第85話 キャンプ飯と小さな弟子
トレントとの初遭遇を終えてからは、モンスターの影もなく、道中は静かなものだった。
俺たちは無事に、今日のキャンプ地となるセーフゾーンへと到達する。
ここは採掘場が近いこともあり、周囲には他の冒険者の姿もちらほら。
俺が現役だった頃は、ここは“あばら屋みたいな小屋”が数軒あるだけで、共同宿泊スペースのような扱いだった。
だが今は――。
森の中に、立派なグランピング施設が拓けていた。
中庭にはバーベキュー場まで完備。
どういう仕組みなのか、水道も電気も整っている。
魔法使いが集まる場所では、精霊が妙に気前よく“サービス”を積んでくることがある。
ここもその類なのだろう。
施設はダンジョン入口のスタートポイントから無料で予約できる。
大型のドームテントは四~五名は寝泊まりできる広さがあり、俺は二つ押さえていたが、芹那がダンジョン入りの際に一つ確保していた。
ここは観光地ではなくダンジョンだ。
年の瀬に潜るパーティは通常よりも少なく、予約はそこまで難しくなかった。
部屋割りは以下。
・俺/政臣/リュシアン
・芹那/来奈/アリサ
・山本先生/由利衣/梨々花/マルグリット
これを伝えた途端、芹那が猛烈に反対した。
「リュシアンくんを男性陣と同じテントに入れるなんて危なすぎる!」と。
……いや、お前と一緒のほうが危険だろうに。
そんなツッコミを飲み込みつつ、俺はさっさと話を進める。
「二時間後に飯だ。それまではゆっくりしていてくれ。
シャワーもコインランドリーもあるらしい」
完全に最新のキャンプ場仕様だ。
うちの三人とアリサは、豪華な設備に目を輝かせながら、連れだって散策に出ようとしている。
「大人から離れるんじゃないぞー」
声をかけると、すぐに芹那が動いた。
セーフゾーンとはいえ、ここには他の冒険者もいる。
SSRが四人まとめてフラフラ歩いていたら危なっかしい。
だが、芹那がついているなら心配はいらないだろう。
視線を移すと、マルグリットは靴を脱ぎサンダルに履き替え、折り畳み椅子に腰を下ろしてすでにビールをあおっていた。
その隣では政臣がパソコンを広げて編集作業を始めている。
自由にしろとは言ったが……マイペースなやつらだ。
俺は水道で靴と足を軽く洗い、替えのものに履き替える。
湿原を歩きっぱなしだったので、ようやくスッキリした。
ついでに、背中が破れた上着とシャツを脱ぎ、新しいシャツを着る。
気持ちが切り替わったところで、夕飯の準備に取りかかることに。
そこへ、にこにこ顔の山本先生が手伝いにやってきた。
その背後には、リュシアンもついてくる。
俺は彼に声をかけた。
「疲れたろ。休んでていいんだぞ?」
だがリュシアンは、小さく首を横に振り、真っすぐこちらを見る。
「あの……料理できるようになりたくて。
みんなと、あったかいご飯を食べたいから」
なんと。
俺なんて、最近まで自分から作ろうなんて思ったこともなかったのに。
この年でその気概とは、大したものだ。
「そうか。じゃあ、まず下ごしらえからだな」
そう言って、小ぶりなジャガイモを笊に入れて手渡す。
リュシアンの顔がぱっと明るくなった。
声のトーンも、楽しげだ。
「今夜のメニューは何でしょうか、料理長」
その言い回しがおかしくて、思わず笑みがこぼれる。
「今夜は鯛とアサリのアクアパッツァ、温野菜とフランクフルトのロースト、玉ねぎのコンソメスープ、キノコの炊き込みご飯、デザートに焼きリンゴだ」
その会話を聞いていたマルグリットが、椅子に座ったまま叫ぶ。
「早く頼むー!」
……お前は手伝う気がないんだな。
リュシアンに小ぶりな包丁を渡し、まずは握り方と刃の向きを教える。
一緒にジャガイモの皮むきから始めた。
悪戦苦闘しつつも、少しずつ手つきが安定していく。
俺が最初に学食で働き始めたときよりも、全然筋がいいじゃないか。
すると、背後で貝の砂抜きをしていた山本先生が、うっとりとした声を放つ。
「私たちの未来って、こういう光景なんでしょうね。
お父さんとお母さん、可愛い子供……。みんなで一緒にお店の準備をして。
美鈴抽、今日の日替わりはホッケ定食だ。お客さんに腹いっぱい食べてもらおうな──なんてあなたが言って。
