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出席者は一様に王座に向かって頭を垂れる。
そして、しずしずと王族が入場し、国王陛下のお声が響く。
「皆のもの、面を上げよ」
私はゆっくりと、完璧な公爵令嬢の仕草で頭を上げ、王座を見た。
そこには、国王陛下と王妃陛下、そして第二王子がいる。そして……そこにいるはずではない人の姿を見つけて、私は混乱した。
ロシャールも、王族としてその場に立っていたのだ。
王族は王族専用の出入り口から会場に入る。
しかし、王族以外の者をエスコートしている場合は別で、一般貴族と同じように普通の出入り口から会場に入り、他のものと一緒に王族の入場を待つのだ。
今までも、私かレティシアをエスコートしたロシャールは、王族入場前に入場していた。
私はクライヴたちを相手にしていたので気付いていないだけで、今回はレティシアを伴ってすでに会場のどこかにいるのだと思っていた。
それが、レティシアはエスコートせず、パートナーがいない王族として目の前に立っている。
なぜ?
ロシャールはレティシアをエスコートするはずでは?
それならレティシアはどこにいて、誰がエスコートしているの?
私は疑問で一杯だった。
周りの者も同じように疑問を持っているのだろう、どことなく落ち着かない雰囲気だ。
どういうことか問いたくて、ロシャールを見た。そうしたら、ロシャールも私を見ていて、にこりと微笑まれてしまった。
……私の気もしらないで!
ついつい睨むような視線になってしまったが、彼の微笑みは崩れなかった。
「よく集まってくれた。今宵は特別な報告がある。わが国と隣国との友好に関わる話だ」
今度こそ、会場の貴族たちがざわめくのを肌で感じた。
わが国と隣国の友好の証といえば、私たちの婚約の話に他ならない。
とうとう隣国の姫の婚約者が決まったのか、だとしたら婚約者候補のどちらも姫をエスコートしていないのはなぜだ、と会場全体で囁きが渦巻いている。
私にも視線が集まるのを感じるが、何も知らないんだからしょうがない。
しかし、公爵令嬢の矜持として、さも知っていますという風な顔をした。舐められないよう、いつでも余裕を持った態度でいるのは、貴族として当然の嗜みだ。
…まあ、クライヴはそわそわと周りの顔を伺っているようだけど。
私の方を見ないでちょうだい。
「この度、隣国のレティシア姫の婚約が成立した。その相手は…」
ゆったりした国王陛下のお言葉に、一同が耳を傾ける。私も人知れず爪を手のひらに食い込ませていた。
ああ、決まるのか。決まってしまうのか。
まさか今ここで発表になるなんて思わなかった。
少なくとも、私には事前に話があると思っていた。
……私には、ロシャールから直接話してくれると思っていたのに。
レティシアが来たら改めて説明してくれるって、言っていたのに。
学園で一緒にお茶を飲んで以降、ロシャールとはまともに言葉を交わせていない。
忙しかったのはわかるけど、それでも、手紙でもなでも伝える手段はあるでしょうに。
きっと私ならわかっていると思って、直接言わなかったのかしら。
レティシアだって、さっき話してくれてもよかったのに。
私の頭の中に、様々な恨み言と、ほんのちょっとの痛みが浮かんでは消えた。
そして残るのは、国のためにこの身を捧げるという、幼い頃からの覚悟。
自分の中にしっかり残っているものを確かめて、私は国王陛下のお言葉を待った。
「レティシア姫の婚約者は、現ルロワ公爵の弟、アラン・ルロワである」
………え?
私は声こそ出さなかったが、口が開いた。
いや、声が出ていても、誰も気づかなかっただろう。私の声なんて簡単に飲み込むくらい、周囲は騒がしくなっている。
どういうこと?アラン叔父様とレティシアが婚約?
私は思わず陛下から目を外してロシャールを見る。
ロシャールは私の視線を受けて、ふわっと笑った。ロシャールの口が動く。
(あとで、ね)
読心術もマスターしている私には、ロシャールの口がそう紡いだのがはっきりわかった。
その時、トランペットが鳴り響き、一般貴族用の出入り口が開く。
そこから現れたのは、アランにエスコートされるレティシアの姿だった。
その身にまとうのは、幾重にも薄い水色のシフォン生地を重ねたふんわりとしたシルエットのドレス。
白金の髪と淡い水色のドレスが合わさって、妖精のように可憐な容姿だ。
先程も見ていたはずなのに、なにも気づかなかった。淡い水色は、紛れもなくアランの瞳の色だった。
レティシアをエスコートしているのはアラン・ルロワ。現公爵の弟で、クライヴの叔父である。
私も幼い頃から何度も会っており、アラン叔父様と呼ばせてもらっている。
現公爵とはかなり歳が離れており、確か30になるかならないかといったくらいだったはず。
クライヴと同じキャラメルブラウンの少しクセのある髪と淡いアクアマリンの瞳が印象的な男性だ。
程よく鍛えられた体と凛々しい顔立ちで、彼に懸想する女性は多いと聞く。
彼は公爵家を継ぐクライヴと、あまりに歳が近すぎた。
まだ幼いクライヴより、しっかり頼りがいのあるアランを担ぎ上げようとする一部の層がいたらしい。ほんの一部であったが、アランはクライヴの憂いにはなりたくないと、成人してからずっと隣国を拠点としていた。
そして、万が一にも御家騒動を起こさぬよう、様々な女性から秋波を送られても独身を貫いてきたのだ。
そんなアランと、レティシアが婚約。
一体どうなっているのか…。
レティシアとアランは国王陛下のもとへたどり着き、礼をとる。
その様に満足そうに頷き、国王は祝福の言葉を述べた。
「わが国と隣国の架け橋となり、よりいっそうルロワ公爵家を盛り立てて行くように」
「ありがたきお言葉、しかと胸に刻みます」
答えたアランに合わせ、レティシアも優雅にカーテシーを見せた。
会場は困惑しながらも、拍手の音に包まれた。誰も彼もが疑問を浮かべている。
「それでは、今宵は存分に楽しむといい」
陛下の開会の言葉とともに、夜会は幕を開けたのだった。




