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第72話 ピンボール

とある土曜日。

第四層に降り立ったのは、高級スーツに身を固めたおじさん――そして、五名のジャージ姿。


幻術を得意とするラミア種を討伐し、素材を手に入れんとする一行である。


俺のスーツは、芹那が仕立てた特製品。

幻術への耐性を持つ逸品だ。

山本先生のジャージも同じ仕様で、部員全員にはスペアを貸してもらっている。


政臣は線が細いから、なんとか着れなくもないが……ややきつめ。

だが柔軟性と耐久性は抜群で、簡単には破けないそうだ。


そして――なぜか山本先生自身も同行していた。


赤ジャージ 山本先生

青ジャージ 梨々花

黄ジャージ 来奈

桃ジャージ 由利衣

緑ジャージ 政臣


いや、色は正直どうでもいい。

どうでもいいんだが――。


……何だろうな。このヒーロー感は。


リーダーの赤ジャージが、にこにこと嬉しそうに言う。


「佐伯さん、私レベル60まで積んだんですよー。

足手まといにならないように頑張りますから!」


……わずか一ヶ月足らずで、である。

尋常じゃない速度だ。


最近、魔戦部には入部希望が増えていたらしいが――

その八割は連日の修羅のような特訓でふるい落とされたという。


普通の高校生活を送っていたところに、いきなり巨大恐竜とのバトルだ。

無理もない。


むしろ二割も残ったほうが不思議。

日本の若い戦闘民族も、まだまだ捨てたもんじゃない。


しかし、山本先生がやる気満々なのは、果たして吉なのか凶なのか。

後者の気配を感じて思わず背中に汗が滲む。


「山本先生も、そんなに無理しなくても……なんですけどね」


俺はとりつくろうように愛想笑いを向ける。

だが、熱血の赤ジャージは、両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、眩しい笑みを返してきた。


「第四層攻略は、私の新たなチャレンジですから!!」


そして、なぜか突然照れたように頬を染める。


「もっと強くなって、どこまでも付いて行きます。

先日の日村さんご夫妻、お子さん連れでダンジョン攻略だなんて。

ああいうのって、なんだか素敵だなって……」


日村夫妻――俺の高校時代の同級生だ。

子供はまだ一歳にもなっていないのに魔法使いガチャ当選という、将来有望すぎる逸材。


だが、その話がいま何の関係があるのだろうか。


これ以上深入りすると面倒なことになりそうなので、俺はそっと視線をそらした。


仕方ない。

とはいえ、ラミアは強力なモンスターだ。

ベテランの助けが借りられるなら、それに越したことはない。


そんな俺の気苦労をよそに、能天気な声が飛んできた。

来奈が正拳をシュッシュと打ち込み、気合をアピールしている。


「この服、すごいよセンセー!

いつもより魔力がみなぎってくるっていうか。

いまのあたし、過去最強かもー!」


確かに、最高級の魔法装備というだけはある。


だが黄色はお調子者。

ここで釘を刺しておかなくてはならない。


「入江、浮かれるんじゃない。

ラミアについて学習してきたんだろうな?」


どうせ目が泳ぐだろう――そう思っていたが、今日の来奈は一味違った。


「下半身がヘビで、上半身が女の人のモンスターだよね。魔法が得意なんだって」


……その通りだ。


大きく頷くと、得意満面の笑顔が視界に飛び込んできた。


そして感心する俺に、由利衣がぼそりと呟く。


「先週のヤング冒険者マガジンの巻頭グラビアだったから……」


……やっぱりそういうことか。


見ると来奈が、梨々花へ向けて嬉しそうにまくし立てている。


「あたし、今週号の懸賞で、マンドリル源太郎先生直筆サイン入りブーメラン狙ってるんだよねー!

“炎のスケルトンハンター”って作品、知ってる?

主人公と兄弟のように育った水牛の角で作ったって設定が泣かせるのよ、これが!」


青ジャージメンバーは、黒髪をさらりとかき上げて――容赦なくスルー。


「そんなことより……先生、今回は長丁場です。

今日のうちに距離を詰めましょう」


……まあ、確かに。

土曜のうちに目標ポイント近くへキャンプして、日曜早朝からラミア狩り。

月曜には通常の学院生活が待っている。


キャンプ地点は、とあるアウトドア用品メーカーが精霊から借地している土地。

ここを冒険者向けに安全地帯として一日単位で貸し出しているのだ。ダンジョンではこういう商売も成り立っている。


さっそく出発――の前に、配信開始の挨拶だ。


政臣が構えるカメラの前に、メンバーが集結。

俺は政臣の隣に控える。


そして、配信開始。


「みなさんおはようございまーす!!」


第四層の水と緑のエリアに、赤・青・黄・桃のジャージ姿と、元気な声が響いた。


今回は来奈の仕切りで進行する。


「いやー、絶好の冒険日和ってやつ!

今日はさ、初めての中域なんだよね。しかも泊まりがけ。

明日はラミアをバンバン狩っちゃおうってわけなんだけど――

それまでの、あたしたちの冒険も楽しんでよねー!」


全員で軽く拍手。


悪くない入りだ。来奈担当ということで少し心配していたが……。


由利衣が、すかさず絡む。


「キャプテン、気合い充分だね!

わたしたちのこの格好、ラミアが得意な幻術に耐性があるんだって。

今日は桃色気分で頑張っちゃいまーす」


軽く手のひらを額にやり、敬礼のしぐさ。


来奈はうんうんと頷く。


「由利衣隊員の活躍にも期待してるから!