私は、スダチを切りながら瞳を潤ませるの。
なんだお前、目に入ったのか?って聞かれて。
ううん、この幸せが嬉しいの……って、照れながら答えると、子供とあなたの笑顔が小さな厨房を暖かく包んでいって……」
──妄想が長い。
俺はことごとくスルーし、リュシアンにも余計な言葉を発しないように目で合図した。
それから、一品ずつ下ごしらえから味付けまで、リュシアンと一緒に黙々とこなしていく。
どうやら今回の冒険期間中、俺や山本先生から本気で料理を学ぶつもりらしい。
この小さな弟子に、できる限りのことを教えてやりたい──自然とそんな気持ちが湧いた。
すると、匂いに釣られた来奈の嬉しそうな声。
「お腹ペコペコ~。
ねえ、あたしたち洗濯してきたから、教官のも出しといてくれたらやっとくけど?」
ありがたい申し出だが──。
女子高生におじさんの衣類を洗わせたら、それはそれで配信が荒れかねない。
「まあ、そこまで気にしなくてもいいさ。
それより、もうすぐできるから手を洗ってこい」
「はーい!」
元気な返事が返ってくる。
今日はよく動いた。
肉も魚も野菜も米も、しっかり食って回復しておかないとな。
明日も冒険だ。
テーブルに料理を並べると、マルグリットがのそりと椅子から立ち上がり、リュシアンと一緒に食器の配膳を始めた。
そのタイミングで、ほかのメンバーも続々とやってくる。
「わあ、美味しそうですねー!」
由利衣が声を弾ませると、なぜかマルグリットは胸を張って得意げな表情。
……いや、お前は皿を並べただけだろうが。
そんなこんなで、大勢で囲む夕食が始まった。
***
アリサがローストしたジャガイモを頬張り、ぱっと目を丸くする。
「リュシアンが手伝ったの?
すっごく美味しいよ! 私もやるから、ダンジョンで一緒にごはん作ろうね」
無邪気な声に、リュシアンは照れながらも嬉しそうに笑った。
その様子を、芹那が日本酒の熱燗をちびちびやりながら見守っている。
「フレッドもご飯作ってくれるけど……やっぱり男たるもの、胃袋を掴んでナンボよね。
……リュシアンくん、ますます素敵だわ」
このご時世、家事分担に性別はないが。
今頃フレッドは羽根を伸ばしているであろうことは、容易に想像できた。
俺は食事を進める一同に、明日の予定を手短に伝えた。
「明日も中域一帯の探索だ。
特に──毒沼エリアは少し見ておいたほうがいいだろうな」
毒沼は奥地にも繋がっている。
そこでのモンスターは強力だ。レベル上げも兼ねた実地訓練になる。
梨々花が手を止め、問いかけてきた。
「毒沼……は、厄介なのでしょうか?
そして、何か目当てのものが?」
その質問に、芹那が杯を置きながら代わりに答える。
「中域の毒沼なら、まだ大したことないわ。
落ちても、ちょっと痺れるくらい。
でも、ここの植生から採れる成分は、外で高品質な解熱剤や鎮痛剤の材料になるの。
だから、取れれば結構いい値がつくわね」
そうだ。
中域の毒沼は、稼ぎ場でもある。
だが──その先の奥地となると話は別だ。
奥地の毒沼は凶悪極まりない。
常人より遥かに身体能力に優れた魔法使いでさえ、持続ダメージでゴリゴリと体力を削られる。
さらに厄介なのは、沼から立ち昇るガス。
あれを吸い込むだけで、一時的にステータスが低下する。
「毒沼エリアの出現モンスターは、中域も奥地もそれほど変わらないからな。
慣れておくにも、行っておいて損はないだろう」
梨々花は、納得したように静かに頷いた。
明日は毒沼の探索。
そのあともう一泊して帰還。
一日の準備期間を置き──大晦日は再びここからの特別配信。
そして、いよいよ奥地へ踏み込む。
それが今回の年末年始のプランだ。
目標は三が日攻略ではあるが、次は一週間分の備えをしてくるように全員に伝える。
芹那は、「年始からクライアントへの挨拶回りなんだけどなー」と、ぶつぶつ言いながらスマホのスケジュールを確認していた。
だがこうなったら、第四層の最後まで付き合ってもらうしかない。
すると、俺のスマホが震えた。
画面には次のメッセージ。
『挨拶回りは僕がやっておきますから、一週間でも一ヶ月でも全然大丈夫です!!』
……フレッドよ。
なぜ芹那に直接言わないんだ?
