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第73話 静かな夜

第四層の中域へと向かう俺たち。


途中で何度か戦闘があったが、山本先生の支援もあり危なげなく突破できた。


山本先生は星2のレベル60。

個人差はあるものの、この辺りのレベル帯から“前の星ランクのレベルマックス相当”の力になる。

そのおかげか、彼女はすっかり本来のキレを取り戻していた。


道中の森で枯れ枝を拾い、束ねてマジックリュックへ詰め込む。

中域では湿った薪しか手に入らないため、事前に乾いた枝を確保しておく必要がある。


炊事だけなら練炭や携帯コンロで十分だが――

今回は初めてのキャンプということもあり、“良い画”が欲しいという正臣のリクエストに応えた形だ。

それに、こういう経験は冒険者にとっても実りが多い。


「できるだけ、折れやすい乾いた枝を集めてくれ。湿ってると燃えないからな……」


声をかけると、来奈と由利衣、そして山本先生が元気よく返事をした。


その中で、梨々花の視線が一瞬だけ刺さる。

だが俺は特に反応しない。

いま言うべきことは、何もない。


梨々花は小さく息を吐き、目をそらすと、また黙って枝集めに戻った。


***


そして――中域へ。


次第に白い靄が濃くなり、視界が霞んでいく。

由利衣の索敵と地図情報があれば迷うことはまずないが、視界の悪さはそのまま戦闘難度に直結する。


現在は午後16時。

このダンジョンには“昼夜”の概念があり、辺りが薄暗くなり始めていた。


目的地のキャンプ場には、中域へ入ってほどなくして到着した。


三百坪ほどのエリアを柵で囲っただけの、簡素な区画。

湿地帯の中では珍しい、乾いた土地だ。

設備といえば仮設トイレがひとつ置かれているだけで、素っ気ない。


それでも――入場だけで一人二十万G。

六人で百二十万Gが吹き飛ぶ。


これが“ダンジョン内価格”だ。


支払いは事前にネットで済ませている。

管理人は不在だが、ゲート横の端末に冒険者カードを読み込ませれば、自動で入退室できる仕組みだ。


ゲートをくぐると、すでに三組ほどのパーティが陣取っていた。

国籍も装備もバラバラで、みな若い。

ラミアを狩って一儲けしようという駆け出し勢だろう。


設営や火起こしの様子を、それぞれがカメラ越しに配信している。


軽く挨拶まわりをすると、どのパーティも明るく手を振り返してくれた。

中には「映ってくれませんか?」と求める者もおり、他国の配信チャンネルにジャージ姿が晒される羽目になった。


俺たちも協力しながらテントを張り、火を起こす。

キャンプなど、冒険者を引退して以来だ。

あの頃は当たり前にやっていたが、サラリーマン生活では休日にアウトドアへ行く気力も湧かなかった。


いや――そもそも何に対しても興味を失っていた。


そんな俺が今、十年越しに、年の離れた教え子たちと一緒に焚き火を囲むことになるとは。

人生というやつは、本当に予想がつかない。


キャンプ飯は定番のカレー。


女性陣に調理を任せ、俺と正臣は、ほかの冒険者たちへ軽い聞き込みを行うことにした。


ラミアは確かに強敵だが、これだけの冒険者が中域にいながら、依頼が未達成のままなのは気にかかる。


何か理由があるはずだ。

ネットでは確定的な情報が見つからなかったが、現地の冒険者なら実感を伴った話が聞ける。


昔はタバコの一つでも差し出したものだが――時代は変わった。

俺も禁煙して久しい。

いまはミントタブレットやグミが会話のきっかけになる。


一組のパーティで、若い槍使いの青年が気軽に話に応じてくれた。

メキシコの冒険者だという。


「ラミアの数自体は多いよ。奪い合いになるってことはない。

依頼の宝玉だって買い取り枠が百個もあるしね」


それでも――現在はまだ半分ほどしか埋まっていない。


「それだけ枠があるなら、もっと稼げそうなもんだが……そんなに難しいのか?」


俺が問うと、青年は肩をすくめた。


「なにしろ、この霧だろ?

