第82話 中域へ
年の瀬も押し迫っていたが、ダンジョン攻略に盆も正月も関係ない。
むしろ、視聴者さんの時間に余裕が生まれるこの時期こそ――
可処分時間を根こそぎ奪いにいくチャンスだ。
その点で、政臣と梨々花の意見は、見事に一致していた。
「大晦日はリズさんの激盛りチャレンジ・スペシャルやるんで、よろしくお願いしますねー。
その後は、視聴者さんへのお年玉プレゼント企画ですから」
事もなげに言い放つメガネ男。
――ダンジョンで年越し配信。
こいつ、本気で紅白の裏を取りに行くつもりらしい。
だが、先日のリズの食べっぷりが全世界に拡散され、ひとつのムーブメントになっているのも事実だ。
アメリカの大手興行主が動いたとか、動いていないとか――。
そんな怪情報が飛び交っている最中に、誰よりも早く“専属出演”の話を取り付けてきたのだから。
政臣という男、侮れなかった。
そして、いよいよ第四層の攻略に乗り出す。
欧州SSRの三人と合流すると、俺は手早く今回の作戦を共有した。
***
「第四層は広い。
今回は二泊で中域を踏破する。ブルーストーンやグリーンストーンも散在しているから、見つけたら回収していくぞ」
中域は霧が濃く、足場も悪い。
視界が効かないうえ、水辺には水棲魔物、草むらには伏兵――油断すればすぐに飲み込まれる。
由利衣の索敵がなければ、とても進めないエリアだ。
そしてその奥には――。
「この湿原最強のモンスター“妖樹トレント”の群生地がある」
アリサが息をのむ。
「木の魔物……ですか?」
俺はわずかに首を横に振る。
「ただの木じゃない」
視線を遠くにやる。
ここはまだ浅いエリア。美しい湖沼が広がり、柔らかな日差しと風がある。
だが、この先には経験の浅い魔法使いたちにとって、想像もつかない地獄が待ち受けている。
「トレントは、無数の枝を槍にも鞭にも使ってくる。
一瞬でも隙を見せれば、串刺しにされて、そのまま養分だな」
アリサとリュシアンの肩が、ほんのわずかに震える。
だが、それはまだ全然マシな方だ。
「……最悪の場合、生きたまま取り込まれる。
身体を侵食され、樹木と一体化して、死ぬこともできずに湿原をさまようことになる」
沈黙が落ちる。
「言っとくが、脅しじゃないぞ。
第四層からは、モンスターの凶悪さが段違いに跳ね上がるんだ」
一同は青ざめた顔で、こくりと頷いた。
普段なら茶化すマルグリットでさえ、口を開かない。
クラリスからこいつらを任された以上、責任は俺にある。
だが――最後に自分の身を守るのは自分だ。
これが冒険者の世界。覚悟を決めるしかない。
……とはいえ、だ。
パーティ全体の戦術の幅が広がったのは確かだ。
前衛は、俺と来奈に加えてアリサの三枚。
アリサは守備力に優れたタンク型だが、装備している聖槍ロンギヌスのおかげで、魔力を乗せた攻撃も火力は十分ある。
後衛は梨々花と由利衣、マルグリットにリュシアン。
マルグリット自身は大した魔法は使えないが、手にしているマジックアイテムで強力な攻撃魔法を連発できる。
梨々花とのコンビネーションは、まさに“攻撃魔法の絨毯爆撃”だ。
リュシアンは回復と支援に特化した純ヒーラー。
そこに由利衣の結界が加われば、生存率は一気に跳ね上がる。
悪くない布陣だ。
一人一人はまだ未熟だが――
来奈とアリサ。
梨々花とマルグリット。
由利衣とリュシアン。
互いを補いながら進めば、第四層でも戦える。
俺は軽く頷く。
「――よし。チームプレイでいくぞ」
そう言ったあと、ふっと息をついた。
「……ここに山本先生がいてくれれば、後衛の司令塔として心強いんだけどな」
ぼそりと漏らすと、来奈が即座に食いついた。
「山本センセー、配信見てるー?
