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第81話 合同攻略へ

学院は冬休みに入り、寮はしんと静まり返っていた。


寮生のほとんどは実家へ帰省し、残っているのは俺とSSRの三人だけだ。

山本先生は「たまには顔を見せないと」と言って、年内は実家へ戻るらしい。


寮を出る間際――山本先生は、何か言いたげにこちらをじっと見ていた。


だが、俺は目を合わせずに「ごゆっくりー」とだけ言葉を送る。


次の瞬間――


視界のすぐ手前に、山本先生の瞳が迫っていた。


………………。


沈黙。

冬だというのに、背中に嫌な汗がじわりと流れ続ける。

だが俺は、己の心を彼方へ飛ばし、ただひたすら圧に耐えた。


やがて、山本先生は距離を取ると、ぽつりと呟く。


「……では、よろしく言っておきますね」


少し残念そうな声。


よろしくしなくても、全然構わないのだが……。

そう思ったものの、余計な一言は飲み込み、ただ黙って見送る。


こうして年の瀬は、表面上は穏やかに――静かに流れていく。


***


そしてダンジョンは、いよいよ第四層の本格攻略へと移る。

ここからは、新学期が始まるまで冒険漬けの毎日だ。


……と言っても、いきなり突っ込むわけではない。


最初の三日間は、第三層でひたすら魔力制御の訓練にあてることにした。


外気温五十度の環境で、断熱の魔力をまとわせ続ける。

これが無意識でできて、ようやく戦闘魔法使いとしての基礎が完成したと言える。


レッドストーン採掘場の片隅で、うちの三人は黙々と素材を掘りながら、汗だくで訓練を続けていた。


格好は、体育の授業で使うジャージ姿。


――ジャージ教師がいなくても、ここにジャージが三体。


ジャージのゲシュタルト崩壊で頭がおかしくなりそうだが、動きやすくて汗も乾きやすい。

結局、訓練をやるにはこれが一番だ。


肝心の訓練の成果だが――


まだまだ“付け焼き刃”の域は出ない。

だが、それでも持続時間はじわりと伸びているのが分かる。


こういうのは数をこなすしかない。

近道はないのだ。


その様子を眺めていると、たまりかねたような声が飛ぶ。


「あっついなー。

オッサン、ほんとにこんな訓練が役に立つのか?」


……欧州SSRのマルグリットだ。


長い金髪に緑色の鋭い目つき。

スレンダーな体に、ハーフパンツと半袖Tシャツという軽装。

タオルを首に引っかけ、ペットボトルの水をごくごく飲んでいる。


少し離れた場所には、アリサとリュシアンの姿。

こちらはおそろいのスポーツウェアで、妙な“ペア感”が出ている。


なぜ欧州組がここにいるのか――というと。


先日のクリスマスの食事会で、日本パーティの訓練内容をクラリスに話したところ――


「うちのも参加させてくれ。ついでに第四層攻略も」


と、一方的な連絡が来たのだ。


クラリス本人は「年末年始は用がある」と言っていたが……。

恐らく、エステルの調査に動いているのだろう。


どういう説得をしたのか知らないが、欧州各国政府も了承している。


参加すること自体は構わない。


ここの責任者の田島さんも、


「外国人? んー、別にいいんじゃないの」


という激ゆる対応で受け入れた。


問題があるとすれば、このマルグリット。文句が多い。


年齢は二十代後半。

魔法使いとしてはかなり遅咲きだが、その経歴は尖りまくっている。


そもそも彼女は元は“お固い公務員”だった。

天涯孤独の身の上で、奨学金で大学まで出た苦労人。


ところが、SSR魔法使いに当選した瞬間、人生が激変する。


魔眼能力は――運命の輪(Wheel of Fortune)。

確率操作。


それを使って、表裏問わずギャンブル場を荒らし、宝くじや海外のオンラインカジノまで総ナメ。

稼いだ金は、すべて世話になった孤児院や慈善団体に寄付。


性質(たち)が善いのか悪いのか、判断に困るタイプだ。


当然、裏組織に目をつけられ、マフィアに追われる羽目になるが――

彼女の魔眼は、悪い運勢を“相手に押し付けられる”。


迫りくるヒットマンの弾も、ナイフも、作戦も、

全部まとめてひっくり返したらしい。


その後、身の安全のためドイツ政府と正式契約を結び、ダンジョン攻略チームに参加中。


どこを切り取っても波乱万丈だ。


そんな経緯もあってか、マルグリット自身は訓練にそこまで熱心ではない。

必要最低限でいい、というスタイルだ。


だが、アリサとリュシアンのこととなると話は別らしい。


まだ子供と言っていい年齢の二人が冒険を続けるというなら、放っておけない。

根っこは人情派の魔法使いでもある。


するとアリサが、汗を拭きながら笑ってマルグリットに声をかけた。


