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第78話 クリスマスイベント(3)

武闘大会ペアの部のルールは至ってシンプルだ。


自陣に置かれた巨大な氷像を、相手より先に破壊する。

それだけ。


以前、日本と中国でやった親善試合と形式はほぼ同じだが――今回は会場がやけに狭い。

“武闘大会”とはいえ、巨大イベント内のサブゲーム。

テンポ重視で、長くても十分そこらで勝敗がつくように作られている。


周囲を見渡すと、親子連れ、友達グループ、カップル。

さらに、やたら気合いを入れたコスプレ勢までいる。


スーツにジャージという、方向性の異なる盛り合わせの俺たちは――

果たしてどう映っているのだろうか。


そんなことを考えていると、見知った顔を見つけた。


「お……高坂と鷲尾じゃないか」


魔戦部キャプテン・高坂。

そして相方は、三年のSR魔法使い・鷲尾。


鷲尾は普段は控えめだが、梨々花と同じ“四大属性魔法”の使い手で、実力は折り紙つきだ。


そんな鷲尾が、俺たちに気づくと柔らかく笑った。


「どうも、佐伯先生。

僕たちこれが最後のイベントなんで。せっかくだし楽しもうかなって。

高坂くんと組めば、優勝も狙えるんじゃないかなー……って……その……」


言葉がだんだん小さくなっていく。


理由は簡単だった。

俺の背後で――山本先生の魔力が、ビシビシと空気を震わせ始めていたからだ。


「…………いや、その。準優勝でも、いいかなって。

……ね、高坂くん」


高坂は目をそらしながら、こくこくと頷く。


そして、係員から注意が飛ぶ。


「大規模攻撃魔法は控えてくださーい。

それと、勝負が着いたら、攻撃はすぐにやめてくださいね。失格ですからー」


アバウトな注意だが、魔法使い同士なのだ。

安全を縛りすぎても面白くはない。

あくまで“お祭りの演出”の範囲でやれ、ということだろう。


さっそく係員の呼ぶ声。


「では、佐伯さんご夫妻、どうぞー」


……気づけば夫妻にされていたが、訂正してもどうにもならない。


高坂と鷲尾の複雑すぎる表情に見送られ、俺は俯いて歩き出した。


適当なところで、山本先生に悟られないように手を抜いて負けよう……。


そう思っていたところ……。


「なんだよ。オッサンじゃん。ラクショー」


声の主は、大学生くらいの若いカップル。

男はトナカイ角の帽子、女はサンタルック――完全にイベントを全力で楽しんでいるタイプだ。


物言いはアレだが、いちいち怒るのも面倒だ。

――ただし、頼むから山本先生だけは刺激するな、と祈った。


が。


「奥さんジャージって。

私は家庭に入っても女捨てたくないなー。ねえ、マー君」


……やめてくれ。


彼女はトナカイ男の腕をギュッと掴み、続ける。


「私はいつも綺麗でオシャレしてー、SR魔法使いの奥さんらしくするんだー。

あのおじさん、絶対Rじゃん? 貧乏人の波動がすごいしー。

マー君、可哀想だから、あまりいじめないでね?」


男はへらへらと、腰の剣を手で叩く。


「俺がRなんかに本気出すわけないだろ。

オッサン、これ抜いたらすぐ降参したほうがいいぜ?

