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「レティ!会えてうれしいわ!」

「ベティ!わたくしもよ!」


私とレティシア王女は手に手を取り合って再会を喜んだ。


隣国の王女レティシアは、ミルクに蜂蜜を溶かしたような白金の髪に、とろりとした黄金の瞳の、儚げな美少女だ。

華奢な容姿におっとりとした微笑みをたたえる姿はまるで妖精のようだった。

真紅の髪に黒い瞳で、きつく見られがちな私とは正反対な容姿と言える。

しかし、私たちはとても気の合う友達であった。



「こんなに早く会えるなんて思わなかったわ」


私の言葉にレティシアは肩をすくめて見せる。


「誰かさんに感謝しなくてはね」


ここにいるべきなのにいない『誰かさん』を思って、私とレティシアは同時に苦笑した。




私達が再会したのは、レティシア歓迎のための夜会の控室だった。

今はまだ入場時間前。

今までの夜会では、私とレティシア、ロシャール、クライヴがこの控室に集まり、その時々でペアを変えて夜会に出席していた。

しかし、今ここにいるのは私とレティシアのみ。


「ベティはお兄様にエスコートしていただくんでしょう?」


「ええ、そうよ」


兄は私達のために少し席を外してくれている。

クライヴが今日のエスコートをしないだろうことは分かっていたが、ロシャールからも「今日はエスコートできないから代わりに兄君にエスコートしてもらってほしい」と連絡があったのだ。


クライヴがエスコートを放棄するのであれば、王族であるレティシアのエスコートは、王族であるロシャールがしなければならない。


社交デビューしてからは必ずロシャールかクライヴのどちらかがパートナーだったので、なんとも落ち着かない気分だ。



レティシアは意味ありげな瞳で私のネックレスとイヤリングを眺める。


「それ、ロシャールが?」


含みのある視線に、私は首を傾げた。


「ええ、そうよ」


首元と耳元に、揃いの大きなアメジストが鎮座している。

吸い込まれるようなカボションカットの紫の周りに、たくさんのダイヤモンドが光を添えていた。

その洗練された美しさは公爵令嬢が身につけるにふさわしい品だった。


ロシャールから、エスコートできないという知らせとともに届いたものだ。

エスコートできないことへの謝罪だろうと、ありがたく受け取った。


もしかしたら、餞別なのかもしれない。



クライヴが本当にマリアンナを選ぶなら、必然的にレティシアの婚約者はロシャールになる。

そして、婚約者がいなくなった宙ぶらりんな私は、王家の血を引く者として、外国に嫁ぐ可能性が高い。

国内に、婚約していなくて、公爵令嬢に釣り合う、という条件の男性がいないからだ。


王太子妃にもなれるようにと、最高の教育を受けてきたのだ。私には他国の妃にだってなれる格がある。その私が、釣り合いのとれない国内の下級貴族に嫁ぐわけにはいかなかった。


