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第96話 守るべきもの

精霊の試練を乗り越えた俺たちは、世界樹とその麓に広がる遺跡、そして――

樹の竜という、圧倒的な守護者を手に入れた。


同時に、由利衣の索敵レーダーが、濃霧ゾーンを突破した後続冒険者たちの動きを捉えていた。


梨々花は、すっと政臣のカメラの前へ立つ。

にこやかな笑顔を作り、いつもの調子で告げた。


「と、いうわけで。

精霊の試練・お宝チャレンジでした〜。

こちら、これにて終了でーすっ」


笑顔はそのまま、目だけがやけに鋭い。


「ここから先は、勝手に踏み込んだら罰ゲームなのでー。

命が惜しい方は、とっととお帰りくださいねっ」


言い終えると同時に、「やれ」と言わんばかりに首をくい、と傾ける。

それは、竜に向けた合図だった。


樹の竜は、静かに反応する。

無数の枝の触手が、一斉に森の入口へと伸びた。

大木が振り注ぐ。


ひとしきり続くと、竜は枝を引き上げた。


次に、二本の後ろ脚を踏ん張り、尾から首までを一直線に伸ばす。


――まだ何かあるのか?


静かに見守っていると、竜の口が大きく開き、そこから光が溢れ出した。


オオオオオオオ……。

地鳴りのような、嫌な溜めの低音。


アリサの瞳に光が宿る。


「これって……もしかして、アレですか!?」


その場の空気が、期待でざわつく。


そして。

竜の口から、一筋の光が放たれた。


森の手前に着弾し、そのまま首をぐいと振り上げる。

光は一直線に、濃霧ゾーンまでを薙ぎ払った。


轟音。

巻き上がる土煙。


タブレットを覗き込むと、後続の冒険者たちは、蜘蛛の子を散らすように撤退していく。


俺が呆れたように梨々花を見ると、彼女は事もなげな顔だった。


「威嚇ですよ。

おとなしく引き返すなら、それ以上はしません」


……いや。威嚇、なのか?

