の善意を本気で信じてしまうようなあまちゃんだものね。国の中枢に行けば行くほど、綺麗事では済まなくなるのよ。本当にお気楽で優しい世界で生きてきたのね。融通は利かないし、応用もできないし、貴族に向いてないわ」


「レティ、まあ、そのくらいに…」


レティシアの容赦ない言葉に、思わず止めに入ってしまった。


だって、クライヴは反省できない人間ではないもの。

ちょっとおバカで考えなしであまちゃんではあるけど、きっと今すごく後悔しているはず。そこまで言って追い詰めなくてもいいだろう。


レティシアは私を見て、仕方ないと言うように眉を下げた。


「ベティは本当に優しすぎるわ。こんな人に愛想つかさないなんて、信じられない。わたくし、もともとこの性格は貴族として好ましくないと思っていたけれど、今回のことは許せないわ」


レティシアが心底気持ち悪いという表情でクライヴを睨む。

その気持も分からなくはない。


「でも…まあ、結果として悪いようにはなってないから……」


クライヴがあんな事を言い出さなければ、私はロシャールと結婚できなかったかもしれない。

それを思うと、まあ結果よければ全てよしかな?と思ってしまうのだ。クライヴが公爵家を継げないことに関しては自業自得なので知らないけど。


「はぁ……それはそうだけど、ほんっと、このバカは自分のことしか考えてないから、自分以外が愛する人との結婚を諦めているかもしれないなんて、微塵も考えてないことが頭にくるのよ」


レティシアは可憐な容姿に似合わないしかめっ面でクライヴを睨む。


「ねぇ、クライヴ。わたくし幼い頃からずっとアランを愛していたの。知らないでしょう?言っていないものね?」


クライヴはぽかんと口を開けて間抜けな顔をした。

この言葉には私も初耳だったので驚いてしまった。しかし、ロシャールが言っていた『レティシアも望んでいる』というのはこういうことだったのだろう。

全く知らなかったが、それなら尚のこと、今の形に収まって良かったと思う。


「ロシャールだって、ベティのことがずっと好きだったのよ。ベティも無自覚だったみたいだけど、ロシャールが好きだった。ふたりは結ばれる道もあったけれど、あなたが貴族として欠陥があるから、重要な外交問題であるわたくしを嫁がせるのは難しいと判断されていた。つまり、ふたりも愛する人と結婚できる可能性は低かった」


今度こそ、クライヴはびっくりして口が閉じられないようだった。私とロシャールとレティシアへ、順繰りに目を彷徨わせている。


「わかった?あなたがどれだけ自分勝手なことを言っていたか」


何度も瞬きを繰り返し、自分の中で今言われたことを飲み込んでいるようだった。

少し間を開けて、クライヴがつぶやくように言った。


「そんなの…知らなかった…言ってくれたら……」


子どものような言い分に、またしてもレティシアがカッと口を開く。


「口が裂けても言えないわよ。言ってどうするっていうの?好きな人と結婚したいから、国のことは知りませんって言うのかしら?バカじゃないの?そんなこともわからないから貴族として欠陥があるって言ってるの。国を背負っているという自覚が足りなすぎるわ」


クライヴがしおしおと肩を落とした。さすがにレティシアに道理があることは理解しているようだ。


「まあ、あなたの行動がなければ、アランとは結婚できなかったでしょうから、その点だけは感謝しているわ」


言いたいことは全て言ったようで、レティシアはふんっと鼻を鳴らして最後にそう言った。


レティシアの容赦ない言葉に、クライヴだけでなくルロワ公爵夫妻もなにも言えずに俯いていた。

貴族として甘すぎたと、ようやく身にしみたことだろう。


「ベティ、あなたからも何か言ってあげたら?言いたいことが溜まっているのはあなたもでしょう?」


レティシアが私に水を向けるが、私は曖昧に微笑む。


「レティがだいたい言ってくれたからもういいわ。クライヴも反省してるでしょうし」


両親を見るが、2人とも頷いてくれた。

自分のことに関して言いたいことはない。でも確かめたいことがあった。


「ひとつだけ聞いていいかしら?クライヴは公爵家を継げなくても、マリアンナ嬢と結婚するという気持ちは変わりない?」


クライヴはハッと顔を上げて、やっと私と目が合う。


「マリアンナ嬢は一代限りの貴族。公爵の跡取りになれないなら、他の婿入り先を探したほうがいいんじゃない?」


「それは違う!たとえ平民になったとしても、僕はマリアンナを愛している!」


クライヴは今までの勢いのなさが嘘のように、はっきりと言い切った。

その様に、私の中で納得に近い感情が生まれた。自分の口角が上がるのを感じる。

余裕のある愛ではないけれど、これだけ一途に想えるなら、マリアンナとも上手くやっていけるかもしれない。


「そう、それならいいの。……まあ、マリアンナ嬢が公爵家を継げなくなったあなたに愛想をつかさなければ、の話だけど」


「へ…?」


クライヴの口から空気が抜けるような微かな音が聞こえた。今までで一番間抜けな顔をして、動きを止めている。

そのまま見守れば、顔色がだんだん悪くなってきた。


「マリアンナに限って……そんなこと……」


泣きそうに呟いたクライヴに、ロシャールが声をかけた。


「マリアンナ嬢がどういう考えかは、自分で確かめろ。…マリアンナ嬢には、隣国の子爵家へ養子に入る話が出ている。クライヴが望み、マリアンナ嬢の許しがあったなら、一緒に隣国へ行くといい」


「養子…?どういうことだ?」


クライヴは初耳の情報に目を白黒させた。ロシャールが説明を続ける。


「アラン殿が隣国で支援していた家に話をつけてくれた。子を望んでもできなかった夫婦で、とてもいい人たちらしい。マリアンナ嬢を受け入れ、ゆくゆく家を継がせてもいいとまで言ってくれている。さらに、お前も付いてきても構わないと。…彼女にはまだ親が必要だ」


血の繋がらない、隣国からの養子にあとを継がせてもいいなんて、普通ありえないことだ。歴史が浅い家だとは聞いているが、それでも破格の条件だった。

その条件が整ったのは、ひとえにアランの人望ゆえ。

子爵夫婦はアランをたいそう慕っているようで、どうせ終わるはずの家でしたから、と喜んで養い親を買って出てくれたらしい。


「今後どうするかはお前とマリアンナ嬢次第だ。しっかり考えて決めるといい」


クライヴは何も言えずに俯いた。心なしかどんよりとした空気をまとっている。


やっぱり私は、レティシアが言うようには非情になりきれない。

クライヴの気持ちがマリアンナに届くことを祈らずにはいられなかった。

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