第1話:婚約破棄
今日は王立シニアスクールの卒業パーティーがあります。
スクールの大講堂は人で一杯ですよ。
再来年卒業のわたくしは本来卒業パーティーの参加資格を持たないのですが、婚約者エドガー・スタンホープ侯爵令息が卒業なので、わたくしも参加させていただいています。
「キャロライン様も卒業後は結婚ですね?」
「そうなのよ。明日から忙しくなりそう」
「うふふ、おめでとうございます」
キャロライン・クィルダイム伯爵令嬢はうちデービス伯爵家と家格が近いこともあり、昔から親しくさせていただいています。
二つ年上の素敵なお姉様ですよ。
王立スクール卒業後に結婚というのは一つの常道でありますが、キャロライン様もその口です。
「ありがとう。でもわたしはいいのよ。ラブラブだから」
「あら、御馳走様です」
ウフフオホホと笑い合います。
和みますねえ。
キャロライン様は包容力がありますし、きっと素晴らしい家庭を作るのだろうと容易に想像できます。
でもわたくしは……。
「問題はリディアさんのほうでしょう?」
「……キャロライン様もそう思われますか?」
「一目瞭然ではありませんか。エドガー様は不誠実です。ちょっとひどいと思いますよ」
キャロライン様の言葉がきついです。
怒っていらっしゃいますね。
わたくしの婚約者エドガー様は野性的な魅力を具えたとても格好よろしい令息なのですけれども、どうもわたくしには魅力を感じていただけないようで。
婚約しているにも拘らず、あまり大事にしてくださらないのです。
悲しいことですねえ。
「身分の低いピンクブロンドの。名は存じませんけれど、あの子下級生でしょう? それなのにわたし達のクラスにまで顔を出すのですよ。エドガー様に会いに」
「えっ? 知りませんでした」
ピンクブロンドの令嬢とエドガー様が仲がいいということまでは把握していました。
ただそんなに頻繁に接触しているものとは。
エドガー様は何を考えているのでしょうか。
「大っぴら過ぎるわ。はしたないと皆さん眉を顰めていますのよ」
「……スタンホープ侯爵家の評判という意味でよろしくないのは理解しておりますけれども」
「リディアさんから注意するのは難しいですか?」
「……難しいですね」
「やはり家格差があるから?」
「というより、最近エドガー様と会えていないのですよ。話す機会がなくて」
「ええっ? 婚約者を放っておくのはあり得ないでしょう!」
キャロライン様のところはラブラブって、自分で仰っていますものね。
とても羨ましいです。
「エドガー様ったら、どうするつもりでしょう。あのピンクブロンドってどこかの男爵家の娘なんでしょう?」
「わたくしもそう聞いています」
「スタンホープ侯爵家嫡男のエドガー様とは、家格が全く合わないではないですか。侯爵様だって交際はお許しにならないでしょうし、結局リディアさんの元に帰ってくるのでしょうけれども……」
わたくしも同様に考えているのです。
婚約は政略、我慢さえしておけば嵐は過ぎ去ると。
でもエドガー様の考えが不明瞭なのですよね。
「大体リディアさん、今日だってエドガー様のエスコートではないのでしょう?」
「はい。俺の婚約者なのだから卒業パーティーには出席しろとだけ、連絡がまいりまして」
「考えられないわ!」
ですよね。
しかしわたくしはデービス伯爵家の娘です。
家格が下、しかも女のわたくしが声を上げるのもおかしいもので。
不意に空気が変わります。
「諸君、俺の話を聞いてくれ」
「えっ? エドガー様?」
エドガー様がピンクブロンドの何とか様を抱き寄せて何事かおっしゃるようです。
ピンクブロンド様がわたくしに視線を寄越し、一瞬不敵な笑みを見せました
嫌な予感がしますが……。
「俺はこの場において、デービス伯爵家の長女リディアとの婚約を破棄することを明言する!」
「ええっ?」
驚きはしましたが、やっぱりと思う自分もいます。
決して意外ではないことがダメな証明なのですかねえ?
「リディアはひどい女なのだ。これなるベッキー・ルゴル男爵令嬢に度重なる嫌がらせをしている!」
「ちっ、違い……」
「教科書を破き、泥水を浴びせ、そして階段から突き落とした! これを非道と言わずして何と言おう!」
本当に心当たりがないのです!
皆様信じてください!
あっ、ありがたいことにわたくしに向けられる視線は同情ですね?
嫌がらせをしているとは思われていないようです。
「リディアよ、申し開きはあるか!」
キャロライン様に袖を引かれ、こそっと助言されます。
「……リディアさん。エドガー様との関係を修復しようと考えるのはムダです。たとえ可能だとしても、エドガー様自身の言葉が軽くなってしまいます」
「……はい」
キャロライン様の仰る通りです。
仮に侯爵様が婚約破棄に反対してくださったとしても、スタンホープ侯爵家嫡男たるエドガー様自身が侮られることになっては何にもなりません。
婚約破棄を認めて撤退しろということですか。
残念ではありますけれど、仕方ないですね。
またムリに逆らって、わたくし自身の評価を下げてしまうのもよろしくないという打算もあります。
婚約破棄宣言された傷物ということ自体、もう変えられないのですから。
お父様お母様にこれ以上迷惑はかけられません。
声が震えないよう気をつけながら、エドガー様の問いに答えます。
「ございません」
「ふん、最後くらいは殊勝ではないか。この俺に相応しからぬ女だったとしてもな!」
エドガー様に非難の視線が浴びせられますが、全く気にしていないようです。
エドガー様の強さはわたくしの憧れでもあったのですがねえ。
もう縁のない殿方になってしまいましたか。
「リディアさん……」
「泣けばいいと思うな! 不興だ、去れ!」
「……はい」
わたくしも好奇の視線に耐えられそうにありません。
控え室に下がります。
キャロライン様が付き添ってくださいます。
「……泣いてもいいのよ」
「……はい」
「全てを涙で洗い流しなさい」
「うう……」
キャロライン様はお優しいです。
きっと暖かい家庭を築かれるのだと思います。
対するにエドガー様とわたくしはどうだったでしょうか?
婚約が失われることがなかったとしても、エドガー様とずっとうまくやっていけることはなかったでしょう。
キャロライン様が背中をさすってくださいます。
わたくしの涙が止まらないのは、婚約を破棄されたからではありませんでした。
エドガー様との美しい未来がどの道なかったことに気付いたからです。
はあ、わたくしは今後、どうなるのでしょうね。