教官が寂しがってるよー!」
カメラに向かって大きく手を振る来奈を、慌てて制する。
余計なフラグを立てるんじゃない。
……気を取り直して、さっそく陣形を展開する。
すると、梨々花がスッと懐からメガネを取り出し、装着した。
たちまち、学級委員長タイプに変身する。
これは、某メーカーに勤める配信者さんからいただいた、スマートグラスの無償サンプル。
見た目は普通のメガネだが、タブレット端末と同期して、マップとモンスターの位置情報をリアルタイムで投影する。
索敵は由利衣と梨々花の二段構えだ。
マルグリットが、感心したように声を上げる。
「おー。さすが日本。うちの国もこういうの開発してほしいねぇ」
これは由利衣がいてこそ本領発揮するシステムなのだが――
梨々花はにこりと微笑んだ。
「マルグリットさん。敵を見つけ次第、根こそぎ殲滅しましょうね。
その腰に差したマジックアイテム……とても興味あります」
八重歯を見せてマルグリットが笑うと、由利衣は銃を構え、ふわりと微笑みを浮かべる。
「今日は私も殲滅するからー」
リュシアンは、女性陣の迫力に圧されてモジモジしていた。
その様子を見た来奈が、不満そうにブツブツこぼす。
「なんかさー……こっちまで回ってこなさそうなんだけど」
その手に装着しているのは、新装備のグローブ型魔導ギア・キュレネ。
ダンジョン初お披露目を楽しみにしていたのだ。
アリサがにこにこと笑う。
「ライナのその武器、すごく素敵だよね。一緒にモンスター倒していこう!」
来奈はニカッと笑い返す。
「もちろん! 頼りにしてるよ、アリサ!」
最前線で命を預け合う同士。
お互い呼び捨て。心の準備は万端だ。
俺は全員を見渡し、声をかけた。
「――これより第四層の中域に入る。
くれぐれも俺の指示に従ってくれ。全員無事で帰還できるよう、全力を尽くす」
短く、はっきりとした返事が響いた。
***
「コーチ、正面三体お願いします! 来奈とアリサは右手側!」
由利衣の刺すような声が飛んだ。
彼女自身、雨のように魔力弾を飛ばしながら――
それでもモンスターの突進は止まらない。
ここは第四層・中域。
霧の立ち込める湿原地帯だ。
足元は泥と水気をたっぷり含み、踏み出すたびに“ぐちゅ”と重い音が響く。
そこへ、泥から這い出てきたような人型の影が次々と湧く。
由利衣の魔力弾がバス、バスッと撃ち込まれても、動きは鈍らない。
「先生!!」
梨々花の炎弾が俺の横をかすめ、先頭の影へ直撃した。
泥の体が大きく抉れる――だが。
ぐちゃぐちゃ、と。
泥が蠢き、あっという間に再生を始める。
クレイゴーレム。
こいつに中途半端な攻撃は、一切通用しない。
「黒澤!!」
由利衣へ声を飛ばす。
「魔力を探る精度を、もっと上げろ!
こいつは“核”を壊さなきゃ止まらん!」
そう言いながら、俺は正面のクレイゴーレムへ踏み込み、その頭を乱暴に掴んで魔力の流れを探る。
即座に、腹へ村正を突き立てた。
刃先が背中を突き破り――小さなトカゲが貫かれたまま現れる。
それが光の粒となって消えると、泥の体は力尽きたように崩れ落ちた。
由利衣はその様子を見て大きく頷く。
瞳が一瞬だけ、金色に淡く輝いた。
そして銃のトリガーを立て続けに引くと、迫っていた二体の核を、正確無比に撃ち抜いた。
「……なるほど。ちんけなトリックですね」
梨々花が黒髪をかき上げ、メガネをクイッと押し上げる。
杖を構え、土魔法で礫を無数形成。風魔法の衝撃で一団へ叩き込んだ。
礫が泥を面で削り、核ごと粉砕する。
「やるじゃん!」
マルグリットが手にした短い杖を振る。
巨大な氷槍が地面から突き上がり、クレイゴーレムの全身を貫いた。
……由利衣はいい。
だが、梨々花とマルグリットの攻撃はなんだ。
“核の位置が分からないなら、全部消し飛ばせばいいんじゃない?”
完全にその思想だ。
一瞬、頭を抱えそうになった。
――来奈とアリサは?
