第97話 先のその先
「魔法使い、の先……の先」
途切れ途切れに呟く。
何を、どこまで知っている? そして、何が目的だ?
そんな気配に気付いたのか、リズはひらひらと手を振る。
「どうしたんですか?
大将も、ベアトリス大統領と会われたんですよね?
てっきり、その話を聞いているかと」
……アメリカ合衆国大統領ベアトリス。
星5レベルマックスのSSR。
そして、不老不死の亜精霊。
同じ“向こう側”へ踏み出す仲間を探している存在だ。
だとすれば。
リズに声がかかっていても、不思議はない。
少しだけ緊張を緩め、会話を続ける。
「ああ、聞いている。
精霊の特典……心当たりはあるからな」
リズは、ゆっくりと頷いた。
「そう、精霊の特典……亜精霊。
ただ、残念なことに、私は魔法使いとしてはあまり強くないですから。
星5なんて、いつになるやら」
そう言って、少しだけ苦笑する。
「そのことは、ちゃんと伝えました。
正直、不老不死なんて実感もないですし……
でも。もし仲間になるなら、って話で……魅力的な条件をいただいて」
――条件。
取引、か。
リズの目に、かすかな光が宿る。
「キングイエティバーガーの、年間フリーパス……
ベアトリス大統領のおごりなんです」
どういうことだ。
「未来永劫、食の保証をすると。
力強いお言葉でした。私はその後、アメリカへの移民申請を行いましたが、母国に必死に押しとどめられまして……」
うちの由利衣を勧誘しておいて、自身は食い物につられて移民申請だと?
わけが分からない。
「そんなわけで、いまでは三食の面倒を国で見てもらっています。
……大変ありがたい話です」
「なあ、なんの話だったかな?」
魔法使いのその先、精霊の特典までは共有事項。
だが、さっきのリズの口ぶりでは、さらにその先が示唆されていた。
それは、第三層で会った不気味な女……エステルの語った言葉と符合する。
「精霊の特典……で、終わりじゃないのか?」
俺は、上着の内ポケットから冒険者カードを取り出してリズに見せた。
【佐伯 修司 ★★★★★】
ランク:R
レベル:99
体力 :B 4,712
攻撃力:A 7,084
魔力 :C 2,832
耐久力:C 2,945
魔防 :D 1,519(+5%)
敏捷 :B 4,890
幸運 :C 2,194
特典 :A
装備 :村正(剣/幻刃/魔導)、飛燕(剣/複数攻撃/魔導)、魔防の指輪(魔防+5%)、剣のメダル(攻撃力デバフ耐性)
リズは、一瞬だけ目を見開く。
「星5の魔法使いがベアトリス大統領以外にいるなんて、思ってもみませんでした。
大将も、あちら側の存在なんですね」
その言葉に、少しだけ肩をすくめる。
「俺はRだからな。不老不死なんて代物じゃないが」
少しの間を置いて、本題に切り込む。
「……で、ここから先の話は、どこまで知っているんだ?」
ほんの少しだけ、リズは思案する素振りを見せた。
「正直なところ、よく分かっていませんよ?
亜精霊ですら遠いんですから。
でも……」
そして、一拍の間を置いて続けた。
「精霊の特典までは、システムの内側。
そこから先は、設計の枠外……ですね」
どういう意味――と言いかけた俺に、リズの言葉が被さる。
「あの樹の竜。
いったん消滅させて、管理者権限を上書きし、再構築しました」
さらりと、とんでもないことを言う。
「それが実際にできて……なんとなく、実感したんです。
このダンジョンは、ひとつのシステム。
そして、あれは――本来は禁じ手の、ダンジョンハック」
リズは、少しだけ遠い目をした。
「ただ……ペナルティらしきものが、見当たらない。
そのことを考えると……」
少しだけ間が空き、リズの口から言葉が出た。
「それすら精霊にとっては想定内。
――いえ、想定内の想定外、だと思います」
つまり。
「その想定外のダンジョンハックも、裏をかけるものならやってみろ……そういうことか」
精霊の特典の先が具体的に何かは分からないまでも、正規の方法では到達不可――なのだろう。
なんのために、それを許すのかは分からない。
だが、これまでの経緯を振り返れば、説得力はある。
精霊の試練も、イベントも。
常に果敢に挑み、乗り越えたものに次を与える。
そして、梨々花のように正解を疑い、自分に都合の良い結果を手繰り寄せようとする者に、精霊は妙な執着を見せる。
さらに、俺。
精霊の特典を手に入れ、一旦は完全に冒険者から身を引いていたが。
ダンジョンはそれを許さなかった。
逃げるな、挑み続けろ。
そして、システムのその先へ――
それが、精霊の意志というやつなのか?