まあいい。
伝えることは伝えた。
俺が食事に集中し始めると、たちまち周囲では雑談が始まり、ダンジョンの夜はゆっくりと静かに更けていった。
***
翌朝。
俺は昨晩洗濯とシャワーを済ませ、外で二時間ほど見張りを担当した。
その後は来奈とアリサのペアに交代し、浅い眠りに落ちたが──
特に異常を知らせる声はなかった。
朝飯の準備をするか……とテントを出ると、遠くに人だかりができているのが見えた。
そこへ、こちらに気づいた山本先生が歩いてくる。
見張りのペアは山本先生とマルグリットだったはずだが──。
そのマルグリットは、
寝袋に包まり、大口を開けて熟睡していた。
……役に立っていないじゃないか。
昨夜ビールをたらふく飲んで、すっかりご機嫌だったのは知っているが……。
冒険者として隙だらけだ。
山本先生は対照的に、真剣な表情をしていた。
「何か、あったんですか?」
俺が問うと、山本先生は遠くの人だかりをちらりと見て口を開いた。
「あちらの冒険者の一団──同じ国の合同パーティらしいんですが、
昨日の夜に合流予定だった別パーティが、いまだに姿を見せないそうです。
携帯での連絡もつかなくて……」
それで彼らは、これから捜索隊を組むつもりらしい。
山本先生は、じっと俺を見つめてから、手にしたスマホをスッと差し出してきた。
画面には、誰かが撮った行方不明パーティの写真。
……昨日、来奈と採掘場で話をしていたカップル冒険者だ。
山本先生は小さく息を呑んで、俺に確認するように言った。
「佐伯さん……。
もし──仮にトレントに取り込まれたとしたら、完全に同化するまで“一日程度”……でしたよね?」
その声は、いつもの朗らかさとはまるで違う色をしていた。
もちろん他のモンスターに襲われた可能性もあるし、迷っただけかもしれない。
だが──言いたくはないが、最悪のケースも十分にあり得る。
あの冒険者たちを見たのは、昨日の午後。
あと半日もないかもしれない。
「……黒澤を起こしてもらえませんか?」
山本先生は頷いてテントに消える。
俺はその間、タブレットを取りに自分のテントへと走った。
数分後、再び外で待っていると、山本先生が由利衣と銃を担いで戻ってきた。
俺は寝ぼけ眼の由利衣を何とか起こし、事情を話す。
由利衣はすぐさま銃を構え、マーキングの魔力弾を空に打ち上げた。
たちまち、タブレットに多数の点が灯る。
トレントとは昨日遭遇済み。木の種類は違えど、魔力反応は同じのはずだ。
「中域にも、そこそこいるじゃないか。
こいつはまずいな」
タブレットに映し出されたトレントの数は、軽く二十体は超えていた。
活動領域を奥地から広げようとしているのかもしれない。
そうなると、採掘場で活動している冒険者にも被害が拡大する恐れがある。
由利衣は、片手を寝癖にあてながら、もう片方の手でタブレットの一点を指さす。
「コーチ、この個体なんですけど。
他のよりも魔力がかなり強いですね」
そう言ってタブレットを操作し、その個体の点の色を変えた。
「もしかすると、親株……かな」
俺の呟きに、山本先生が反応した。
「トレントは、分裂するモンスターでしたよね。
他の株は、この個体から生み出されたのかもしれません」
だとすると。
親株を倒せば、こいつは第四層の奥地でリスポーンするだろう。
またやってくる可能性がなくもないが。
それでも、こいつを狩って他の個体も殲滅することができれば、現状の脅威はかなり遠のく。
その過程で、行方不明の冒険者も探すのだ。
「予定変更だ。
今日は行方不明冒険者の捜索。および中域に出没するトレントの殲滅。
山本先生、黒澤。皆を起こして準備だ」
二人の緊張した眼差しと交差する。
……そこに。
「おっ、もう朝かー。
オッサン、飯はまだか?」
緊張感ゼロのマルグリットが寝袋からモソモソと起き出して、朝飯の催促を始めていた。