億越えの魔導ギアなんて、見たこともないだろ?」


……なぜ今日に限ってこういうのが相手なんだ。


横目で隣を見る。


――満面の笑み。


俺は、無駄とは知りつつも、一応声をかけた。


「……あの、相手は子供なんで。やりすぎないように……」


山本先生は表情を一切崩さずに、「もちろんですよー」と抑揚のない声で返してきた。


そして、試合開始。


審判の「はじめ!」が響くや否や、男が剣を抜き放った。


同時に、防御魔法の光が男を包む。彼女がかけたものだ。


「オッサン、さっさと降参し――」


その挑発を言い終える前に、矢が魔法の障壁を易々と貫き、男の帽子を吹き飛ばす。


勢いは止まらず、背後の氷像の上半分が粉々に砕けちった。


山本先生は冷徹な眼差しで二の矢をつがえ、ギリギリと引き絞る。


二射、三射――

男の輪郭を皮一枚で掠めつつ、背後の氷像を刻むように破壊していく。


「ちょっ……!」


男が恐怖で剣を振りかぶった、その瞬間。


貫通矢が剣を根元から粉砕。


それきり男は指一本動かせなくなり、風切り音だけが雨あられと全身を掠めていく。


そして、とうとう彼女の悲鳴。


「も、もう降参!! 降参します!!」


ようやく山本先生の腕が停止した。


矢が止むと同時に、男は糸の切れた人形のように崩れ落ち、気絶。


やっと終わった――と、思ったが。


今度は女に向かって矢が放たれた。


女の頬ギリギリ数ミリをかすめ、背後の壁を破壊。

後ろの観客が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


だが、その一射で終わるはずもない。


「いやいや、山本先生……」


俺は慌てて踏み込み、村正を振って残像の刃で矢を叩き落とす。


寸分の躊躇も容赦もない追撃が続く。

俺は女を庇う形で前に立ち、ひたすら矢を弾いていた。


背後で女が泣き叫ぶ。


「ごめんなさい!! ほんとにごめんなさーーい!!」


そんな中――


「佐伯ペア、失格です!!」


審判の声が響いた。


俺の視界の隅には、逃げるように退散するカップル。


山本先生は、ハッとしたように弓を下ろし――

しょんぼりと肩を落とした。


「……失格。

すいません、途中から……氷の像を壊すのを忘れていました」


いや。

違う。

失格理由は、そこじゃない。


会場中がドン引きで凍りつく中、山本先生はぎゅっと弓を握る。


「せっかく優勝して、佐伯さんと……私……」


小さな肩が震える。


何か言葉を探していると、山本先生は突然ぐっと顔を上げ――

吹っ切れたような笑顔を向けてきた。


「でも、大丈夫です!!

敗者復活戦に賭けましょう!!

三位までなら、まだ繋がってますから!!

