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第91話 沼地へ

いよいよ新年からは、第四層奥地の攻略へと移る。


通常なら早朝に出発するところだが、昨夜は遅かった。無理をさせても仕方ない。

皆を少し休ませ、日が昇りきった時間に再集合とした。


そして。

集まった面々の目の前に並んでいたのは――大量のおせち料理。


山本先生の実家から送られてきたものと、大晦日前の準備日に山本先生自身が用意していた分だ。


黒豆、昆布巻き、煮しめ、数の子といった定番に加え、伊勢海老や鯛に鴨肉。

目にも鮮やかな料理が、ぎっしり詰まっている。


「日本のお正月のものです。お口に合うといいですけどー」


そう言いながら、山本先生は雑煮をにこやかに椀へよそった。


すると新年早々、芹那が毒を吐く。


「修司、こんな良い奥さん、なかなかいないわよ。

義姉さんが出資してあげるから、早く料理人として身を立てて美鈴抽(ミレーヌ)を安心させてあげなさい」


言いながら、リュシアンへ箸の持ち方を教え始めていた。


俺の背後では――


「もう、姉さん。気が早いわ」


と照れながら、山本先生が椀に遠慮なく餅を投入している。


……どうして、芹那の世話になってまで定食屋を経営しなくてはならないんだ。


聞こえなかったふりをして、あらためてテーブルを見渡す。


――相撲部屋の正月かな?


一瞬そんな考えがよぎる量。

だが、食べきれないかもという心配は不要だった。


欧州メンバーもリズも、そろって目を輝かせている。


「ダンジョンで……こんな美味しいものが……」


アリサはぷるぷると震えながら、栗きんとんを口に運ぶ。

この数日で慣れてきたはずだが、それでも新たなカルチャーギャップを受けたらしい。


――クラリスとの冒険は、謎の干し肉のみ。

作戦行動中の忍者のような食生活だと聞くが……ちゃんと戻れるのだろうか。余計な心配をしてしまう。


リュシアンに、少しでも料理を教えておかなくては。


そんな様子を眺めながら、俺は皆に声をかけた。


「これから中域の毒沼。

それを抜けたら、いよいよ奥地だ。

トレントの大群が待ち構えているだろう。しっかり食べておいてくれ」


雑煮の椀から口を離し、梨々花がすっと顔を上げる。


「先生。第四層のボスは……半人半魚、でしたよね」


トリトン。

美しい青年の上半身に、魚の下半身。

神話伝承級魔導ギア――トライデントを携える存在だ。


「そうだ。毒沼を抜けた先の湖で待ち受けている」


水に引き込まれたら、まず勝ち目はない。

加えて、トライデントは嵐を巻き起こす。


……こいつらで、どこまで食い下がれるか。


俺は芹那をちらりと見てから、念を押した。


「言っとくが。ボスへの挑戦も訓練の一環だ。

俺と芹那の力は、あてにできないぞ」


「義姉さん、でしょ」

芹那がキッと鋭い目を向けるが、スルー。


とにかく。

挑むのは、SSRと山本先生。

第五層へ進むに足る実力があることを示す必要がある。


当の梨々花は、静かに餅を口に含みながら、こくりと頷いた。


次に、来奈が素朴な疑問を投げてくる。


「ねえ。モンスターも魔導ギア使うんだ?

倒したら、貰えたりするの?」


いいところに気がつく。


「そうだな。モンスター自身が駆使してくることもある。レイドもだいたいそうだ。

もちろん、神話伝承級なんてのは滅多にないが」


そこまで言って、昆布巻きをひとつ摘まむ。

出汁がしっかり染みていて、うまい。


「私、頑張って佐伯家の味を覚えますから!!」


にこやかに宣言する山本先生を、そっと視界の外に置きながら続ける。


「モンスターが使っている魔導ギアは、倒した時点で消える。

そのあとドロップするかどうかは、運次第だ」


第四層ボスを倒した冒険者は多いが、トライデントを入手したなんて話は聞いたことがない。


――いや。


はたと気づく。

視線の先で、マルグリットが八重歯をのぞかせてニヤニヤしていた。


「へえ……神話伝承級の魔導ギア、かぁ。

なんか、お宝の匂いがするじゃん」


そして、心底楽しそうに言い切る。


「あたい、俄然やる気出てきたなー」


……本当に出るかもしれないな。もしそんなことになったら――。


政臣が、ニシンの酢漬けを飲み込み、眼鏡をきらりと光らせた。


「年明けからビッグニュースになりますって!!

