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第94話 精霊の選択肢

世界樹。


それは、ダンジョンの天を突くほどの威容を誇る巨大な木だった。


現代のどの建造物よりも高く、その幹の太さは、もはや想像の埒外だ。


SSRが何人揃おうと、どうこうできるスケールではない。


俺はリズに視線を向けた。


この場で、あれについて多少なりとも知識がありそうなのは、彼女しかいない。


「世界樹……とは、何だ?

空想物語の中なら見聞きしたことはあるが……」


リズは、しばらく呆然としたまま立ち尽くしていたが、はっとしたように我に返る。


「す、すいません……。

実は、私も詳しいことは……」


そう前置きしてから、リズは一度、言葉を探すように視線を落とした。


そして、ごくりと喉を鳴らす。


「ただ……第十一層にも存在すると、学会で耳にしたことがあります。

でも、そちらはほとんど調査が進んでいません。

どうやら、強力な障壁があって……突破できないとか」


第十一層の情報など、本来はごく限られた人間しか知り得ない。

リズ自身も、アメリカの研究者から噂話として聞いた程度にすぎないという。


「障壁……か。

じゃあ、あれはどうなんだろうな」


分からない。


だが、ここで推測していても意味はない。

俺たちは、歩みを進めた。


やがて、世界樹の麓が見えてくる。

そこには、広大な森が広がっていた。


「黒澤。桐生院。どうだ?」


索敵担当のふたりへ声をかけると、梨々花が簡潔に答えた。


「魔力反応は、あの世界樹にふたつ。

それ以外に、モンスターの気配はありません」


……なら、この森を突っ切るしかない。

そう判断して、森へと近づく。


そして、俺たちは——

揃って言葉を失った。


森そのものが、世界樹の一部だったのだ。


マングローブのように絡み合った根が地を這い、折り重なり、やがて空を覆い尽くすように広がっている。


それだけではない。


芹那が、絞り出すような声を漏らした。


「これは……遺跡?」


根の森に隠されるように、石造りの建造物が姿を現していた。


いつの時代のものかは分からない。

だが、かつて——ここに都市があったようだ。


誰が。

何のために。

こんな場所に。


その答えを、くれる存在はいない。


普段は配信の映えのことしか頭にない政臣でさえ、そのスケール感に、すっかり飲まれていた。


呆然としたまま、カメラを回すのみ。


そんな彼のスマホが、震えた。

——着信だ。


政臣は慌てて応答し、短い受け答えを交わす。

内容までは、こちらには聞こえない。


やがて通話を切ると、ゆっくりと呼吸を整えた。


そして、俺を見る。


「佐伯さん……。

精霊と、コンタクトが取れたそうです」


少しの間を空けて続けた。


「この試練を乗り越えたパーティが登録している国に、遺跡と世界樹の管理権を貸与すると。

僕たちが攻略すれば、日本、イギリス、イタリア、ドイツ、フランス、そしてオーストラリアです」


この場にいないクラリスの母国、イギリスが含まれているのは、欧州SSRパーティという括りなのだろう。


彼女がいない理由は、誰もが分かっている。

そして何より、欧州メンバーを、ここまで育て上げた功労者だ。


不参加だから権利がない、などとは。

この場の誰一人として、思っていなかった。


俺は今聞いた情報を整理する。


「遺跡と世界樹の管理、と言ったな。

……どう思う?」


芹那と梨々花を、交互に見る。


「そうね……」


最初に口を開いたのは、芹那だった。


「つまり、世界樹は討伐対象ではない、ってことよね」


梨々花も、同意するように静かに頷く。


「私も、そう思います。

あれは倒すものではなく、別の形で問題を解決する存在。

そう考えるべきではないでしょうか」


やはり、そう解釈するのが自然だな。


あらためて、世界樹を見上げた。


誰に向けたわけでもない。

自然と、言葉がこぼれる。


「……世界樹、だけど。どう思う?

