第8話:初恋
リディア嬢が辞去したあと、両親がニヤニヤしながら聞いてくる。
「ランドルフ、良かったではないか」
「ええ。初恋を実らせるなんて、素敵ですわ」
からかわれてるのがわかっているので迂闊に返事できない。
これがヤライアス王国の国王夫妻だというのだから下世話なものだ。
もちろん第一王子たる私が初恋を実らせようなんて、公私混同も甚だしいことを理解してもいる。
私がリディア嬢を初めて見たのは、彼女が王立ジュニアスクールに入学してきた七年前だ。
三学年上でジュニアでは最上級生だった私は、入学パーティーに手伝いで参加していた。
リディア嬢は料理をひっくり返してドレスを汚してしまった令嬢を慰めていたのだ。
よくあることなので専用の控え室にその令嬢を案内したところ、リディア嬢も最後まで付き添っていた。
ジュニアに入学なら八歳か九歳なのに、よくできた令嬢だと思った。
リディア嬢はその時私がいたことなど覚えていないだろうが。
それからデービス伯爵家の、ヒナゲシのような笑顔を見せる令嬢のことは常に気にしていた。
お淑やかで思いやりがあり、成績もトップクラスであることは、私がシニアスクールに進学してからも耳に入っていた。
リディア嬢がエドガー・スタンホープの婚約者となったことを知ったのは、ちょうどその頃だ。
頭を殴られたような衝撃だった。
同時に自分の恋心を自覚した。
宰相殿がリディア嬢の優秀さを知り、息子エドガーの妃にと早めに手を回したのだろう。
さすが宰相殿は有能だと言わざるを得ない。
舌打ちしたくなるほどだったが、エドガーにはおめでとうと祝福したことを覚えている。
当時、私とジュリアナの婚約も決まったばかりだったからだ。
義弟となるエドガーとは親しくすべきだった。
しかしジュリアナもエドガーも愚か者だった。
学年でジュリアナが私の一つ上、エドガーが一つ下なので、親しくなるまでその性格や学力についてはよく知らなかったのだ。
いや、あの辣腕宰相殿の子なのだから地頭はいいのかもしれないが、二人とも努力を知らない。
身分の上下で物事を解決しようとする、高位貴族の悪い部分だけが目につく。
社交界はともかく、外国人や商人、技術者等の専門家を相手にそれでいいと思っているのか?
両親である陛下夫妻も不安を覚えたらしい。
お妃教育が遅々として進まないことを理由に、今からほぼ一年前、私とジュリアナの婚約解消を打診していた。
本来ならば私のスクール卒業とともに結婚すべきタイミングだったにも拘らずだ。
その時はジュリアナの今後の奮闘に期待することになったが、結果など推して知るべし。
奢侈で怠惰なジュリアナが変わろうはずもなく、やはりお妃教育を終えられないのだ。
近々最後通牒を突きつけることになっている。
今度はさすがに宰相殿も文句は言えまい。
ジュリアナも嫁き遅れと呼ばれる年齢になってしまうが、本人の責なので仕方がない。
「リディア嬢はなかなかの拾い物であったな」
「でしょう? 私は昔から知っていました。エドガーが愚かなんですよ」
リディア嬢は慎ましやかな笑みを絶やさない淑女だ。
その彼女に婚約破棄を言い渡し泣かせたエドガーには、言いようのない怒りを覚える。
しかもピンクブロンドの令嬢を虐めたなど冤罪ではないか。
自らの浮気を棚に上げて何を言っているのか。
高圧的に出て慰謝料を払わないやり口だろうが、この件宰相殿は承知しているのか?
スクールの卒業パーティーでの出来事だったこともあり、私がエドガーとリディア嬢の婚約破棄を知ったのも馬車事故のあとだ。
激務の宰相殿も詳しい経緯を知らない可能性がある。
だからこそ横からリディア嬢をかっさらってしまおうというのだが。
「ランドルフ。顔色が悪いですよ。まだ本調子には程遠いでしょう?」
「そうですが、ムリすべき時だったので」
「よほどリディアちゃんが好きなのね」
そうだ、私はリディアが好きなのだ。
だから妥協しない。
今度こそあのヒナゲシのような令嬢を手に入れる。
「確認ですけれども、私がリディア嬢を娶ることをお許しくださいますね?」
状況が味方してくれている。
幸いなことに現在の王権はまずまず強い。
ヤライアス王国始まって以来とも言われている。
勢力の強い貴族と結ばねばならぬ積極的な理由がないのだ。
むしろ宰相殿のように王家にすり寄る者を警戒しなければいけない立場ではないか?
デービス伯爵家ではやや家格が低いというのは確かだが……。
「ハハッ、ランドルフは気が早いな」
「まずは婚約からですよ」
「リディア嬢は成績優秀と聞く。お妃教育も見事こなすであろうが、そのキツさに精神的に耐えられない者もいるからな」
お妃教育などどうってことはない。
無用な心配はリディア嬢に対する侮辱だと思う。
何故なら彼女は、殿下のお力になれるよう努力いたしますと言ったからだ。
リディア嬢の言葉を疑うものか。
「問題の……魔法神の加護という話だが」
「はい」
「本当なのか?」
デービス伯爵家の家格の低さは、私の命を救ったリディア嬢自身の魔法の実力が補完する。
その証拠に、父陛下もリディア嬢の魔法に対して無関心ではいられないじゃないか。
「本当かどうかはわかりませんね。しかしリディア嬢が今まで使えなかった高度な魔法を、急に使用できるようになったのは事実なのです」
「蘇生魔法については?」
その時私に意識があったわけではないから、問われても困るのだが。
「事故の現場で私を診た医師の証言は取れました。私の呼吸と脈が止まっていたのは事実のようです。従者によると私の全身がリディア嬢の魔法により白く包まれたとのこと。これは蘇生魔法レイズの所見に一致します」
私に言えるのはそこまでだ。
母の妃殿下が言う。
「まあまあ。加護や蘇生魔法の真偽はべつにいいではありませんか。リディアちゃんが回復魔法以上の魔法を使えるのは確実で、そのおかげでランドルフが助かったのでしょう? まずはそこに感謝すべきではありませんこと?」
「うむ、そうだな」
母上の言う通りだ。
どうしたことか、リディア嬢も魔法を誇りたいわけではなさそうだしな。
父陛下が呟く。
「まずはジュリアナ嬢と円満に婚約を解消できるかが最初の関門だな。ランドルフよ。そうは思わぬか?」
同感ではあるが、今更ジュリアナなどどうでもよい。
しかしリディア嬢に圧力をかけられては迷惑だ。
対策は必要だな。
そうだ、リディア嬢に罪を着せたピンクブロンドにも釘を刺しておかねばならないな。
リディアは私が守るのだ。




