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第76話 クリスマスイベント(1)

ラミア討伐のクエストを終え、俺たちの手元資金はついに一億Gの大台を突破した。


その数字を見た来奈は大騒ぎだったが――まあ無理もない。

コツコツ素材採取していたのでは、何年かかっても届かない額だ。

マンドラゴラとラミア宝玉の“高リスク・高リターン”コンボで、一気に跳ね上がった結果である。


命がけで一発当てればドカン。

これが冒険者の醍醐味であり、同時に恐ろしいところでもある。


ともあれ、この資金には明確な使い道があった。


第六層で開催される“クリスマスイベント”。

ここでレアアイテムをゲットする――それが今回の狙いだ。


“クリスマス”という名称はあくまで日本向けの演出で、その実態は――

各国の魔法使いとスポンサー企業と精霊が、年末に一斉に金と資源を動かす巨大フェス。


精霊的には「魔法使いが集まり、集金できれば名前は何でもいい」という、かなりざっくりしたスタンスで、宗教色はほぼゼロだ。


そしていま、俺たち冒険部は第六層に降り立っていた。


山本先生に、魔戦部の連中も同行している。


魔戦部は尾形が協賛企業数社からチケットを貰ったらしい。さすが売れっ子だ。


参加できると聞いてからは、一年生SR魔法使いの犬養と熊耳が、小遣い稼ぎのために目の色を変えて第三層の亜竜を狩りまくっていたという。

あれだけ嫌がっていたのに、現金なものだ。


そしてセキュリティゲートをくぐると――


視界が、一気に開けた。


中央をまっすぐ貫く広いメインストリートには、すでに人、人、人。

世界中の魔法使いたちが集まり、その熱気が渦を巻いている。


あちこちにイベント会場が設営され、通路の両脇には各国の文化圏を反映した出店が軒を連ねていた。

香辛料の刺激的な匂い、甘い焼き菓子の香り、屋台の鉄板が奏でる軽快な音。

視覚・聴覚・嗅覚が、一度に忙しい。


第六層は元々広大な公共区画だが、この日は“完全イベント仕様”。

一日で回り切るなど到底ムリで、そのための公共モビリティも大量投入されている。


ダンジョン産の希少鉱石を利用したクリーンエネルギー駆動の次世代型バス、

風魔法で空気抵抗を最小化し、滑るように移動する“空飛ぶクルマ”……。


この祭りは、魔導と科学の融合技術をお披露目する展示会でもあった。


さっそく政臣が、興奮気味にカメラを回し始める。


――先日、三人に話した俺の過去は、翌日に政臣にも伝えた。

だが、すでに細かいことまで知っていた。


第七層の事故は極秘だが、父である高柳総理の権限で文書を閲覧したらしい。


「隠したい理由は分かりましたけど。

でも、いまの佐伯さんを見てますから」


それだけ。

ドライなのか何なのか分からないが、余計なことを言わないのは、こいつなりの気遣いなのかもしれない。


おじさんは、若者に気を使われてばかりだ。


そんなことを考えていたところに、来奈のたまりかねた声が飛んでくる。


「ねえ、あたしの武器なんだけどっ!

早く行こうよ!」


梨々花の袖をぐいぐい引っ張っている。


今日のイベントには魔導ギア専門店や、名うての職人による限定ブースが多数出店している。

ネットではまず流通しない、“この日だけ表に出る掘り出し物”は、毎年のように伝説めいて語られるほどだ。


梨々花は落ち着いた手つきで来奈をいなし、俺へと視線を向ける。


「そうですね。

掘り出し物が残っているうちに、目的を果たしましょう」


そう言うと――


ベアトリスグッズの並ぶ露店に吸い寄せられていた由利衣の襟首を、背後からスッと掴んだ。


「ねえ梨々花……あの限定クリスマス仕様フィギュアなんだけど……

五十万……五十万Gで“お迎え”できるの……!」


しかし梨々花は一切耳を貸さない。


「行くわよ」


それだけ言い、由利衣をずるずると引きずっていく。

その横で来奈が「早くー!」としがみつく。


……まるでお母さんだな。


俺は魔戦部を引率する山本先生に、軽く頭を下げた。


「それじゃ、そちらも自由に楽しんでください……」


今日の山本先生は、サンタカラー。

赤と白のジャージで手を振りながら、


「では、武闘大会のときにー!」


……忘れてなかったか。


正午から開催されるイベントのひとつ。

俺は、山本先生にペアとして勝手にエントリーされている。


一応“お祭りなので流血沙汰は禁止”と注意書きはあるものの――

山本先生は、どう見てもやる気満々だ。


その後ろでは、熊耳が胸を張っていた。


「わたくし、大食い大会に出場いたしますの!

