第98話 希少金属
オリハルコン――
その名を知る者は、例外なく顔色を変える。
現代の魔導と科学技術が融合したテクノロジー産業に、必要不可欠な希少素材。
ミスリルも重要資源ではあるが。
オリハルコンは、比較にならないくらい産出量が限定されているのだ。
そして、日本SSRの専用武器解放素材でもある。
グラムあたり金と同等以上。市場によっては十倍でも買い手がつく。
それが、目の前にザックザク。
思わず声に出してしまったが。
配信を切っていて、本当に良かった。
オリハルコンがあるなんて知れたら、ここは血みどろの戦場になるかもしれない。
守護者の竜がいる?
日欧豪のSSRの管理地?
――関係ないね。
そんな連中がわんさかと押し寄せてくるだろう。
俺は、ゆっくりと息を整えて来奈へと諭すように言った。
「とりあえず……そいつは仕舞うんだ。
誰にも見せるんじゃない。
配信なんて、もってのほかだ」
政臣がいち早く気づいたのは、幸運だった。
だが、確かめておかなくてはならない。
「政臣……お前、こいつを映したか?」
政臣は、慌てて答える。
「い……いえ。
ミスリルの件もあるので、お宝は確認してからと思って、映像には……」
それは、間違いなくナイス判断だ。
「ただ。ライナの『お宝だ〜』の声は入ってるので。
何もなかった、では済ませられないですね」
なるほど。
そいつはコンテンツ的にもまずい。
俺はしばし思案。
「……何か適当な物で誤魔化すしかないだろうな。
世界樹の杖なんか、新発見としては目玉になるんじゃないか?」
そう言って、梨々花の手にある禍々しい杖を見た。
すると、梨々花は同意の頷き。
「分かりました。
あとは、視聴者さん用のお年玉プレゼントですが……」
その視線の先には、悪魔の水晶像と謎の小瓶。
俺は途端に不安になった。
「お年玉プレゼントとしては……その、微妙だな」
そこに来奈が噛みつく。
「え〜。可愛いじゃん、これ。
玄関に置いといたら、新年から福をバッチリ呼ぶって!!」
別の何かが召喚されそうだけどな。
だが、しかし。これでやり過ごすしかない。
そして、お宝結果発表が始まった。
梨々花がカメラの前に立ち、にこやかに声を上げる。
「今回の探索の成果はコレ!! 世界樹の杖でーす。
聖なる生命の循環を司る、緑の王権。
私に相応しい逸品が見つかりましたっ」
配信のコメント欄には、
『どう見ても呪い系アイテムだろ』
『リリカ様に相応しいのは理解できる』
というツッコミと称賛の嵐。
「で、お年玉プレゼントは、ふたつ!!
ひとつはマジック・ボトル。
謎の遺跡から見つかった、謎の色をした謎の液体。
美肌効果があったりなかったり。
なお、使用においては完全自己責任でお願いしまーす」
投げっぱなし。
だが、怪しげなアイテムに興味を示す物好きは大勢いる。
基本、この手のやつは自己責任だ。
そして、梨々花がふたつめのアイテムの水晶像をカメラのフレームに収めた瞬間――
配信が止まった。
「あれ?」
スマホで動画を確認していた俺は、思わず変な声を上げる。
コメント欄も、『放送事故か?』とざわつきだした。
政臣を見るが、訳がわからないと言った様子だ。
「機材は問題ないですよ? おかしいな……」
困り顔。
なら、配信ネットワーク側の問題か?
