第2話:婚約破棄と畑違いの神様
「……というわけなのよ。婚約破棄されることが必ずしも不幸とは限らない理由がおわかり?」
「はい」
わたくしデービス伯爵家の長女リディアは、本日エドガー・スタンホープ侯爵令息に婚約破棄宣言されてしまいました。
わたくしの何が悪かったのか。
エドガー様が仰るには、何とかいうお名前のピンクブロンド男爵令嬢に対して、わたくしが攻撃的だからだそうです。
でもエドガー様の横にあつらえたかのようにひっついているピンクブロンド男爵令嬢について、わたくしの知っていることは多くありません。
教科書を破いたことも泥水を浴びせたことも階段から突き落としたことも記憶にないのです。
また婚約破棄の理由にはされておりませんでしたが、美貌と色気が足りないとは常々言われておりました。
返す言葉もございません。
可愛いと言われることはあっても美しいと言われることは少なく、ましてや色っぽいと言われることなど皆無ですから。
「リディアちゃんのケースは救済に当てはまるわ」
「ありがとうございます」
泣き疲れて寝てしまったところ、夢の中に何と神様が現れました。
婚約破棄された女の子には恋愛神の加護がある場合があるそうで。
どうして婚約破棄されて幸せになる物語が世の中に多いのか、ようやく理由がわかりました。
神様の慈悲というのは素晴らしいですね。
「今回のケースはリディアちゃんに非が全くありませんからね」
非がないと言ってもらえるのは何より嬉しいです。
できればお父様とお母様の夢の中でもそう言ってもらえませんかねえ?
「エドガー様の婚約者になれた時は本当に嬉しかったのです」
「エドガー・スタンホープね。……まあ顔がいいことは認めざるを得ないけど」
エドガー様は波打つような銀髪とキリリと引き締まったお顔が素敵な殿方です。
侯爵令息という身分とワイルドな物言いから、大変人気がおありにあります。
栗色の瞳と髪のわたくしは普通過ぎて目立たないですので、そういう意味では不釣合いだったかもしれません。
「でも不誠実じゃない? リディアちゃんというれっきとした婚約者がいるのに、ピンクブロンドなんかにメロメロになるなんて」
「かもしれませんが……」
「加えておバカよ? ピンクブロンドのデタラメを見抜けないんだから」
わたくしとの会話の機会が最近ほぼなかったことはつらいです。
頭がおよろしくないらしいことは薄々気付いておりましたが。
学年が違いますので、エドガー様の成績は知らないのです。
「あんな男はダメよ? リディアちゃんがエドガーなんてクズの婚約者じゃなくなってよかったと思うわ」
「でも……」
婚約破棄でわたくしは傷物になってしまいました。
今後エドガー様以上の縁談があるとは考えにくいです。
お父様お母様もわたくしを慰めてくださいましたが、内心ガッカリしているのではないでしょうか?
大変申し訳ないです。
「そこで私がやって来ました! リディアちゃんに加護を与えて幸せにしたいと思います!」
「ありがとうございます……そういえば、神様が夢の中に出てきて救われたという話は聞いたことがないような気がしますが」
「そそそそそそんなことないんじゃないかな」
あれ? どうして目を逸らすのでしょう?
途端に信憑性がなくなってしまいましたよ?
「……やっぱりわたくしは都合のいい夢を見てるだけなのでしょうか?」
「違うの! ああああ、しょうがない。本当のことを話しますけど、絶対に他言無用ですよ?」
「はい、わかりました」
「リディアちゃんの言う通り、神が夢の中に出現するということは原則的にないの。婚約破棄を押しつけられたケースだと恋愛神が勝手に加護をつけて、対象者はそれに気付かないまま自然といい恋に導かれるものなの」
なるほど、婚約破棄からの幸せストーリーには、恋愛神様の加護がどうこうという行はありませんものね。
神様は奥ゆかしいものだと知りました。
「わたくしの場合、どういう理由で原則から外れたのでしょう? いえ、神様がわざわざおいでくださったのはありがたいですけれども」
「……実は恋愛神のやつが失恋してしまって」
「は?」
目が点になります。
そんなことがあろうとは。
たとえ神様であっても、自分の運命は自由にできないということなのでしょうか。
「今やさぐれてるのよ。とても他人の恋愛を助力する気になれないと」
「はあ……」
わからなくもないけど、とても人間的なんですね。
神様に親しみを覚えます。
「ということで私が説明しにきました」
「あなた様はつまり、恋愛神様ではないのですね?」
「私は魔法神なのです」
何と魔法の神様でした。
「ごめんね、畑違いの神で」
「いえいえ、とんでもありません。とても嬉しいです」
「よかった! リディアちゃんはとても魔法に熱心だから、嫌がられないと思ったのよ」
確かにわたくしは魔法に憧れがあります。
スクールでも魔道理論に一番力を入れて学んでいます。
神様はそんなことまで御存じでいらっしゃるのですね。
「リディアちゃんの魔道の技量は大したものなのよ? でも魔法力も魔力量も小さいから、ほとんどの魔法が発動しなくて」
頷かざるを得ません。
やはり魔法は先天的な能力に最も左右されるものですから。
才能のないわたくしではなかなか。
「そこで私の加護により、リディアちゃんの魔法力と魔力量を増大させます!」
「大変な加護ではないのですか? わたくしのような凡人によろしいのでしょうか?」
元々魔法の才能のある方にそういった加護を付与したほうが、世のため人のためになるように思えるのですが。
しかし魔法神様は笑って首を振ります。
「ダメよ。先天的に魔力の多い人間なんて傲慢ですからね。加護なんてつけたら、王位を簒奪したり戦争を起こしたりするわ」
「そ、そういうものなのですね?」
「ええ。だから私は滅多に加護を与えたりしないの。リディアちゃんは大それたことを考えたりしないでしょう?」
ぷるぷると首を振ります。
大それたことなんてとてもとても。
わたくしが考えるのは、魔法を使えることでちょっと生活が便利になったらいいなあ、というくらいです。
「でしょう? だからいいのよ」
婚約破棄されたばかりだけに、考え方を肯定されるのは喜ばしいですね。
魔法神様はお優しいです。
「明日朝起きたら、早速何か魔法を使ってみなさいな。それで私の加護が有効かどうかわかるでしょう?」
「はい、ありがとうございます!」




