第69話 妖精イベント
リズを無事に送り届けてから、数日後。
日本政府を通じて、直々に礼状が届いた。
なんでも彼女は、国家をまたいだ緑化プロジェクトの中核を担う人材として期待されていたらしい。
俺たちの行動が、人類規模の案件にまで波及していたとは思いもしなかった。
確かに、あの魔法と魔眼能力があれば――
リズ一人分の食費など、微々たる経費なのかもしれない。
戦闘民族ばかりが、魔法使いじゃない。
そんな当たり前のことを、あらためて思い知らされた出会いだった。
さて。
クリスマスイベントの話を聞いてから、山本先生はやたらと張り切っているらしく、平日の魔戦部の活動が第三層で行われることになった。
比較的経験値の美味しい亜竜を狩って、レベルを取りもどすつもりなのだろう。
俺たちが魔力制御のトレーニングを行いながらレッドストーンを採掘する傍ら、採掘場の敷地外では関西弁の怒声と、SR魔法使いの部員四名の阿鼻叫喚の声が響き渡っていた。
採掘場の責任者の田島さんは、目を細めて笑う。
「子供の声が聞こえるダンジョンってのはいいねえ。昔を思い出すよ」
だが、俺は微妙な愛想笑いを返すしかなかった。
そして、芹那からは「自分もゲストで呼ばれているから、まともな格好をして来い」というメールが届いていた。
妹である山本先生に渡すプレゼントも、「おじさんのセンスは信用できないから」と、長大な候補リスト付きだ。
もちろん、完全スルー。
しかし――プレゼントか。
普段世話になっているのだから、ジャージの一着でも送っておくのが良いのかもしれない。
しかし、変に解釈されて次の日はそれが結納品になっている可能性まで考えなくてはならなかった。
……うちのメンバーはどうなんだろうな。
カブト装備一式の在庫がまだあるが、あれを梨々花に渡したら、杖で殴られそうだ。
冒険部と魔戦部が部活動の帰りに合流し、一緒に転移陣へと向かう道すがら。
俺は、さりげなく犬養に尋ねてみた。こういうのを聞くのは、やはり女子生徒な気がする。
「なあ……冒険部の三人と山本先生。クリスマスプレゼントは、何が喜ぶんだろうな」
しかし返ってきたのは、予想外の反応だった。
犬養は、ゆっくり瞬きをすると、陶然とした顔で呟いた。
「佐伯先生……ついに、クライマックスのイベントですか。
これまでのフラグを回収して、ツリーの下に誰を呼び出すか……。
桐生院先輩ルートなら、山本先生からの刺殺エンドが待っていそうですけど……それも、耽美な結末かも……」
こいつに聞いたのが間違いだった。
まあ、まだ時間はある。ゆっくり考えればいい。
そして、第六層のクリスマスイベント参加の費用だが――パーティメンバー五人に山本先生を加えて、計三百万G。
これは、リズ救出の礼として、日本政府から“招待”という形になった。
自然災害の多い日本にとって、緑化プロジェクトは他人事ではない。
むしろ積極的に参画しようとしていたところで、ちょうどキーマンとの接点が生まれたわけだ。
「ぜひ、よしみを通じて欲しい」
学院長経由でその話を聞いたとき、“政治的な思惑絡みなら遠慮したい”――そう言いかけた。
しかし、学院長の澄み切った瞳にまっすぐ見つめられては、ありがたく受け取るしかなかった。
そして、肝心の第四層の攻略だが。
こちらは少しずつ、慎重に、行われていた。。
浅いエリアの敵を、一つひとつ確実に倒していく。
気づけば、タブレットのビーコンが示すモンスター一覧も、じわじわ埋まりつつあった。
……なんだか、ゲームの図鑑コンプでもしている気分だ。
三人も「水辺には近づきすぎるな」という教えをきっちり守って戦っている。
変に慣れるのは良くないが――コツはつかんできていたようだ。
