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私とロシャール、そしてクライヴは、世間的には幼馴染という関係になるのだろう。
物心ついた頃から一緒に過ごすことが多かった。本格的な教育が始まるまでは、ただの遊び相手という立場で相互に家を行き来して遊んだものだ。
しかし、私たちには別の関係がある。
それが「婚約者候補」。
ロシャールとクライヴは私の婚約者候補なのだ。
これにはちょっとした外交問題も絡んだ理由がある。
隣国との関係強化のため、私たちの代で隣国の王女をわが国に娶るという使命があるのだ。
隣国とわが国は、お互いに王家に近い血を取り込むことで成り立っている同盟関係である。前回わが国に隣国の血が入ったのは私の曾祖母の代。隣国の当時の王の妹が私の曾祖母だ。
私の父の代には我が国の王家の傍系が隣国に輿入れしたので、今度はこちらに、という流れだった。
隣国にはちょうど歳の頃が釣り合う王女がいる。
我が家にも兄がおり、そちらとの婚姻も話題には上がったのだが、続けて同じ家に輿入れするのもよくないだろうとあっさり候補から外れた。
そうなると、残る候補は同じ公爵家であるクライヴのルロワ公爵家か、王家か、という話になる。
同格であるなら王家に嫁ぐのが妥当だが、あまりにも政権に近い場所に食い込ませるのもどうか、という反発の声もあった。しかしあまり家格を下げるわけにもいず、それ相応の対応をしなければいけない。
結局、様々な思惑が絡んだ結果、本人たちの相性もあるだろうし成人近くなるまでは婚約者候補として様子を見るのがいいのでは、ということになった。問題を先送りにした形だ。
ただ、婚約者が正式に決まったときに、王太子か公爵家の跡取りがあぶれてしまうのは問題だということで、私に白羽の矢が立った。
私も入れて4人で婚約者候補とすることで、どちらが婚約者に決まっても誰も残らずきれいに収まる。
実に貴族的な、政略的思惑あふれる縁組であった。
私は、とりあえず王太子妃となれる水準の教育を受けておけば、たとえ公爵夫人となったとしてもカバーできるだろう、ということで、幼少から王宮に通って王家の教育を受けることになった。
成長するにつれ、私は能力をいかんなく発揮し、大人たちからは将来の王妃に相応しいと言われるようになった。
王妃であろうと公爵夫人であろうと、私がその後の社交界を牽引するのは間違いない。私は母や王妃殿下のサロンに参加し、同年代の令嬢達のリーダーとして、女性の中での地位を固めていった。
正式に王太子となったロシャールも、その優秀さを褒め称えられていた。
勉強ができるだけでなく、物事に対する視野が広く、人心掌握にも長けた天才だった。まさに王の器である。
私とロシャールが並んでいると、いやはや将来のわが国も安泰ですな、というおべっかを頻繁に聞かされたものだ。
私とロシャールが持ち上げられるほど、対してクライヴは劣等感をこじらせていった。
「どうせ自分はロシャールのスペアだから」
「ベアトリスは自分ではなくロシャールに嫁ぎたいだろう」
「ロシャールは隣国の王女とベアトリスの好きな方を選んで、お下がりを自分がもらうことになるのだろう」
そんな卑屈な言葉を、ぐじぐじ言っているのを何度か聞いた。
なーにをいっているんだ甘ったれ、と言ってやりたい。
クライヴは成績はいいほうだ。しかし、比較対象が天才のロシャールでは分が悪い。さらに、私も優秀だったため、勉学ではいつも3番手だった。
それでも、素地はいいんだからきちんと努力すれば少なくとも私のことは抜けたと思う。
クライヴは、公爵家の一人息子だ。公爵夫妻になかなか子どもができず、結婚から年数が経ってからの念願の子どもであった。そのため、公爵夫妻はどうしてもクライヴに甘い。べたべたに甘やかしているわけではないが、最後の最後には許して助けてしまうのだ。
ちょっと思い込みが激しく、無駄に正義感が強く、少しばかり自分に甘い。
自分はスペアだなんだというが、どちらかというと私が隣国の王女のスペアなのだが。
さらに言うなら、王太子のスペアは8つ年下の第二王子なので、クライヴはスペアですらない。
卑屈になってふてくされているクライヴと違って、第二王子は真っ直ぐに育ち、王太子の補佐をするため頑張っている。
年を取るにつれ、そういうクライヴの卑屈なところや思い込みの激しいところが目につくようになって、うんざりしてきていた。
しかし、私の見立てでは、ちょっと頭の足りない、隣国に対して失礼な発言をしそうなクライヴには王女を任せられないから、私がルロワ公爵家に入り、クライヴを支えることになるのではないかと思っている。
天才であるロシャールには、優秀な王妃がいなくても問題ない。彼であれば王女を大切に扱いつつも、隣国からの横槍は入れさせず、上手いこと立ち回るだろう。