これは、映えます!!」


「映える」の一言に、来奈と由利衣、アリサが即座に反応し、ぱあっと表情を明るくする。

梨々花は餅を咀嚼したまま、ゆっくりと口角を上げた。


ボスモンスター撃破に加えて、トライデントチャレンジ。


――なかなか、面白いじゃないか。


リズの攻略が進む重箱を眺めながら、俺自身も少しずつ楽しみになってきていた。


***


中域の毒沼地帯。


言葉の不気味さとは裏腹に、霧はなく、沼が点在するだけの地帯だった。

所々に花が咲き、一見すると穏やかですらある。


実際、ここはまだそれほどの脅威ではない。

万が一沼に落ちたとしても、体が痺れる程度。

水深も浅く、溺れる心配はまずないだろう。


――だが、油断は禁物だ。


ラミアのお供として現れた大蛙の色違い、ポイズントードの群れが、早くも進路を塞いでいた。


紫色の体に黄色のイボ。大きさは成人ほど。

女性受けはすこぶる悪い。いや、男性でも一部のマニアを除けばまず好まれない。


案の定、蛙にトラウマを持つ来奈が一瞬だけ足を止めた。


だが、すぐに己を鼓舞するように踏み込む。

群れの一体へ深く入り、横面、腹――連続で拳を叩き込んだ。


蛙の体がひしゃげ、光の粒へと変わる。


……だが。


「ちょーっと! ヌルヌルするんだけど!!」


殴った拳を見て、来奈が露骨に顔をしかめる。


俺は半分呆れながら声をかけた。


「殴る前に分かりそうなもんだけどな。

それと――不用意に初見のモンスターに手を出すんじゃない」


少しだけ声を落とす。


「そいつは興奮すると神経毒を分泌する。

一撃で仕留められたのは良かったが、下手をすれば毒を食らうぞ」


視線を梨々花へ向ける。


「基本は、桐生院に風属性を付与してもらう。接触はなるべく避けろ」


「はーい……」


しょげた声。梨々花の水魔法で手を洗い、ついでに属性を付与する。


キュレネを得てから、どうにも殴りに自信を持っている。

だが、ミドルレンジの技も磨く必要がある。


――その課題は、いまは置いておこう。


蛙は次から次へと湧いてくる。


「黒澤! あとどれくらいだ!?」


由利衣に向かって声を張ると、銃の引き金を絞りながら即答が返る。


「五十ほど……まだ仲間を呼んでいます」


こちらも大人数。戦力が不足しているわけではない。

だが、ここで消耗戦は避けたい。


そう考えた、そのとき。


俺の前にいた蛙の頭部が、音もなく消し飛んだ。


――疾風の矢。山本先生の新アイテムだ。


反射的に振り返る。

矢筒から引き抜かれた数本の矢が、山本先生の周囲にふわりと浮かび、静止していた。まるで意思を持つかのように。


一射。


放たれた瞬間、矢は空気を裂き――途中で風魔法のブーストを受ける。

速度と威力が跳ね上がり、ポイズントードの胴を貫通。


続いて、二射、三射……。


声を上げる間もなく、蛙たちは次々と光の粒へと変わっていく。


そして――

矢は旋回しながら軌道を変え、山本先生のもとへと戻ってきた。

ふわり、と空中で待機する。


貫通性能を持つ弓。そこに風魔法の加速と自動回収。

……悪魔的な組み合わせだな。


そんなことを考える俺の横で、アリサがロンギヌスを振るった。


魔力を帯びた斬撃が蛙を斬り裂く。

だが同時に、伸びた長い舌がアリサの左腕に絡みついた。


「ちょっ――」


体を引きずられそうになったが。


低い音を立てて、芹那の水龍鞭が割り込む。


水圧の鞭が、蛙の舌を何の抵抗もなく切断。

続けざまに本体を捉え、瞬時に細切れにした。


「ありが……お姉さ……」


呂律が回らないまま、アリサが膝をつく。

――神経毒が回ったな。


だが、その体をすぐにリュシアンの魔法の光が包み込んだ。


「アリサ、後衛まで下がれ!

