第71話 クエスト
俺たちが採取したマンドラゴラは、すぐさま日本の“八方美人外交”の材料となった。
前回のミスリルはアメリカを優遇した。
なら、今度はうちですよね?――と、中国と韓国からの買い付けが殺到する。
向こうでは、古くから最高級薬剤の素材として扱われる、まさに珍品中の珍品だ。
俺たちは、クリスマス配信での視聴者プレゼント用に一本だけ確保し、
もう一本は「どうしても譲って欲しい」と直接オファーを寄越した豪州SSR――リズへ送ることにした。
彼女は植物学者。
きっと、有用な使い方をしてくれるに違いない。
これでプレゼントは二つ。
なかなか悪くないラインナップだが、普段から素材を寄付してくれる視聴者への御礼としては、まだ不足と言える。
あとは蛇皮やワニ皮だが……。
それは芹那へ卸すことにした。性格は悪いが、金払いはきっちりしている。
翌日には、現金で振り込まれてきた。
かくして冒険部の運営資金として、ダンジョン通貨にして約四千五百万Gが手元に入った。
なお1Gは1円。
とても高校生の部活動とは思えない。
だが――梨々花はこれでは満足していなかった。
***
いまは部室で、今後の方針についての打ち合わせだ。
四人は会議用の椅子に腰掛け、俺は正面のホワイトボード前で腕を組んで立っている。
梨々花はノートパソコンで会計の帳簿を開き、淡々と数字を読み上げていた。
来奈と由利衣は、大金が手に入ったことに浮かれ、新しいスマホが欲しいと騒いでいたが――
「まだ使えるでしょう」と、梨々花がまるでお母さんのようにたしなめて却下。
そして彼女は軽く目を閉じ、諭すように静かに言った。
「あのね、私は使うなら“活きたお金”にしたいの。
確かに大金だけど、何かを成し遂げるにはまだまだ……」
高校生の言葉とは思えない。
俺がプロデビューした頃なんて、稼いだ金はその月のうちに消えていた。
冒険者は宵越しの金は持たない――そんな価値観の時代だったのだ。
「じゃあ、その活きた使い方ってなにさー」
不満を漏らす来奈に、梨々花は俺の方へ視線を向ける。
ホワイトボードに貼られた一枚の紙を指差していた。
「ここで“掘り出し物”を見つけるのよ」
クリスマスイベントのフリーマーケットや、有名企業の出店。
そこでレアアイテムを仕込むつもりなのだ。
近年はネット取引も一般的だが、高額な魔導具は対面取引が基本、というのも珍しくない。
由利衣が手を挙げて質問する。
「でも、それにしても手持ちが多くないかなー。
そんなに必要なの?」
その問いに、梨々花は直接答えず、かわりに俺へ視線を送ってくる。
俺は腕組みしたまま説明する。
「魔導ギアはピンキリだが……。
そうだな、黒澤が持ってる銃は市場価格で億はつくんじゃないか」
由利衣は「えっ」と慌てる。
これは麗良から贈られてきたもの。
俺は本来、高価な武器は与えない方針なのだが、銃はそもそも市場にほとんど出回らず……仕方なく認めた。
他の二人には悪いが、由利衣は最初からアドバンテージがあった。
「え? じゃあ、あたしの爪は?」
「……百五十万ってところだ」
来奈のしょんぼりした顔。
安くはないのだが、億を聞いた後ではな……。
そもそも拳装着系の武器は需要が少ない。
完全に市場原理だ。
だがそれでも、高性能なものはかなり値が張る。
通常兵器が通用しないモンスターに立ち向かう冒険者は、ガチャやダンジョン内で見つかる武器に命を預けるのだ。
希少なものは、信じられない値がついてもまったく不思議ではない。
それこそ、四千五百万Gが端金に思えるくらいの。
梨々花は、来奈の琴線を刺激する言葉をふっと囁いた。
「……良い武器が欲しいんじゃないの?」
来奈が拳を握り締め、ごくりと喉を鳴らす。
スマホも欲しい。
武器も欲しい。
まさに現代の戦闘民族だ。
実際のところ、最強武器の解放などまだまだ先の話だ。
まずは少しずつ強い武器を入手し、冒険を有利に進めていく――それが正しい成長ルート。
梨々花は、武器ガチャで引き当てたアイシクルワンドがなかなかの性能。
となれば、次に底上げすべきは来奈。これは自然な流れである。
「あたしの武器かあ……。どんなのがあるんだろ」
来奈は、うっとりとした顔で未来の武器に思いを馳せる。
……セリフがアイドルっぽくないな。
「分かった? なので金策なのよ。
先生、また精霊のイベントのようなものはないでしょうか」
梨々花は、毎度のことながら無茶振りをしてくる。
だが、自分たちで稼いだ金で冒険を続けようとする姿勢は立派だ。
しかし、第四層でそこまでの大金となると……。
「クエスト、かな」
その言葉に、全員の肩がピクリと揺れた。
実に冒険者魂をそそられる響きだ。
クエストとは、国や企業がプロ冒険者に出す正式な依頼のこと。
その時々の需要で内容は変わり、報酬も難易度に応じて跳ね上がる。
もちろん、学生だけでは受けられない。
だが、プロ冒険者が依頼を請けて、学生をアルバイトとして雇うケースはある。
昔は学院はアルバイト禁止だった。
プロに付いてダンジョンに潜るのは、実質的な丁稚奉公。
それでいて、教員が冒険者からバックマージンを受け取っていたのだから、ひどい時代だ。
俺が師匠と潜っていた頃は、弁当を食わせてもらっていたが、それでもまだマシなほう。
後に麗良が加わったが、あいつも弁当を泣きながら頬張っていた。
食生活がロクでもなかったからな。
「塩鮭がもっと辛くなるじゃないか」と笑ったもんだ。
……と、そこまで話して、ふと気づく。
――なぜ俺が昔の学院の話をすると、全員ドン引きするんだ?
