第95話 冒険ってのは
リズは腹八分で手を止め、魔力の充填が完了したことを示すように、ゆっくりと息を整えた。
そして俺たちに、儚げな微笑みを向ける。
「……漲ってきました。
ガンガン、ぶっ込めそうです」
顔立ちにまるで似合わない、やけに頼もしい台詞だった。
俺たちは視線を交わし、無言で頷き合うと、手早く荷物をまとめて森へと踏み込む。
***
「……おい、入江。
キョロキョロよそ見するんじゃない」
隣を歩く来奈に、俺は低く注意を飛ばした。
総勢十一名のパーティは、三つの小部隊に分かれて進軍している。
・俺、芹那、来奈、アリサの前衛
・由利衣、政臣、リュシアンの中衛
・山本先生、梨々花、マルグリット、リズの後衛
この編成で、ボスへ挑む予定だ。
来奈が落ち着きを失っている理由は、はっきりしている。
森の中の遺跡群だ。
「ねえ、絶対なんかあるって。お宝とかさー」
そう言っては、石造りの建物の内部を覗き込もうとしたり、地面に何か落ちていないかと目を凝らしたりしている。
俺は、半ば呆れながら言葉を返した。
「気持ちは分かるがな。優先順位があるだろ。
後でいくらでもウハウハ探しできるから、今は先を急ぐぞ」
来奈は、名残惜しそうに遺跡を振り返りながらも、渋々と歩を進めた。
「なんかさー。金貨の一枚でも落ちてないかな……」
梨々花とは違う意味で、こいつも欲望に忠実なやつだ。
一方、アリサはというと。
いつの間にかスマホを取り出し、遺跡を丁寧に撮影していた。
「いよいよ、私たちは前人未到の領域へと踏み込もうとしています。
想像を絶する精霊の試練の果てに、いったい何が待ち受けているのか!
果たしてこの冒険は、無事に成功へと辿り着けるのでしょうか!」
やけに気合の入ったセルフナレーション。
今年こそ、何が何でも欧州パーティの配信チャンネルを立ち上げる——
そんな野望を胸に秘め、すでにコンテンツの仕込みを始めているらしい。
「おい、そっちもだ。集中しろ」
アリサへ注意を飛ばすと、後方から声がかかった。
「なあ、スマホより、ヘルメットに付けるカメラ、買った方がよくね?」
マルグリットだ。
「なるほどー! さすがマルグリットさん!」
アリサはすぐさま食いつく。
「それ、リュシアンに装備してもらってー。
私の雄姿を、バッチリ撮影してもらおうかな!」
完全に前向きだ。 というか、もう止める気はない。
そこへ、芹那がしれっと割り込んでくる。
「でも……リュシアンくんの美しさを損なわない撮影装備となると、難しいわね。
でも大丈夫。そこは、お姉さんに任せておいて?」
そう言って、リュシアンへ熱い視線を送る。
リュシアンは芹那の圧に、何も言えずにモジモジするだけだった。
大ボスを前にして、この緊張感のなさ。
だが、森の奥へ進むほど笑い声が少しずつ減っていく。
やがて、視界の奥に違和感が生まれた。
世界樹の根とは、明らかに異なる。
絡みつくような植物の塊。
いや——樹の竜だ。
サイズ感が、すでに麻痺している。
全長百メートルはあるだろう。
そいつは、世界樹の根へと牙を立て、バリバリと音を立てて食い荒らしていた。
俺たちは、森の陰に身を潜めたまま、その威容を見上げる。
「黒澤、どうだ?」
質問の意図は、あの大鷲の動向だ。
「いまは、動きはありません」
簡潔な返答。
「分かった。動きがあり次第、報告をくれ。
――いくぞ。属性付与を頼む」
俺の声に応じて、梨々花と由利衣が静かに前へ出た。
来奈とアリサの武器へ、水と風の二属性付与。
森の中だ。火は使えない。
次に最も効率がいいのは、水圧を刃に変える攻撃。
続いて二人は、キュレネへそっと手を当て、魔力を注ぎ込む。
来奈の手元が、鮮やかな虹色に輝いた。
政臣の声が弾む。
「三人の友情パワー! これは熱いなあ!
