第07話 目標
千連ガチャによって選ばれしSR――
高等部“四天王”のひとり、獅子丸。
思春期真っ盛りで、いきなりトップクラスの魔法使いに当選したのだから、調子に乗るのも無理はない。
だが、俺は獅子丸が指先に魔力を込める前――正確に言えば、精霊とのパスが繋がった“瞬間”にはもう動いていた。
なるほど、展開は滑らかだ。
部活動で戦闘訓練に力を入れているという話も本当だろう。
同時期にSSRになった三人とは比べものにならない練度だ。
だが。
ブランクがあるとはいえ、ビギナーに毛が生えた程度のやつに後れを取るほど、俺は鈍っていない。
獅子丸が魔法を放つ。属性は風。
俺も同じく風魔法をぶつけた。
ふたつの風流が正面から衝突し、渦を巻いて消失する。
巻き上がった砂ぼこりが校庭を覆い、ざわめきが静まった。
呆然と立ち尽くす来奈たち三人を見やり、俺は口を開いた。
「魔力を読めば、こういうこともできる。……訓練しがいがあるだろ?」
獅子丸は歯を食いしばり、低く唸る。
「オッサン、カッコつけてんじゃねえよ……!」
吐き捨てるように言うと、次々に魔法を放ってきた。火炎。水弾。
だが俺は、すべて同属性の魔法で正確に相殺する。
昔は、こうちして訓練したものだ。
獅子丸は「クソッ!」と地面を蹴り、息を荒げている。どうやら魔力も尽きかけているらしい。
魔法には階梯――いわば“レベル帯”のようなものがある。最高位は第九階梯。
下級魔法:第一 ~ 第三階梯
中級魔法:第四 ~ 第六階梯
上級魔法:第七 ~ 第九階梯
なお、Rである俺は中級魔法までしか扱えない。
だが、獅子丸がどれだけ才能に恵まれていようと、まだ上級には届かない。
そして各階梯の魔法には、一日の使用回数が決まっている。
この制限はレベルアップで増えていく仕組みだ。
つまり――中級魔法までの撃ち合いなら、レベル上限の俺の方に分がある。
こっちはまだ、まるで息切れしていない。
獅子丸が睨みつける。SRのプライドってやつだ。
だが、騒ぎを聞きつけて甲高い声が割り込んできた。
「ちょっと! 獅子丸くん、何やってるのー!」
ジャージ姿の若い女教師が駆け寄る。手にはタブレット、首には笛。部活顧問か体育教師だろうか。
獅子丸は鼻で笑った。
「このオッサンが妙な因縁つけてきたからだよ。学校に不審者入れてんじゃねーよ」
いきなり魔法を撃ち、挙げ句に不審者扱いだ。
女教師は状況が飲み込めず、俺と獅子丸を何度も見比べる。
そこに由利衣の助け舟が入った。
「あの……。うちの部活のコーチなんですけど。昼は学食にいて──」
女教師は「ああっ!」と声を上げ、思い出した様子だ。昨日、職員室でサラリと紹介されていたのだ。
もっとも、俺はそのときスーツ姿で、今日は派手なアロハにタンクトップ。気づかれないのも無理はない。
来奈も口を挟む。
「山本センセー、今のはシッシーが悪いって。いきなり魔法撃ってくるんだからさ。それに、由利衣にも絡んでくるし」
獅子丸は肩をすくめてニヤリと笑う。
「ああ? こんな金持ちの道楽部でぬくぬくやってるより、SRの俺がまともな指導してやろうってんだろうが。
それにお前ら、動画配信始めたんだって? 見たぜ。あんなヘタレプレイ、よく晒せるよな。俺なら黒歴史確定だわ。
オタク狙いなら、もう少し露出増やしたらいいんじゃね?」
「ちょっと、獅子丸くん!」
山本先生が慌てて声を上げるが、まるで効かない。
完全に舐められている。
俺の時代は、教師に逆らった瞬間、顔面が変形してたもんだ。
