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ここは、王族が私的な面会に使う応接室。


まだ夜会が開始したばかりの時間である。それなのに、私は会場の誰とも挨拶を交わさず、ここに連れてこられていた。


目の前にいる、ロシャールによって。




「どういうことなのか教えてくれるということよね?」


この場には私とロシャールだけ。本来未婚の男女がふたりきりになることは許されないが、品行方正な我々を信じて、開けた扉の外に人が控えることでふたりきりを許されていた。


応接室にはテーブルを挟んでソファが置かれているのに、なぜか同じソファに隣り合って座っている。


「なにから説明したらいいかな…」


ロシャールは困ったように笑った。その瞳をちらと見て、私はため息をつく。


「はじめからでしょ。私、はじめからずーーーっと仲間はずれだったんですもの。何も知らないわよ?レティシアのこともアラン叔父様のことも、クライヴたちのことも、ロシャールと……私のことも」


私は視線を落とた。胸元のアメジストが目に入る。

紫のそれが、ロシャールの瞳の色ととても似ていることを思い出した。

今までなんで気付かなかったのかしら…。いえ、だって紫は私の一番好きな色だから……でも私が紫が一番好きになった理由は……。


自分で自分の感情がわからない。でも、動揺して…同時に、期待してしまっているのはわかる。


期待なんてしてはいけないのに。

期待したら、違った時にとてもがっかりしてしまう。


でもロシャールとレティシアが婚約しないなら。

このアメジストが私への餞別でないのなら。

今ロシャールと私がふたりきりでいるというのは。


そっとロシャールを見上げれば、真剣な紫の瞳とぶつかる。

膝に置いた私の手が、優しく握られた。


「ねぇ、昔君が花冠を作ってくれたの、覚えている?」


「え?ああ、うん…覚えてるけど」


急に昔話になって、意味がわからず首を傾げる。

私達は婚約者候補になる前から、歳の近い高位貴族の子女として頻繁に交流を持っていた。

思い出話には事欠かないが、なぜ今その話なのか。


「私とクライヴにひとつずつ作ってくれたよね」


「乳母に習って一生懸命作ったのに、クライヴってば虫が付いていたのに驚いて投げ捨てちゃったのよね」


「そうそう、君がひどく怒ってクライヴを追いかけ回していた」


ふっ、とロシャールの瞳が愛しげに細められる。


「あの時の花のうち一輪だけ、枯れる前に抜いて押し花にしてある」


「え…?」


ロシャールは私の戸惑いなど気にせず続ける。


「王宮裏の森に3人で探検に行って、木苺を食べたのは覚えてる?」


「覚えてるわよ…私が木から降りられなくなって、クライヴが大人を呼びに行ったわ」


「そう、君はスルスル木を登ってしまったのに、怖くて降りられないって言うから」


「あなたは一緒に登ったわよね。クライヴは怖がって登れなかったから結果的に人を呼べたけど…」


「私ひとりで降りることはできたけど、君を降ろすことはできなかったからね」


握られたままの手を、ロシャールの指がそっとなぞった。


「あの時ふたりで木の上で食べた木苺の味が忘れられなくて、今でも時期になるとひとりで森に行くんだ。でも、いつもあの時の甘酸っぱさには敵わない」



ロシャールのアメジストの瞳がかすかに揺れる。

いつもどこか余裕を見せていた彼の、そんな表情は初めて見た。



「ねぇ、ビィ、それくらい昔から、君が好きなんだ。私と結婚してほしい」


今度は、ロシャールの姿が揺れた。

それが私の瞳に涙が溜まったせいだと、すぐにはわからなかった。


ほろり、一粒涙が頬をつたう。


ロシャールの姿がはっきり見えた。


「ロシェ……」


私の口から出たのは、遠い昔、まだ彼のお嫁さんになれると信じていた頃に呼んでいた愛称だった。


ロシェ、ビィ、と呼びあって、無邪気に遊んでいた頃。

まだ何も知らない子どもであることを許されていた、ほんのいっときだけの呼び方。


すぐにレティを巻き込んだ婚約の話が持ち上がり、立場をわきまえて呼ばなくなった。



「ロシェ……私……私……」


涙がとまらない。涙と一緒に、ずっと押し込めていたものまで溢れ出てしまいそう。



『ベアトリス様ほど王妃にふさわしい方はおりません』


『殿下と並んだ姿はとてもお似合いですね』


『お二人がいれば国の将来も安泰です』



ずっとずっと、期待したくなる言葉ばかりかけられて、でもそうなりそうにない現実を理解していて、だから、絶対に期待しないと決めていた。


それなのに。




「私、ロシェを好きだって言ってもいいの…?」


ロシャールが私を抱き寄せた。私の頭がロシャールの胸元に閉じ込められる。

すり、と髪に頬が寄せられる感覚がした。


「言ってほしい、好きだよ、愛してる、ビィ」


私は何度も瞬いて、その度流れる涙を止められそうになかった。


「好き……、ロシェが好きよ…ロシェのお嫁さんになりたい…!」


まるで子どもの頃の私がそうするように、なんとも幼い言葉しか出なかった。


ロシャールの背中に腕を回して縋りつき、泣き続けてしまう。


公爵令嬢にあるまじき醜態だが、ロシャールは何度も嬉しそうに私の頭や背中を撫でてくれた。

その温かさに、現実なんだと理解してさらに涙が溢れてしまった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「えーっと、それで、私、結局なにも説明されてないんだけど…」


