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第74話 霧の中の戦い(1)

ダンジョンの夜明け前。


キャンプを畳む冒険者パーティたち。

その中に、俺たちの姿もあった。


まだ周囲は深い闇に沈んでいるが、やがて東側がわずかに白む。

日の出と同時にアタックを開始する予定だ。


四つのパーティが中央に集まり、再度の作戦説明が始まる。

輪の中心に立つのは、俺と梨々花、そして由利衣。


まず由利衣が魔力弾を空へと射出する。

淡い光の弾丸が、夜明け前の空を切り裂き、彼方へと消えた。


次に梨々花が由利衣へ属性付与。

火属性を乗せた魔力弾を発射――続けて、水、風、土。


属性を帯びた魔力弾は、四つのパーティ各メンバーの頭上にふわりと留まり、淡く発光した。



火:赤色に発光(日本)

水:青色に発光メキシコ

風:緑色に発光リトアニア

土:橙色に発光シンガポール



「この魔力弾は、モンスターの位置と俺たちの位置を把握するためのものだ。

位置情報は、俺たちの配信サイトで公開してる。参考にしてくれ」


他国の冒険者たちから「おおっ」と声があがる。


政臣の手で、地図情報と配信動画は完全連動済みだ。

地図上では、モンスターが白点、冒険者が頭上の光色で表示される。

誰がどこにいるか、一目瞭然。


ひと通り確認を終えたところで、俺は説明を続けた。


「……でだ。

ラミアが変身したあとの見分け方は、その頭上の光。

霧が出ているが、数メートルくらいなら見えるはずだ」


由利衣の魔力弾は、パーティメンバーの頭上から寸分たがわず追従し、淡く発光を続けている。

消費も高くないので、付与効果は半日は持つだろう。


俺はタブレットを開き、各国パーティのリーダーたちと最終確認に入った。


「モンスターの反応は広範囲にある。

獲物の取り合いは起きないと思うが……混乱を避けるためにも、できるだけ距離は取っておきたいな」


地図上で各国の持ち場をざっくりと示す。

あくまで目安だ。現場では状況が変わる。

細かい取り決めまでをするつもりはない。


シンガポールのリーダーの女性が、感心したように息を漏らす。


「こんな攻略法があるなんてね……。

今日は何としても成功させないと。

全部うちで狩り尽くしちゃっても恨みっこなしでね」


にこりと笑うと、他のリーダーも負けじと笑い返す。


メキシコの青年は、メンバーを振り返りながら誇らしげだ。


「うちも稼ぐ気満々だけどな。まあ、健闘を祈るよ」


そして、軽口めかして付け加えた。


「危なくなったらメッセージくれれば、駆けつけるぜ。

報酬はお宝の半分でいいからさ」


リトアニアの青年が「お互いにな」と笑って応じる。


軽口とも、本気ともつかない。

これだけ備えていても、ダンジョンは何が起きるか分からない。

冒険者同士の助け合いというのも、あり得ない話じゃない。


作戦は一通りまとまった。


俺は自分のパーティへ戻り、全員に短く声をかける。


「それじゃ、そろそろ出発だ。

今日の基本編成だが――黒澤は中央で索敵と魔力弾の維持に集中。

俺と入江が前衛。

桐生院と山本先生は、黒澤と政臣を守りつつ支援攻撃」


即座に返る力強い返答。


……よし。


すでに出発し始めた他国パーティへ手を振って見送り、俺たちもクエスト開始した。


***


踏み込んだ瞬間、足首まで泥が沈み込み――ぐしゃり、と水っぽい音がした。


湿地帯特有の、足を取られる感覚だ。

ハイカットの防水シューズで固めているおかげで浸水の心配はないが、

それでも機動力は大きく削がれている。


一歩ごとに、じわりと抵抗がかかる。


あたりには濃い霧が漂い、視界は良くて十メートル。

人影どころか木の形すら曖昧で、輪郭がぼやけて見える。


音は吸われ、気配は散り、距離感は狂う。


今回のバトルフィールド――

決して、易しい相手ではない。


静かに行軍する俺たちの背に、由利衣の声が届く。


「……あと五百メートル。三体です」


由利衣は今回は完全に、タブレットでの広域監視と近距離索敵の二軸に集中している。