どう見ても決戦兵器だが。


由利衣とリュシアンの二重防御で、ようやく受け止められた枝の攻撃。

そして、今しがた放たれたあのビーム。


上位冒険者であっても、正面突破はほぼ不可能だろう。


仮に、力ずくで守護者を倒せたとしても。

精霊に認められた手続きを踏んでいない以上、世界樹の管理権を奪い取ることはできない。


つまり、この場所を攻略するメリットは、何一つない。

退散は、自明の理だった。


来奈が嬉しそうに興奮の声を上げる。


「すっげー! ドラゴンキャノン!!」


勝手に技名をつける彼女に、すぐさま異論が飛ぶ。


「えーっ、インフィニティ・スピリット・レイだよね」


「違います。あれはハイメガ超竜撃滅砲です」


そんなことはどうでもいい。


――だが、これでいい。

世界樹に触れていいのは、覚悟と、実力と、責任を持った者だけだ。


軽く息を吐くと、俺は皆に声をかけた。


「今日は、ここまでだな。 このままキャンプにしよう。テントの準備、始めるぞ」


この守護者がいる限り、ここはダンジョン内のどこよりも安全な場所だ。


元旦の探索は終了。


俺たちは世界樹の近くまで移動し、野営の準備を始めた。


***


世界樹の管理権は、形式上は俺たちのパーティが所属する、各国に帰属することになっている。


だが。


梨々花が守護者に与えた指示は、きわめて明確だった。

立ち入りを許可するのは、パーティメンバー、あるいはパーティメンバーが承認した人間のみ。


事実上の運用権は、完全にこちらが握っている。


さらに、全員でひとつの取り決めを交わした。


遺跡と世界樹の利用は、学術調査と、お宝探しに限定する。


政治目的、軍事転用、外交カードとしての使用は一切なし。


これは、国家戦略級魔法使い、SSRの総意だ。


各国政府も理解しているだろう。

ここで無理な要求を突きつけ、対立を招くことが、どれほど愚かな選択かを。


世界樹は、力の象徴ではない。

冒険者の手で守られるべき、“冒険の場”なのだから。


打ち合わせがひと段落すると、リズは静かに世界樹へと歩み寄った。


ここまで近づくと、その巨体はもはや「木」ではない。

ただ、途方もない壁が立ちはだかっているように見える。


リズは、そっと幹に手を触れた。


俺たちも自然とその側へ寄ると、彼女は振り返り、儚げに微笑んだ。


「……やはり、かなり痛んでいますね。 私、時々ここへ来て、様子を見てあげようと思います」


樹の竜に食い荒らされ、養分を奪われ続けていたのだ。

幹の半分近くは枯れ、腐り落ちている。


リズの掌から、柔らかな光が溢れ出す。


「今は……これくらい。

でも、大丈夫。頑張って治しましょうね」


魔力が、静かに、深く浸透していく。


世界樹が、わずかに震えた。

――そんな気がした。


彼女に任せておけば、きっと大丈夫だろう。

俺は、何も言わずに頷いた。


そして、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「……そういえば、あの竜の“補給”はどうするんだ?」


あれは、もともと世界樹から養分を吸っていた存在だ。


リズは少し考えるように視線を落とし、静かに答えた。


「過剰に吸わなければ、問題ないと思います。

もともとは、トレントを生むために荒らしていたので。

あの竜自身を維持するだけなら、必要量はそこまでではないでしょう」


世界樹に新たな循環が生まれていた。


竜には、すでにトレントを増殖しないよう命じてある。


これからは、第四層奥地の安全性も飛躍的に向上していくだろう。


それにしても、だ。


リズの能力は、完全に“環境支配”。


直接的な戦闘能力は、決して高くない。

彼女ひとりでダンジョンを攻略するのは、正直言って難しいだろう。


だが、攻略対象そのものの「前提条件」を書き換える力を持っている。


この穏やかな性格でなければ、どんな悪用をされていたか分からない。


そう考えるだけで、背筋が少し寒くなる。


そんなことを考える俺に、しっとりとした圧がかかった。


「今日は魔力をたくさん使ったので……。

大将、お夕食にしませんか?」


朝は、大量のおせち料理。

昼も、大量の料理。

ボス戦の直前には、一般人二ヶ月分相当の保存食。


――それでも、まだ食い物の要求。


俺は振り向き、山本先生とリュシアンの顔を見る。

ふたりとも、苦笑いを浮かべるだけだった。


心配なのは、食料の残りだ。

出発前、これでもかと詰め込んでいたが、すでに半分以上は消費している。


しかも、その大半がリズ一人分。


だが、それに見合う活躍だった。

いや、正直に言えば、それ以上だ。


「よし、飯にしよう。何か希望はあるか?」


俺の言葉に、リズは風に揺れる小さな花のような、儚げな微笑みを浮かべた。


「そうですね。肉と脂……それからお米。

ガツンと血糖値と魔力を、上げていきたいです」


顔に似合わないワイルド発言。


だが、今夜は特別だ。

焼肉にしよう。


山本先生とリュシアンが、食材の準備に取りかかる。

火を起こし、鉄板を並べ、肉を切り分けていく。


マルグリットはクーラーボックスからビールを取り出すと、芹那に一本放り投げ、八重歯を見せた。


「やっぱさ。

あたいたちの魔力回復は、これだよなー」


そう言って、一気に喉を鳴らす。


こうして、ささやかな祝勝会が始まった。


世界樹と、新たな守護者に見守られながら。

第四層の夜に、脂の焼ける香ばしい煙が、ゆっくりと立ちのぼっていくのだった。


***


翌日。


いよいよ第四層のボスに挑む――

はず、だったのだが。


来奈とアリサが、ふたりがかりで遺跡探索を主張してきた。


ここはすでに、俺たちしか立ち入れない場所だ。

探索なら、いつでもできる。


そう説明したのだが。


「お願い!!