こう見えて、食には自信がありましてよ!!」


だが残念ながら、すでに優勝者は決まっている。

オーストラリアのリズ。

他の選手の分まで食べ尽くしてしまうかもしれない。


そこへ、再び来奈の声。


「ねー、教官っ!! 置いてくよー!!」


分かった分かった、と俺は地図を広げ、魔導ギア専門エリアへと先導した。


***


イクシオン・アンド・ハント商会。

設立は6,800年前という、ツッコミを一切許さない強気の年号を掲げる、業界きっての老舗中の老舗だ。


たまにリヤカーに武具と珍味を満載してダンジョン奥地を行商していたりする。

俺も、そこでウニの塩辛を買ったことがある。


とにかく怪しさの塊なのだが、取り扱っている品数の豊富さは折り紙つきだ。


そして――その出店も、やはり怪しかった。


メインストリートの華やかさが嘘のように、細い路地へ足を踏み入れた途端、空気が一変する。


簡素なテント張りの露店。

粗末な棚に、武具、薬品、鉱石、謎の巻物などが雑多に積み上げられていた。


店番は、フードを深くかぶった人物。

顔は影になり、性別も年齢も判別できない。


その横に立てかけられた看板には、「ひったくりには即死魔法」の文字が、ドクロのイラストとともに躍っている。


チラと見た値札は、どれも数百万から数千万G台。

平気でその価格が並んでいた。


それでも、すでにワイワイと大勢の人だかりができている。


俺は三人に「離れるなよ」と念押ししてから、品定めを始めた。


「おっ、呪いのブラッディナックルじゃないか。

入江、これなんてどうだ?」


「呪い?」


来奈が、不穏な単語に眉を寄せる。


俺は力強く頷いた。


「ああ。モンスターから攻撃を受けるとペインが蓄積して、六スタック溜まると“呪痕解放”になる強力装備だ。

体組織と一体化して、外す時に手の皮を持っていかれるのが難点だが……」


「言ってることよく分かんないけどさー。……最後だけは絶対ムリ」


来奈が露骨に顔をしかめる。


「そうか。回復魔法とのセット運用が前提だからな。もう少し扱いやすいほうがいいのかもしれん」


「そういう問題じゃなくて……」


来奈の小声を聞き流しながら、俺は陳列された品々へ視線を巡らせた。


そのとき――懐かしい声が耳に届く。


「久しぶりだな、日本の」


振り返ると、長いブロンドヘアをなびかせた、凛とした女騎士の姿。

イギリスのSSR――クラリスだ。


「クラリスさん、お久しぶりです」


梨々花が丁寧に頭を下げ、俺たちもそれに続く。


クラリスも軽く会釈し、「魔導ギアを探しているのか?」と問いかけてきた。


来奈がさっと前に出る。


「今日は、あたしの武器なんです!

クラリスさんのオススメってありますか?」


クラリスは陳列品をざっと見渡す。


「このナックル……。全力で殴って骨が粉砕しても、魔力糸で縫合して戦闘継続できる品なんだが――」


来奈の顔には、“聞く相手を間違えた”とハッキリ書いてあった。


「あの……殴ると痛いのはちょっと……へへ」


「そうか」


クラリスは短く答え、今度はジャンク品のコーナーへ目を向ける。

あそこにあるのは、未鑑定の品だ。


ダンジョンでもたらされるアイテムは、最初から効果が分かっているものばかりではない。

中には効果不明――価値もよく分からないものも混じっている。


鑑定の魔法を扱える人材は少なく、貴重だ。

ゆえに、主に低層でドロップするアイテムは、鑑定に回されることなくジャンク品として叩き売りされることも珍しくない。


クラリスが見ているのは、ジャンク品の福袋。

一個五百万G。


何が出てくるか分からない。

ほとんどクズ同然かもしれない――そんな高額ギャンブルだ。


クラリスは袋の表面を指でなぞった。


すると、店番のフード姿の人物が声を飛ばす。


「買う前の確認は禁止だよー」


「表面だけだ。セーフだろう?」


駄菓子屋のクジのようなやり取り。

まあ、中身が見えたところで、何だか分からないだろうが。


やがて、クラリスは袋を二つ選び、そのうち一つを来奈へ押し付けた。


「え? クラリスさん……?」


来奈が戸惑っている間に、クラリスは店番へ代金を支払う。


「第二層では世話になったからな」


にこりと笑い、自分の袋を抱えて歩き出した。


俺たちが慌てて追いつくと、クラリスは「中身を確認してみよう」と提案。

屋外の飲食スペースで飲み物を買い、テーブルにつく。


クラリスは政臣に「私の魔法は映すなよ」と念押しし、カメラの電源を切らせた。


「……まあ、ちょっとした術を持っていてな。

この手のやつは得意なんだ」


そう言ってから、自分の袋を開ける。


出てきたのは――本。

だが、そのページに記された文字は、現代のどの国の言語とも一致しない。


「なんですか? この本……」


梨々花が尋ねると、クラリスは肩をすくめる。


「いや、私にも分からん」


……なんなんだ一体。


意味不明なやり取りに困惑した、そのとき。

クラリスの目が、淡く光を帯びた。


――魔眼。


「……なるほど。聖魔法効果三割上昇、クイックキャストのバフ付き。

やはり、リュシアン向けだな」


鑑定魔法、か?