アリサが来奈を庇うように前へ出て、触手のように伸びる泥の攻撃をロンギヌスで受け流す。
こぼれた分は、由利衣の結界とリュシアンの淡い光の防御魔法が吸収していく。
来奈は拳を構え、静かに魔力を溜めていた。
キュレネの真珠のような白が、淡く虹色の光を帯びていく。
魔力をチャージし、打撃力へ変換するグローブだ。
来奈の練度では、どうしてもチャージに時間がかかる。
そのあいだ、アリサが最前線で守り続けていた。
「アリサ!!」
来奈が叫ぶ。
アリサはすぐに後ろへ跳び、退く瞬間、ロンギヌスから魔力の一撃を来奈へ放つ。
その魔力もキュレネに吸われ、拳の輝きは一段と強まった。
「サンキュー。――いくよ!!」
来奈が地を蹴り、一気に距離を詰める。
拳を振り抜く。
ドンッ――。
湿原の空気を揺らす衝撃波。
クレイゴーレムの泥の身体が後方へビシャッとはね飛び、核となるトカゲの姿が露わになる。
その瞬間を逃さず、アリサのロンギヌスから風の斬撃が走り、トカゲを真っ二つに切り裂いた。
勢いは止まらない。
来奈が触れれば泥が弾け飛び、アリサが即座に止めを刺す。
その連携で、さらに五体が瞬く間に沈んだ。
「コーチ、索敵完了ですー。全百二十三体、殲滅入ります」
由利衣が静かに告げると、銃を構えた。
空中に無数の魔力弾を撃ち出し――
ババババババッ!!
雨のような着弾音が湿原に響く。
霧の向こうを探るが、もうモンスターの姿はない。
ただ、この視界の悪さでは判断しづらい。
俺は政臣の位置まで素早く移動し、首から提げているタブレットを覗き込む。
付近の敵反応――ゼロ。
大きく息をついた。
「いまの猛攻は、中級冒険者でも危なかったところだ。
……お前たち、よくやった」
響きわたるレベルアップサウンド。
うちと欧州のどちらのかは分からないが。
戦闘が終わり、索敵は続けつつも緊張を緩めるメンバーたちを横目に、俺はタブレットを操作していた。
そろそろ――採掘ポイントのはずだ。
位置情報を確認していると、マルグリットの声が飛んできた。
「オッサン、あんたやっぱり強かったんだな。
あの動きと判断力……ただモンじゃねーな」
八重歯をのぞかせ、こちらを見つめる。
「……まあ、お前らのリーダーから信頼されるくらいにはな。
それより、この先は森だ。トレントはまだ出ないと思うが――油断するなよ」
マルグリットは肩をすくめ、腰のベルトに差した短い杖を撫でた。
攻撃魔法を繰り出すロッド。
彼女はいま、爆・氷・雷・鋼の四本を装備している。
いずれも“四大属性の上位”に分類される代物だ。
単純な火力は、通常時の梨々花を凌駕する。
一本だけでも数千万Gは下らない。
しかも本来は高確率で壊れるため、実質使い切り。
それをマルグリットは、確率操作で好きなだけ連発できる。
……今さらながら、こいつも規格外だと改めて思い知る。
俺がロッドへ視線を向けていることに気づいたのか、マルグリットは不敵に笑った。
「まあ、こいつも頼りにしてるけどさー。
まだ“奥の手”があるんだわ」
まるで「お楽しみに」とでも言いたげに、ひらひらと手を振る。
……いろいろ隠し玉がありそうだな。
俺は視線を外し、タブレットを政臣に返した。
その政臣はというと、スマホのカメラをリュシアンに向けていた。
――そういえば、戦闘中も配信用カメラとは別にスマホを回していたな。
俺が訝しげに見ると、政臣はしれっと言う。
「こっちは特別版です。
リュシアンセレクト動画を、素材提供者限定でプレゼントするんです」
……このパーティで一番コンテンツ力があるのが、男子とは。
まあ、好きにしてくれ。
戦闘には一切役に立たないが、こいつの仕事が確かなのも事実だ。
俺は政臣に背を向け、全員へ声をかける。
「この先の森で採掘ポイントを探す。
それからセーフゾーンへ移動だ」
セーフゾーンの位置は、日本政府公式マップと一致していることを、視聴者さんからの情報で確認済み。
今日の攻略のゴール地点だ。
足元の泥が鈍い水音を立てる。
八名のパーティが、ゆっくりと湿原の奥へ歩を進めていった。