次はテーマ曲、用意しておくからっ!!」
……こいつだけは、ここまで来ても平常運転だった。
その言葉に反応したのは、アリサだ。
「友情パワーかあ。いいねっ!
それじゃあ、私も!」
魔眼が眩く光る。
俺たちの鼓動が跳ね上がった。
ステータスの底上げに、精神高揚。
戦いへのボルテージが、一気に最高潮へ引き上げられる。
梨々花と由利衣は、アリサに小さく微笑み、配置へ戻った。
そして梨々花は、その瞳にかすかな黄金を宿し、静かに告げる。
「……では、マルグリットさん。いきましょうか」
アイシクルワンドを構え、空気中に氷の杭を次々と生成していく。
一方、マルグリットは腰のマジックアイテムを抜き放ち、力強く声を張り上げた。
「そんじゃ、開戦の狼煙ってやつだ!
いっちょ、おっ始めようか!!」
杖を勢いよく振る。
竜の足元から無数の鉄杭が地を破り、轟音とともにせり上がった。
鋼属性魔法。
足止めと、確実なダメージを同時に狙った一撃。
――だが。
攻撃をまともに食らったにもかかわらず、樹の竜は耳をつんざく咆哮を上げるだけで、倒れもしなければ、怯みもしない。
その代わりに。
無数の枝が、触手のように天へと伸びる。
次に、一斉に下降して俺たちへと襲いかかった。
「おおっ、まじかっ!!」
来奈の叫び。
スケールが、違いすぎる。
“枝”と言っても、一本一本が大木そのもの。
それが雨のように、容赦なく、降り注いできた。
由利衣が、いつもの穏やかさからは想像もつかない鋭い声を張る。
「リュシアン、いくよっ!」
魔眼が、黄金の輝きを放つ。
空中に、結界が十重二十重と展開される。
大木の一斉掃射を、正面から受け止めた。
同時に、リュシアンも防御魔法を重ね、結界を補強する。
俺たちの頭上で、何百、何千という大木が、轟音とともに砕け散った。
アリサのバフを受けていなければ、精神が恐慌をきたしていたかもしれない。
そして、由利衣とリュシアンの連携がなければ――即死だった。
「来奈!」
黄金の瞳の梨々花が合図を送る。
すでに、氷の杭は十分すぎるほど完成している。
その声に呼応して、来奈が地を蹴った。
「お返しだっつーの!!」
来奈の瞳の光が、森を切り裂く。
次の瞬間、彼女の姿は視界から消える。
残ったのは、一斉射出された氷杭の軌跡だけだった。
星の魔眼と、アリサのバフ。
そして、キュレネの“インパクト”を乗せた杭が、樹の竜の胴を抉り、突き抜けていく。
上空の枝の猛攻が緩んだ。
だが。
あの巨体だ。致命には、まだ遠い。
俺は村正へ魔力を流し込む。
一点へ。ひたすら、一点へ。
――まだだ。まだ、まだ足りない。
一撃で決める。
中途半端な攻撃では、通らない。
極限まで研ぎ澄ませていく俺へ、正面から枝の触手が迫る。
上空の枝よりは細い。
それでも一本一本が電信柱並み。
結界は上からの攻撃に耐えるためのもの。
あの巨体だ。圧はそちらに集中することが想定されていたからだ。
正面は、パイルバンカーと俺の攻撃を通すために空いていた。
枝が、あとわずかの距離まで迫る。
そのとき、俺の横を水龍鞭が滑った。
唸りとともに、迫る枝が輪切りにされていく。
「修司! 集中、切らすんじゃないわよ!!」
芹那の叱咤。
アリサと来奈も前へ出て、水圧カッターを叩き込む。
切って、削って、押し返す。
後方からは山本先生。
矢が風の加速を得て枝を粉砕し、そこへ梨々花の礫弾が追撃を重ねる。
マルグリットは杖を振り続けた。
鉄杭が地を割ってせり上がり、竜の足元を縫い止める。
守りを固める。
攻撃を削る。
足を止める。
全員が、俺の一撃に賭けていた。
そのとき。
「コーチ、来ます!」
由利衣の声。
大鷲も動いたようだ。
村正が青白い輝きを放つ。
俺は、静かに刃を振るう。
ほんの一瞬だけ、森を静寂が支配した。
