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「そこでめでたしめでたし、とならないのが現実の残酷なところよね」


私は2階のテラス席から、中庭を眺めつつ呟いた。



「ふふ、何を考えていたの?」


私とお茶の席を共にしていた唯一の人、この国の王太子であるロシャールが頬杖をついて笑った。


「何って、話題の彼女達のことに決まってるじゃない。アホらしくて笑えもしないわ」


私は深紅の巻き髪を揺らして、お気に入りのローズティに口をつけた。

紅茶が常に適温に保たれているのは、すぐ側で目を光らせている侍女のおかげだ。今も即座に新たなローズティが用意された。私が飲まずに温くなれば、それも見越して新しいものに交換される。


最高レベルの侍女に傅かれている私は、マルテル公爵家の長女、ベアトリス。

貴族学園の最高学年に所属し、一躍時の人となっているマリアンナ・オーリー伯爵令嬢とクライヴ・ルロワ公爵令息とは同級生だ。

そして、目の前で愉快そうにアメジストの瞳を細めているロシャール王太子殿下もそうだった。


私が眺める先の中庭では、マリアンナを中心に男子生徒数人が談笑していた。

マリアンナの隣にはクライヴの姿がある。

マリアンナは時折恥ずかしそうにはにかみながら、和やかに会話をしているようだ。


「オーリー伯爵家に沙汰が下ったのはほんの二月前だというのに、すっかり表情も明るくなったね。以前の彼女と同一人物だとは思えないよ」


ロシャールはちらりとだけ下に目を向け、私に向き直った。陽の光を浴びてチョコレート色のツヤツヤの髪に天使の輪が乗る。相変わらず男にしておくにはもったいないような甘ったるい容姿だ。


「たった二カ月で、女子からは孤立し、男子にちやほやされるに至るって、もはや才能だと思うわ」


対する私は、きっと今とても苦い顔をしているのだろう。


「そこなんだよね、なんでそんなことになったんだい?」


ロシャールが不思議そうに首をかしげる。

それに、わたしはああと頷く。


「この二ヶ月、ロシャールは忙しかったものね。彼女の経過を知らなくても仕方ないわ」


ロシャールは伯爵家の事後処理に奔走していた。オーリー伯爵領を王家直轄にするために役人を送り込んだり調査をしたり。学園にはたまに顔を出してはいたが、ゆっくりできるのは本当に久しぶりだった。

彼のために、私は彼女の動向を語って聞かせた。


「初めは女生徒たちが彼女に話しかけたそうなんだけど…」



マリアンナと同じクラスの生徒から聞いた話だ。

オーリー伯爵家のあれこれが公になり、具体的な仕打ちこそぼかされたものの、マリアンナが伯爵家で冷遇されていたことは皆が知るところとなった。

そうすると、今までリリアンナが流した噂を信じてマリアンナを遠巻きにしていたクラスメイトたちも、マリアンナに悪いことをしたと反省した。


まずはクラスの女生徒3人組が、マリアンナと仲良くなろうと話しかけたそうだ。

マリアンナはまだ表情こそ固かったものの、話しかけてくれたことに素直に感謝し、その3人と一緒に4人で行動するようになった。


4人で一緒にいるうちはよかった。マリアンナは初めての友達に戸惑っているようだったが、女生徒たちはその様子を微笑ましく見守り、『普通の友達付き合い』というものを教えてあげていたのだ。