「でも、私は基礎から教えてもらえて嬉しいなー。

クラリス先輩って、感覚派だから」


マルグリットは盛大に眉をひそめる。


「あの脳筋、何言ってるかわかんないからな。

“グッと腰を入れてガッと魔力を練ろ”とか、

“気合いを込めて魔法を撃て”とか……」


……まあ、想像はつく。


確かに、クラリスの実力は折り紙つきだ。

だが、指導者として優れているとは限らない。


天才にありがちな、“感覚で全部できてしまうタイプ”。

言語化が雑すぎるのも、無理はない。


そして、このアリサ。


肩までのオレンジがかった金髪に、空色のよく動く目。

見た目ほがらかで、どこか人を安心させる。


イタリアの片田舎にある小さな商店の娘で、つい最近まで本当に“普通の高校生”だった。

それまでは特別な才能も、目立つ特徴もない――ごく平凡な少女。


だが、SSR魔法使いに当選した瞬間、彼女の人生も一気に開けた。

せっかくのチャンスだ、これを足がかりに羽ばたきたい。

その野心じみた前向きさは、うちの三人と通じるものがある。


とくに、雲の上の存在だと思っていたクラリスと同じパーティになれると知ったときの舞い上がりようは尋常ではなかったらしい。

冒険者ルックも、クラリスをリスペクトして軽装騎士風。


しかし、戦闘以外はポンコツな性格という大先輩の“実態”を知ったあと――


崇拝は、ほのぼのした親しみに変わったようだ。


アリサの魔眼能力は、“力(Strength)”。


自分自身、そして味方全体の能力を底上げし、周囲の負の感情すら反転させて活力へと変える――

まさに戦場の旗印となる力。


派手さこそないが、パーティの中心になり得る、極めて強力なサポート能力だ。


そして、アリサにぴたりと寄り添って離れないのがリュシアン。

中学生くらいの年齢。肩上の銀髪ストレートと空色の目。

物語から出てきたような絶世の美少女――に見える少年だ。


欧州最大の魔法使い宗教組織、聖魔術師教会で育ち、幼い頃から姉のエステルと二人で支え合って暮らしてきた。


元々、人付き合いが得意なタイプではない。

唯一の拠り所だったエステルも、数年前ダンジョン探索中に失踪。

教会は「作戦行動中の不明事件」と処理したが、真相は闇の中だ。


なお、クラリスはエステルとも面識があるという。

教会の方針でレイドには出なかったが――もし参加していれば、世界の戦力図が変わっていたかもしれない、と。


そんな最愛の姉がいなくなってから、リュシアンはさらに内向的になった。


だが、思わぬ転機が訪れる。


魔法使いガチャ当選。

姉弟揃ってSSR。

おそらく、人類史上初の出来事だ。


教会は狂喜し、リュシアンはその日から“聖なる御子”扱いになった。

しかし、周囲の大人の態度の変化は、思春期の少年の心をますます閉ざしていく。


そんな折、フランス政府から欧州SSRパーティ結成の打診がある。

教会は乗り気ではなかったが、名目上の協力としてリュシアンを派遣した。


その顔合わせの場で――

人懐っこいアリサが、ひとり隅にいたリュシアンをそっと気にかけた。


最初は強張っていた心が、少しずつほぐれていく。

そして、彼の境遇を聞いたアリサが、真っ直ぐな瞳でこう言った。


「エステルさん、一緒にさがそ。

きっと、リュシアンのこと待ってるから」


その瞬間、彼の心に“希望”が灯った。


リュシアンがアリサから離れない理由は――まあ、そういうことだ。


魔眼能力は“法王(The Hierophant)”。

等価条件で交わされた契約の絶対履行を強制する力だ。


以前、第二層のボス戦でアリサが命を落とした際、

リュシアンは最上位の魔導ギアを対価に差し出し、彼女を復活させた。


あれを見れば分かる。

彼の力は単なる“約束の遵守”ではない。

釣り合う対価さえ用意できれば、精霊と交渉して奇跡すら起こす。


戦闘向きとは言いがたいが、使いようによっては恐ろしくもある魔眼だ。


そして、この場にいないクラリスの魔眼能力は“隠者(The Hermit)”。

過去視、念視、透視、未来視……。

その応用は、聞けば聞くほどインチキじみている。


うちのパーティの魔眼能力は、バランスの取れた役割分担なのに対して、あちらは見事なまでに方向性がバラバラ。


どちらが良いという話ではない。

ただ“まるで別のゲームをやっている”ような差があるのは確かだった。


紹介は以上。

この年末年始、俺はクラリスから三人の育成を丸ごと投げられていたのだ。


SSRがこんなに大勢……。しかも全員未熟。


まあ、こうなったら三人も六人も同じだ。

半ばやけっぱちな気持ではあるが、うちの連中にも良い刺激になるだろう。


政臣は新メンバー加入によるコンテンツ拡充に乗り気だし、視聴者さんからの反応も悪くはない。