リュシアン、回復を続けてくれ!」


声を飛ばすと、リズがすぐに駆け寄り、アリサを支えて後方へ下がらせる。


この蛙の神経毒は、かなり強い。

触れないのが一番だが……。


リュシアンの回復魔法は確かだ。

とはいえ、完全に抜くには時間がかかるだろう。


アリサの呼吸は安定している。

ひとまず、後衛に任せて問題はない。


「教官!!

あたし、怒ったからね!!」


来奈が叫びながら、紙一重で蛙の舌と体当たりをかわす。

そのまま、風の斬撃を飛ばした。


第三層の火竜の舌を見切ったときよりも――

動きが、明らかに洗練されている。


魔力制御訓練。

そして、星の魔眼による基礎身体能力の底上げ。


魔力感知と、超人的な動体視力。

本人の自覚がないまま、噛み合い始めているようだ。


……あれで、調子に乗る性格じゃなければな。


村正を振るいながら、わずかに苦笑する。


そのとき。

戦場の後方から、リズの穏やかな声が聞こえた。


「ちょっと待っててくださいねー」


リズが、すっと右手を地面に向ける。


一匹の蛙の足元から植物の芽が噴き出し、たちまち巨大な食虫植物へと成長した。


そして、バクリと蛙を丸ごと飲み込むと、食虫植物ごと、光の粒となって消える。


「じゃあ……お願いね」


儚げに微笑み、リズは再び右手を地面へ。


今度は、アリサのそばで大きな花が咲く。

リズはバッグから小瓶を取り出し、その花に差し出した。


一滴、露が落ちる。


「さ、アリサさん」


小瓶の露を口に含ませると――

アリサの顔に、みるみる生気が戻った。


「あれ……?

なんとも、ない……」


リズは、にこりと微笑んだ。


「良かった。 私のは抗体ですけど…… リュシアンくんの回復魔法も、ちゃんと効いてますね」


そう言って、しゃがみ込んだままアリサの状態を一通り確認し――

その姿勢のまま、バッグを漁り始めた。


……今度は、何を出す気だ?


俺の視線の先で、リズが取り出したのは、山本先生が出発前に詰めてくれていた、おせちの残りが入った弁当箱だった。


静かに両手を合わせると、


何事もなかったかのように、食べ始める。


――おい。


俺の視線に気づいたのか、リズが顔を上げた。


「あ、大将も食べます?」


のんびりした声だった。


リズは俺のことを“大将”、山本先生を“女将”と呼ぶ。

どこで覚えたのかは知らない。


「……いや。 いまはその、一応……戦闘中だからな」


どうにも、調子が狂う。


だがリズは気にした様子もなく食事を終えると、弁当箱をしまい、口元を拭って、すっと立ち上がった。


周囲では、梨々花やマルグリットの火炎が飛び交い、山本先生の矢と由利衣の魔力弾が蛙を穿ち、芹那と来奈が斬撃を放っている。


そんな緊迫した戦場の只中で、ひとりだけピクニック気分。


不意に、リズが左手を胸の前へ、ゆらりと掲げる。


「まだ完全じゃないですけどー。

少し、理解できましたから」


そう言って、指輪へ魔力を流し込んだ。


指輪が光を放ち始めると――


戦闘中だった蛙の群れのうち、半数近くがくるりと向きを変更。

蛙同士で殴り合いを始めた。


あまりに唐突な光景に、俺たち全員、ただ口を開けるだけ。


ほどなくして勝敗は決し、突如反旗を翻した側が生き残った。


リズは満足そうに頷くと、にこりと笑う。


「お疲れさまー。

もう帰っていいですからー」


その一言で、蛙の群れは一斉に背を向け、沼地の奥へと退却していった。


――賢者の指輪。


倒したモンスターの魔力特性への理解と、そこへ注ぎ込む魔力量に応じて、ダンジョンモンスターを使役する魔導ギア。


俺も、これまでいろいろなSSRを見てきたが。


ここまで規格外なのは、さすがに珍しい。


すっかり静まり返った沼地で、リズは足元の植物を興味深そうに眺めながら、追加の弁当箱をバッグから取り出していた。


「ねえ、教官……なんか、すごくね?」


来奈の、あまりに素直な感想に、俺はただ、無言で頷くしかなかった。

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