第84話 妖樹との遭遇
今日のキャンプポイントとなるセーフゾーンは、採掘場からそれほど離れてはいないが、それでも一時間は軽く移動にかかる。
山本先生と芹那が加わったことにより、あらためて編成を組み直す。
前衛は俺、来奈、アリサ、そして芹那。
芹那の武装・水龍鞭は、鋼鉄をも切断する水圧のムチ。
トレントの無数の枝から繰り出される攻撃への対抗手段としては、頼もしいの一言に尽きる。
アリサは、さっそく「美人のお姉さんよろしくー」と懐に入り込んでいた。
芹那は、にこりと笑うとアリサと来奈に話しかける。
「トレントは初見は対応が難しいから、無理はしないようにね。
まずは動きを良く見て、攻撃パターンを覚えること」
そして、俺をキッと睨みつけた。
「修司、この二人に戦い方をきちんと教えるのよ」
……どうして俺にだけ態度が違うんだ。
後衛は、梨々花・由利衣・マルグリット・リュシアン――そして新たに山本先生。
経験の浅いメンバーに、場数を踏んだ山本先生が加わるのは大きい。
単純なステータスだけではない。
咄嗟の判断力こそ、戦場で生死を分ける。
今回の攻略は基本的に“大人数での集団戦”だが、もし混戦になった場合――
俺・芹那・山本先生を軸に、三組のスリーマンセルで動くことに決めた。
フォーメーションはこうだ。
[第一組]俺/来奈/アリサ
[第二組]芹那/由利衣/リュシアン
[第三組]山本先生/梨々花/マルグリット
第一組は、近接戦闘に全振りした切り込み隊。
正面突破で道をこじ開ける役。
第二組の芹那は、全体状況を把握した上での“防御・支援の要”。
由利衣とリュシアンを引率して、混戦時の安全を担保する。
第三組は、後方からの殲滅爆撃。
山本先生が指揮し、梨々花とマルグリットが一気に吹き飛ばす。
突破・支援・制圧。
三組を噛み合わせて、トレントの群れに対抗するのだ。
俺たちは隊列を整え、さっそくセーフゾーンへの移動を開始した。
***
「黒澤、桐生院。どうだ?」
まっすぐ前を向いたまま、後方の索敵組へ声をかける。
梨々花は、装着したスマートグラスへそっと指先を添えた。
「正体不明モンスターの反応は……この先一キロ圏内には――」
そう言いながら、空中で指を動かしてマップの倍率を切り変える。
「……いました。ニキロ先に五体。
トレントかどうか断定はできませんが、進行方向と重なっています」
来たか。
回避すれば安全だが――どうせ遅かれ早かれ大量の個体と相対する。
相手が五体だけなら、初動の訓練として最適でもある。
短く判断を下す。
「了解。このまま前進」
ちらりと横を見ると、芹那は水龍鞭に手を添えていた。
いつでも抜ける体勢……既に戦闘モードだ。
来奈とアリサは、数歩後ろに下がらせている。
まずは俺と芹那で対処。
「修司。枝は捌くから、あなたは本体を攻撃。
村正なら斬り倒せるでしょ」
淡々と、しかし迷いのない口調で芹那が言い切る。
俺の想定もそれと同じだ。
……こいつと戦術が噛み合うのは、なんとも複雑な気分だが。
軽く頷くと、背後から梨々花の声が飛んだ。
「動きが速いです。まっすぐこちらへ……もう一キロ半先に」
嗅ぎつけてきたか。
なら、迎え撃つまでだ。
梨々花は索敵を由利衣へ交代し、すぐさま来奈とアリサの肩に手を触れる。
淡い魔力光が広がり、拳と槍に火属性が付与された。
さらに山本先生の弓、由利衣の銃にも次々と同じ付与。
後方火力も、準備万端。
ほどなく由利衣の静かな報告。
「あと五百メートル。初弾、いきます」
肩越しに銃を構え、炎をまとった魔力弾を連射。
乾いた連続音だけが霧の中に響く。
数秒後――。
「……効いていません。あと三百メートル」
まるで手応えがない。
やはり一筋縄ではいかない相手だ。
俺は村正の柄に手をかけ、スラリと抜いた。
青白い刀身が、霧を淡く照らす。
由利衣の声が森に落ちる。
「百メートル」
俺はそこで手を上げた。
これ以上の報告は不要という合図。
――もう、聞こえていた。
ミシミシ……ミシ……
周囲の樹木を押し倒し、踏み抜きながら迫ってくる音。
そして霧の向こう、影が揺れ――。
姿を現した。
高さ十五メートル。
幹の太さは、大人二〜三人で手を繋いでやっと囲めるほど。
太い根をウネウネと持ち上げ、まるで脚のように使ってこちらへ迫る。
「うおっ! デカっ!」
来奈の素直すぎる叫びが背中に届く。
どんなサイズを想像していたのか知らないが……木だ。基本的にデカい。
「こいつはまだ中くらいのサイズだ。
それに、トレントにも色々な種類がいる」
短く返しながら、幹を見上げる。
こいつは柿の木か何かか……?
