第63話 第三層ボス攻略(5)
戦闘終了後、火口の淵へ戻ってきた来奈を、梨々花がさっそく労った。
「さすが来奈だわ。敢闘賞ね」
穏やかに目を細めながら、しれっと持ち上げる。
しかし来奈は誤魔化されない。
口を尖らせ、梨々花に詰め寄った。
「あのねー……!」
だが、梨々花の視線を合図にしたように政臣がすかさず割り込み、そのままヒーローインタビューへと流れ込む。
すると来奈は途端に機嫌を直し、ボスを倒した“勝利ポーズ”をいくつも披露していた。
その様子を呆れたように眺めていたミアが、ぼそりと呟く。
「ねー。星の魔眼、あんなんで大丈夫なの?」
……大丈夫ではない。
だが、それが来奈なのだ。
そこへ、セラが三人に声をかけた。
「第三層攻略、おめでとうございます。
あの火竜は決して容易な相手ではありませんが……良いチームワークでした」
ミアへと一度だけ視線を流す。
「深層、そしてレイドでも、またお会いできれば。
こちらも技に磨きをかけてお待ちしています」
セラの“軍団創造の魔眼”と、ミアの“武器創造の魔眼”。
この組み合わせは、現状のSSRでも最強格だ。
今の三人では、まだ遠く及ばない。
ミアが気だるげに笑った。
「まあ、こっからが地獄だから。第三層なんて可愛いもんよ。
でもさ、SSR名乗るからにはビシッと攻略してよ。
あたしの格まで下がっちゃうんだからさー。
……せいぜい盛り上げてよね」
言い方はぞんざいだが、彼女なりの応援なのだろう。
魔法使いはライバルでもあり、同時にダンジョンに人生をかける同志でもある。
そしてミアは政臣のカメラへ、いたずらっぽく笑いかけた。
「弱っちいとこから成り上がりってのも、なかなか根性あるけどさ。
次に日本と試合するときは、派手に決めるからね。
――こっちも応援よろしくー。
あ、それと。呼んでくれれば、また出演“考えてあげなくもない”から」
セラは眉をひそめ、すぐに小さく息を吐いて首を振る。
そしてキッとした眼差しで三人と向かい合った。
「今日は突然の乱入、失礼しました。
ミアさんの言葉ではありませんが……国の威信をかけるからには、圧勝こそ私たちの責務。
どうか、相応の覚悟で臨まれますよう」
セラが貫禄ある微笑みを浮かべる。
だが三人はひるまない。
むしろ軽く胸を張って、その視線を正面から受け止めた。
由利衣が静かに口を開く。
「わたしたちも、日本のSSRですから。
恥ずかしくない戦いをしてみせます」
続いて梨々花が、前へ出た。
「まだまだですが……先生がいれば強くなれます。
視聴者さんの“推しNo.1”として、いずれ世界がひれ伏す魔法使いになりますので」
いつの間にNo1認定になったのかは知らないが、堂々と言い切っていた。
梨々花の自信満々な宣言に、ミアが面白そうに口角を上げる。
この二人、案外気が合うのかもしれない。
来奈は来奈で、「いやいや、あたしのファンの方が多くね?」と抗議を始める。
……強気で何よりだ。
それでこそ、俺の教え子たち。
立派な戦闘民族に育ってきたじゃないか。
そして、セラとミアはボスステージをあとにした。
「なかなか面白かったよ。もっと強くなってよねー」
ミアは軽く手を振り、気ままな足取りで去っていく。
セラが俺の横へ歩み寄り、すれ違いざまにそっと囁いた。
「……あの人の思惑に乗る気はありませんが、本当に手加減はできませんので。
魔法使いとしての基礎修練――どうか、充分に積ませてあげてください」
――痛いところを突かれた。
第三層攻略は、本来なら“断熱の魔力制御”を習得していなければ挑めない。
どれだけ星を重ねようと、どれほどレベルが上がろうと、この部分だけは誤魔化せない。
魔眼頼みの戦い方では、いつか確実に足元をすくわれる。
セラの忠告は厳しいが、同時に優しさでもあった。
九条の思惑は知らない。
だが、この二人――思っていたよりもずっとさっぱりしている。
あの親善試合で見せた、畏怖すら覚える力を思い返せば、もっと冷酷で近寄りがたい存在だと決めつけていた。
……つくづく、第一印象だけでは測れない。
セラとミアが火口の向こうに姿を消す。
その背中を見送り、三人の方へと視線を戻した。
「冒険部だけでボスを倒したのは、これが初めてだな。
よく頑張ったじゃないか」
来奈が弾むようにガッツポーズ。
「まあねー。あたしの勇姿、視聴者さんにバッチリ伝わったんじゃね?」
……さっき「お助け〜」って叫んでいたが。
言わないでおこう。
梨々花は満足げに微笑む。
「来奈のサポートがしっかりできて良かったわ。
後衛として、攻撃魔法で確実にダメージを与えるのが私の役目ですから」
一見すると、来奈に華を持たせる謙虚な発言。
しかし、今日ボスをボコボコにしたのは梨々花だ。
本日いちばん目立てて、嬉しくて仕方ない。
その気持ちは顔にしっかり出ていた。
由利衣は、そんな二人をにこにこと眺める。
「今日は守りメインだったけど……次は殲滅したいなー」
血気盛んな一面もある。
だが今日は、それを押さえて由利衣は役割をきっちり果たした。
第三層攻略もミスリル探査も、彼女がいなければ成功しなかった。
縁の下の力持ちにして、一番の立役者だ。
視線を合わせ頷くと、由利衣はふんわり笑みを浮かべた。
「それじゃあ帰るか。
今日と明日はゆっくり休んで、体調を整えよう」
そう言うと、来奈が首をかしげた。
「え? 明日は山本先生のレベル上げじゃないの?