そして、冒険者の大事な仕事のひとつが、ダンジョン素材の採掘。
ブルーストーンとグリーンストーンは、まだ少し先のエリアにある。
今は掘りに向かえないが、このあたりには別の稼ぎがあった。
「薬草採取、ですか?」
梨々花が、タブレットでモンスターの位置を確認しながら尋ねてくる。
「ああ。俺がプロになって、最初に第四層で稼いだのも薬草だった」
高校卒業後、そのままプロ冒険者になったあの頃。
当時はまだ学院に大学部がなく、魔法使いの進路は冒険者一択だった。
薬草採取は聞こえも地味だが――実際、地味だ。
採取ポイントは精霊の気まぐれで定期的に変わる。
それを探して彷徨い、見つけたら即座に刈り尽くす。
数日で復活するので遠慮はいらない。
さらに、他の冒険者に場所を悟らせないよう、“わざと遠回りして帰る”などの工夫まで必要だった。
薬草は根元から切り離すとアイテム化する。
この第四層で採れるのは――体力回復、毒消し、魔力回復など。
どれも効果は突出していないが、外では高薬効の薬に調剤され、悪くない値段で売れる。
「俺は“復活と刈り尽くし”を繰り返すために、二週間ほど第四層に潜りっぱなしだったこともある。
長期間の食料とキャンプの用意は必須だな」
そう言うと、梨々花は切れ長の目を見開いた。
その間の風呂はどうしてたのか、という顔だが――答えは一つだ。
モンスターに怯えつつ、水場で行水。
「これで水中に引きずり込まれたやつを、何人も見てきた。
薬草採取だって命がけなんだ」
梨々花の顔に「その命がけは、方向性が違うのでは?」と書いてあったが――
冒険者とは、そういうものなのだ。
左手に水辺を眺めつつ歩きながら、俺はプロ冒険者の暮らしについて語った。
「第四層の浅いエリアは、絶好の稼ぎ場なんだ。
ここで薬草やキノコを採って食いつないでるやつは多い。
あとは、鳥の卵とか……あれも薬の材料になる」
そして、ふと思い出す。
第一線を退いた冒険者も、よくここで孫への小遣い稼ぎをしていた。
第四層で始まり、第四層で終わる――。
……味わい深いじゃないか。
しみじみ語った俺だが、高校生連中の反応は薄かった。
深層の強敵を、派手な魔法で倒す――そちらに関心が向くのも分からんでもない。
それも若さの特権だ。
だが、俺の役割は“冒険者として多くの経験を積ませること”だ。
採取も、そのうちの大切な一つである。
水辺の植物の採取はまだ危険なため、俺たちは森の中へと分け入っていく。
見ると、キノコや木苺といった植生が豊富だ。
この辺りは蛇が多く出るため、油断はするなと三人へ釘を刺す。
「第四層の蛇って、なにか特徴があるんですか?」
由利衣の問いに、俺は頷いた。
「多頭だな。ヒドラってやつだ。
第四層は二首、多くても三首で、首が増えるほどステータス値が高い。
もっと深層に出てくる八首のやつは、上位冒険者でも手を焼くんだが……」
そこで、三人へ肝心なことを告げる。
「多頭の蛇は、頭を一つだけ潰してもすぐ復活する。
すべてを同時に潰すか切断。あるいは、切断面を火で焼いて対処だ。
一人で倒すのは骨が折れるぞ。連携してあたれ」
梨々花は頷くと、政臣のマジックバッグを漁って装備を入れ替えた。
氷を打ち出すアイシクルワンドから、催眠効果のあるデモンズワンドへ。
蛇や獣系モンスターには催眠が効きやすい。
俺も、短刀をいつもの飛燕から魔法剣の月光にチェンジする。
「この先、多数の反応ありですね。モンスターの巣でしょうか……」
梨々花の言葉に、来奈のワクワクした声が重なる。
得意げに知識を披露した。
「稼ぎどころじゃん! ヘビ皮の素材って高く売れるんだよね。
なんか、肝も薬になるって!