あいつら、霧に紛れてパーティメンバーそっくりに化けるんだ。

触れば魔力の違いでわかるけど……動いてる最中だとね」


光学系――視覚を欺く分身・変身の類か。

幻術とは別系統だが、組み合わせられると厄介極まりない。


「声も真似るのか?」


と訊くと、青年は手振りしながら苦笑した。


「真似るどころか、普通に喋るよ。

で、混乱させてきたところに幻術を叩き込んでくる。

下手するとあっという間に崩されるね」


そこに、別のパーティの男からも声がかかる。

こちらはリトアニア。


「僕たちも何度か挑んでるんだけどね。

こないだなんて自分の偽物が三体も現れてさ。

仲間の魔法が飛んでくるし、ひどい目にあったよ」


そう言って自分のパーティを振り返ると、仲間たちは全員、気まずそうに視線をそらした。


なるほど。下手するとパーティ不仲になりそうだ。


だが、そういうことなら対策はある。


俺はもうひとつのパーティ、シンガポールの冒険者連中にも声をかける。

ラミアの数が多いのなら、下手に混乱したパーティが近くにいるよりも、協力して対処した方が安全というもの。


彼らに明日の作戦を伝えると、皆賛同してくれた。

お互いの狩場位置を地図で確認し、今日のところは話は終わり。


俺と政臣は、皆のところへ戻った。


飯ごうから立ち上る湯気と、じんわり広がる香り。

空腹を刺激する匂いが、キャンプ地の霧をほんの少し押し返していた。


「おかえりなさい。どうでした?」


山本先生が、いつもの笑みで迎えてくれる。

軽く頷き、ひとまず簡単に状況を伝える。

詳しい話は食事の席でまとめることにして、俺は山本先生と並んでハンバーグづくりに取りかかった。


「あたしもうお腹ペコペコだよ。まだかなー?」


梨々花がかき混ぜる鍋をじっと眺めながら、来奈が声を上げる。


こういうキャンプも久しぶりだ。

俺は若い頃、料理なんてできなかったが。


ふと、梨々花の姿と頭の中の映像が重なる。

麗良の隣で笑いながら、湯気の立つ鍋を混ぜるあの姿――。


「佐伯さん、どうかしました?」


山本先生の声で意識が戻る。


「いえ、なんでも」


自然な調子で返したつもりだった。


……何なんだ、これは。

こういうとき、決まってろくでもないことが起きる。


悟られてはまずい。


良きにつけ、悪しきにつけ。

精霊は、こういう“揺れ”に異様に敏感だ。


ゆっくりと呼吸を整える。

記憶を沈殿させる。音を立てずに。


そして、数秒後には完全に切り替えていた。


***


焚き火を囲みながらの夕食。

俺は、他国パーティから仕入れたラミア情報を皆に共有していた。


「変身ですか。なかなか器用ですね」


梨々花は皿のカレーにスプーンを入れながら、思案顔を浮かべた。


「そうだな。だが、こっちには黒澤の索敵がある。

魔力の違いで偽物は見分けられるから、変身そのものは脅威じゃない」


由利衣は「任せて」とばかりに嬉しそうに頷いた。


そこへ来奈が、湯気の立つ皿を手に無邪気に割り込む。


「じゃあさー、明日はけっこう楽勝じゃね?

一個六百万Gかぁ……あたしの新武器に近づくなあ!」


目がきらきらしている。

資金を貯めて次の武器――その算段で頭がいっぱいだ。


俺は苦笑しつつ、釘を刺す。


「言っておくが、ラミアは攻撃魔法も強い。

油断して食らうんじゃないぞ。それと“お供”も連れてるそうだ」


ラミアが使役しているのは、ジャイアントトード。

二メートル級の大ガエルだ。


毒こそ持たないが、ジャンプや舌の攻撃は脅威。

それに――


「変身したラミアと人間の区別がつかないらしくてな。無差別に攻撃してくるらしい」


連携が取れているのかいないのか、よく分からない。


「カエルですか……」

山本先生がぽつりと呟いた。


その瞬間、全員がそろって下を向く。


……そんなに苦手なのか?