俺が問うと、クラリスは顎に手を添えた。


「少し違う。私の能力は“見ること”に特化していてな。

念視、透視、未来視――それが隠者(The Hermit)だ」


念視。いわゆるサイコメトリー能力か。


「……能力は秘密なんじゃなかったのか?」


そう言うと、クラリスは真顔で返す。


「もちろんだ。くれぐれも内密にな」


そして、少しだけイタズラっぽく笑った。


来奈が、自分の袋を抱えて瞳を輝かせる。


「えっ、じゃあこの袋の中は!?」


勢いよく開封し、取り出したのは戦闘用グローブ。


「通常武器にしか見えないけどな」


それを五百万Gで売ろうとは、なかなかえげつないことをやってくれる……。


俺がそう呟くと、クラリスも頷いた。


「私の透視で見えた姿もそうだ。……だが、こいつの“モノの記憶”に、どうにも引っかかるものがあってな」


クラリスは来奈からそれを受け取り、少し顔を曇らせる。


「やはり、高度な隠蔽がかかっている……。

通常武器など、わざわざ鑑定魔法にかけたりしないだろうからな」


価値の低いアイテムを高く見せる偽装はよくある。

だがその逆――高価なものを安物に偽装するケースは、ほとんど存在しない。


クラリスの瞳の輝きが、さらに強くなった瞬間。

周囲の魔法使いたちが、ざわざわと騒ぎ始めた。


俺たちは慌ててクラリスを囲む。


「……クラリスさん、こんな人前で」


梨々花が焦った声を出すが、クラリスは完全に集中している。


「相当深いな……こいつの記憶。

……もう少しだ」


黄金の光が、探るように揺れる。


それに呼応するように、グローブも淡く輝き始めた。


クラリスは、夢うつつのように呟く。


「キュレネ……。それが名前か。

お前、長い間……待っていたんだな」


その声は優しく、どこか哀しげだった。


そして――

ふっと、クラリスの瞳から光が消える。


同時に、グローブから漏れていた輝きもすっと収まり、

そこに“本来の姿”があらわれた。


真珠のような柔らかな白。

角度によって虹色の光沢を返す、金属とも陶器ともつかない材質。

繊細な紋様が刻まれ、内側から淡く発光しているようにも見える。


まるで、長い封印から醒めたばかりのような佇まいだった。


クラリスは大きく息を吐き、静かに言った。


「武具自身が使い手を選ぶ類のやつだな。

……遠い昔の、星の魔眼能力者の姿も見えた」


来奈の瞳が揺れ、ぽつりと言葉が落ちる。


「あたしより前の魔眼能力者……。

強かったのかな」


クラリスは口の端をわずかに歪め、淡々と続けた。


「能力は“魔力チャージ”。

装着者自身の魔力はもちろん、受けた攻撃魔法をも吸収し、打撃力やバフに変換する。

……優雅な見た目に反して、相当なジャジャ馬だ。覚悟しておくんだな」


そう告げ、本を袋へしまうと、ガタリと椅子から立ち上がる。


「だが――なかなか悪くないんじゃないか?

それじゃ、攻略の健闘を祈る」


悪くないどころではない。

俺たちの予算ではまず手の届かない逸品だ。


「クラリスさん、代金は……?」


梨々花が声をかけると、クラリスは振り向き、柔らかく笑った。


「言ったろう。第二層では世話になったと。

うちのパーティメンバーとも、これからもよろしく頼む」


そう言い残し、歩き出す。


来奈は慌てて声を張った。


「あの! ありがとう! あたし、これで強くなるからー!!」


来奈の叫びに、クラリスは軽く手を上げる。


「そいつ、つまらんやつには手を貸さないそうだ。

面白いじゃないか……SSRの底力、見せつけてやるんだな」


そう言い残すと、人混みの中へと消えていった。


来奈はその背を見送ると、グローブをそっと撫でる。


「あたしの新しい武器……キュレネかあ。

これで第四層もバリバリ攻略っしょ!!」


そう言って、政臣が再び構えたカメラに笑顔を向けた。


しかし、政臣は困り顔だ。


「……えっと。資金、まだ丸々残ってるんだけど。どうします?」


完全に予定外。

嬉しい誤算ではあるが、予算が余ったら余ったでコンテンツをどうするかが、悩ましいところなのだ。


そこに、元気な声がかかる。


「じゃあ、ベア様グッズ!!

お店ごと買い取れるんじゃないかな!! ね!? ね!? 」


由利衣が大興奮で物欲をあらわにしていた。

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