……ただ、気になることが一つある。


圧倒的な“リュシアン推し勢力”の台頭。


ダンジョンに妖精が降臨だの、画面が浄化されるだの、コメント欄が尊さで埋まる。

男だということが分かっているのだろうか。


これには、梨々花の目元が引きつっていた。


ともあれ――。


第四層攻略まで任された以上、きちんと戦力になってもらわないと困る。

あちらはクラリスのパワーレベリングで強引に引き上げてきたが、うちは“積み上げ式”だ。

基礎ができなきゃ話にならない。


俺はマルグリットへ声をかけた。


「チート能力だけで攻略できるほど、ダンジョンは甘くないぞ。

本気で続けるなら、今やってる基礎は避けて通れない」


すると、鋭い猫のような目つきが返ってくる。

……ガラの悪さが隠しきれていない。


「あたいを舐めるんじゃないよ。やるって決めた以上、中途半端で終わらせる気はないね。

どうせ潜るなら、ダンジョン中のお宝を根こそぎいただくつもりさ」


言うじゃないか。


マルグリットは八重歯を見せて不敵に笑うと、ストレッチするように腕を伸ばし、採掘作業へ戻っていった。


一方、アリサとリュシアンを見れば――

なんと、来奈が指導役をしていた。


あいつが人にものを教えるとは……。


「いい? まずは“一分間だけ集中する”のを何回も繰り返してみ?

あたし、この一ヶ月で五分は持つようになったから!!」


胸をどん、と張る来奈。

アリサとリュシアンは素直にぱちぱち拍手している。


……だが。


同じ時期に始めた梨々花は三十分以上、由利衣に至っては寝たまま一時間は持つようになっている。


まあ、来奈の努力は二人に決して劣るものではない。

コツを掴み出せば、伸びしろの塊と言えるだろう。


俺は連中を視界に収める位置取りで、昼食の支度を始めた。


八人分だからな……。

弁当を作るより、キャンプ飯の方が圧倒的に早い。


折りたたみ式テーブルに椅子、コンロ、ウォータータンク、大鍋、食器……。

ダンジョン素材で稼いだ資金で、装備は一通り揃えてある。

食材や飲料水も、一ヶ月分はストック済みだ。


先日のラミア討伐クエストで、冒険部の資産は億を越えたが、クリスマスイベントで視聴者さんへ大幅還元したおかげで、現在の残高は三百万Gほど。


普段、視聴者さんから素材提供を受けているのだから、こういうときにケチケチするのは違う――

それが、梨々花の方針だ。


ガツンと稼いで、次の冒険とコンテンツづくりのためにガツンと投資する。

そのくせ、個人的な贅沢には一切走らず、月一万円の小遣いをやりくりしている。


……とても高校生とは思えない。


そして、もうひとりの“コンテンツづくりに命をかける男”――政臣。


やつは父親のコネをフル動員し、食品会社や外食大手のお偉方を行脚。

リズの大食いコンテンツは、いまやチャンネルの最重要プロジェクトとして進行中だ。


目を爛々と輝かせ、企画を配信で堂々プレゼンしていた。


「即死級のカロリー爆弾投下ですよ!!

バスタブサイズのカップ焼きそば、100杯チャレンジ!!

見たい!? 見たいよね!? 見たいでしょ!!!」


……それを作るのは俺なんだがな。


そんなことを考えながら、包丁を振るう。

これは先日、皆から贈られたもの。新たな俺の相棒だ。


飯の用意ができると、声をかける。


由利衣が結界を展開し、マルグリットがマジックアイテムを振るうと――

目の前に巨大な氷柱が出現。

一気に快適な温度になった。


そして、全員でワイワイとテーブルを囲む。


「オッサン、料理もできるのかよ!

パーティにひとり欲しいな!」


マルグリットは、自前のクーラーボックスからビールを取り出すと、

当然の顔でプシュッと開ける。

上機嫌でパエリアを頬張りながら、にやにやしている。


酒と賭博が大好き。ほんと破天荒なやつだ。


「午後もあるんだから、一本だけにしとけよ」


軽く釘を刺しつつ、俺は肉を切り分けた皿を置く。


ふと見ると、アリサとリュシアンが目を潤ませていた。


「ダンジョンで、まともなごはん……。

クラリス先輩といると、謎の干し肉の塊だけなので……」


アリサはそっと涙を拭い、リュシアンは「これ……柔らかい……」とぽつり。


苦労してるんだな。

クラリスもマルグリットも、生活能力は無さそうだ。


「そうか、たくさん食べてくれ。

今は同じパーティだ。遠慮なんかするんじゃないぞ」


そう言うと、ふたりともニコニコ顔になる。


そんなこんなで、新たな仲間を迎えつつ――

俺たちは第四層チャレンジへと踏み出していくのだった。

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