ある日女生徒のうちの一人が他の友人と遊びに行くからと別行動を取った。

今までだって、3人は常に一緒にいたわけではない。他のクラスメイトといるときもあるし、別のクラスの人と交流することだってある。ごくありふれたことだった。


しかし、マリアンナはそれを酷く嫌がった。

いつもの仲良しグループから離れるなんて、自分を置いて他の人のところにいくなんて、と。

すねてしまって、その女生徒が謝ってなだめることになった。


さらに、マリアンナは昼食の時間などに別クラスのクライヴを呼んで、3人組と一緒に過ごすことを望んだ。


しかし、女子だけでおしゃべりをしながらランチを食べたいところに、毎回男子生徒、しかも身分が高く気を遣う相手を呼ばれてしまっては楽しくない。

一度くらいなら顔合わせとして受け入れるが、それを毎回求められたらうんざりしてしまう。


クライヴの方も断れよ、と思うのだが、あいつはマリアンナから頼られたのが嬉しかったようで、同席している女生徒の顔が死んでいることには気付いていない。


そんなことを繰り返していると、親切心から声をかけた3人組は、徐々にマリアンナから離れていった。


その後、他の女生徒とも仲良くなろうと試みて、同じようなことをしては孤立する、という流れを繰り返した。

とうとう仲良くなる相手がいなくなったところで、マリアンナはクライヴに泣きついたらしい。

女生徒たちがみんなで私を仲間はずれにするの、と。



正義感が無駄に強いクライヴは、それはいけないとマリアンナのクラスの女子に抗議をしに行ったらしい。アホか。

マリアンナを仲間はずれにせず仲良くしてやってくれ、と言われた女生徒たちは、当然引いた。

そもそも第三者が親のように口を出す事柄ではないし、その原因の一端であるクライヴに言われても、と言う感じだ。

結果として、マリアンナの孤立は加速した。


別に虐めていたわけではなく、性格が合わないから距離を置いていただけ。

しかも明らかにマリアンナに原因がある。

貴族学園入学前の子どもならともかく、ある程度分別のついた者に対して「仲良くしてやってくれ」はないだろう。



結局女生徒たちとマリアンナが仲良くなることはなく、それならばとクライヴが仲の良い男友達を紹介し、仲良くすることにしたらしい。


「なんでそうなるわけ?と思うけど、まあクライヴが考えそうなことよね。100%善意なところが逆に気持ち悪いわ」


私はそう吐き捨てて締めくくった。

昔からクライヴの思い込みが激しいところは好ましくないと思っていたが、ここ最近の暴走を見ていると嫌悪感すら感じるようになってしまった。

仮にも「婚約者候補」なのにこんなことではよくないと思うのだが。


「なるほどね。ベアトリスが嫌いそうな行いなのはわかったよ」


ロシャールがはははと声を出して笑った。


「女の交友に男が口を出すな、とはよく言われたものだなぁ」


ロシャールは昔のベアトリスの言葉を持ち出して、懐かしむように腕を組んでうんうんと頷いた。


「幼い頃、君が女友達と喧嘩したときに、仲裁しようとしたら双方からピシャリと断られたりね」


「そうよ、女の関係は絶妙な距離感で成り立っているのよ。そこに男が入り込むとろくなことにならない。あの時もクライヴは最後まで関わろうとしてきたわね……その後クライヴにもよく言って聞かせたと思うんだけど」


十年以上前の出来事に思いを馳せてしまう。あの時もウザかったなぁ。


「女性からは孤立したようだけど、男達とは上手くやっているみたいだね?」


どういうこと?と聞いてくるロシャールに、今度は私が笑ってしまった。


「あら、人心掌握に長けたロシャールでも、男女の関係性の違いには詳しくないのね」


「誰かさんが女性側の事情には口を挟むなと、教えてくれなかったからなぁ」


とぼけた言い方に、思わず吹き出してしまう。


「そんなに難しい話ではないわ。ただ、友達だと鬱陶しがられる仕草でも、異性にはうけることがある、というだけよ」


友達に対して、他の友達のところに行かないでほしいというのは鬱陶しがられる。ずっと一緒にいて、かなり深い関係が出来ている相手ならまだしも、そうでないなら『そんなことを言われる筋合いはない』と思うのが普通だろう。

しかし、それが女性から男性に対して行われると、『自分を頼ってくれている』『ヤキモチを焼くなんてかわいい』と思う人が一定数いるのだ。


「優しくされれば、その優しさにすがって全力で依存する。でも、マリアンナ嬢は誰のことも心から信じてなんていないから、少しでも自分から離れる素振りを見せれば、置いていかれるのではないかと不安になる。そういう仕草は友達としては信頼関係が築けなくて破綻するわ」


「なるほどね、友達関係としては上手く機能しなくても、恋愛の駆け引きとしては一定の効果があるということか」


「ま、まともな人は引っかからないけどね」


私は、やれやれとまともじゃない人たちを見下ろした。

その筆頭はクライヴだが、マリアンナの周りに集まったクライヴ以外のメンツを確認すれば、皆ぱっとしない成績の三男四男だ。頼られたり、必要とされることに飢えていることが容易に想像できる。

割れ鍋に綴じ蓋とはよく言ったものだ。



「5歳なんて、まだ人格形成の真っ只中でしょう。そんな時期に実父を含めた家族から冷遇され、折檻され、それでまともな性格に育てと言う方が無理があるわ」


彼女の境遇には同情する。しかし、境遇が作ってしまった性格を、今からどうにかするのはなかなか難しい。


「人はね、愛されることで育ち、自信を持ち、愛することができるようになるの。彼女は5歳までしか愛されていなかった。つまり、5歳からなにも育っていないのよ」


私はローズティーの美しい色に視線を落とした。そこに映る私は、いつでも自信がある顔をしている。それは、愛されて育ってきたからだ。

両親、兄、友人、使用人、教師。皆から惜しみない愛を受けてきた。その愛の種類は様々で、だからこそ私の人格の隅々までが愛で満たされている。


彼女に必要なのは、ただ自分の欲を満たすためにちやほやしてくるような男ではなく、親のような愛で包んでくれる人だと思う。

もしも、クライヴがそういうタイプなら、私だって頑張って2人を応援してあげたんだけど。


「君の自信に満ちあふれた姿はとても魅力的だものね」


ロシャールは眩しそうに目を細めて言った。


「あら、あなたからの愛も私を形成しているのよ、そこは自信をもってほしいわ」


私の言葉に、ロシャールは驚いたように目を瞬いた。美しい紫の瞳がこぼれ落ちそうだ。

いつも大人びた彼の年相応な表情に、昔を思い出して自然と笑顔になってしまう。


「当たり前でしょ。幼い頃からの大切な友人だわ。それに、私からの愛もあなたの自信になっていれば嬉しいわね」


小さい頃から聡明な王子だったが、ロシャールだってさすがに子どもの頃は可愛らしさが勝っていた。

今ではすっかり精悍になった顔立ちで、彼は頷く。


「そうだね、ベアトリスからの愛は、間違いなく私を形作っているよ」


自分で言っておいて、まだ耳慣れない愛という言葉がくすぐったい。

気恥ずかしさをごまかすように、私は目を逸らして、もう一人の幼馴染について早口にまくし立てる。


「一応クライヴにも愛情を持って接してきたつもりなんだけど、なんでこうなっちゃったのかしらね」


ロシャールはしょうがない子どもを見るような顔で苦笑して、言葉では応えなかった。





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