「まあ、基本はただの大きなカエルだから。多少ヌメヌメしてるくらいで……」


そこまで言ったところで、梨々花の鋭い視線と目が合う。


――メシ時にやめろ、と言っていた。


俺はそれ以上の説明を打ち切り、カレーを口へ運んだ。


焚き火がぱちりと音を立てる。


「ま、まあ。明日は早朝から準備ですよね。今夜はゆっくり休みましょう」


由利衣がフォローに回ってくれる。


すると、来奈はワクワクした声を上げる。


「えー? 焚火があったら歌とかダンスじゃね?」


他の冒険者もいるんだ。浮足立つんじゃない。

俺が静かに諫めると、皆は軽く笑って後は雑談に入った。


***


後片付けの後、明日の作戦を再度打ち合わせして就寝。


俺は折り畳み椅子に座り、火の番をしていた。


キャンプ場の周囲は霧なのか、闇なのか区別がつかない。


星は見えず、霞みに溶けている。ダンジョン内なのだから当然かもしれない。

だが――四季があり、昼夜があり、空気も風もある。

閉鎖空間とはとても思えない。


他国のパーティも、それぞれ交代制で仮眠を取っているようだ。

ここはモンスターが侵入できない安全地帯だが、脅威はそれだけではない。

強盗、事故、精霊の気まぐれ……夜は夜で警戒するべきだ。


うちは、二時間後に交代予定だ。俺と政臣の次は二人一組。


・山本先生+来奈

・梨々花+由利衣


政臣はというと、テントの灯り越しにキーボードを叩いている影が見える。

動画編集に余念がない。あれはあれで、仕事熱心だ。


焚き火に薪をくべていると、背後から声がした。


「……コーチ。お疲れ様です」


由利衣が毛布を抱えて立っていた。


「黒澤。交代まで休んでていいんだぞ」


毛布を受け取りながら声をかけると、彼女はにこりと笑って、そのまま俺の隣に体育座りした。


「いいんです。普段寝てるので」


……そういう問題とも少し違うが。

索敵に結界と、かなりの負担を常時強いている。

休める時には休んでほしいものだが――まあ、別にいい。


俺はポットのお湯で茶を入れ、黙って由利衣へ手渡す。


湯気に包まれたカップを両手で包みながら、彼女はふっと息をついた。


「あの、どうしようかなって思ってたんですけど……」


前置きとともに、言葉をぽつり。


「梨々花、気にしてるんですよね。コーチのこと。今日だって」


……やはり、そうか。

他人を交えたくない話だとすぐ分かった。


「わたしも、まあ。気にはなってますけど。

でも、言わないのは何か理由があるんだろうなって」


何もない夜空を見上げる。

火の粉がふわりと舞い、暗がりに溶けていく。


俺は言葉を探しながら、呟いた。


「聞いて面白い話じゃあないんだ。

ただ、お前たちを不安にさせたのなら悪かった」


由利衣が首を横に振る気配を感じた。


「ううん。私はいいんです。

でも、梨々花はきちんとして欲しいんだろうなーって」


それから、ふふっと、いたずらっぽく笑った。


「それと、来奈も気づいてますよ。

コーチ、あの子のこと何も考えてないと思ってるでしょ?

わりと敏感ですからね、ああ見えて」


……来奈にまで気遣われているとは。

相当見せてしまっていたらしい。


焚き火が小さく揺れた。


由利衣はカップを抱えたまま、少し声を落として続けた。


「言っても構わない、ってときで良いんですけど。

でも――コーチから離れていく人はいないので」


火の粉が闇に消える。

その瞬間、胸の奥の何かがふっと緩んだ。


俺はゆっくり目を閉じた。


「……そうか」


由利衣は、小さく、覚悟を決めたように頷く。


「来奈と少し話したんです。コーチの秘密。

①悪の手先

②ギャンブル中毒で借金漬け

③不倫してた

――どれだろうねって。

来奈は③推しだったんですけど。

何が来ても大丈夫です。なんなら全部でも」


…………。


「それとは、少し違うな」


静かに答えると、由利衣はなぜか残念そうな顔をした。


「……じゃあ、また予想しておきます」


ぽつりと落ちたその一言が、妙に可笑しくて――


焚火のぱちりと弾ける音が響いた。


そうして、ダンジョン内の夜は静かに、更けていった。

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