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第79話 クリスマスイベント(4)

武闘大会が終わるや否や、会場はすぐ次のイベントへと衣替えだった。


大食い大会本戦――。


その入れ替え作業でスタッフは大わらわだ。


次々と運び込まれる巨大寸胴、器、調味料、そして山のような食材。

有名外食チェーンがスポンサーについているらしく、ステージ裏はちょっとした戦場だった。


その戦場の中心で、スマホ片手のスタッフが怒鳴り散らす。


「世界中の魔法使いスタッフ呼んでくれ!!

とにかく手が足りないんだよ!!

あと食材!! ……全部だよ馬鹿野郎!!

何万人分でも!! 食うんだって、すごいのが!!」


俺たちがその様子を眺めていると、犬養と熊耳が駆け寄ってきた。


由利衣が、にこやかに熊耳へ声をかける。


日葵(ひまり)ちゃん、決勝進出だって?

すごいねー」


だが熊耳は、か細い声で「ですわ……」と呟くだけ。


代わりに犬養が、引きつった笑みで補足した。


「ひとり、すごい人がいて……。

予選のお寿司、あっという間に他の参加者の分まで全部食べちゃったんです……。

だから残り枠は、じゃんけんで決めるしかなくて」


なんだその滅茶苦茶な大会運営は。


だが――俺には心当たりがひとつあった。


そして、予感通りの声が聞こえてくる。


「こんにちはー。日本のみなさん」


振り返ると、オーストラリアSSR――

リズリンドことリズが、儚げな微笑みとともに立っていた。


後ろには、彼女の大学の教え子であるパーティ仲間たち。


すると、熊耳は「ひっ!」と怯えた声を出し、山本先生の後ろに隠れた。


リズは首をかしげつつも、にこやかな顔。


「お昼、お寿司たくさん出たんですよー。

私、あんなに食べたの初めてで。

クリスマスイベントって素敵ですね」


やはり、大会の趣旨を勘違いしているようだ。


そしてリズは、夢見るように瞳を揺らした。


「これから、牛丼食べ放題なんですって。

今日は日本の食べ物がたくさん……。時間制限は一時間しかないから、頑張らないと」


後ろでは、政臣がスマホ片手に、


「海外のブックメーカー、リズさんが何杯食べられるかの賭けで盛り上がってますねー」


などと言っている。


そして、周囲のスタッフ間では謎の連帯が生まれていた。


「お前ら!! うちは味と価格とスピードが命だ!!

後れを取るんじゃねえぞ!!」


「はいっ!!」


一糸乱れぬ男女の声。


もはや大食い大会なのかも怪しい。


優勝が確定している中、人類の限界への挑戦と、企業の意地のぶつかり合い。

そんなステージに突入していた。


そして、決勝が始まる――。


***


俺が会場の様子を眺めていると、リズの教え子の青年が話しかけてきた。リハルトと言ったか。


「うちの先生、今日を楽しみにしていて、一日五食で我慢していたんです」


……我慢とは。


もはやツッコミは意味をなさない。

リズはSSR魔法使いになったときから、精霊とのチャンネルを維持するために常時食べ物が必要な体質だ。


だが、彼女の女帝の魔眼能力は植物操作。

枯れ地を再生し、食糧不足を解消し、農産業の構造を根底から変える――人類の救済となる可能性を秘めている。


まさに、豊穣の魔法使いだ。


リハルトは続ける。


「普段はそれでも、食べるのを抑えてるんですけどね。

僕もSSRの全力を見たことがなくて……」


その“全力”は、何かが違うんじゃないか。

そう思ったが、黙って頷いた。


見ると、リズの周りだけ器が山のように用意され、後ろには専用の厨房が控え、スタッフがバケツリレー方式で運ぶ態勢が整えられていた。


熊耳の前には、ポツンと一杯だけ。


撮影スタッフもリズに張り付き、他の参加者は簡単に名前を呼ばれただけ。


おそらく、企画の内容からテロップまで差し替えられていることだろう。


そして、あらわれた司会者は……芹那。

あいつの「予定」とは、これのことか。


有名な魔法服飾デザイナーのはずだが、目立てる場ならどこでも乗っかるタイプだ。


芹那はリズの前に立つと、スイッチを入れたように声を張った。


「全世界のみなさん、こんばんわー!