叶えましょう、私たちの未来を!!」


……何がどう繋がっているのか、本当に分からない。


再び言葉を失う俺に、審判が淡々と言い放った。


「敗者復活なんてありませんから」


そして、この年を境に――

ジャージ女は武闘大会を出禁になるのだったが、それはまた別の話である。


***


結局、ペア優勝はどこかの知らない男女。

高坂と鷲尾は準優勝――大健闘だった。


「惜しかったな。あともう少しで崩せたと思ったんだけどな」


表彰台から降りてきた二人に声をかけると、高坂は照れたように頭をかいた。


「いや、自分も行けると思ったんですが……。

まだまだでした」


そう言いながら、鷲尾と気まずそうに顔を見合わせる。


「あの……。大丈夫ですか?」


その視線の先には――体育座りで顔を伏せたままの山本先生。


祝祭に似つかわしくない負のオーラを放つその姿に、人混みがそこだけ避けるように通り過ぎている。


さすがに放置するわけにもいかず、かといって扱いにも困り思案にくれていたのだ。


二人の困り顔を見て、俺はため息をついた。


「……まあ、そのうち落ち着くさ。

お前たち、まだ回ってないとこあるんだろ? ここは任せていいから」


そう言うと、二人はほっとしたように微笑み、軽く頭を下げて去っていった。


さて……どうしたものか。


俺はしゃがみ込み、体育座りの山本先生に声をかける。


「ここにいても何ですから……どこかで飲み物でも、どうですか?」


山本先生は膝に顔を埋めたまま、小さくこくりと頷いた。


……まったく。感情の起伏が激しい人だ。


俺はそっと手を取って立たせると、山本先生は子どものように大人しくついてきた。


近くの屋台でホットコーヒーを二つ買い、店先のベンチに腰かけさせる。


湯気がふわりと立つ。

山本先生は指先でカップを包み、そろりと口元へ運んでいた。


最初の頃と比べて、今では沈黙は別に苦痛ではない。

が――こうも静かだと、調子が狂う。


そんなとき、大事なことをふいに思い出す。


冒険部の連中のクリスマスプレゼントを選ぶのに気を取られて、山本先生のを忘れていたのだ。


思わず額に手をやる。


……仕方ない。


「あの……」


声をかけると、山本先生はまつ毛を揺らし、こちらを見た。


「はい」


「いや、その……クリスマスですし。

俺、こういうの疎くて。

山本先生は、どういうのが……良いのかなって。

もしよかったら、少し見て回りません?」


……もしかすると、危険なこと言ってしまったのかもしれない。

思わず後悔の念がよぎる。


だが、山本先生はコーヒーを一気に飲み干すと――


ぱあぁぁっと顔を輝かせ、大きく頷いた。


***


夕方の光がイベント会場を朱に染めるころ。

待ち合わせ場所に戻ると、来奈が手を振ってきた。


「おー、教官!! どうだった?」


俺が苦笑いで答えると、来奈は目をぱちくり。


「えー、絶対優勝だと思ったんだけどなー!」


「そういう入江は、新しい武器で健闘できたのか?」


そう聞くと、来奈は頬をかきながら曖昧に笑った。


「えー? うん、まあ……」


由利衣がそっと俺の横に近づき、囁くような声。


「あの武器とんでもないですよ……。

来奈の魔力乗りすぎて、会場壊しちゃうし。

せっかく決勝まで行ったのに、失格だし」


こいつも失格か。

まったくどうしようもないな……。


隣で山本先生がくすっと笑った。

さっきより、だいぶ元気そうだ。


そこへ――


「修司がしっかりリードしないからよ、まったく」


芹那が、ブツブツ文句を言いながら近づいてきた。


美鈴抽(ミレーヌ)、あなた――」


言いかけたところで、芹那と山本先生の視線がかち合う。


「……なるほど。大丈夫そうね」


ふっと目を細め、意味深な笑み。


「じゃ、私はこのあと予定あるから。

修司、年末年始はきちんとうちの実家にも顔を出すのよ。

それから、義姉さんまた服送ってあげるわ。

勝手に処分したら――第三層の溶岩に吊るすわよ?」


言いたい放題言って、芹那は去っていった。

なぜお前の実家に……?


俺はその背中を見送りながら、ため息をつく。

何だかよく分からないが、姉妹で通じ合っていた。


きっとまた良からぬことが起こる。

そんな予感がした。


ふと思い出す。


「そういえば、山本先生。魔戦部の方は大丈夫ですか?」


すると山本先生は、にこやかに答える。


「あの子たちは自由行動ですから。

私、この後、熊耳さんが出る大食い大会を見ていこうと思ってます。

リズさんも出てるでしょうし、行きませんか?」


視線を冒険部の連中にやると、こちらは異存はないようだ。


「そうだな。行ってみるか」


その言葉に、来奈の瞳がキラリと輝いた。


「あたし、大食い大会好きなんだよね!

でもさ、なんかお腹空いてきたなー。

ねえ、梨々花。食レポ、第二弾行く?」


梨々花のこめかみが、わずかにピクッと引きつる。

だが、それでも強気の姿勢は崩さない。


「そうね。……でも、今の気分はシンプルなものがいいわ」


ハンバーガーだって充分シンプルだっただろうに。


さっきの配信での迷走レポを思い出し、思わず笑いがこみ上げる。

その気配を察したのか――切れ長の視線がビシッと突き刺さった。


慌てて視線を逸らす。


「ま……まあ、夕飯は予約してあるから。

大会見て、腹を空かせるのも悪くないだろ」


そう言って踵を返した、その瞬間。


視界の端で――

山本先生の耳元のイヤリングが、ダンジョンの夕日を弾いて小さく揺れた。


そのきらめきに、不意を突かれたように足が止まる。


ふとした瞬間。

柔らかな笑みをたたえた瞳と――目が合った。


……ような気がした。


胸がざわつく。

その雰囲気に飲まれまいと、思わず視線を外す。


やはり――まずかったのかもしれない。


オレンジ色に染まる石畳を踏みしめながら、俺はそっと歩き出す。


年末年始は、芹那に余計なことを言われないよう、

いっそダンジョンに潜りっぱなしでもいいかもしれない。


そんなことを考えていた。

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