軽く咳払いして、強引に話題を戻す。
「とりあえず、ゲンさんのところに行ってみるか。
あそこでクエストを受注できるからな」
今日の部活動メニューの残りは、第三層での魔力制御訓練。
ついでに顔を出していくのも悪くない。
俺の声かけで全員が立ち上がり、ダンジョンへ潜る準備を始めた。
***
部活動を終え、さっそくクエストのチェックに向かう。
ちょうどそのタイミングで、魔戦部のトレーニングを終えた山本先生が合流した。
魔戦部の連中はというと――
全員、魂の抜けたような顔で床にへたり込んでいる。
「……今日は食われかけましたわ。
明日も亜竜狩り、明後日も亜竜狩り。来週も来月も……」
両手で顔を覆う熊耳の肩に、犬養がそっと手を添える。
しかし、その成果あってか山本先生はすでにレベル50超え。
他の連中も、レベルマックスに迫る勢いだった。
俺はできるだけそちらを見ないようにして、受付端末の画面を操作する。
ここでクエスト情報を確認できるのだ。
「いろいろあるが……ほとんど第四層よりも下層だな」
高難易度ほど受け手も少ない。
そして、比較的容易な依頼はすぐに捌けていく――世の常だ。
「おっ! 第二層で巨大G用の殺虫剤の効果確認か。
こいつはなかなか……」
そこまで言ったところで、梨々花の杖が後頭部にヒットした。
「先生……真面目にお願いします」
思わず頭をさすりながら振り返ると、梨々花の冷たい眼差し。
これだって立派な仕事だろうに……贅沢なやつだ。
「しかしな、そうそう美味しいのなんかないぞ。ほら」
そう言って、梨々花に端末を手渡す。
すると来奈と由利衣も寄ってきて、画面を覗き込みながら、ああでもない、こうでもないと議論が始まる。
「あら。魔法新薬の被験者。
潜在能力を覚醒できるチャンスよ、来奈」
「いやいや、このビキニアーマーのモニター販売員なんて、梨々花いけんじゃね?」
「わたし、寝ながらできるやつがいいんだけどー」
……お前ら、本当に真面目にやる気あるのか?
そこに、山本先生が現れた。
「クエスト、懐かしいですね。私もアルバイトしてましたから」
その言葉に、梨々花はすっと端末を先生へ渡す。
「良い収入になりそうなものがないか、探しているんですけど……どうですか?」
山本先生は端末を繰りながら「うーん……」と唸っていたが、とあるページでピタリと手が止まった。
「第四層の中域……は、いまのあなた達じゃ難しいのよね。
到達するまでに時間もかかるし」
第四層は広い。
中域ともなるとキャンプ前提だし、実力的にもまだ厳しい。
来奈が端末を覗き込み、ぱっと顔が明るくなる。
「なにこれ、一個六百万G? ……霧の魔女の宝玉」
そこに、ゲンさんが少し困ったような笑みで声をかけてくる。
「修ちゃん、僕はあまり余計なことは言わないんだけどね。これはオススメしないよ」
霧の魔女とは――
数年前から第四層中域に出没し始めたラミア種で、額に埋め込まれた宝玉は外の世界で光学機器の素材として重宝されるらしい。
撮影機材から医療機器まで、その応用は幅広い。
「ラミアか……。幻術が得意なモンスターだからな。
確かに正直、うちは厳しいな」
ゲンさんはカウンターをトントンと指で叩きながら続けた。
「この依頼も人気ではあるんだけどね。
おかげで、第二層で手に入る“幻術破りの指輪”が高騰しちゃって」
巨大フクロウのドロップと交換できる指輪だ。
まさに“風が吹けば桶屋が儲かる”の図。
しかも、依頼の登録日は一ヶ月前。
「プロ冒険者が一ヶ月かかっても達成できないなんてな。
ラミアは幻術がなくても強力だ。これはやめておいて、やはり巨大Gの……」
と言いかけたところで、梨々花と目が合う。
――この目。毎度のパターン。
“当然チャレンジしますよね?”が全力でにじみ出ている。
「先生、芹那さんから貰った服。
たしか、幻術に耐性があるって言ってませんでしたか?」
ベアトリスが来日した日に、芹那に無理矢理着せられたアレ。
クローゼットに突っ込んだまま忘れていた。
「……そうだった……かな。
でも、俺だけ耐性があっても仕方ないだろ」
すると山本先生が、にこにこと声をかける。
「私の装備もですよー。
何着かあるから、冒険部のみんなにも貸してあげます」
梨々花は“話は決まりね”と言わんばかりに頷いた。
「どうせ第四層の攻略は続けるわけですし。
なら、このクエストを目標に訓練しませんか?」
クリスマスイベントまで三週。
残り二週間弱で中域は正直厳しい――だが。
「やろうよ教官!!
あたしも目標あったほうが頑張れるしさー!」
来奈の勢いに、由利衣もこくこくと同意する。
俺は腕を組んでしばし思案。
そのとき、ゲンさんが苦笑まじりに言った。
「まあ、修ちゃんがいれば大丈夫だとは思うけどね。
若い子にはかなわないねぇ」
無茶を諫めるのも年長者の務め。
だが、ここでやる気を削ぐのも本意ではない。
「分かった。今週の冒険は中域の様子見。
来週にラミア狩り……それで行ってみるか」
かくして冒険部は、新たな目標へ向かって走り出したのだった。