セリーナでーす! 本日は第六層からお送りしていまーす!」


テンション高めに、手元の紙をちらり。


「では、これから決勝が始まるわけですが……こちら優勝候補の、リズリンド・ホーソーン選手!

大学教授なんですねー。知的な佇まいが素敵ですー!」


パチパチと拍手が起き、リズは儚げに微笑む。


芹那は資料を読み上げながら続ける。


「えっと、予選ではなんとお寿司三千六百貫を完食!!

……え?

で、最後は職人さんが腱鞘炎でリタイヤして……酢飯のタライにマグロ一本分の塊を乗せたものを平らげたって……」


だんだん声が小さくなる。


リズは頬に手を当て、「お寿司、大好きなんです」と憂いを帯びたスマイルを見せる。


芹那は一瞬戸惑ったものの、根性でテンションを回復させた。


「えーと! 予選でそんなに活躍されて、大丈夫ですかー?

決勝は、けっこう“お腹にたまる”メニューですよー?」


「えっ、お腹いっぱいになれるんですか?

わあ……楽しみですー!」


……全然噛み合っていない。


そして、リズの天然発言。


「あの、一時間しかだめなんですか?

追加料金お支払いしたら、もっと食べられないかなって」


そう言いながら、バッグから財布を取り出す。


芹那は、口角を引きつらせながら、


「あのー、そういうシステムではないので……」


と、なんとか笑顔を保っていた。


あいつにも苦手なタイプがあったとはな。

新しい発見だ。


「じゃあ、うちの生徒は参加しないみたいなので、その分の時間を私にってことで。

ねえ、リハルトくーん!」


謎理論を展開しながら教え子を呼ぶリズ。

だが当のリハルトは、完全に他人のふりをしていた。


すでに開始前から、カオスの様相を呈している。


来奈は、「かっけー」と感心の声を上げていた。


そして、これ以上リズを喋らせては危ないと判断したのだろう。

芹那は、強引に話を打ち切った。


「以上!! 決勝に意欲を見せるリズリンドさんでした!!

それではさっそく開始していきましょう!! ねっ!!」


その裏で、スタッフが「CM入りまーす!!」と必死にテロップを掲げていたが――

芹那はガン無視してそのままスタートを宣言した。


***


大食い大会の決勝は、それはもう壮絶なものだった。


終わった後も、来奈は興奮が収まらない。


「あたし、タンクローリーから牛丼が供給されるのなんて、今まで見ことないよ!!

