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第77話 クリスマスイベント(2)

あれから俺たちは、余った予算を視聴者さんプレゼントとして還元しようという話し合いに落ちついた。


来奈は、自分の新武装が手に入ったことに大満足で、打ち合わせには話半分。


そして、由利衣はベアトリスの限定フィギュアをねだって騒ぎを始めたので、梨々花は根負けして購入。

それで由利衣もニコニコ顔で満足していた。


役に立たない二人を尻目に、梨々花は俺に詰め寄ってきた。


「で、先生。コンテンツ的に美味しくて、視聴者さんプレゼントも獲得できるとなると、フリーマーケットではないでしょうか」


まあ、そうかもしれない。

だがフリーマーケットは玉石混交。それこそ、クラリスの能力があれば頼もしいところなんだが。


けれども、何も動かないことには始まらない。


「……そうだな、行ってみるか」


道すがら、屋台の匂いに惹かれた来奈と由利衣は、あれが欲しい、これが欲しいと梨々花にせがんでいた。

そのたびに梨々花は、一瞬だけ渋い顔をして――


「……食レポも、ちゃんとね」


と言いながら、結局財布の紐を緩める。


そして、来奈が「これ、梨々花の分ねー」と手渡した瞬間――大魔法使いによる食レポが始まった。


梨々花は黒髪をさらりとかき上げ、カメラを真っ直ぐに見据える。


「画面の前のみんな。

こちら、マジカルダイナマイトキングダムバーガーさんの――本日限定チキンバーガーよ」


箱を開けた瞬間、ふわりと湯気が立ち上った。


「……まず、香り。

ローストしたチキンの香ばしさに、ハニーテイストの甘い匂いが旋律のように重なる……まさに香りの二重奏だわ」


滑り出しは悪くない。

切れ長の目を得意げに細め、そのまま一口。


「……パリッとした皮に、お肉は柔らかくて。

肉汁とともにハニーテイストが口内を優しく包むわ。

自然環境で育成した若鶏を、独自の製法で下ごしらえしているのよ。……独自って……まあ独自よ。

で、魔女が三百年継ぎ足しながら煮込んだ香草入りのタレ……?」


――だが、すでに怪しい。


政臣が掲げるテロップをチラチラと見る。

視聴者に分からないように、という努力が逆に目立っている。


形勢を立て直そうとしたのか、ふっと息を吐いて雰囲気を作り始めた。


「甘さのあとに、鼻孔を駆け抜けるマスタードの刺激……そう、まさに冒険者の人生。

栄耀栄華、胸躍るロマン……そして死と破滅。

この小宇宙に、悠久のサーガを感じるわ……」


――途中から完全に自分でも何を言っているのか分かっていない顔だった。


一方その隣では来奈が、豪快にかぶりつき、


「やべー。うめーし!」


と、思考ゼロで完食していた。


スマホでコメント欄を確認すると、この温度差が意外とウケている。

梨々花のテンパり具合に“草”が大量発生していた。


……しかし、どう見ても食レポ向きじゃないな。


そんな俺の感想をよそに、目の前では新しいメニューが手渡され、梨々花はさらなる迷走に踏み出そうとしていた。


***


次に、俺たちはフリーマーケットのエリアに移動。


ここは、冒険者が各々持ち寄った素材や装備を売買する場所だ。

何か掘り出し物でも……と、俺がキョロキョロしていたところへ――


「おーい、佐伯くーん」と、大きな声がかかる。


赤ん坊を背負い、よく日焼けした肌を露出した、筋肉質な女。

シートを広げて、ダンジョン産の素材やアイテムを並べている。


日村 杏子。旧姓・蛭田。


俺の高校時代の同級生。

戦いよりも書や生け花を嗜む、文化系の色白黒髪乙女。

だったはずなのだが。


「佐伯くん来てたんだ? 一言連絡してよねー。

ま、いいや。うちのも見てってよ!」


そう言って、両手をバッと広げた。

俺はしゃがみ込んで、ひとつひとつ物色する。


「ふうん。さすがだな。

このナイフ……もっといい値段で買ってくれるとこもあるんじゃないか?」


しかし杏子は嘆息する。


「そう思うっしょ? でも最近は厳しくてさ。

中途半端なのはだぶついちゃってね。安くしとくからさー。

正月のミルク代もない家計を助けると思って!」


それはさすがに冗談だろうが……。


梨々花をちらりと見ると、スマホの電卓を叩いていた。


「そうですね……。じゃあ、そこの武器と素材をまとめて。

六千万Gでどうでしょうか?」


杏子の目がパッと輝いた。


商談成立していく様子を横で見ながら、俺は小声で梨々花に問う。


「おい、桐生院……いいのか?」


すると梨々花は、さらりと返す。


「上位冒険者の出品です。品に間違いはないですよね。

それに、お世話になっていますから。少しでも恩返しができるなら」


杏子は感心しきりで、俺の背中に声をかける。


「佐伯くんよりよっぽどしっかりしてるじゃん!

いつまでもフラフラしてるから心配してたんだけどさー。

年下でもしっかり尻に敷いてくれる奥さんもらっときな、ねっ!」


「……あ、そこの“何だかよく分からない素材の焼酎漬け”も追加でお願いします」


梨々花は弾んだ声で追加注文していた。


……なんだろうな。一体。


俺はしゃがんだまま、その“謎の瓶”をじっと見ていた。そこへ、横からフッと息がかかる。


「コーチ、あれなんてどうです?」


由利衣だ。

指さした先には、青い石を埋め込んだブローチがあった。


「黒澤は、ああいうのが欲しいのか?」


そう言った瞬間、脇腹に激痛が走る。


「あのですね……。わたしのことはいいんです。

わかってとぼけてるなら、怒りますよ?」


そんなつもりはないんだが。難しい年ごろだ。


「あのなあ俺は……」


と言いかけたところに、由利衣の制する声。


「いいんです。言いたいことは何となく分かってますから。

ご褒美ですよ。一番頑張ってるの……ですよね?」


そう言って、俺の肩に手を置いて立ち上がると、来奈と雑談を始めた。


…………。


「なによ、いい子じゃん。佐伯くんの教え子にはもったいないなー」


いつの間にか、杏子の顔が眼前にあった。近い。


「高校のころはツッパってて、ほんっとろくでもなかったのに。 ……まあ、うちの旦那もだけどさー」


そう言いながら、ニヤニヤと続けてくる。


「で? どの子?