枝にオレンジ色の果実をくっつけていた。
距離三十メートルまで迫ったとき、俺は地を蹴った。
これ以上距離を詰められれば、後衛が危ない。
芹那が息ひとつ乱さず、俺の横にピタリと並ぶ。
その数歩後ろに、来奈とアリサも続いて駆けてくる。
そして――
トレントの無数の枝が、バサァッと上方へ広がり、雨のような密度で突き刺す勢いで振り下ろされた。
動き自体は弾丸より遅い。
だが、この“本数”は初見殺し。
視界全体が枝で埋まる。
普通なら足がすくむ場面だが――
俺は迷わず突っ込んだ。
理由は一つ。
迫りくる枝という枝が、すべて 水龍鞭に叩き落とされているからだ。
第三層で見せたあの動き――
力量は信頼に値する。
駆ける勢いを一切弛めず、すれ違いざまに村正を振るう。
妖刀はやはり別格だった。
木の抵抗など存在しないかのように、太い幹をスパリと断ち切る。
トレントの巨体が、ぐらりと大きく傾いた。
「後衛――焼き尽くせっ!!」
その合図とともに、梨々花とマルグリットの火炎魔法が一斉に降り注ぐ。
続いて、山本先生の火矢が幹を抉ると、炎が大きく燃え上がった。
巨木は、悲鳴のような軋みをあげて崩れ落ち、光の粒へと還る。
まずは一体。
「入江、アリサ! 離れるなよ!!」
声を飛ばしつつ、俺はすでに次の個体へ踏み込んでいた。
視界を塞ぐように迫りくる枝。
そのすべてを、芹那の水龍鞭が正確無比に叩き落としていく。
そして二体目のトレントへ袈裟斬りを叩き込み、幹の動きが弱まったところに、止めの一刀を閃かせて距離を取る。
直後――
トレントを、梨々花たちの炎が襲った。
「教官、二体くるよ!!」
来奈の声に、俺はすぐさま指示を飛ばす。
「芹那!! 来奈とアリサの支援!!
もう一体は俺がやる!!」
芹那は、ぶつぶつと文句を漏らす。
「義姉さんと呼びなさいよね」
とはいえ、動きは迷いがない。
素早く来奈とアリサの前に踊り出て、水龍鞭をしならせる。
鋭い水圧の一閃が、迫り来る枝を根こそぎ叩き落としていく。
俺は短刀・飛燕を抜き、二刀の構えへ移行した。
飛燕で迫る枝を次々と捌き、空いた一瞬で村正を振るう――
残像の刃がトレントの幹を穿ち、数撃重ねたところで、ついに太い胴を切断した。
後の処理は後衛に任せ、来奈たちの方へ向き直る。
だが、こちらも勝負はついたようだ。
炎を乗せた拳を来奈が叩き込み、アリサのロンギヌスが追撃。
芹那は枝を完全に払い落としたうえで、上から輪切りにするようにトレントを削ぎ落とす。
三人の連撃を浴びた個体は、光の粒となって霧散した。
これで残るはあと一体――
視界にモンスターの姿はない。
だが、
「コーチ、近くにいます!!」
由利衣の鋭い警告。
次の瞬間、背中に鈍い衝撃が走った。
鞭のような枝が、俺を打ち据えたのだ。
……こいつ、完全に“木”として紛れていやがった。
さっきの四体が柿の木っぽい外見をしていたのも目眩まし。
こいつだけ種類が違う――完全にしてやられた。
俺は必死に飛燕で追撃を捌く。
由利衣の結界が張られていて、なお背中に激痛。
迂闊にも油断していた。
攻撃に転じられる余裕はない。
そのときだった。
「先生ッ!!」
梨々花の叫び。
直後、金色の輝きが森を貫いた。
トレントの根元から巨大な炎柱が噴き上がり、瞬時にして火炎に包まれる。
そして続けざまに、矢が俺の横を掠めながら飛び去り、幹を抉り取っていった。
振り返ると、山本先生が氷のような視線で弓を引き絞る姿。
慌てて転がるように脇へ飛び退くと、追撃が畳み掛けられる。
一矢ごとに幹が大きく裂け、トレントはミシミシと悲鳴のような軋みを上る。
そして、ついに光の粒となって消え去った。
「先生、大丈夫ですか!?」
梨々花とリュシアンが駆け寄ってくる。
リュシアンが手にした書物に手を添えると、淡い光が書物を包み――痛みが嘘のように消えた。
ここまでの回復魔法の使い手は、なかなかいない。
由利衣の魔眼は防御と回復なのだが、なぜか索敵と殲滅の方向に伸ばしているので、回復魔法は初歩の域を出ていない。
だが、リュシアンのそれはレベルが違う。
「すごいな、リュシアン。助かった」
素直に感嘆の声をかけると、彼は照れくさそうに、けれどどこか申し訳なさそうに微笑む。
「良かった……でも、ごめんなさい。
回復魔法じゃ服は戻せなくて……」
何のことかと思ったが、ふと背中に手をやると――
さっきのトレントの一撃で、上着とシャツが大きく裂けていた。
……リュシアンが気に病む必要はまったくないのだが。
性格が、良すぎるというか。
そこへ、芹那の容赦ない声が飛ぶ。
「リュシアンくんが謝る必要なんてないわよ。
まったく……あなたがそんなペラペラの服なんか着てるからでしょ?」
俺のは普通のスーツだ。戦闘用じゃない。
芹那はさらに追い打ちをかける。
「いいのよ、いっそ裸で攻略すれば。
……汚物を視聴者さんに見せないように、配信はモザイク処理しないと」
言いたい放題だ。
俺が苦い顔で黙り込んでいると、リュシアンがもじもじと口を開いた。
「でも……料理長も、着るものがないと……その……」
その小声が聞こえると、芹那はふう、とため息。
「仕方ないわね。
キャンプに着いたら直してあげるから。
リュシアンくんのお願いだから、特別に!……本当は嫌なんだからね?」
恩着せがましいにもほどがある。
だが、上着がないと困るのは事実。俺は屈辱に耐えて小さく頷いた。
思わぬところで芹那に借りをつくる羽目になり――
トレントを撃退した俺たち一行は、キャンプ地であるセーフゾーンに向かうのであった。




