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8(ロシャールの回想)

初めて私がベアトリスを愛しているのだと自覚したのは、ベアトリスとクライヴとレティシアの4人で顔をあわせて、婚約者候補になるのだと説明を受けた時だった。


私はベアトリスと結婚しないかもしれないんだ。

その未来が可能性として存在することを自覚した時、どうしようもなく、いやだと思った。


そうなってから気付いた自分が憎くてしょうがなかった。

なんでもっと早く自覚しなかったのか。自覚していれば打てる手もあったはずなのに。


一度決まってしまったものはしょうがない。隣国との間の取り決めとなれば、そうそう覆ることはないろう。

逆に良いように考えれば、まだ私がベアトリスと結婚できないと決まったわけでもない。

それなら、今後チャンスが巡って来たときに、確実にものにできるよう、今から頑張って力をつけておこう。


それまでも優秀だと言われてきたが、それからの私は、ますます意欲的に学ぶようになっていった。




ベアトリスは可愛い。

気が強いところも、素直じゃないところも、それでいて面倒見がいいところも。

いつもツンツンしているのに、私と二人で話しているとふんわり気を抜いたように笑うのだ。

私ほどの熱はないかもしれないが、ベアトリスも私のことを憎からず思ってくれているはず。妄想ではないと信じたい。


少なくとも、クライヴにはそういう意味での愛は向いていないと思う。あれは弟に向けるような、家族への愛情だろう。

そういう愛情からくる小言をクライヴに向かって言っている時のベアトリスも、それはそれで愛しかった。


彼女は愛多き人だ。口では強く言うけれど、その実誰のことも見捨てない。

彼女は身近な人だけでなく、この国の国民も愛している。

こんなに王妃に向いている人はいないだろう。


正直なところ、私はベアトリスほどすべてを愛することはできない質だと思う。

ベアトリスが気にするから私も気にかけ、ベアトリスが愛するから健やかであってほしいと願う。

そんな小さい男だった。

王の器だと皆褒め称えるが、その中身は恋するだけのただの男だった。




成長するにつれ、ベアトリスは美しくなった。

ベアトリスは、なぜだかずっと自分はクライヴと結婚するものだと思っているようだった。

言葉の端々に、しかたないから最後までクライヴの面倒を見てやろうという諦めを感じる。

そういう時、私はどうしようもない嫉妬を自覚した。


クライヴはベアトリスに幼馴染以上の興味はまったくない。それがわかっているのに、ベアトリスがクライヴとの未来を考えているのだというだけでモヤモヤと胸に黒い影が落ちる。



そもそも、問題を先送りせずにクライヴとレティシアを婚約させてしまえばよかったんだ。

前回もマルテル公爵家に輿入れしているのだから、今回だって同格の公爵家との婚約で何も問題なかったはずだ。

それなのに、たまたま王家に私という年回りがちょうどいい王族がいたために、隣国が欲をかいた。せっかくならかわいい娘に最高の地位を、と考えたのだろう。

私は心の中で、隣国の王と、その欲を押し返せなかった自分の父に悪態をついた。



どうにかして早くベアトリスを私だけのものにしたい。

そう思うのに、なかなか決定的な動きができずにいた。




我々の婚約に関するタイムリミットまで後1年を切った頃、ルロワ公爵からクライヴとマリアンナの件を相談された。

オーリー伯爵家については報告を聞いていたし、その中でクライヴが関わっていたことも知っていたが、まさか彼女を愛して結婚したいと言い出すとは。

日頃から自覚が足りないところがあるとは思っていたが、婚約者候補の話を反故にしたがるほどとは。


幼馴染の今後を心配するよりも先に、これはチャンスだと思ってしまった。

こういう思考をする時、私は本当に王に向いていないと思う。何よりもまず自分の幸せを考えてしまうのだから。


私は、難しい顔で考え込んでいた父王達に向かって言った。


「それについて、私からひとつ提案があるのですが」


私はアランを次期ルロワ公爵とし、レティシアと結婚させることで、丸く収める案を話した。


やっぱリ私の隣にはベアトリスがいてくれなければ。

彼女の目を通して見た世界なら、私もすべて愛することができるだろうから。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




父たちを納得させたあとは、隣国との調整で寝る間を惜しんで働いた。

もともと学園での勉強はすでに終わっていて、登校の義務はない。

ベアトリスに会えるから、ついでに他の学生との交流も深めておくか、と通っていただけだ。


隣国へも使者として渡った。本来王太子の役目とは言えないが、こちらの不誠実な対応への詫びの意味もあり、私が向かうのが適任だろうということになった。

レティシアとも話をしておきたかったしちょうどよい人選だった。



「わざわざあなたが来るなんて、よっぽど大事なのかしら?婚約の話について、としか聞いていないのだけど」


私は大使の役目を果たした後、そのままレティシアと話す場を設けてもらった。

レティシアは応接室のソファに肘をつき、優雅に私を睥睨した。

自国で見るときよりも余裕と威圧を感じる姿で、この国の王女は座っていた。


「あなたのその余裕そうな顔を見る限り、やっとベティとの婚約が固まったの?わたくし、あなたたちを引き裂く悪女にはなりたくないのよ」


レティシアは昔から私のベアトリスへの好意に気付いていた。


レティシアは、自分の婚約はどうでもいい、という顔をしている。ベアトリスのことがなければ、私と結婚しようが、クライヴと結婚しようが、どちらでも本当にどうでもいいのだろう。