どうにか泣き止み、侍女を呼んで崩れたメイクを直してもらい、ついでにハーブティーも淹れてもらって、やっと落ち着いて話ができる体制が整った。


なんとも格好がつかないが、私は半眼になってロシャールを睨む。


ロシャールはおどけたように笑って両手を挙げ、降参を示した。


「もちろん、順を追って話すよ。まずはそうだな…レティシアとアラン殿の婚約についてかな」


「それよ。まさかアラン叔父様が出てくるとは思わなくて、本当にびっくりしたわ」


「クライヴがマリアンナ嬢と結婚したいと言い出したとき、まずルロワ公爵から王家とマルテル公爵に相談があったんだ」


ロシャールの話では、はじめ、ルロワ公爵はアランとマリアンナを婚約させようとしていたらしい。

婚約破棄をされた身としては、国内には居づらいだろうと、隣国で地位を築いていた弟に任せることを考えたようだ。

家族の愛情を受けられずに育ったマリアンナには、アランのような年上の男性の愛が必要だろうと思ったらしい。

ルロワ公爵はマリアンナの本質がわかっていたようだ。年上で余裕があって包容力抜群なアラン叔父様は、私も丁度いいと思う。

さらに、一応婚約者として隣国に身を移すが、マリアンナの傷が癒えて、他に望む人ができた場合はいつでも婚約解消するという、実にマリアンナのことを思った婚約話だったらしい。


しかし、息子がマリアンナと結婚したいと言い出してしまった。


ルロワ公爵は、基本的にとても優秀な方なのだが、一人息子の話になるとちょっとポンコツになってしまう。

息子が可愛くてしょうがないのだ。


本当なら、そんな戯言は一蹴して、ためらいなくマリアンナを隣国へ送るのが正しい対応だろう。しかし、クライヴの父にはそれができなかった。

どうにかしてやりたいと思って、王家とマルテル公爵家に話が来たようだ。

そして、そこからアランを巻き込んでの婚約の再調整が始まった。


「うちにも話が来てたなら、その時教えてくれたらよかったのに…」


私は父を恨めしく思った。そもそも自分に関わる婚約の話なのだから、最初から知らされていないとおかしいだろう。


「そこはマルテル公爵を責めないでやってくれ。彼に口止めをしたのは私だから」


「どういうこと?」


「クライヴがマリアンナと結婚したいと言い出したとき、うまくいけばこの形に収まるなと思ったんだよ。でも、ビィには私からちゃんと告白したかったんだ」


ロシャールがはにかんで笑う姿にドキッとして、私は口をつぐむ。

告白したかったなんて言われて、改めて頬が熱くなる。


「告白するには、婚約者候補の件を片付けて、身綺麗になってからじゃないと不誠実だと思って…。全部終わってから、私がビィに話をするから、公爵からは言わないでくれとお願いしたんだ」


「………でも、事情を話してくれれば先に言ってくれてもよかったと思うわよ」


ぼそぼそ可愛くないことを言ってしまう。

でも、早めにロシャールが告白してくれたら、ここしばらくの諦めに似た覚悟はしなくてよかったのだ。

私には文句を言う権利があると思う。


「それは私もわかっていた。でも、ビィには何の憂いもない状態で、私の胸に飛び込んできてほしかったんだ。ビィは良くない方にばかり考えるから、不確定要素があると安心できないだろう?」


う、と言葉に詰まってしまう。

確かに、まだ婚約話が確定してない時に言われたとしたら、調整がうまくいかなかった時のことを考えて悶々としたことだろう。

私の性格を熟知されている。


「何も言わずに進めてごめんね」


ロシャールが眉尻を下げて捨てられた子犬のような顔をする。

そんな顔をされたら何も言えないじゃない!ほんと、嫌になるほど性格を熟知されてるわ。


「わかった、もうその件については何も言わないわ。………結局私もロシェと結婚できるわけだし………」


惚れた弱みというやつか。

しょうがないから、多少不安にさせられたことは許してあげよう。

でも改めてレティシアのことが気になった。


「レティはそれでよかったのかしら?確かにレティはロシェにもクライヴにも興味はなさそうだったから、そこは構わなかったとは思うんだけど」


レティシアはアランとの婚約をどう思っているのだろう?