これも時代か。
ふと、梨々花が俺の背中の後ろで小さく震える気配に気付いた。
──もう黙っていられない。
視線を獅子丸に突きつけた。
「ヘタレ? いいじゃねぇか。そんなもん、前フリだろ」
わざと軽く言ってやる。
「最初から無双して何が面白ぇんだ」
梨々花の肩がぴくりと動き、震えが止まる。
代わりに深く息を吸う音が聞こえた。
一歩踏み出し、さらに声を張る。
「これから湧かせてやるんだよ。お前なんぞの手の届かない、世界の舞台で――最強の戦闘魔法使いとしてな」
獅子丸は鼻で笑う。
「はっ、何言ってんだよ」
だが、そのとき梨々花が前に出た。
もう震えはなかった。
切れ長の瞳に力が宿る。見下ろすように、その視線が獅子丸を捉えていた。
「やってやるわよ。三人いればできるってところ、見せてあげる。あなた、私たちと同級生だったこと、せいぜい一生の自慢にしなさい」
その強気こそが梨々花だ。
「そうだ! あたしたちは強くなるんだ。教官がいるんだからな!」
来奈が拳を突き上げる。
由利衣もふわりと笑って獅子丸に向き直った。
「部活に誘ってくれてありがと。でも、私、やっぱり三人で頑張りたいから。ごめんね」
獅子丸は「お、おう」 と一瞬たじろぎ、由利衣から目をそらす。素直になれないだけかもしれない。
だがすぐに俺を睨みつけた。
「ボンボンの雇われのくせに偉そうに……お前なんかネットでも見たことねえぞ。無名魔法使いが調子こいてんじゃねえよ」
これ以上の口論は無駄だ。
「無名だろうが何だろうが、結果で見せるのが俺の仕事だ。……そうだな。こいつらを一ヶ月以内に第一層クリアさせてやる。
SR様にもできないこと、やってやるよ」
静寂が落ちる。
三人をゆっくり見渡し、言葉を続けた。
「言っとくが、ダンジョンは甘くねぇ。ド素人上がりの魔法使いなら、一年かかっても難しいだろうな。
……けど、駆け上がりたいなら手を貸すぜ。
どうする?」
答えは決まっていた。三人は力強く頷く。
山本先生は、ぽかんと口を開けたままだ。
そりゃそうだ。よく分からないアロハ姿のおじさんが、大口を叩いているのだから。
しかし、すぐにハッとして獅子丸に向き直る。
「もう、尾形先生に指導してもらいますからね。
みんな揃ってるんだから――早く、いらっしゃい」
そして俺に軽く会釈すると、獅子丸の腕を引いた。
獅子丸は舌打ちし、手を乱暴に振り払う。
「分かったよ。行くよ」
吐き捨てるように言い残し、振り返ることなく歩き去っていった。
……あいつが“四天王最弱”なのかな。
俺は、そんなことをぼんやりと考えていた。
***
部室に戻ると、さっそく来奈の興奮した声が上がる。
「いやー、教官、良く言ってくれた!
あたしたち、最強魔法使いとして――世界に燦然と輝くんだよね!」
そして勢いよく俺の肩をバシバシ叩く。
……分かってるのかな、こいつ。
「その“世界の舞台”ってのはな。第八層までは行かないと、まず難しいんだけどな」
「ヨユーだって!」
来奈は満面の笑み。
そそこへ政臣が顔を出した。
今日は生徒会の集まりらしい。
二十歳にもなって学級委員長にして生徒会長。やりたい放題だ。
そして、調子に乗る来奈がワーッと今日の出来事をまくしたてると――
政臣の眼鏡が輝いた。
「一カ月で第一層突破!? 聞いたことないよ、最高じゃない!!
で!! 佐伯さんがボスを半殺しにしたあと、ライナ・リリカ・ユリィの三位一体トリプルアタックがとどめを刺す!