これは自惚れではなく、事実だ。

この能力を有効活用しないのは国の損失。今までかけてもらった教育費を無駄にするわけにはいかない。

それはすべて血税でまかなわれているのだから。


婚姻により結びつけば、国が富むような選択肢はいくらでも思いつく。

きっと父たちがより良い縁談を検討してくれるだろう。



私は、たとえロシャールと結婚しなくても、クライヴと結婚してこの国に尽くしていくのだと思っていた。

王となったロシャールの側で、ロシャールの治世を支えるのだと。

そのために寝る間を惜しんで頑張ってきた。


きっとロシャールは、そんな私が国を出ることを申し訳なく感じたのだろう。

戦友に対する別れの餞のつもりで贈ってくれたに違いない。紫は私が一番好きな色だから。


少し寂しく思いながら、胸元のアメジストを撫でた。


「……仕方ないとは言え、あなたのその最悪を考えるクセ、なんとかならないものかしらね」


レティシアが顎に手を当ててため息をついた。


「どういう意味?」


私が聞き返せば、レティシア困ったように笑う。


「気持ちはわかるわ。わたくしもそうだったもの。望んだって手に入らないなら、はじめから諦めていた方が楽よね」



レティシアのその言葉の意味は、深く考えてはいけない気がして、私は曖昧に微笑んだ。




レティシアと話しているうちに、夜会の開始時間となった。

彼女とは近況などの当たり障りのない話しかせず、私達の婚約については触れなかった。

それにほっとしている私がいた。

今、レティシアとロシャールの婚約の話をされたとして、どう受け答えしていいか分からない。

早く気持ちを整えて、公爵令嬢として言うべきコメントを考えなくては。

きっと今日、ロシャールにエスコートされたレティシアと、クライヴにエスコートされない私が会場に入れば、嫌でも聞かれることになるだろうから。



私は迎えに来た兄とともに控室を出て、レティシアと別れた。

ロシャールはまだ現れなかったが、位の低いものから入場するため、ロシャールとレティシアの入場は最後になる。まだ時間に余裕があるのだろう。

私は兄の腕に手を添えながら、どうにも乱れがちな思考を落ち着けようと深呼吸した。





私の入場はつつがなく終わった。

しかし、私が兄と入場したこと、そして、案の定クライヴとマリアンナがパートナーとして入場してきたことで、参加者たちはざわついている。

皆詳しい事情を聞きたいようで、私にチラチラと視線が刺さる。

しかし、公爵令嬢の入場はほぼ最後で、夜会の開始まで間がない。今話しかけては中途半端になるだろうと、誰もがタイミングを待っているのがうかがえた。


そんな中、空気を読めない人たちが、連れ立って私の前に現れた。


「ベアトリス、少し話がしたいんだが」


それは、マリアンナを腕にぶら下げたクライヴだった。

今会場中の注目を浴びている当事者がそろってしまった。このおいしい状況に、私たちの周りにいる人垣の輪が少し狭まったように感じる。

兄は、自分は言うことはないとばかりに肩をすくめて半歩下がった。その態度は私を信じて任せてくれたと取るべきなんだろうけど、私に丸投げの状況に内心舌打ちをしたくなった。


「それは今でないといけないのかしら?もうすぐ陛下から開始の挨拶があるわよ」


そう告げながら、ロシャールとレティシアを探す。

自分一人でこの2人を抑えなければいけないのは面倒だ。

わたしより後に入場するはずだから、そろそろ来てもおかしくないのだが、まだ入場を告げる声はない。


「いいんだ、すぐに済む」


私の気も知らず、クライヴは神妙な顔でそう言った。

なにがすぐに済む、よ。すぐに済むかどうかというより、こんな公衆の面前であなたに話をさせるのが心配なのよ、とあけすけな事を言うわけにはいかない。


「それなら場所を移しましょう。あちらのテラスでも…」


なにか不用意なことを言わせる前に早く移動しなければ、と私が必死に頭を回転させていることなんてお構い無しに、クライヴはペラペラ喋りだしてしまった。


「いや、本当にすぐ済むんだ。僕はマリアンナと婚約したいと思っている。父にも伝えているから君ももう聞いているかもしれないが…」


一気に周りのざわめきが大きくなったような気がする。


「マリアンナを愛してしまったんだ。マリアンナと婚約して、君を僕の婚約者候補という曖昧な立場から解放したい」


さああ、と血の気が引いた音がした気がした。


「クライヴ、あなたなんてことを…!」


周りが見えていない時があるとは思っていたけど、まさかここまでとは……。

うまく言葉が紡げない。

きっと今、私は完璧な公爵令嬢の顔ができていないだろう。


「申し訳ありませんベアトリス様。私、クライヴ様と結婚のお約束をしたんです。どうしても愛する方と結婚したくて…」


私がなにも言えずにいるのをどうとったのか知らないが、マリアンナが視線を伏せてそう言った。

彼女は、片時も離れたくないと言わんばかりにクライヴの腕をぎゅっと握っている。




クライヴとマリアンナの言動は、考えうる限り最悪だった。


貴族にとって、大事なのは体裁だ。

実態がどうかは関係なく、事実としてそう見えるか、が大事だ。


今までなら、私が他国に嫁ぐことになった結果、レティシアとロシャールが結婚、そしてクライヴは国益のために身を引いてマリアンナと結婚する、という筋書きが考えられた。


事実はそうでないと察するものはいるだろうが、そこはなにも証拠がないのだからなんとでも言いくるめられるはずだった。


しかし、それがクライヴ側から提案される形になると話が変わってくる。


私は国益のため他国に嫁ぐのではなく、婚約者候補に捨てられた結果、国内に居場所がなくなって国を出る、ということになってしまう。


そうなってくると、結べる縁の格は大きく下がる。

クライヴとマリアンナの件は既に噂になっているけれど、決定的な言葉さえなければなんとでもできたのだ。

私の中で、いくつかの縁談の候補が泡のように消えた。


「君も、僕との結婚は望んでいないだろう?しかし、婚約者候補であっては他の縁談も探せない。だから、早く解放したいと思ったんだ」


クライヴが申し訳無さそうにしていた顔をふっと緩めてマリアンナを見た。


「愛する人を得る幸せを、君にも味わってほしいんだ。君は大切な幼なじみだから」


クライヴの視線にマリアンナが頬を染める。





私の頭が、キンッと音を立てて凍るのがわかった。



なにが、愛する人を得る幸せ、よ。



私の表情がなくなったのを感じる。それは淑女として表情を悟らせないためのものではなく、なにも取り繕えなくなったための無表情だった。


私が急に人形のような無表情になったからだろう、クライヴが狼狽えている。


そうよね、あなたは当たり前のことを言っただけのつもりだものね。




とにかくこのままここにいるべきではない。2人を連れて退出しようと口を開きかけたとき。



それは王族の入場を告げるトランペットの音で遮られた。


私は諦めて、王座に向かって頭を下げる。

私達の動向を固唾をのんで見守っていた観衆も、はっとして王座に向き直った。






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