そこにあるのは、余裕と諦めだけだった。


「私とベアトリスの婚約が決まりそうなのは事実だよ。そして君の婚約も。でも、その相手がちょっと変更になってね」


「は?どういうこと?」


はじめて余裕そうな表情が崩れた。

彼女も昔馴染みということもあって、かなり私に気安く、取り繕うということをしない。

眉間にシワをよせて私を睨む姿は、巷で囁かれる妖精姫の評判とは懸け離れたものだ。


「君の婚約者は、アラン・ルロワになりそうなんだ」


ダン、とテーブルが叩かれ、乗っていたティーセットがぶつかって大きな音を立てる。

淑女にあるまじき体勢で、両手をテーブルについて身を乗り出して、レティシアは私に掴みかからん勢いで迫った。


「なっ、は?なに、なんで、ていうかあなた、知ってたの!?」


みるみるレティシアの顔が赤く染まっていく。怒りと戸惑いが混ざった赤面は、なんとも奇妙だった。

でも、その心の混乱に共感するものもあるので、そこは指摘しないでおいてあげよう。


「知ってたよ。君がアラン殿を愛していることくらい」


レティシアが我が国に来る時、たまにアランも同行していた。婚約者候補の叔父で、隣国での地位も盤石なアランは大使の一人としてうってつけだった。

アランがレティシアを見ているときには目を向けず、そのくせ彼が背中を向けると静かに見つめていた姿。それはまさに自分がベアトリスを見ている姿と同じだった。


「安心して。私の恋心に気付いたのが君だけなように、たぶん君の好意に気付いているのも私だけだ」


レティシアは乗り出していた体をソファに深く沈め、赤くなった顔を両手で覆う。

長く細いため息をついた。


「どういうことなのか、説明して」


顔を覆ったまま、こちらを見もせずにレティシアが言う。

私はこれまでの経緯を簡潔に説明した。


「君のお父上には、先程状況の説明と、アラン殿を婚約者に推す話まではした。もちろん君の気持ちについてはなにも言っていない」


話を聞くにつれて落ち着きを取り戻したレティシアは、まだ少し赤い顔で口を引き結んでいた。


「陛下は渋っておられたよ。アラン殿の功績は認めるが、年齢が離れすぎているし、今更の変更はレティシアにとってよくないんじゃないかってね。君に話してから改めて返事をもらうことになっている」


私は手つかずだった紅茶に手を出した。

ぬるくなったそれがちょうどよく喉を潤してくれる。


「あとは君の頑張り次第だ。しっかりお父上を説得してほしい」


レティシアは膝の上で両手を祈るように組んだ。

その手を見つめて、ぽつりとこぼす。


「頑張っていいのね…」


組んだ両手を額に当てる。


「わたくしが頑張れば、手が届くかもしれないのね……」


その姿は容姿も相まってとても神秘的な儀式のようだった。

しばらくそうして頭の中を整理していたのだろう、顔を上げたときのレティシアは、すっきりとした顔をしていた。


「一応、お膳立てありがとう、と言っておくわ。すべてロシャールの手の上って感じで癪ではあるけど」


「かまわないさ。君も含めて幸せでないと、ベアトリスは気にしてしまうからね」


「ベティも面倒な男に好かれてしまったものだわ…」


軽く冗談めかしてそういうと、レティシアはすくっと立ち上がった。その顔は晴れ晴れと未来を向いている。



「さて、そうと決まったらお父様を説得して、それからアランを口説き落とさなくてはね。こんなところで油を売っている暇はないわ」


「随分な言われようだ」


私はその遠慮のない態度に笑った。彼女は私に自然体で接してくれる、得難い存在だった。


「ちなみに、勝算は?」


「五分五分といったところかしらねぇ。少なくとも親や兄のような情はあるはずだから、最終的には泣き落としね」


彼女はハニーブロンドを掻き上げた。


「妖精姫と言われた容姿を存分に使ってやるわ」


ふふんと笑う姿は妖精と言うよりは悪役の方がしっくり来るかもしれない。

でも、今までの、すべてどうでもいい、言われるがまま、といった雰囲気から一転して、とても生き生きして見える。今のレティシアを見たら、きっとベアトリスは喜ぶだろう。


「良い結果が聞けるのを楽しみにしているよ」


私は友人の武運を祈りながら、早くベアトリスに会いたいと思った。

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