幻術だって、この装備があれば怖くないしー」


ドンと胸を叩く来奈に、にこにこ顔の由利衣が合いの手を入れる。


「そうだねー。で、幻術ってどんな魔法なのかな?」


「……え?」


途端に慌てだす来奈。

どうやらマンガには、そこまで載っていなかったらしい。


「……えーと。そう、幻術。怖いかもねー。

うちのおばあちゃんも、夜道と幻術には気をつけろって言ってたしさ……へへ」


急に声がしぼんでいく仕切り役に、山本先生が笑顔のままプレッシャーをかける。


「……入江さん?」


すると来奈は額に汗を浮かべながら、あらん限りの声を振り絞った。

テンションで乗り切る作戦に出たようだ。


「とにかく!!

やばいのやばくないのっていったらもう! 危険が盛りだくさんだったり!なかったり!

画面の前のみんなも気をつけて! うがいと手洗い忘れないように!

それじゃっ、お楽しみにっ!」


強引にオープニングを締めくくった。


来奈は右手を頭の後ろに回して、苦笑い。


「由利衣のパス厳しすぎるって。

あたし、ラミアの好きなタイプは細マッチョで、将来の夢はラウンジ経営ってとこは読んだんだけどさー」


……どうしてそういう無駄知識ばかり仕込んでいるのか。


山本先生に怒られる前に、俺が先に口を挟んだ。


「幻術ってのは、ざっくり言えば“五感のハック”だな。

見えないはずのものが見えたり、ありもしない音が聞こえたり、攻撃されてもいないのに痛んだり……まあ、そんな具合だ」


来奈は「へぇ」と声を上げる。


「一番厄介なのは、現実との区別がほぼ不可能ってところだ。

脳が“これは本物だ”と判断してしまう。夢みたいにぼんやりしているんじゃなくて、意識は完全に覚醒してるのに――認識してる世界だけが丸ごと書き換わる」


俺は顎に指を当て、「そうだな……」と比喩を探した。


「スパイ映画で、監視カメラの映像が差し替えられたりするシーンがあるだろ?

あれの“人間版”かな。そこにあるのは、作られた事実だ」


由利衣が、少し声を沈ませて尋ねる。


「怖いですね。でも……防げるんですよね?」


不安の色が薄く滲んでいたので、念のため補足する。


「この服は幻術耐性があるが、完全防護じゃない。

芹那の仕事を疑ってるわけじゃないが――神経系の魔法ってのは、常にいたちごっこだ。

パソコンのウイルスとアンチウイルスの更新合戦みたいなもんでな。防御パターンを突破されることもある。

第四層のモンスターが、そこまで高度な魔法を使ってくるかは……わからん」


ダンジョンに“絶対の安全”は存在しない。

上位冒険者ですら、浅い階層で足をすくわれて死ぬことがある。


俺が“装備に頼りすぎるな”と徹底して言うのは、そのためだ。

高級装備が不要という意味じゃない。――考えるのを止めるな、ということだ。


ふと横目で見ると、梨々花が視線を少し落としていた。

今回のクエストを積極的に推した手前、万が一のリスクまで背負おうとしているのだろう。


だが、彼女がそんな心配を抱える必要はない。


俺はあえて調子を外して、三人に声をかけた。


「安全な冒険なんて、ない。

戦闘魔法使いになるって決めた以上、それは覚悟してるんだろ?」


ゆっくりと言葉を区切る。


「だけど――そのために俺がいる。

万が一のときは、少しは師匠を頼れ」


来奈が笑い、由利衣は小さく頷き、梨々花の肩の力がほんの少し抜けた。


「わたしも、頼りにしてますから!!」


山本先生が果敢に猛アピールしてきたのを、薄い笑みで受け流した。


***


道中、梨々花がぼそりと声をかけてきた。


「……ありがとうございます」


別に、気にするようなことでもない。


この“物語”を前へ押し出しているのは、いつだって彼女だ。

おそらく――精霊に愛される人間、というやつなのだろう。


梨々花は分かっている。

挑戦する者にだけコインが与えられ、“ピンボールを打ち続けることができる”ということを。


だからSSRであることを公表し、世間の耳目を集め、果敢にダンジョン攻略を続ける。


打ち続ければ、当たる。次も打たせてもらえると信じて疑わない。

その気質は、このダンジョンと抜群に相性がいい。


だが、その熱は周囲を巻き込む、ある種の暴力でもある。


来奈と由利衣も、タイプこそ違えど常に前のめりだ。

ふたりとも、梨々花に“振り回されている”など頭の片隅にも思っていないだろう。


とはいえ、梨々花自身がそれを気にしていないわけじゃない。

そこが難しいところだ。


……そういうところは、あいつに似ている。


胸の奥が、わずかにざわついた。


どうして今、昔のパーティの“あいつ”を思い出すのか。

最近、記憶の封印が弱まっているのかもしれない。

いや――見ないようにしているだけで、すぐ隣にずっと居るのかもしれない。


勝手に忘れるんじゃない。

贖え。


そんな声が、微かに囁く。


俺はそっと、心の耳を塞いだ。


「……先生?」

覗き込む梨々花と視線が合った。

また顔に出ていたらしい。――この目には弱い。


「いや、なんでもない。

桐生院は、やりたいことをやっていいんだ。支えるのがパーティだからな」


お前は、打つ手を止めるな。

俺たちの分まで。


言葉には出さず、軽く笑って見せた。


それは祈りにも似ていた。

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