このまま素通りしたら、あたし気になって眠れないよっ!!」


来奈は、拝み倒さんばかりの勢いで食い下がる。

もはや土下座寸前だ。


そして、アリサはアリサで。

表情はにこやかだが、考えていることはだいぶ危ない。


今後クラリスが合流すれば、配信計画に待ったがかかる可能性が高い。


ならば、その前に。

コンテンツを増やし、チャンネルを立ち上げ、既成事実を作る。

そんな強行突破の算段だ。


そしていつの間にか、アリサと政臣の間ではビジネスが成立していた。


欧州パーティが撮影した映像の加工・編集・演出を政臣が一任され、その報酬として、リュシアン素材の提供と映像使用権が譲渡される。


さらに、リュシアンを主軸とした映像制作には、芹那からの出資まで取り付け済み。


なお、これら一連の契約において、肖像権を有する当人の意思は確認されていない。


――話が脇にそれたが。


ふたりの思惑は異なれど、その情熱は同じ方向を向いていた。


そこへ、山本先生が軽い調子で提案を差し込む。


「そろそろ、食料の残りも心配ですしー。

私と姉さんで一度戻って補給してきますから、今日は探索されてみてはどうですか?」


「さすが、山本センセー!!」


即座に、来奈が食いついた。


さらに、マルグリットも同意する。


「あたいもお宝、気になるなー。

このままじゃ、階層ボスにも集中できそうにないし、いいんじゃね?」


……仕方ない。


今日は正月二日。

まったり探索とお宝探しも、視聴者さんを飽きさせないための立派なサービスだろう。


俺が渋々うなずくと、来奈は目を輝かせ、政臣のカメラへとぐいぐい詰め寄った。


「そんなわけでっ!

今日は本気でお宝探しするからさー!

お年玉プレゼントも、あるかもよ!?

チャンネルはそのまま――お見逃しなくっ!!」


……まあ、いいか。


俺は小さく息を吐き、山本先生へと向き直る。


「それじゃあ、お願いできますか?

気をつけてくださいね」


芹那が一緒なら、心配はいらないだろう。

だが、それでも第四層だ。油断はできない。


そこへ、リズがすっと前に出た。


「女将さん、こちらを」


そう言って差し出したのは、賢者の指輪だった。


「道中の危険を、少しでも減らせるように。

モンスターが守ってくれますから」


にこりと、柔らかな笑み。


「リズさん……ありがとうございます」


山本先生は穏やかな表情で、それを受け取った。


――と、思ったら。


今度は、ばさり、と紙の束が追加で差し出される。


「あの……これ、食料品のリクエストなんですけど……ダメ、でしょうか?」


山本先生は、一瞬だけ言葉を失い。

それから、ほんの少しだけ口角を引きつらせて、黙ってその紙束も受け取った。


そして、山本先生と芹那は揃って歩き出す。


「酒も頼むー!!」


マルグリットの呼びかけに芹那は軽く手を振り、やがて見えなくなった。


俺は残ったメンバーへと声をかけた。


「ここには守護者がいると言ってもだな。

トラップとかあるかもしれないからな。

単独行動は禁止。分かったな?」


全員からの元気な返事。


来奈は、さっそくアリサとリュシアンを連れて走り出す。その後を政臣が追いかけて行った。


梨々花は由利衣とマルグリットを伴い、「お宝……」と呟きながら探索を始めた。


俺は、キャンプ地で待機。

何かあればスマホで連絡。そういう取り決めだ。


そして。


俺の隣には、儚げな微笑みで皆を見送るリズがいた。


「……行かなくていいのか?」


「ちょっと、世界樹を診てあげたいのでー」


そう言うと、世界樹へと歩を進めた。


……さっき、単独行動は禁止と言ったばかりなんだが。


仕方なく、その姿を見失わないように後ろから付いて行く。


リズは幹にそっと手を触れた。

淡い光が掌から漏れ、世界樹を癒していく。


その様子を眺めていると、彼女はこちらに背を向けたまま声をかけてきた。


「ありがとうございます。

私のワガママに付き合っていただいて」


少し間を置き、続ける。


「奥地に世界樹があるなんて、夢にも思っていませんでしたが……

みなさんがいなかったら、救えませんでした」


俺は、気にするなと軽く答える。

リズがいなければ、毒沼を攻略することすらできなかったのだから。

日欧豪の全員で勝ち取った成果だ。


彼女は、あくまでも穏やかな口調で続けた。


「やっぱり、来てよかった……。

魔法使いの先の先……少し見えた気がします」


俺の背筋に緊張が走った。


――どうして、その言葉を。


リズは、ゆっくりと振り向く。


儚げな表情。

目を細め、少しだけ小首をかしげてみせた。

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