第08話 訓練開始
SSRパーティの最初の目標は、一カ月で第一層ボスの撃破だ。
ちなみに、俺が突破したのは中二の春。
開始は小五。
そういう意味では、無茶振りもいいところだ。
だが、これからレイドバトルで打って出ようというなら、ここで足踏みしていては話にならない。
***
休み時間の教室。
席につき魔力集中にいそしむ来奈に、眼鏡をかけた女子生徒が話しかけてきた。
「入江さん、お腹痛いの? 授業中ずっとうなってたし、汗も……」
ハッとして振り向く来奈。
「え? 声出てた!? ……実はさ、秘密特訓中で。
これ、ほんとヤバいプロジェクトなんだけど……袴田ちゃん、聞きたい?」
嬉しそうに前のめりでグイグイくる来奈。
袴田は引き気味になりながらも、ヒソヒソと囁いた。
「その……第一層を一カ月で攻略するってやつ?」
「えっ?」と来奈が目を丸くする間もなく、袴田は続けた。
「もう学院中の噂になってるよ。
できなかったら――黒澤さんは魔戦部に移籍してマネージャー、桐生院さんは坊主。
で、入江さんは鼻からピーナッツ食べる動画をアップするって。
……ほんとにそんな宣言したの?」
「獅子丸……あいつ、ガキみたいなことを」
来奈のこめかみに、太い血管が浮かぶ。
そこに、梨々花の声がかかった。
「そういうことになってるわね」
黒髪をサラリとかきあげ、涼しい顔を来奈に向ける。
だが、微妙に引きつった口角は心中を隠しきれていない。
「やってくれるじゃない……。ついでに先生は、マイクロビキニ着用で学食に立つことになっているわ」
いつの間にか、おじさんまで巻き添えを食っていた。
「まあ、先生のは……それも一興だけど。
でも、私の髪にバリカンを入れようなんて――許せないじゃない。そうでしょ?」
静かに詰め寄る梨々花に、「あ、うん」と生返事の来奈と袴田。
「というわけで、来奈。お腹痛いんでしょ?
私と由利衣が保健室に連れていくから。
袴田さん、委員長に伝えておいてくれない? それと、授業のノートもお願い」
袴田がわずかに頷くと、梨々花はにこやかに笑いかけた。
「この埋め合わせは必ず。
私の政権ではポストを用意するから――好きなのを選んでおいてね」
そう言って、由利衣に声をかけながら来奈の腕を引く。
残された袴田は、何が起こったのか分からないという顔で、ただ立ち尽くしていた。
***
俺が学食の仕事を終えて部室に向かうと、三人は会議用の椅子に座り、魔力集中していた。
それにしても……。
今日は普通にスーツなんだが、なぜか生徒の視線がやたら痛い。
マイクロビキニがどうのこうの、ヒソヒソと……。
もう若者のノリにはついていけないな。
フッと息を漏らし、三人に声をかけた。
「魔力集中きちんとやってるな、感心感心」
すると梨々花は、妙に据わった目で壁の時計をチラと見た。
「今が十五時……。五時間ね」
来奈が悲鳴を上げる。
「ねー、お腹すいたんだけど。
教官きいてよ、梨々花ぜんぜん解放してくれなくてさ〜」
キッと来奈を睨む切れ長の目。
「これくらいで音を上げてどうするの。
先生の時代は、三角木馬に跨ってダンベル持ちながら魔力集中してたっていうのよ!?」
盛大に設定が追加されているな……。
そして、由利衣を見ると――寝ていた。
だが、なんということだ。
「黒澤、お前……寝ながら魔力集中を……」
俺でも十年近くかかったというのに。
梨々花は満足そうに目を細める。
「まさに天才ね。
由利衣は寝ているときにポテンシャルが解放される。意外な発見だったわ」
――なんて恐ろしいやつだ。
そこへ政臣が、パンと飲み物の入った袋を抱えて部室に入ってきた。
匂いにつられて、由利衣がパチリと目を覚ます。
女子高生にパシリにされる元大学生。
だが、本人は幸せそうなので何よりだ。
来奈は、待ってましたとばかりに袋をひったくる。
「えー、ヤキソバパンないじゃん。委員長、使えないなー」
そうボヤきながら、カレーパンにかじりつくのだった。
***
三人が遅い昼食をとっているあいだに、俺は獅子丸の陰謀を聞いた。
「なるほど……。それで朝から魔力集中してたのか」
梨々花からは、怒りのオーラがビシビシ伝わってくる。
「由利衣に魔戦部を断られたからって……。器の小さい男だわ」
飲み干したペットボトルを、グシャリと握りつぶす。
魔戦部――正式には魔法戦闘部。
俺がいた頃には存在しなかったが、冒険者志望の“戦闘マシーン養成部”だ。
レイドランキング上位のSR魔法使いが顧問を務めている。
尾形悟志。二十三歳。
爽やかイケメンにして、お茶の間のアイドル。
CM出演数は、両手の指でも数え切れない。
女子生徒からの人気は圧倒的で、部活の時間には出待ちの行列ができている。
学食の小林リーダーも、実は追っかけをしているらしい。
なんでも、政臣の大学時代の先輩だとか。
だが――千連ガチャで引き当てたSRの世話で手一杯、という理由で、三人の育成は断ったという。
尾形は、金と権力には転ばない男のようだ。
そして、政臣は国内トップの麗良を呼ぼうとして……結果、俺にお鉢が回ってきたわけだ。
