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第90話 霊薬

第四層の攻略パーティに、新たに一人のSSRが加わった。


リズの教え子たちはすでに予定が組まれており、教授のみの参加だ。

これに関して、リーダー格のリハルトが政府へ問い合わせたところ――意外にもあっさり了承が降りた。


――日本のSSRの指導者がついているなら、大丈夫だろう。


そう判断されたらしいが……リズの身の安全を担保するのは俺だ。

肩にのしかかる責任は、正直重い。


もっとも、欧州の三人を引き受けた時点で、いまさら一人増えたところで――という気分でもある。


全員無事で攻略する。

この目標に、いささかの変更もない。


各国メンバーは第六層でいったん解散し、すぐ第四層で再合流する段取りだ。

その前に俺は学院へ寄り、学院長が用意した――見るだけで胃が重くなる量の食材を、詰め込めるだけ詰め込んだ。


***


第四層。時刻は二十一時を過ぎている。


俺たちは再び顔を合わせ、キャンプ地へ向けて夜間行軍を開始していた。

道行きを照らすのは、マルグリットが荷物から引っ張り出した小ぶりの杖――これもマジックアイテム。


杖を振るうと、先端から光球がふわりと浮かび――数秒後には半径五百メートルが昼間のように照らし出された。


四大属性の複合・光。

一度使えば高確率で壊れる高級品で、普通ならここぞという局面でしか使わない。


だが、マルグリットは魔眼で確率操作ができる。

夜間行軍を決断したのも、それがあるからだった。


新メンバーのリズの装いは至ってシンプル。

白のワイシャツにワークパンツ、軽いブルゾン――動きやすさ優先の、さっぱりした出で立ち。

持ち物も、肩に掛けたバッグがひとつだけ。


だが、その手元に光る“武装”だけは別格だった。


――賢者の指輪。


以前、リズが第四層で単独フィールドワーク中にモンスターに襲われた経緯から、オーストラリア政府が与えた神話伝承級の魔導ギアだ。


入手には、指輪を所有していた中東某国との海産物輸出協定が必要だったと聞く。

国同士の利権を動かしてまで“SSRひとり”に装備させるあたり、母国がリズをどう扱っているかがよく分かる。


……ただし本人は、その重みをまるで感じていない顔で、のんきなものだ。


指輪の能力は、ダンジョン内モンスターの使役。

とりわけ植物系・動植物系との相性が、驚くほどいいらしい。


もっとも――万能の神器ではない。


一度そのモンスターを倒し、魔力特性を“本人が理解する”ことで初めて、使役効果が発動する。

つまり、装備した瞬間に何でも支配できるわけじゃない。


倒すのはパーティメンバーでも構わないが、本人にもある程度の力量が求められる代物だった。


だが今回、ひとつ嬉しい誤算がある。


リズたちのパーティは、第四層中域までは既に攻略済みだった。

そのため、道中で出現するモンスターはほぼ指輪の“対象”。


結果――襲撃数が笑えるほど少ない。


おかげで行軍速度は通常の倍以上。

予定を大幅に短縮し、驚くほどあっさりキャンプ地へ到達できた。


***


キャンプ地に着くと、俺と山本先生、それにリュシアンはさっそく遅い夕食の準備に取りかかった。


背後から――じわりと、儚げな圧。

リズだ。


俺は振り返り、穏やかに言う。


「全員分作ったら、リズの分も用意するからさ。

少し休んでてくれ」


呼び方は「リズ」でいいと言われている。

距離感は日本人より大らかで、欧州メンバーもだいたいそんな感じだった。


リズは軽く笑い、ひらひらと手を振る。


「手伝いますよー。フィールドワーク中は自活が基本ですからね」


そう言うや否や包丁を手に取り、慣れた手つきで野菜を処理しはじめた。


リュシアンとも、驚くほど早く打ち解けた。

柔和な雰囲気に安心したのか、彼の表情が緩んでいる。

少なくとも、芹那と初対面のときよりは、はるかにリラックスしていた。


二人で下ごしらえをする姿は、どこか姉妹のようで微笑ましい。

……姉弟ではなく。


雑談しながら作業を進めるうち、話題は自然と食生活へ移る。


どうやらリズは――

「食べられる量に限界を感じたことがない」ものの、普段から暴食しているわけではないらしい。


「お姉さんは、普段どういうものを食べてるんですか?」


リュシアンの可愛らしい問いに、リズは穏やかに微笑んだ。


「いつもは、一食パスタ三十キロくらいで、なんとか……ですね。

今日はビュッフェがあって嬉しかったですけど」


とたんに、リュシアンが俯いた。


政臣のマジックリュックには大量の食材。

リズのバッグにも、許容量いっぱいの食材。

さらに芹那のバッグは、必要最小限の衣類だけ残して第三食料庫と化している。


――三つのマジックアイテムを駆使しても、足りるかどうか。


俺たちが粛々と年越し飯の仕度を進めている横では、芹那とマルグリットが乾き物をつまみながら酒を酌み交わしている。

二人とも完全に団らんモードだ。

芹那は頬を赤らめ、マルグリットは豪快に笑う。


そして視線の先では――


うちの三人とアリサが、政臣のカメラの前で満面の笑み。

即席ユニットによる年越しコンテンツ。

戦闘アイドルは、体力がなければ務まらない。


こうして、大食いイベントの視聴者を引き連れたまま、俺たちの配信は静かに――しかし妙に賑やかに続いていった。


***


本日の仕切りは由利衣だ。


クリスマスイベントのときに用意していた配信者向けの抽選プレゼントを、次々と紹介していく。

その横で梨々花がタブレットを手に淡々と数字を読み上げていた。

政臣が作ったビンゴアプリにログインすると抽選権が得られる――という仕組みらしい。


いろいろ考えるものだ。


由利衣が次の景品を掲げ、にこやかに言う。


「でー、それでですねー。

これなんて、なかなかのものだと思うんだけどな。第五層の――悪魔の角!!