色が違うな」


健康な青葉を茂らせた部分と、どす黒く変色し、枯れ落ちた部分。


配色は、ほぼ半々。


だが、同じ“木”とは思えないほど、印象が違っていた。


来奈が、顔をしかめて率直に言う。


「うわ。キモ……」


どす黒い領域は、ただれて節が捻じれ、瘴気のような黒い霧をまとっている。


視線を上げ続けていると、首が痛くなってくる。

俺はふと、パーティへと目を戻した。


双眼鏡を覗き込んでいた山本先生が、わずかに表情を曇らせていた。


「……山本先生?」


声をかけると、肩が小さく揺れる。

そして俺のそばまで来て、無言で双眼鏡を差し出した。


「黒く変色したあたりですが……」


言葉はそれだけ。

俺は黙って受け取り、世界樹を覗いた。


あれは——果実、か?


枯れ枝に、いくつもぶら下がっている。

オレンジ色がかった、丸い何か。


だが。

それは、静かに——

胎動するように、蠢いていた。


不安感を煽る光景だ。


「黒澤……」


俺は、背後に声を投げた。


「本当に、魔力反応は二つだけなんだな?」


少し間があって、由利衣の声が返る。


「……はい。

世界樹から、ふたつだけです」


なら——

あれは、何だ?


そう思った、そのときだった。


世界樹の上空。

枝葉のさらに向こうから、何者かが姿を現した。


光に包まれた、大鷲。


ジャンボジェット機を思わせる巨体が、羽ばたきひとつで空を滑るように移動している。


現実感が、追いつかない。


——あれが、討伐対象なのか?