考え込む俺に、リズの静かな言葉がかかる。
「どうでしょう、大将。
深層のフィールドには未知の領域が多いとか……私は見てみたいんです。
ダンジョンハック、少しはお役に立てるかと」
儚げな瞳に、グッと力がこもる。
「日本のSSRの力、貸していただけませんか?」
共闘、か。
リズは教え子とパーティを組んでいるが。
厳しいことを言えば、彼らの実力は第一線級からはまだ遠い。
攻守に優れたポテンシャルを持つ日本SSRと組む。
戦闘力に劣る彼女にとって、それが最適解に近い。
そして、リズは何気ない調子で付け加えた。
「もちろん、私のパーティ仲間はリハルトくんたち生徒のみんな。
彼らのことも、よろしくお願いしますね」
よろしく……の言葉には、戦闘魔法使いとして鍛えてくれ、という意味も含まれているのだろう。
クラリスといい、なぜ俺に平然と丸投げしてくるんだ。
それだけ買われている……と、好意的に解釈もできるが。
だが、疑問は残る。
「ベアトリスからも声をかけられているんだろう。
何で俺たちなんだ?」
それについては即答だった。
「大将と女将さんの、ご飯が美味しいからです」
……やっぱり、そういうことか。
しかし、彼女の動機はアレだが――
俺たちはダンジョン攻略において、直接戦闘と探索には強い。
だが、特殊系の能力は持ち合わせていない。
特に。
リズの植物操作、マルグリットの確率操作、リュシアンの誓約。
いずれも、システムへの干渉すら可能な能力だ……。
俺は、こくりと頷く。
「分かった。今後も攻略で何かあったときは、お互い協力して事にあたろう」
利害は一致した。
独断だが、反対するものはいないだろう。
話がまとまり、世界樹へと話題が移る。
「世界樹だが……。
何か素材とかあるのかな。ここからじゃ良く分からないが」
俺の言葉に、リズは軽く頷く。
「上の方の調査は後日行いたいと思います。
何か分かったら、必ず共有しますから」
上の方……って、どうやって?
疑問の表情を浮かべる俺に、リズはくすりと笑って答えた。
「樹の竜です。
あの自在に伸びる枝に乗れば、かなり高いところまで持ち上げてくれるでしょうから」
やはり、ここは彼女に任せておいた方が良さそうだ。
「分かった。こいつの調査は頼む。
俺たちは第五層へ進むからさ」
お互いに目配せしたところで、俺のスマホが震えた。
着信は、梨々花からだった。
「先生……ちょっと見てほしいものがあるんですが……」
落ち着いた声。
だが、微かな興奮も混じっていた。
だいたいの場所を聞き取ると、通話を切る。
リズへと声をかけた。
「なあ、何かありそうなんだけど。
ついてきてくれないか?」
首を縦に振るリズを確認すると、俺は遺跡の方向へと歩き出した。
***
指定された場所付近で、梨々花が待っていた。
世界樹の根が張る森の中に建つ遺跡。
その中でも、ひときわ大きな建造物だった。
「こいつは……ピラミッドか?」
思わず感嘆の声が漏れる。
エジプトの三角錐が有名だが、目の前のそれは中南米の遺跡に近い。
頂上へと続く階段が据え付けられ、その先には祭壇らしきものが見えた。
梨々花は俺とリズの姿を認めると、ピラミッドの頂上を指さす。
「先生。ここは遺跡の中心部だと思います。
あの祭壇……とりあえず、見てもらえますか」
そう言って、階段を登り始めた。
この遺跡も、精霊が用意した演出装置なのか。
それとも――ダンジョンに文明があり、かつて“誰か”がいたのか。
少なくとも、第七層まで踏破した俺にも判断のつかない情報だ。
俺とリズも、梨々花の後に続いて階段を登る。
外周の壁面にはレリーフが刻まれていた。
創世神話か何かだろうが、一見して意味は分からない。
宇宙人が飛来した、などという分かりやすい図柄なら助かったのだが。
描かれているのは、人と――さらに大きな人。
大きな人には光輪のようなものが刻まれている。
崇拝対象……なのだろうか。
あいにくと、俺には学というものがない。
小学生の頃からダンジョンと戦闘漬け。
引退してからは十年間、零細企業で営業職だ。
だが。
この遺跡は、ダンジョンのシステムそのものと関わりがありそうな――
そんな、根拠のない予感だけはあった。
階段を登りきると、由利衣とマルグリットの姿があった。
「あっ、コーチ。これなんですけど……」
由利衣が指し示したのは、祭壇だった。
そこには複雑な紋様が刻まれ、宝石がふたつ、埋め込まれている。
「あたいは、これ持って帰ろうって言ったんだけどさー」
マルグリットが、不満げに口を尖らせる。
だが、梨々花は静かに俺の目を見た。
「単に宝石があるだけなら、私もそうしたんですが……」
そう言って、すっと指を差す。
そこには、穴。
三つの空間が、並んでいた。
梨々花は続ける。
「これって、やっぱり……ですよね」
これほど分かりやすいものはない。
「だな。この穴に、はまる宝石がある……んだろうな」
「宝石を集めたら、どうなるんでしょうね?」
梨々花の言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちた。
マルグリットが、先に口を開く。
「そりゃー、隠し通路じゃね?