ショートカットもボブの子も可愛いけど、やっぱ黒髪の子かなー。

ほら、あの頃さ、佐伯くん私のことチラチラ見てたし? やらしー。女子ってそういうの敏感なんだよねぇ」


何を言っているんだこいつは。


横目で確認すると、三人と政臣は検品作業に夢中。

――聞かれてはいない。助かった。


「おい。二十以上離れてるんだぞ。妙なこと言うな」


小声で釘を刺すと、杏子は「はいはい」と雑に手を振る。


「それはそれとして。

佐伯くんのことだから、どうせクリスマスプレゼントとか用意してないんでしょ?」


……図星すぎて反論できない。


「教え子に何にもないって、大人としてどうなのよー」


杏子は俺の手元の地図を指さす。


「ここは私が見張っとくからさ。

それなりのもの、ひとつくらい用意してあげなよ。ね?」


確かに――言われてみれば、その通りだ。


「……分かった。十分で戻る。頼む」


「はーい、いってらっしゃい」


手をひらひら振る杏子を背に、俺はそっとその場を離れた。


***


「遅かったですね、先生。お腹、大丈夫ですか?」


梨々花が心配そうに覗きこむ。


ほんの十分のつもりが、四十分たっていた。


「ああ、悪かった。大丈夫だ。そっちは終わったのか?」


梨々花は静かに頷く。


「杏子さんにいろいろ紹介していただいて……追加で三千万Gほど。

珍しい素材をいくつか仕入れました」


横で杏子が満足そうに親指を立てていた。


「いやー、さすが将来の一流冒険者!

経済まわしてくれないとねー」


購入した品々は政臣のマジックリュックにまとめられている。

視聴者プレゼント用の品も無事確保できたようで、何よりだ。


「なら良かった。この次はどうするかな……」


言いかけた俺を、来奈が遮る。


「ねー教官! そろそろ武闘大会じゃね?

山本先生待ってると思うけど!」


時計を見ると十一時半を過ぎていた。


「まずいな……行くか」


急いで歩き出したとき、杏子が「あ、ちょっと佐伯くん」と呼び止める。


近寄ると、小さな包みを手渡された。


「これ、オマケね。ま、がんばんなって!」


何をどう……。


思ったが、いろいろ面倒なので飲み込んだ。


俺は杏子に軽く手を振り、次のイベント会場へ急ぐ。


***


武闘大会の会場は、イベントエリア中央付近にある。

ここは夕方から“大食い大会”の本戦会場になる場所で、今は別エリアで予選中のはずだ。


それはともかく――。


俺たちが会場へ着くと、山本先生が手を振ってきた。


そしてその隣には、俺がもっとも会いたくない“緑色”がいた。


視界を逸らしたのに、強引に入り込んでくる。


「修司!!!

あなたね、きちんとした格好しなさいって何度言えば分かるの!?

そんな格好で美鈴抽(ミレーヌ)とイベントに出るつもり!?」


……来た。


芹那から貰ったスーツはクリーニング中だ。

いや、仮にあったとしても着るつもりはないが。


「……そんなことより時間がないんだ。

うちの連中、見ておいてくれよな」


適当にあしらおうとすると、芹那は俺の腕をガッとつかんだ。

もう片方の手を、メガネのブリッジに添える。


「……いい?

夫婦の協働イベントなの。

“愛の力”で優勝しなさい。

ためらわずに、一撃で首を飛ばすのよ」


言っている意味が分からないし、そういう大会でもない。


「あのな――」


言いかけたところで、「出場者集合ー!」の声。


来奈が慌てる。


「芹那さんっ! あたしも個人で出るんだけどっ!」


芹那は俺の腕をバッと離し、来奈へにっこり。


「SSRが参加だなんて、絶対盛り上がるわ。

でも無理は禁物よ。お祭りなんだから」


さっきまでの俺への態度と、まったくの別人だ。


冒険部の面々と芹那は別会場へと向かい、残されたのは俺と山本先生の二人になった。


そのとき、係員らしき年配の男性が近づいてくる。


「えーっと……今日の参加者の方ですか?」


山本先生は、ぱっと顔を明るくし、弾む声で答える。


「あ、はいっ。佐伯で登録しています!」


係員が端末を操作し、確認。


「ああ、佐伯さん……はいはい。

ほう、大会への意気込み――優勝したら“ご入籍”ですか。

いやあ、頑張ってくださいね、奥さん!」


「もうっ、そんな〜! 気が早いですっ!」


山本先生が係員の肩をバシバシ叩きながら赤面する。

……俺はもう、どこから突っ込めばいいのか分からない。


係員は満面の笑みで頭を下げ、


「では準備をお願いしますね。すぐ始まりますから」


そう言って去っていった。


取り残された俺は、恐る恐る山本先生に問いかける。


「……あの。いまの、何の話ですか?」


すると――


「大丈夫です!!

私に任せておいてください!!!」


山本先生の力強い宣言。

弓をぐっと握り締めて、鼻息が荒い。


こうして――

俺にとっては何も大丈夫ではない状況のまま、大会は始まるのだった。

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