毎晩寝る前に少しずつ削って飲むと、二日酔いしないんだって!」


……高校生のチョイスするアイテムとは思えない。


だが、マルグリットは「あれ欲しいなー」と芹那と頷き合っていた。

完全に“大人組”がざわついている。


その後も、人格が変わる翡翠の仮面だの、破邪の木刀だの、怪しげな品が次々と紹介され――当選者が次々と決まっていく。

当たって嬉しいのかどうか、実に微妙だ。


そしてメインの品――霊薬にも使われる高級素材、マンドラゴラ。

精霊イベントの戦利品だった。


その紹介に、隣で野菜の皮を剥いていたリズの手が止まる。


「マンドラゴラ……ありがとうございました。あんな上質なもの、見たことがありません」


そう。

一本は研究用に、とリズへ贈っていたのだ。


俺は興味本位で訊ねた。


「研究に何か進展ありそうか?

正直そっちはよくわからなくてな。高価なポーションの素材ってくらいで……」


リズは柔らかく微笑む。


「普通の人には強壮剤。

魔法使いが服用すると魔力が安定する――というのは昔から知られていましたけど。

いまは、魔力の流れを整える成分の特定をしていまして……」


そう言うと、手のひらを地面へ向けた。


途端に、夜にもかかわらず地表から芽がいくつも顔を出し、ムクムクと音を立てて成長していく。


――植物操作系魔法。

世界的にも珍しい希少能力だ。


「この子たちに手分けしてもらって、成分を特定して培養して……。

完成すれば、魔法使いのお役に立てるかもしれませんね」


“かも”どころじゃない。


来奈なんか、何ヶ月も魔力制御の訓練をしてようやく初歩の初歩。

体内の魔力コントロールは、センスと地道な努力の積み重ね――それがこの世界の常識だった。


そこに、“整える薬”という概念が入るなら。

魔法使いの未来そのものが、変わるかもしれない。


「そいつは……すごいな。

で、副作用とかはどうなんだ?」


俺の問いに、リズはほんの少し微笑んだ。


「魔力の巡りを改善したり、代謝を助ける効能なので……いわゆるドーピングとは違いますね。

あくまで“補助”ですよ」


薬用酒みたいなもんか。

ドカンとチート覚醒するわけじゃないにしても――いや、それにしたって画期的だ。


リズはバッグをごそごそ探り、ワインボトルほどの瓶をひょいと取り出す。


「まだ研究中ですけど。

これが有効じゃないかなって成分を。良かったら、どうぞ」


飴玉でも渡すみたいに、無造作に差し出してくる。


「一回二十ミリリットルを目安に、一日三回。

用法用量は守って服用してくださいね」


にこり、と柔らかい笑顔。


……いや、“用法”がふわっとしてるんだけどな。


薬事法――と言いかけて、やめた。ここはダンジョンだ。


「いいのか?

こんな貴重なものを。ありがたいけどさ」


俺がそう言うと、リズはまたバッグをゴソゴソしはじめた。


「いいですよー。いっぱい作ってますから。

リュシアンくんもどうぞ。

こっちはハチミツで、これはリンゴ酢ベースで……」


次から次へと瓶が出てくる。

ドカドカと、俺たちの前に積み上がっていく。


「私、これを毎朝ラッパ飲みすると食欲が冴え渡るんですよねー」


……さっき“二十ミリリットルを目安に”って言ってた気がするが。


ともあれ――当面困らないであろう量の、リズ特製の霊薬をゲットしてしまった。


これは、さっそく試させてもらわないとな。


「悪いな。効果のほどはレポートする」


そう言うと、リズはにこりと頷いた。


「それは助かります。

で、夕食はローストビーフなんですよね? どちらに?」


……やっぱり、まだ食うつもりか。


俺が巨大な牛肉ブロックをマジックリュックから取り出すと、リズの目が輝いた。


遠くから、来奈の弾んだ声が聞こえてくる。


「おっ! カウントダウンいっちゃう?

じゅー、きゅー……」


――もう年越しか。


今年は人生第二のダンジョンデビューをしてから、あっという間だった。

次の年は、どこまで行けるんだろうな。


……まったく、楽しみだ。


そこに、酔っぱらいの声。


「うーし、いっちょやるか!!」


マルグリットがビールをぐいとあおり、杖を振った。

空に炎が舞い上がり、爆ぜる。


「おい、無茶するな」


俺が慌てて制止しようとすると――


セーフゾーンのあちこちから、他国の魔法使いが火炎や雷のスパークを打ち上げた。


「あけましておめでとうございまーす!!!!」


うちの三人と、アリサの声が重なる。


……まったく、冒険者ってやつは。


いよいよ第四層の最終局面。

ダンジョンの夜は、喧騒のなかで過ぎていった。

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