このピラミッドに入れるとかさー」
それが一番妥当なところだろう。俺も賛成だ。
しかし――由利衣。
「えー。絶対、ピラミッドが変形して巨大ロボになると思うんですよねー。
宝石が五個必要ってことは、選ばれた五人の戦士がコックピットに搭乗できるんですよ。
今から決めポーズと必殺技、考えておかないと。
私は黄、梨々花は……どす黒かなー」
配色までコーディネートしていた。
梨々花は何も言わず、懐からスマホを取り出して祭壇を撮影した。
「今後は、この形に合う宝石探しも私たちの攻略目的に入りますね。
……レッドとしての務めを果たさないと」
レッドより、やはりどす黒が似合いそうだが……。
それは言わないことにした。
ふと、目線を巡らせる。
頂上は中央に祭壇の台座。
そして隅には、どこかで見たようなものが鎮座していた。
「これは……ガチャ機か?」
すっかり苔むしてはいるが、スタートポイントで見たガチャ機と形状は似ていた。
ただ、昨今は液晶ディスプレイで排出結果を表示するスタイルだが、こちらに据え付けているのは、昔ながらのカプセル排出式のようだ。
俺の言葉に、梨々花は軽く息をつく。
「それなんですが……Gでも魔石でも動きません。
コイン投入口があるので、何か対応するものを必要としているのだとは思いますが」
現在俺たちが利用しているガチャとは異なるものなのか。
とりあえず、ここでの探索はこれ以上の進展は無さそうだった。
キャンプ地に戻ると、来奈たちが先に戻っていた。
俺たちの姿をみとめると、元気に手を振った。
「教官! どうだった?
あたしたち、ザックザクだよ〜ほらっ!」
そう言って、自身の冒険用カバンをゴソゴソ漁る。
「なんか変な水晶! 悪魔の形っぽくない?
あとは、よく分かんない液体が入った瓶とー……」
どう見ても、怪しげな儀式用だ。大丈夫なのか?
黙って見ていると、来奈は脇に置いている杖を手に取った。
「そうそう、この杖。梨々花に似合うと思ってさー」
そう言って、スッと差し出したのは、先端に髑髏がついた禍々しい杖。
装備したら呪われそうなんだが。
だが、それを見たリズの目がぴくりと揺れた。
「これ、世界樹の枝……。
アイテムとして採取できる部分があるんですね。
ちょっと見せていただいても?」
リズは杖を受け取ると、しげしげと眺めた。
「これは、すごいですね。
効果は、土属性の魔力を植物操作魔法に変換できるようです」
そう言うと、梨々花へ渡した。
「どうぞ。冒険の役に立つと思いますよ」
梨々花は受け取ると、リズに尋ねた。
「あの、これはリズさんが持っていたほうが良いのでは?」
「私は四大属性魔法の操作は得意じゃないので。
それに……」
リズは、にこやかに梨々花の目を見た。
「この杖は生命の循環。倒したモンスターの魔力を世界樹へと送り込むようです。
魔術師の魔眼は、攻撃魔法のスペシャリスト……ゴリゴリ倒しまくって世界樹を活性化させてくださいね」
相変わらず、儚げな表情と言動が噛み合っていない。
だが、植物操作魔法は今後の戦局を左右する力になりうる。
希少中の希少アイテムだろう。
そして、禍々しいビジュアルは確かに梨々花に似合っていた。
そんな俺の感想をよそに、来奈はバッグを漁る。
「そんでさー。お宝って言えば、やっぱこれっしよ!」
満面の笑みで、両手にジャラジャラとコイン。
金色……だが、どこか不思議な色を帯びている。
そっと、政臣が近づき、俺に耳打ちした。
「あの……配信は一応切ってます。
僕は実物見たことないんですけど、あのコイン……アレじゃないですか?」
アレ……?
来奈と一緒に探索していたアリサも、自分のカバンをひっくり返して、ザーッとコインを出す。
「いっぱいありましたよー。
リュシアンのバッグもパンパン。もう重くって!!」
アリサもリュシアンも朗らかな笑顔。
だが、一同の中で政臣の表情だけが固い。
マルグリットが嬉しそうに、一枚手に取った。
「おっ、アリサ! やるじゃん。
……でも金貨、か? これ?」
ぽつりと呟く。
いや。こいつはおそらく。
気づいた俺は、思わず声がこぼれた。
「オリハルコン」
全員の視線が、ゆっくり集まるのを感じていた。