そう思っていると、ダイレクトメッセージに通知。
こいつは、あらかじめ相互認証した限られた者としかやり取りできないのだが……。
宛名は、知らない相手だった。
そして、その内容は、
『その像を譲っていただけませんか?』
の一文。
「なんだ、一体?」
配信を止めて、承認なしのダイレクトメッセージを寄越す。
普通じゃないな。
こういうとき、返事は決まっている。
『配信の妨害をしているのはお前か? 何者だ?』
数秒後……
『あー。ごめーん。怪しい者じゃないのでー』
――いや、いや。
俺が曖昧な表情を浮かべていると、来奈が寄ってきた。
「どしたの?」とスマホを覗きこむと、たちまち顔を赤らめて憤慨した。
「教官、ちょっと貸してよ!!」
強引にスマホを奪い取ると、素速くフリック入力。
……俺はいまだにタップなんだがな、と。
こんな時に妙な所で感心してしまった。
『あけおめー!プレゼント欲しいのわかるけどさ。やり過ぎは引くわー』
何か論点がズレているような気がする。
すると、数秒も待たずに返事。
『その像、似たようなもの持ってて、探してたのよ。配信止めたのは、マジメンゴ!!』
こちらからの返事を待たずに、またもやメッセージが流れてきた。
「同じSSRのよしみってことで!!私、審判(Judgement)なんでー」
一瞬、頭が真っ白になる。
そして、来奈が指をスマホ画面に移す前に、一方的に連続メッセージ。
『そろそろ配信の運営に見つかりそうなんで!!』
『このやり取りも消すから』
『とにかく、一生のお願い!! 譲ってくれたらお礼するから』
そして、ダイレクトメッセージは履歴ごと消えた。
「ねえ、教官……これって?」
「よく分からんが、この配信システムの外から勝手に侵入してきたようだな」
……そんなことができるのか?
いや、俺たちだってダンジョンハックをやらかそうという輩だ。
動画配信は、所詮人間の作ったシステム。干渉は不可能ではない……はず。
だが、その方法については、見当もつかなかった。
ただ、今のやり取りに敵対の意思は見て取れない。
審判のSSRか……。
俺は梨々花へ歩み寄ると、手早く今起きたことを伝えた。
「なるほど。では、これは交渉材料ですね」
切れ長の目に、打算の色が宿った。
さすが、よく分かっている。
だが、少しだけ眉を寄せた。
「でも、困りましたね。もう一つのプレゼント……」
すると、マルグリットが割り込んできた。
「んじゃ、あたいから一発いいものやろうか?」
そう言って、政臣を見る。
「……なあ、お前こういうのできるか?」
きょとんとした顔の彼に、ボソボソと耳打ち。
――政臣の眼鏡が鋭い輝きを帯びた。
***
あれから。
もう一つのプレゼント用のアイテムに不具合が見つかった、という強引な理由で中止。
そのかわり、年始からのビッグイベントの告知がメッセージ上でなされた。
そして、三十分後。
「そんじゃー、画面の前のお前ら、行くぞー」
政臣が急遽開発したアプリと連動。
マルグリットと視聴者全員の大ジャンケン大会だ。
優勝者には、一回こっきりの大金運が授けられる。
「競馬でも!! 宝くじでも!!
夢掴んじゃえよー。じゃーんけーん……」
同時アクセス数が億を超えている。
怪しげなアイテムのプレゼントよりも、視聴者さんの“目の色”が、はっきりと変わったのが分かった。
俺たちは、その間に少し離れた場所で作戦会議。
「審判の方は、向こうからいずれコンタクトしてくるだろうな。
こいつは俺たちが預かっていても?」
アリサとリュシアン、そしてリズは頷いた。
そして、オリハルコンだ。
「こいつは、下手に公表できないな。なにしろ希少すぎる」
目の前には、三人が運んできたコインの山。
貨幣価値に換算したら、いくらになるのか。
想像もしたくない。
ただ、日本パーティの意見だけで処遇を決められない。
アリサが言葉を投げかけた。
「そんなに貴重なんですか?
たくさんありましたけど。ねえ?」
…………。
黙り込む俺に構わず、来奈が同意する。
「なー。こんなの一部だって。
高く売れるの? 新しいスマホ買えちゃう?」
だめだこいつらは。
「……まだ、あるのか?」
問いかけに顔を見合わせ、首を縦に振るふたり。
「案内してくれ」
大きなため息をつきながら。
ジャンケンの拳を振るうマルグリットを横目に、来奈たちの案内で遺跡へと向かうことにした。
***
「なるほど……。こいつは、また」
呆れるしかない。
神殿のような遺跡の宝物庫。
その扉は盛大に破壊されていた。
「いやー、押しても引いても開かなくてさー」
来奈が頭をかきながら笑う。
キュレネのインパクトで吹き飛ばしたのだろう。
由利衣が、ふと何かに気づいたようだ。
「ねえ、この扉。スライド式じゃないの?」
……頭が痛い。
だが、それよりも――
確かに、中にはコインがぎっしり。
宝物庫の広さは、コンビニの店舗スペース程度……と言えば分かりやすいだろう。
梨々花が、宝物庫を見渡しながら静かに声を落とす。
「冗談抜きで、戦争になりますね。これは」
精霊から共同管理権を勝ち取った六カ国。
内部で不協和音をきたすことは容易に想像できた。
また、それ以外の国も指をくわえたままとは思えない。
「秘匿するしかないな。どう思う?」
質問の向け先は、アリサとリュシアン、リズだった。
リズは、「そうですね……」と思案。
「正直、私は食べれないものにはあまり興味は……。
大将の意見に従ってもいいですよ?