およそ百メートル進むごとに、状況をナビゲートする形だ。


三体のうち、一つだけ魔力反応が異なる。

どちらかがラミアで、もう片方は例の大蛙だろう。


敵もこちらに向かって進んできている。

ならば、態勢を整えて迎え撃つ方がいい。


俺は隣を歩く来奈に小声で呼びかけた。


「湿地での戦闘は勝手が違う。

ここは俺が切り込む。

――入江は後衛を守りながら、漏れた敵を確実に落としてくれ。頼むぞ」


来奈はこくりと強く頷く。

続けて、緊張で喉がひとつ鳴った。


普段の彼女は機動力で押すタイプだが、この足場ではそれを十分に活かせない。

だからこそ、防衛側へ回らせる判断だ。


「コーチ。前方に一、左右からそれぞれ一。散開しました。距離二百……百五十」


由利衣の声が静かに背に刺さる。


ラミアを見定め次第――動く。


右手から、湿地を“滑る”ような音。

他の二つは、ベシャッ、と重い水音と地面を叩く振動。


大蛙の跳躍だ。


俺は即座に右へ踏み込んだ。

水飛沫が派手に舞い、泥が跳ねる。


高級スーツが泥まみれだな……。

一瞬そんな雑念がよぎるが、すぐに切り替わる。

村正の軌道を、脳が勝手に描き始める。


霧の向こうに、細い影。


俺の身を包むスーツが淡く紫に光り、すっと霧散した。

幻術のレジスト成功。


目の前の霞む影がわずかに怯んだ。

逃走の方向を変えようとしたラミアに向かって、

村正を胴へ――横薙ぎ。


手応えは、あっけないほど軽かった。


一体目のラミアを討伐。


「……これが宝玉か」


足元に残ったのは、拳大の水晶のような塊。

こいつを研磨し、光学機器の素材に使うらしいが、学のない俺には詳しいことは分からん。


依頼品の行く末なんて、どうでもいい。

俺たちはただ、必要な数を揃えればいいのだ。


――そんなことよりも。


宝玉を掴み、パーティの元へ引き返す。


視界に飛び込んできたのは、

山本先生の放った矢に貫かれ、光粒となりかけている一体の大蛙。


そして――もう一体。


そいつは長い舌を伸ばし、来奈の右腕をがっちりと掴んでいた。


「わっ! ちょっと、このっ!」


必死に引っ張られながら、来奈は左手で舌を殴る。

だが足場が悪いせいで力が入らず、有効打にならない。


梨々花が風の斬撃を浴びせかけるも、

大蛙はぬめる粘液と分厚い皮膚に守られ、まるで効いていない。


「入江さん!!」


山本先生が弓を引き絞る。

あの矢の貫通性能なら行ける――そう思った次の瞬間。


大蛙は、突如ガバッと顎を開いた。

下顎がぶらんと垂れ、上顎が反り返り――

上下180度、信じられない角度へと展開する。


丸見えになったピンク色の口蓋。

その奥には、環状に何重にも、鋭い歯がびっしりと生えている。

一飲みにした獲物を、そのまま切り裂いてすり潰す構造だ。


その異様さとグロテスクさに、来奈も梨々花も山本先生も、ピタリと動きを止めた。


「ウッソ! 何あれキモイんだけど!!」


来奈の涙声が湿地に響く。

叫んでいる間にも、ずるずると引き込まれていく。


「入江!!」


叫ぶと同時に村正を振り抜いた。


残像の刃が白い霧を裂き、蛙の長舌を根元から、あっさりと斬断。


来奈は転がるようにして後方へ逃げる。


その一方で、山本先生の目がすうっと冷気を帯びた。


モンスターの外見に一瞬怯んだものの、さすがベテラン。切り替えが早い。


次の瞬間には、矢はすでに手元から離れていた。

ヒュィン、と空気を裂き――

大蛙の頭部が、正確に吹き飛ぶ。


「山本センセー!」


来奈がヨロヨロと赤ジャージへすがりつく。


山本先生は軽く息を吐き、すこしだけ緊張を解いた。


「入江さん。油断しないように。

……さすが第四層。ステータスがかなり高いですね」


俺は頷き、皆へ声をかける。


「そうだな。奥地のモンスターはさらに強力になる。

ひとりひとりが対処できるようにならないと、この先はつらいぞ」


そして梨々花へ目を向けた。


「風魔法はあまり効いていなかったな。

次は氷か、石礫の弾丸を試せ。