刀身から残像の刃が伸びる――極限まで。
それは森の木々を抵抗もなく斬り裂き、迫りくる枝の触手を砕き、そのまま樹の竜の胴体を断ち切った。
竜の身体が揺らぐ。
そこに、上空から舞い降りた大鷲が鋭い爪を立て、竜の頭を掴むと、勢いのまま捩じ切った。
竜の討伐完了。
巨体から光の粒が漏れ出す。
だが、真の本番はここからだ。
梨々花が静かに声をかけた。
「リズさん、お願いします」
リズは頷くと、その瞳に黄金の強い輝きが宿った。
光の粒となり消え去ろうとしていた竜の足元から、蔓が一斉に吹き出す。
それはまたたく間に竜の身体に巻き付き、繭のように包み込んだ。
リズは目を閉じ、蔓から伝わる竜の魔力の解析を始めた。
そして、ゆっくりと目を開ける。
「理解しました。さっそく、再生しますね」
リズはそう呟くと、瞳にいっそう力を込める。
蔓の繭の中で、光の粒となった竜は、リズの植物魔法によって再構成されていく。
左手にはめた賢者の指輪も、呼応するように淡く脈動するように光を放つ。
モンスターを支配する最上位の魔導ギアだ。
異変に気付いた大鷲が、竜の頭を離して飛び去ろうとするが――
それよりも早く、リズの蔓が大鷲の足に巻き付いた。
そして、蔓の繭が開く。
そこにあらわれたのは、すっかり元の姿に戻った竜の姿。
ちぎれた首は、新たなものに再生していた。
蔓に足をとられて動けない大鷲に、竜は容赦のない枝の攻撃を放つ。
体中を串刺しにされた世界樹の守護者は、あっけなく光の粒と化した。
リズは、大きく息を吐く。
「成功ですね。あの竜は私たちの使役下にあります」
俺たちの選択肢は、世界樹の守護者を排除し、新たに“制御可能な”守護者を据えること。
梨々花は、口角を最大限に吊り上げた。
「さすがリズさん。あれは、私の言うことも?」
こくり、と首を縦に振るリズを確認すると、梨々花は竜に向かって堂々と声を上げた。
「じゃあ、命じるわ。
このパーティ以外の何人たりとも足を踏み入れる輩を排除するのよ。
世界樹と遺跡に触れて良いのは、私たちだけ」
樹の竜は、静かに頷いた――ように見えた。
そして、政臣のスマホが震えた。
通話に応答する。
「え……? いやあ、そんなこと言われても。
ルール違反じゃないですよね? 世界樹を守ったわけですし」
困ったような表情を浮かべながら、しどろもどろに受け答えしていた。
だが、突如声色が変わる。
「……何言ってるんですか。
この世界樹の権利は、実力で勝ち取った魔法使い達のものでしょう。
文句があるなら、守護者とうちのパーティから奪ってみせてください。
精霊がそれを許すのならね」
そう言い切ると、乱暴に通話を切った。
「……まったく。何もしない連中が偉そうに」
政臣にしては、珍しく気色ばんでいた。
全員の視線が集まっていることに気付いたのか、急に慌てたように取り繕う。
「あ、いや。大したことじゃないんです。
いろんな国から、共同管理に加えてくれって話がきているようで」
ため息をついて、頭をかく。
「くだらない外交カードに使うために戦ったんじゃないのに……。
冒険って、そんなんじゃないですよね」
一瞬目を伏せ、次に、ぱっと明るい笑顔。
「冒険ってのは、映えとウハウハです!! そうでしょう?」
そして、いつもの調子でヘラヘラと拍手。
「精霊の試練の突破、おめでとうございます!
新年早々、またまた世界を湧かせちゃいますね!!」
その言葉に、全員がワッと歓声を上げる。
俺は来奈にヘッドロックされて苦笑いする政臣を見つめる。
彼は、魔法使いとしては戦闘の役に立たないNランク。
だが、この戦いでは誰もが命を張っていた。
即席パーティだが、最高のやつらと最高の冒険を楽しんでいる。
世界樹を見上げながら。
仲間たちの声が、勝利の余韻よりも胸を満たしていた。