私達だけが好きな人と婚約して、レティシアは貧乏くじを引かされていないだろうか。


「そこは大丈夫。レティシアがアランとの婚約をどう思っているかは直接聞いたほうがいいと思うけど、彼女も望んでいることだけは確かだよ」


ロシャールはきっぱりとそう言い切った。

彼はこういうところで嘘はつかない。レティシアが望んだ結果になっているというのは本当だろう。

私はほっと胸を撫で下ろした。


「レティシアとはゆっくり話す時間を持ったらいい。今回はある程度の期間は滞在するだろうから」


「わかったわ。その件については直接聞くことにする」


婚約発表の件で、今後もいろいろと慌ただしいだろうから、落ち着いてから時間をとろう。



そして、もうひとつ気になっていたこと。


「レティがアラン叔父様と婚約するってことは……次期公爵はアラン叔父様ってことよね……?」


名言はされなかったが、国王陛下もアランに『ルロワ公爵家を盛り立てていくように』とお声がけされていた。それはつまり、今後のルロワ公爵家を盛り立てていくのはアランだということだ。

クライヴが気付いていたかはわからないが、その言葉で察した貴族は多いだろう。


クライヴは公爵家の跡取りから外されたのだ。


隣国の王家を巻き込んだ婚約話を一方的に蹴ったのだ。そんな者が次期公爵になれるわけはない。

クライヴがそこまで考えていたとはとても思えないが、当たり前の結果だった。


「そうなるね。アラン殿はクライヴが生まれるまでは公爵家の後継者教育も受けていたからね。隣国で商家を巻き込んで一大事業を成し遂げた実績もある。何の問題もなく公爵家を繁栄させていくだろう」


「叔父様は素晴らしい方だもの。クライヴが継ぐよりよほど安泰だわ」


「クライヴだって、後を継げはちゃんとやっていたと思うよ」


「それはわかってるわ。ちょっとお馬鹿なところもあるけど、クライヴなりに真面目に公爵家のことを考えていたのは知っているもの。でも…ひとつのことで周りが見えなくなるのは現公爵譲りかもしれないわね」


私はひとつため息をついた。

クライヴは優秀だ。マリアンナと出会わなければしっかりと領地を治め、ほどほどに国に貢献していただろう。

息子のことになるとちょっと周りが見えなくなってしまうルロワ公爵と似た者親子なのかもしれない。



「クライヴは真面目なくせに、甘ったれなのよ。クライヴには公爵家は大きすぎたのかもしれないわ」


クライヴは優しすぎた。

その優しさが正しいかはさておき、クライヴには高位貴族としての厳しさが足りなかった。

たとえ今回マリアンナと出会わずそのまま公爵家を継いだところで、きっといつか大なり小なりやらかしていただろう。


脳裏に浮かぶのは、私とロシャールの後ろを涙目になりながら付いてくる幼いクライヴの姿。


「ほんと、お馬鹿なんだから」


我ながら、声に寂しさが乗ってしまったのがわかった。

クライヴにはむかつくこともあるけど、公爵家を追われればいいと思ったことはない。

これからクライヴはどうなってしまうのだろうか。


私の頭にふわりとロシャールの手が乗る。その手は私を安心させるように髪を撫でていった。


「大丈夫。最終的に選ぶのはクライヴだけど、悪いようにはならないと思うから」


幼馴染には元気でいてほしいしね、とロシャールは笑った。


「そうね、うん…。クライヴとも、ちゃんと話さないといけないわね」


「うん、そうだね」





そっと私の腰にロシャールの手が回された。


「さて、愛しい人の疑問は晴れたかな?せっかく想いが通じたのだから、もう少し抱き合ってもいいかい?」


「だっ、だき…!?」


カチン、と体が固まった私の体を、ロシャールが包み込む。項にロシャールが笑った息がかかった。


「何年我慢していたと思っているんだい?やっと堂々と触れられる。私だけのビィ」


耳元で囁く声。幼い頃からずっと一緒にいたのに、こんなに愛しそうな響きの声は知らない。


ああでも、これは私しか知らないんだわ。

彼がこんな声で呼ぶのは私だけ。


込み上げてくる愛しさが私の心を満たしていく。


「ロシェ、私、幸せだわ」


体から力を抜いて、私からもロシャールの背中に腕を回す。


「こんな幸せがあるなんて、思ってもみなかった」


彼の胸に頭を預ければ、心地よく早い鼓動が聞こえる。

私の体を包む腕の力が少し強くなった。


「ビィ、愛してる」


「私も愛してるわ、ロシェ」


私達は、お互いの存在を確かめるように、寄り添い続けた。





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