でも……」
「分かってる。今夜はスキヤキだ。
好きなだけ肉を食ってくれ」
リズは、そっと儚げな顔を上気させて頷いた。
アリサは少し残念そうな表情。
「せっかくコンテンツ見つけたのになー」
オリハルコンの価値よりも、そっちの心配か。
らしいといえば、らしいが。
そこに、梨々花が提案を挟む。
「チャンネルを開設できるように、先生からクラリスさんを説得してもらいますから。
いいですよね?」
ちらり、と。
計算済みの視線が、俺に向く。
――仕方ないな。
「……わかった。
第四層ボスを攻略して、冒険者として相応の実力があると判断できたら、クラリスの方はなんとかする」
ぱっと顔を輝かせるアリサ。
「さすが!
クラリス先輩も、料理長のことは認めてますからー。
リュシアンもいいよね?」
「ボクは、もっと料理教えてもらえれば……スキヤキ、興味あるんです!」
そう言って、キラキラとした目を向けてくる。
俺にとって、唯一の癒しだ……。
話はまとまった。
だが、来奈だけは食い下がった。
「でもさー
これ、武器解放素材なんだよね?
売らなくても、そっちの分は欲しいんだけどっ」
……まあ、それも一理ある。
俺はリズたちに向き合った。
「勝手を言うようだけど……。
うちの三人の最強武器を解放するのに、三百キロ必要でな。
この部屋にある分を六等分しても賄えると思うんだが……。
そのときがきたら、使わせてもらえないか?」
それについては、全員ふたつ返事だった。
日本SSRの強化のためなら。
むしろ、足りなければ自分たちの取り分からも遠慮なく持っていってくれ。
そんな嬉しい言葉が、次々とかかる。
そして、俺たちは神殿を後にした。
このエリアは将来的に、各国の学術調査チームが入ることになるだろう。
だが――
神殿に近づく者は、「優しく」排除するように。
梨々花は、守護者へと指示を出すのだった。
***
その日の夕方。
食料の補給を終えて帰還した芹那が、マルグリットと向かい合い、ワインを煽った。
「オリハルコン……ね。
まあ、いたずらに手を出さない方が賢明ね。
私もたまにしか扱わないけど……。
あれが大量にあるなんて知れたら、ろくなことにしかならないわ」
やはり、ベテラン冒険者。
よく分かっている。
一方のマルグリットだが。
「お宝は、見つけるまでが楽しいんだよなー」
と、執着していない様子。
彼女は、魔眼能力で荒稼ぎした金を全額慈善団体に寄付するような気風だ。
なんとなく、そう言うだろうと思っていた。
酒飲みのふたりを前に、夕飯を用意するのは俺と山本先生とリュシアン、そしてリズ。
リズは白菜を切りながら、楽しげだ。
「すっかり日本食の舌になっちゃって……。
よいお正月です」
ダンジョン攻略中という緊張感が、まったくない。
山本先生は、割り下の作り方をリュシアンに教えながら、にこにこ顔。
「私たち、ダンジョンで定食屋さんを開くんです。一号店は、ここがいいかもしれませんねー。
リズさんも、いらしてくださいね」
「あら、素敵。毎日来ます」
いつの間にか、チェーン店構想まで。
だが、もはやツッコミを入れる気力もない。
こうして、穏やかなようでいて慌ただしくもある一日が過ぎる。
明日は正月三日目。
いよいよ、第四層ボス攻略へ挑む時が来ていた。