一時間で終わりなんて、もったいないって絶対!!」


梨々花と由利衣は、食欲を失ったような顔をしている。


案の定というか――。


開始三分。

リズはテーブル上の器をすべて空にし、すぐさまバケツリレーの攻略に入った。


五分後には本丸の厨房にたどり着き、寸胴と炊飯器から直接流し込んでいた。


厨房を一つ陥落した後は、他の出場者用のもう一つの厨房へと儚げな歩みを進める。


ここで熊耳は、泣き叫びながら戦線離脱した。


だが企業側は引き下がれない。

ついにエマージェンシーコールを発動する。


セントラルキッチンをフル稼働して、“実弾”を満載した特殊車両が出動。


最終兵器が第六層の転移陣を通過した頃、リズはすでに二つ目の厨房を落としかけていたが――


追加供給の到着を見て、嬉しそうに目を輝かせた。


そこからは、まさに無限牛丼。

制限時間いっぱいまで、リズは見事に食べ続けたのである。


なお、芹那は途中から言語機能を失い、「あー」と「うー」を発するだけ。


そして終了の声が響くと、リズは名残惜しそうにため息をつき――


「やっぱり延長ダメですか?」


と、芹那へとにじり寄るのだった。


SSRが規格外なのは分かっていた。

だが――ここまでとは。

あらためて、その恐ろしさを思い知る。


そしてさらに恐ろしいのは――。


「なんだか分からないんですけど、お金もらっちゃいましたー」


賞金を手に、にこにこ顔のリズ。

教え子のパーティ仲間は、全員げんなりとした顔をしている。


「でも、お金もらえるなら、この分で延長できないか聞いてみようかしら」


一歩踏み出そうとしたところを、リハルトが必死に押しとどめていた。


俺は恐る恐る声をかける。


「あの、俺たちこの後、店を予約していて。

皆さんもどうですか? ご馳走しますから」


厳密には、予約しているのは学院長だ。

例の緑化プロジェクトのキーマンであるリズと、今のうちに“よしみ”を作っておきたい――そんな下心が見え隠れする。


まあ、支払いは国家予算だ。

これも国益のため。

こうなったら、徹底的に飲み食いしてやろう。


「えっ、ご馳走……そんな、なんだか申し訳ないです」


言葉とは裏腹に、リズは盛大に喉を鳴らす。


「いや、ほんと遠慮はいらないので。せっかくのクリスマスですし」


俺の言葉に、リハルトが「いや、でも。ご迷惑なんじゃ……」と言いかけたところ、リズから膨大な魔力の奔流が迸る。


「リハルトくん。これ以上お相手に恥をかかせてはいけないわ」


リズはあふれ出る唾液を、手にしたハンカチで静かに拭う。


「そのお誘い、謹んでお受けいたします」


来奈がワクワクした調子で声を上げる。


「リズさん、まだいけるの? あたし、このハンデなら勝てる気がするんだけどなー」


余計なことを言うんじゃない。

そう思ったが、リズは儚げに微笑んだ。


「さっきの食べ放題で、腹八分ですが……。せっかくですから。

星の魔眼と、ぜひお手合わせを」


何の“手合わせ”なのか……。まあいい。


俺は山本先生に、魔戦部の連中にも声をかけてもらうよう伝えた。

イベントの仕上げはパーティだ。


***


店は貸し切り状態。

――さすが学院長の手配だ。


「私たちも良かったのか?」


クラリスが遠慮がちに呟く。

連絡先を交換していたので、こちらから誘っていた。


欧州SSRのアリサ、リュシアン、マルグリットも合流している。


俺は壁際で皆の様子を見ながら、クラリスと話していた。


「ああ、うちの入江の装備は助かったよ。こんなもんじゃ足りないだろうけどな」


立食形式で、各々がテーブルを囲んでいる。

料理は次々と運ばれ、店内はにぎやかな空気に満ちていた。


そこにアリサが朗らかな笑みで近づいてくる。

リュシアンは、相変わらずアリサの袖を握ったままくっついている。


「日本の皆さんも第四層なんですよねー。私たちもなんです。

半魚人が手強くって! 最近はクラリス先輩に頼らない攻略も、少しずつできるようになったんです」


クラリスを除く三人の魔法使いのキャリアは、うちと大差ない。

そう思えば、欧州パーティの成長も大したものだ。


ふと視線をやると、マルグリットはワインをたらふく飲んで、すでに出来上がっていた。

アリサは苦笑して肩をすくめる。


「第三層はマルグリットさんがいなかったら攻略できなかったです。

ねえ、リュシアン?」


リュシアンはこくりと頷いた。

柔らかな銀髪と、空色の大きな瞳が揺れる。


普段はアリサを姉のように慕い、見た目は完全に美少女。

だが、彼が強い少年であることも知っている。


……しかし、どこかで――。

心の奥がざわついた。何か忘れているような。


そうだ、第三層。


「エステル……」


思わず口をついて出ていた。

あの不気味な女。

長い銀髪、青い瞳。リュシアンを見ると、なぜかその姿が重なったのだ。


気づくと、リュシアンの潤んだ瞳がすぐ近くにあった。

すがりつくように、俺のシャツを両手でつかんでいる。


「その名前……どこで?

どうしてその名前を呼ぶんですか?」


俺は言葉を詰まらせた。


「……いや、その……」


リュシアンの思いつめたような目に気圧されて、俺はただうろたえるだけだった。

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