「尾形先輩はどうにも固くて。僕が冒険部を立ち上げても、基礎ができていないうちは配信なんかやめておけって……」
政臣がため息をひとつ。
まともなやつじゃないか。
麗良から聞いた評判も悪くはなかった。
四天王の他はまだ見ていないが、獅子丸のようなやつばかりだったら、さぞ大変だろう。
俺はイケメンの苦労を偲びつつ、三人に向き合った。
こちらは、こちらのやるべきことをやるだけだ。
「授業を抜けるのは感心しないな……。とは言わない。
強くなりたい気持ちは分かった。ただ、明日からはこっそりやるんだ」
まともな教育を受けた大人なら注意するんだろうが、あいにく俺は戦闘訓練しか知らない。
強くなるために寸暇を惜しむこいつらを、むしろ見直していた。
「それじゃあ、そろそろ特訓いこうか。
黒澤は結界――今日は十メートルはいきたいな。
入江と桐生院は俺と魔力制御だ」
来奈が嬉しそうに立ち上がる。
やはり、体を動かしていた方が性に合うらしい。
そこに政臣が真剣な面持ちで待ったをかけた。
「大事なことなんだ。とても……」
何事かと一斉に注目が集まる。
政臣は、眼鏡に手をやり呻くように続けた。
「みんなの衣装のテーマカラーなんだけど。
ライナは情熱の赤、リリカはクールビューティーの青、そしてユリィは神聖な白。だけど、ありきたりなんじゃないかな……って。
いま発注しないと第一層撃破に間に合わないんだけどさ。迷いがあるんだよね。
あ、佐伯さんはタキシードの執事キャラでいこうかと思ってるんだけど、いまからチョビ髭生やせます?」
俺たちは、声を背に部室を静かに後にした。
***
屋外に出て、部活開始。
由利衣は少し離れた場所で自主練。
俺は来奈と梨々花に向き合った。
「昨日の魔力制御だが……俺が魔力を込めた箇所を当ててくれ」
精霊とのパスを通し、魔力を体に流す。
「ひだり……じゃなくて右足!」
「右足です」
昨日よりも早い。
しかも、込めた魔力はかなり落としていたのに。
来奈と梨々花は「え?」と顔を見合わせる。
「なんだか、昨日よりもハッキリ分かったような……」
「そーそー、あたしも!」
早速成果あり。やはりセンスはある。
「魔力集中を続けると、流れを自然と意識できるようになる。
さらに熟練すれば、これが無意識でできるようになるんだ」
そして、これからの訓練内容を伝える。
「入江は魔法格闘訓練。
俺が魔力を込めた箇所で攻撃しようとするから、動く前にお前が攻撃してこい。
桐生院は、俺が撃つ魔法と同属性の魔法を撃ってこい。――入江から交互にいくぞ」
そう言うやいなや、右足に魔力を込めた。
来奈は「えーと……」と一瞬考え、俺の右足がわずかに動くのを見て――素早く蹴りを放つ。
「俺が動く前にだ。
最初はゆっくりだが、スピード上げて行くぞ。身体強化しているから、全力で来い。
次は桐生院、火だ」
俺は右手の先に魔力を集め、炎を練る。
梨々花が火炎魔法を発動するタイミングを計って、俺も同時に放った。
二つの炎弾が空中でぶつかり、音もなく打ち消しあう。
「最初はどの属性を撃つか口で伝える。
そのうち言わなくなるから、魔力で感知するんだ。――よし、入江!」
そうして、俺は二人を相手に――魔法戦闘の組手を開始した。
一時間も経たないうちに、梨々花の息は上がる。
……しかし。
魔法は階梯ごとに使用回数の上限がある。
にもかかわらず、梨々花の放つ四大属性魔法は、まるで底がみえない。
レベル8の魔法使いなら、普通はすぐにガス欠になるはずだ。
無尽蔵――そう形容していいだろう。
これが魔眼の力。
もし上級魔法まで操れるようになったら……とんでもない化け物になる。
そして来奈。
魔力集中と制御は苦手だが、このパワーとスピード。
身体強化をかけていても、一撃一撃がズシリと響く。
しかも、動くたびにキレが増している。
これで魔力制御をマスターできれば、敵は何が起きたか分からないうちに首が飛んでいるだろう。
成長が楽しみだ。
俺は二人の相手をしながら、ときどき由利衣の様子を見ていた。
……もう十五メートル。
寝ている間の魔力集中の効果か。一番のダークホースだな。
ならば、追加だ。
俺は来奈と梨々花にストップをかけ、由利衣に声をかける。
「黒澤。結界を薄く伸ばしながら、こいつを守ることもやってくれ」
そう言って、土人形を作り出す。
「順番は、入江、桐生院。そして土人形への攻撃。
黒澤は、薄く張った結界を維持しつつ、こいつを守る。
土人形は最初は固定、次第にランダムに出現させる。……できるか?」
由利衣は「は〜い」と元気に答えた。
よし。
索敵と防御が両立できれば、梨々花の魔法と来奈のフィジカルで殲滅部隊が完成する。
……まさに最終兵器だな。大丈夫なんだろうか。
一抹の不安を覚えつつも、俺は久々に、少しだけワクワクしていた。
……まいったな。
もう育てる気はなかったんだが。
ふいに、九条の張り付いた笑いが脳裏をよぎり、喉の奥に苦みが広がった。
だがそれも、三人の真剣な眼差しを見るにつけ、いつしか薄れていった。