“冒険者ヌルッポと深き迷宮”ってマンガに書いててさー」
こいつの口から出てくる情報は、ゲンさんのところで買える“週刊ヤング冒険者マガジン”で仕入れたものがほとんどだ。
学校の授業も熱心なら……いや、言うまい。
気を取り直して進むと、やはり双頭の大蛇がいた。
ヌラヌラとした体表が木漏れ日を受けて湿った輝きを放っている。
体長はおよそ五メートルといったところか。
俺たちは茂みから、その動きを伺った。
「うわー。やっぱ、あらためて見るとグロいわー」
来奈が素直な感想を漏らす。
巨大生物系は、やはり好みではないらしい。
「……十体以上はいるな。黒澤、どうだ?」
俺の問いに、由利衣は即答した。
「奥の方にもいます。全部で十六」
そして銃を構えようとした彼女を、俺は手で制した。
「さっきも言ったが、下手な攻撃は逆効果だ。
桐生院、眠らせてくれ。魔法が効いたやつらは任せる。
俺は起きてるやつを叩く」
指示を出すと同時に、俺は茂みから飛び出した。
右手に村正、左手に月光。
月光にはあらかじめ風の魔力を纏わせてある。
一気に距離を詰める間に、梨々花の杖から催眠魔法が放たれた。
目の前の数体の動きが鈍る。そいつらは後回し。
効きが弱い個体の両首に、二刀を迷いなく振るう。
風を裂く音とともに、次々と首が落ちていく。
……十六。これで全部だ。
眠りの魔法が効いた個体は、梨々花と来奈の風の斬撃で、見事に同時に首を斬り落としていた。
由利衣は特に出番がなく、不満そうな顔をしていたが……まあ、ここでは仕方ない。
「うまく片付いてよかったな……」
そう言いかけたとき、俺の視界の端で“何か”がひょこひょこと動いた。
小さな足の生えたキノコ。
大きさは成人の腰ほど。
鮮やかな赤い傘には、白い斑点。
由利衣も気づいたのか、眉をひそめる。
「あれ? モンスター反応はないんですけど……」
ドロップアイテムを拾っていた来奈と梨々花も、同じ方向を見た。
「なんでしょう。攻撃……してみますか?」
梨々花の言葉に、俺はすぐ首を振る。
「あれは妖精だな。モンスターとは少し違う」
妖精――精霊が用意した“イベントキャラ”だとされている存在だ。
稀に人語を解する個体もいるらしいが、滅多にお目にかかれない。
攻撃してくることはまずない。
だが、“イベント”が冒険者にとって好ましいものであるかどうかは、話が別だ。
ある冒険者の体験談では――
妖精の宿に一泊して手厚いもてなしを受けたが、帰還した時には外の世界で三十年が経過していた、とか。
キノコはコミカルな足取りで、ててて、と遠ざかっていく。
俺はそのまま突っ立って見送ろうとしていた。
精霊が何を仕掛けてくるのか分からない。下手に首を突っ込むのは危険かもしれない……。
「先生……放っておくんですか?」
きた。
梨々花が“コンテンツの香り”を見逃すはずがない。
キノコから視線を外さずに答える。
「妖精のイベントってのは、ダンジョンでも特に不可思議でな。
正直、俺にもよく分からん。
追いかけるのが良いのかどうか……。」
すると梨々花は、スッと髪をかき上げ、口角をわずかに上げた。
「そんなの、ますます面白いじゃないですか。
ワクワクの冒険、サーカスの提供が王たるものの使命……。
高柳くん、きちんと収めるのよ。」
そして、来奈へと視線を送る。
「もちろん、行くわよね。キャプテン?」
来奈の顔がパアアっと明るくなる。
「あったりまえじゃん! それが冒険部だっつーの!
由利衣も賛成だよね?」
フワリとした笑顔で由利衣が頷く。
無理に止めるべきか、一瞬迷う。
だが。
俺自身、興味がないと言えば嘘になる。
ダンジョン情報が表向き秘匿されていた昔は、妖精イベントなんて滅多に耳にしなかったし、配信文化になった今でも極端に情報が少ない。
目の前の冒険に尻込みするとは、俺も年を食ったもんだ。
「よし、行くか」
その一言に、冒険部の面々は一斉に顔を上げ、未知の妖精に向かって足を踏み出した。