あたしもガンガン手伝っちゃうよ!?
教官だって今日は何もしてないし、体なまってるんじゃね?」
…………そうだ。
星2になった山本先生。
“これから深層を目指す”と息巻いていたのを思い出す。
冒険者として、その意気は応援したい。
したいのだが……正直なところ、微妙に気が重い。
その空気を、由利衣は敏感に察した。
「私たちの訓練にもなるので、任せてください。
ね、梨々花?」
梨々花も静かに頷く。
「レベル1のままでは、魔戦部のダンジョン引率にも影響が出ます。
明日、少しでも上げておいた方がいいんじゃないですか?」
――なんというか。
俺よりよほど大人な意見だ。
これでは嫌な顔ひとつできない。
撤収の準備をしている政臣へ、視線を投げる。
気づいた政臣は、いつもの軽いノリで返してきた。
「いきましょうよ。山本先生のコンテンツ、固定ファンついてますから!
ランクRの冒険ストーリーって、視聴者さんの共感呼ぶんですよ!」
こいつに期待した俺が間違っていた。
四人の視線が、黙って“返事”を待っている。
俺はぐっと、ダンジョンの空を仰いだ。
「……そうだな。明日も冒険だ!!」
爽やかに声を張り上げる。
――目だけは、まったく笑っていない。
もはやどうにでもなれ、という心境だ。
こうして第三層ボス攻略は幕を下ろした。
***
寮へ戻り、俺は三人に料理を振る舞う。
明日もあるので派手な祝勝会は行わないが、俺からのささやかな慰労だ。
テーブルを囲みながら、第三層に降り立ったときからの出来事を語り合う。
激戦のあととは思えないほど賑やかで、他愛もない時間だった。
食後――それぞれがコーヒーや紅茶を淹れてひと息ついた頃、ふと頭をよぎる。
「そういえば、武器解放の素材……進捗どうなったんだっけな」
梨々花が「ようやく思い出しましたね」と言いたげに、ため息をついた。
「先生。忘れては困ります。
私が“最強”になるために絶対必要なんですから……」
そう言いつつ、タブレットを操作し始める。
政臣が作った素材寄付サイトだ。募集と進捗がひと目でわかる。
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■現在の素材進捗
・レッドストーン(火)
10,367,814 / 9,000,000,000 Kg
・ブルーストーン(水)
6,895,643 / 9,000,000,000 Kg
・グリーンストーン(風)
4,221,540 / 9,000,000,000 Kg
・オレンジストーン(土)
8,000,332 / 9,000,000,000 Kg
・ブラックストーン(爆)
738,650 / 4,500,000,000 Kg
・シルバーストーン(氷)
598,260 / 4,500,000,000 Kg
・ゴールドストーン(雷)
984,334 / 4,500,000,000 Kg
・ホワイトストーン(鋼)
412,358 / 4,500,000,000 Kg
・ミスリル
69 Kg / 1,500,000 Kg
・オリハルコン
0 Kg / 300 Kg
・竜の鱗
87 枚 / 9,000 枚
・悪魔の尻尾
32 本 / 1,200 本
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……相変わらず、頭が痛くなる数字だ。
だが、確かに積み上がってきている。視聴者さんには頭が上がらない。
梨々花が寄付者リストをスクロールしながら呟いた。
「えーと……闇のふわとろさんこと日村さん。
いつもありがとうございます。今度お礼言わないと」
日村――俺の同級生だ。夫婦そろって上位冒険者。
深層素材を寄付してくれるのは助かる。友情に感謝だ。
「あ、芹那さんの名前もありますね」
由利衣が無邪気に声を上げる。
そいつのことは、思い出したくもない。
だが素材に名前が書いているわけではない。
もらえるものは、ありがたくもらう。
それが冒険者の鉄則だ。
「今度、お礼の特番でも作らないとな。
年末だし、クリスマス企画で何かプレゼントでもできればいいんだけど……」
ぽつりと口にした瞬間、ふと現実に引き戻される。
そうだ。気づけば、もう十一月。
ここに来たのが六月。
あっという間に、半年になろうとしている。
楽しいこともあった。
苦しいことも山ほどあった。
それでも毎日は容赦なく前へ進む。
……あと何年、この生活に体が耐えられるんだろうか。
もうすぐ四十だというのに。
胸の奥に生まれた一瞬の弱気に気づくはずもなく、三人は「クリスマス企画」という単語に食いつき、あっという間に盛り上がりはじめた。
その姿が、なんとも楽しげで――
俺は息をひとつ吐き、心の中で苦笑する。
――ま、いいさ。
こいつらと行けるところまで行くって、決めたんだ。
四十でも五十でも、踏ん張っていくしかない。
それに、第四層へ挑む前に鍛えなきゃならないことは山ほどある。
師匠が先に弱音を吐くわけにはいかないだろう。
三人の顔を順に眺める。
もう、俺の思考は次へと走り出していた。