これは魅せるなあ……あ、佐伯さんのとこはちゃんと編集するんで大丈夫だから〜!」
そんな接待をやるわけがない。
何を考えてるんだ、こいつは。
「三人だけで倒すに決まってんだろ」
俺は淡々とそう告げ、三人の前に立った。
「これからの一カ月だが――まず二週間は基礎訓練をみっちりやる。
黒澤は結界の展開。入江と桐生院は、俺がさっき見せた“同属性魔法の打ち消し”と“魔力の流れの感知”を反復だ」
梨々花が不安げに眉を寄せる。無理もない、まだ一フロアも攻略できていないのだから。
「いまのままじゃ、モンスターとのバトルにならないだろ。まずは徹底的に魔力制御だ。次の一週でレベル上げ、そこから攻略に入る」
それと、もう一つ。
「訓練以外でも、常に魔力集中を意識してくれ。俺の流れをよく見ておけ」
心臓を起点に、魔力を動脈に沿って腕へ、指の一本一本……脚へ、そして全身へとゆっくり流す。
次に静脈に沿って戻す――まるで血液の循環をなぞるように。
「これを、寝てるとき以外ずっとやる。理想は寝てる間も無意識で流せることだ」
三人はそれぞれ魔力集中に取りかかった。
来奈は早くも眉間にしわを寄せ、苦手そうに唸る。
一方で、梨々花と由利衣は要領がよく、すぐに感覚をつかんでいく。
だが十分も経たないうちに、額に汗を浮かべ、集中が途切れた。
「……きついです。これを、ずっと続けるんですか……?」
梨々花が弱音を吐くが、聞く耳は持たない。
「俺の学生時代は、水曜は一限から昼抜きで六限まで魔力集中だった。
集中が切れたら竹刀が飛んできたぞ」
「なにそれ! 野蛮じゃん!!」
来奈が思わず叫ぶ。
そのとおりだ。
だが、野蛮だろうがなんだろうが――短期間で強くなるには、それくらいの覚悟が要る。
「やるのか、やらないのか。麗良だってこれをやってたんだ。
精霊から与えられた才能だけでトップランカーになれると思ったのか?」
そこで、意外にも由利衣の声。
「わ、わたしやります!」
努力系は苦手だと思っていたんだが。
「わたし、モンスターを倒したりはできないけど。
来奈が最強の力で、梨々花が最強の攻撃魔法で……そして、わたしが最強の盾。
そうなれたらいいなーって」
ぽつり、ぽつりと、胸の奥を掘り起こすように言葉が続く。
「最初はSSRなんて夢みたいで……同い年の子とパーティを組んで、ダンジョン攻略とか配信とか、楽しいかなーって思ってたんです。
みんなで笑って、盛り上がって……そういうの、ずっと憧れてたの」
ふわりと、柔らかな笑みを浮かべる。
「でも、何もできなくて……誰も教えてくれなくて……ちょっと諦めてたかも。
でも、コーチが来てくれたから。教えてくれたこと、ちゃんとやります。
そして……いつか寝てるだけで、守れるようになりたいんです」
最後の一声はよく分からないが。
だが、その言葉の奥には、彼女なりの“本気”があった。
すかさず来奈が声を張る。
「あたしだって、口で言ってるだけじゃダメだって分かってるんだから!
やらないなんて言ってないよ。魔力集中なんて二十四時間バリバリやってやんだから! なあ、梨々花!」
梨々花は軽く息を吐いた。
「簡単に強くなれるなんて思っていません。……先生が一カ月でやれると言うなら、あとは私たち次第ですよね。
……時間が惜しいので、さっそく特訓の続きお願いします」
政臣は感動しながらカメラを回している。
スポ根ドキュメンタリー風だが――まあ、こういうのも青春ってやつだ。
「かくして、まだ無名の三人の少女たちは、世界へ羽ばたくための第一歩を踏み出すのであった……。
次回、“えっ!? コーチ、そんなところまで見せるんですか!? 私、まだ心の準備が……”。バトル・マジック!!」
……妙なナレーションと次回予告を入れるんじゃない。