それが一番丸く収まるだろうと、両親とも何度か話したことがあった。
両親は私とクライヴの相性があまりよくないことを知っているので、心配そうにしていたが、もとより国のための婚約だ。私に文句はなかった。
文句はなかったが、それは今までの話だ。
「はーあ、クライヴったら、私のことも王女のこともすっかり忘れて、素直に自分を頼ってくれたマリアンナ嬢に夢中なのよね…。これってどうなるのかしら?下手したら国際問題になるって、思い至ってないわよね?真っ直ぐさが悪い方向に出てるわよね?」
目の前にいるのが気心知れたロシャールだけだと思うと、私の口は大変滑らかに愚痴ばかり吐き出してしまう。
口は悪くとも、所作は優雅にクッキーを運ぶ。甘いものでも食べてないとやってられないわ。
多少抜けていても構わない。思い込みが激しくても、足りないところは補っていく自信はある。多少合わないところがあっても、幼馴染の情はあるからなんとかなるだろう。
しかし、女性関係でやらかして、私や王女以外を選ぼうとするなら話は違ってくる。
「マリアンナ嬢を愛人にでもするつもりかしら?それとも学生時代の火遊びのつもり?」
愛人付きの公爵家跡取り。とてつもなく面倒ではあるが、そうなったらますます王女に押し付けるわけにはいかない。私が手綱で首を締めて引きずるしかないだろう。
自分の将来を思って、淑女らしくなく盛大にため息をついてしまった。
ロシャールは私の愚痴を笑顔を崩さず聞いている。優雅に足を組み、彼のために用意された紅茶に口をつけた。
「それが、クライヴは本気みたいなんだよね」
「本気、というと?」
私は小首をかしげて続きを促す。
「本気で彼女と結婚したい、ってさ」
ロシャールは、この紅茶おいしいね、くらいのテンションでそう言った。
「はあ!?婚約者候補のことはどうするつもりなのよ!?」
私はとうとう所作も忘れてテーブルに身を乗り出してしまった。
彼はそんなことには動じず、楽しそうに笑っている。
「この2カ月、後処理で忙しかったのもあるけど、クライヴがそんなことを言い出すものだからね。隣国との調整と交渉まで入って酷い目にあったよ」
酷い目にあったと言いながら、あくまでロシャールは楽しそうだった。
紅茶を置いて足を組み替えると、私を見て目を細める。
「どういうことか、聞きたい?」
「それは、聞きたいわよ」
もったいぶった言い方に、私はむっとしてしまう。
それすらも楽しそうに、ロシャールは笑った。
「もうすぐレティシアがこちらにくる予定なんだ」
レティシアというのは、先ほどから話題に上がっている隣国の王女だ。
レティシアは年に一度はこの国を訪れており、私とは手紙のやりとりや季節の贈り物をする仲だ。
将来どちらが王太子妃になるかわからないが、王妃と公爵夫人の仲は良いに越したことはないと、幼い頃から交流を持っていた。
「レティがこちらに来るのは半年後のはずでは?」
半年後に私たちは学園を卒業する。
それに合わせてレティシアもこの国を訪れ、私たちの卒業を祝いつつ、婚約者候補から婚約者が最終決定される予定だった。
「その予定を繰り上げたのもまた忙しさの原因だね。レティシアは来週にはこちらに着く予定だよ」
一国の王女が国を渡るには、かなり前から綿密に準備をする必要がある。それを半年も前倒しするとなると、かなり大変だっただろう。
「私も当事者のはずなんだけど、そんなことになっているなんて全然知らなかったわ」
ついつい拗ねたような言い方になってしまった。
もともと仕事が早いロシャールが、ここまで忙しく飛び回っている姿を見たことがない。
ロシャールが忙しいということは、きっと常人では考えられないような仕事量をこなしていたのだろう。
私にも手伝わせてくれたらよかったのに。
ロシャールには遠く及ばなかったとしても、できることはいくらでもあったはずなのに。
「ベアトリス、君には学園の方を任せたかったんだ。私とベアトリスが両方不在にするわけにはいかないだろう」
「わかっているわ。クライヴが何かやらかしたときに止められるのは、ロシャールを除いたら私くらいだもの」
要人訪問の調整は王宮の仕事で、公爵令嬢の出る幕はない。
それでもなにか手伝えたのでは……と思ってしまうのは、ただのわがままだ。
「それに、忙しくはしていたけど、苦ではなかったからね」
呟くようなロシャールの言葉は、よく意味がわからなかった。首をかしげる私に、またロシャールが笑う。
「君と話せて疲れも吹き飛んだよ。レティシアが来たら、改めて私から説明するから。またゆっくりお茶でもしよう」
「ゆっくりできるといいんだけど…」
脳内お花畑で盛り上がってしまっている彼らが問題を起こして、ゆっくりできなくなる未来が容易に想像できる。
わたしは憂鬱な気持ちごと、ティーカップの残りを飲みこんだ。