反射的にそう考えたが、大鷲は俺たち侵入者など眼中にない様子で、まっすぐ世界樹の麓へと向かっていく。


次の瞬間。


無数の枝が、触手のように蠢いた。


空を裂き、大鷲へ向かって一斉に伸びる。

絡め取り、引きずり落とすかのように。


そして——

地表が、割れた。


根と幹が隆起し、姿を現したのは、これまた規格外の巨体。


樹の竜。

そう呼ぶしかない存在だった。


以前、リズが魔眼能力で、水辺の葦や細木を組み上げ、即席の巨人を形成したことがある。


だが——

あれとは、次元が違う。


サイズも、密度も、魔力の圧も。

すべてが、遥か上だ。


「コーチ。魔力反応は——

あの二体です」


由利衣の声が、背後から届く。


「……いや。

それは、分かってるんだがな」


視線を上げれば、嫌でも目に入る。


空を滑空する光の大鷲。

そして、大地からせり上がる樹の竜。


どう見ても、あの二体だ。


だが。


「……違うな」


思わず、そう漏れた。


あれは、Wボスという雰囲気じゃない。


理由は単純だ。

二体は、明確に戦っていた。


互いを牽制し、互いを排除しようとする動き。


協調も、連携もない。


むしろ——

どちらも、相手を“邪魔者”として扱っている。


激しい攻防が、ひとしきり続いたあと。

大鷲は、ふっと距離を取った。


双眼鏡越しに追うと、大鷲は世界樹の上方——

オレンジ色の果実のようなものが垂れ下がる、枯れ枝へと向かう。


枝を掴み、ボキリと折った。


樹の竜が、叫びにも似た咆哮を上げる。


怒りに任せるように、自身の枝という枝を触手のごとく伸ばす。

だが大鷲はひらりとかわし、掴んだ世界樹の枝をそのまま投げ捨てた。


そして——

何事もなかったかのように、上空へと飛び去っていく。


……あの、奇妙な果実。

大鷲にとっても、排除対象というわけか。


投げ捨てられた枝は、ズズン、と地響きを立てて麓の森へと落下した。


「コーチ……」


由利衣の声が、やや緊張を帯びて届く。


「一瞬だけ、魔力反応が出ました。

さっき落ちた枝から……これはトレントです。

すぐに消えましたけど」


まだ全容は掴めていないが。

ここがトレント群生の中心地なのかもしれない。


あの実は未成熟な状態で落とされたため、完全体として誕生できなかったようだ。


そんなことを考えたそのとき。

樹の竜が、ゆっくりと巨体を持ち上げる。


首を大きくしならせ——

世界樹へと、噛みついた。


その光景を見つめながら、梨々花が静かに言葉を紡ぐ。


「先生……この状況からの推測ですが。

あの竜は、世界樹を捕食しながらトレントを生み出している存在——

そう見るべきでしょうね」


わずかに視線を上げ、続けた。


「そして……対立していたあの大鷲は、世界樹の守護者」


梨々花は、さらに言葉を重ねる。


「これは……選択だと思います」


視線が、大鷲の去った上空と、地上に蠢く樹の竜とを行き交う。


「秩序と破壊。循環と混沌。どちらに与するのか……」


そこに、来奈の声が割り込む。


「そんなの、悩むとこ?

どう見ても、あの竜の方が悪役じゃん」


まあ、確かに。

世界樹を枯らしている存在なら、看過はできない。


普通に考えれば、竜こそが討伐対象だろう。


だが。


「来奈。正義の勇者なら、そうするでしょうね……」


梨々花だった。

その目には、鋭い計算の光が宿っている。


「おそらく、精霊が用意した“良い子の正解”も、そっち」


少し間を置いて、続けた。


「でも——

あの守護者が、人間の味方だとは限らない。

そうですよね?」


相槌を打ったのは、マルグリットだ。


「かもなー。

世界樹を守ってるってんなら、今度は“これ以上近づくな”って言われても不思議じゃないな」


全員が、揃って「んー……」と黙り込む。


第十一層の世界樹は障壁で守られているという。

ならば、不可侵の存在と位置づけられていてもおかしくはない。


精霊は「管理権を貸与する」と言った。

だが、それを“好き勝手に素材を持ち帰っていい”と解釈するのは、早計かもしれない。


ほんの数秒、場の空気が重くなる。


その流れを断ち切ったのは、梨々花だ。


「そこで、私にひとつ考えがあるんです」


にっこり、と笑う。


……きっと、ろくでもない内容に違いない。


だが、その弾けるような笑顔が、いまは何よりも頼もしかった。


***


あれから俺たちは、世界樹の麓に広がる森の入り口付近で、延々とリズに食料を供給していた。


後続の冒険者たちは、霧のゾーンに仕掛けたトラップで足止めされているようだが、それでも油断はできない。


とにかく、時間がない。


凝った料理など作っている余裕はなく、保存食や固形の栄養補給食品を総動員する。


リズはそれらを次々と口に運び、カロリーを魔力へと変換していった。


梨々花の作戦は、想定どおり邪道にして外道。


だが、それでいい。

俺たちは全員、一切の迷いなく実行に賛成した。


そして、この作戦の成否を握っているのは——

間違いなく、リズだ。


俺は巨大なハムを切り分けながら、彼女に声をかける。


「……どうだ?」


リズは少し考えるようにしてから、あっさり答えた。


「もう少し、カロリーが欲しいところですね」


……なんだ、この会話は。

俺たちは、魔法使いのはずなんだが。


由利衣が、追いマヨネーズをかけながら、楽しげに言う。


「それにしても、さすが梨々花だよねー。

私には、あんな卑怯な手は思いつかないよ」


そこに、来奈も便乗する。

食パンにバターとハチミツをこれでもかと塗り込み、リズへ差し出した。


「ほんと、あくどいよな。

悪の組織の女幹部の発想じゃね?」


梨々花は、ふっと口元を緩め、切れ長の目を細める。


「褒め言葉として、受け取っておくわ。

……先生。この一戦に、人類の進歩がかかっていますね」


言っていることは、やたらと壮大だ。


だが——

考えていることは、コンテンツの盛り上げ。

やっていることは、給餌。


世界樹の麓で行われているのは、ただひたすら、魔法使いにカロリーを与える作業だった。


そして。

一般人の二ヶ月分にも相当する量のストックを平らげたリズが、こちらへ儚げな微笑みを向ける。


「……いける、と思います」


その一言で、空気が変わった。


巨大モンスター 対 魔法使い。


世界樹の利権を賭けた戦いは、いよいよ激突の局面へと移っていく。

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