――できるだけ、頭を潰すんだ」


梨々花は真剣な表情で頷く。


……さっきは先手必勝とはいえ、戦場を離れたのは、まずかったかもしれない。

次からは多少引き付けるのも、やむなしか。

難しいところだ。


一息ついたところで、懐から宝玉を取り出す。


「だが、収穫はあったぞ」


その一言に、皆の目が輝く。

現金なものだが、これも冒険者だ。お宝が活力になる。


「さすが先生。次は私も……!」


静かに闘志を燃やす梨々花。

来奈も、さっきまでの意気消沈ぶりが嘘のような笑顔を見せている。


そこに由利衣の声。


「今ので、ラミアと大蛙の魔力反応は覚えましたから。

……ラミア二体、大蛙一体がいますね」


そう言って右手方向を指差す。


さすが由利衣。仕事が早い。

他国の冒険者も俺たちの情報を見ているから、助けになるはずだ。


「よし、目標は宝玉十個。まだまだ行こう。

今日は忙しいぞ」


その声を合図に、由利衣が索敵したラミアの方向へ向かって歩みを進めた。


***


霧の中――。


来奈がバシャバシャと派手に水飛沫を上げながら駆ける。


目の前の人影から炎弾丸が連続で繰り出されるが、それらを避けながら懐へと飛び込んだ。


「うらぁっ!!」


拳に装着したポイズンクローが、引き裂いたのは――俺の喉元だ。


続いて、梨々花の氷の槍が俺の胸を貫く。


……いや、正確には“俺に変身したラミア”なんだが。


それにしても、師匠の姿に容赦なさすぎるだろう。

躊躇するなとは言ったが。


この階層のラミアは、多彩な魔法を使うが、防御力はさほど高くない。

大蛙にはほとんど通らなかった来奈と梨々花の攻撃も、ラミア相手なら十分な有効打だ。


いま同時に出現した三体のうち――

一体を俺が、もう一体を山本先生が処理し、最後の“俺そっくり”の一体が、いま光の粒となって霧へ散った。


これで――計八体。


「やった! 宝玉でたよー!」


来奈が両手で掲げるようにして、嬉しそうに声を上げる。

これで八つ確保。


今回のクエストは正攻法では難しい。

そのぶん精霊も大盤振る舞いなのか、ドロップは全て当たり。

珍しいほどの好調っぷりだった。


だが、時刻はそろそろ昼に差し掛かる。


「……あと一戦ってところかな」


由利衣の持つタブレットを覗く。

地図上の各国パーティは、当初の打ち合わせ位置とはかなりずれている。

それでも狩場が重ならないよう、互いに譲り合って動いているようだ。


俺たちの作戦行動時間は十三時まで。

そこから先はナビゲーションの支援は難しくなると伝えてある。

そろそろどこも仕上げに入る頃だろう。


そのとき――。


配信サイトにダイレクトメッセージが届いた。

送り主は、シンガポールの彼女だ。


ダイレクトメッセージは、こちらから招待しないと送れない仕様。

今回の各国パーティとは、事前に相互連絡できるよう設定してある。


内容は――


ラミア五体の反応あり。

ただし大蛙の数も多く、手が回らない。

可能なら支援を求む。


というもの。


確かに、位置的に最も近いのは俺たち日本パーティだ。


「コーチ、どうします?」


由利衣の問いに、一瞬だけ逡巡する。


混戦は避けたい――しかし、稼ぎ時でもある。

こちらはあと二体倒せば目標達成。


そして、“冒険者の付き合い”。それも大切だろう。


全員の表情を見回す。

……反対は、ひとつもない。


俺は小さく頷いた。


「行くか。この角度なら、俺たちと向こうで挟み撃ちにできる。

黒澤、返信頼む」


由利衣がすぐにタブレットを操作し、短く返す。


これなら、このまま順調に終わる――

そう思っていた。


だが。


お宝の連続ドロップで気を良くさせるところまでが、実は“誘導”だったのかもしれない。


つくづく、食えない。ダンジョンも、精霊も。

当初からあった不安感は、やはり思い過ごしではなかった。


――それを、このあと嫌というほど思い知らされることになる。

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