第62話 第三層ボス攻略(4)
第三層ボスの火竜が姿を現す前に、さっそく由利衣の結界が張り直される。
火口の淵には、梨々花と由利衣が配置され、遠距離攻撃と支援を担当している。
近接の来奈には専用の防御結界が張られ、さらに梨々花による水属性の付与も施された。
少し離れた場所では、政臣がカメラを構えていた。
彼にも専用の結界が張られ、念のためマジックリュックから取り出した耐火服を着せてある。
俺とセラ、そしてミアは、その政臣のそばに控えていた。
中国SSRの二人は、当然のように魔力制御で熱気を完全にシャットアウトしている。
ミアは早速、気だるげな声を上げた。
「女教皇の結界に、魔術師の属性付与ねー。
面白いことするけどさ。
この程度の魔力制御もできないのに、第三層ボスに挑むってのも……なかなか無謀だねぇ」
……まあ、その通りだ。
断熱の魔力制御は、どれだけセンスがあっても数年の修行が必要だ。
魔法使いになったばかりの三人に、それを求めるのは酷というもの。
「ミアさん。創意工夫も魔法使いの戦いです。
日本の成長は、侮れませんよ」
セラが生真面目にフォロー。
するとミアは、むっと眉間にシワを寄せた。
「ダメとは言ってないじゃん。
すーぐ自分だけいい子になろうとするんだから」
セラは気にした様子もなく、今度は俺に話しかけてきた。
「たしか、日本のSSRはまだ魔法使いになって一年も経っていないとか。
それがもう第三層に到達するとは……。
さすが、“あの人”が気にかけるだけの指導者ですね」
九条のことか。
俺が複雑な表情をすると、セラは眉ひとつ動かさずに続けた。
「まあ、あの人には感謝もあります。
ですが――遺恨は、私には関係ありませんので」
こういうドライな対応は、むしろありがたい。
正直、少し身構えていたのだ。
そんな俺たちをよそに、巨大なカメレオンのような火竜が姿を現した。
ミアが、さっそくブツブツとぼやく。
「火竜……あいつ嫌いだなー。
火炎が効かないからさ」
するとセラが、こともなげに言った。
「だから、他の属性の魔法も訓練しなさいと言っているんです」
途端にミアは顔をしかめた。
ミアは火炎魔法の一点集中主義。加えて、武装も炎の槍・火尖鎗だ。
……確かに、火竜とは相性最悪だろう。
「これが私のスタイルなの!!
器用貧乏なんて、ダサいじゃん……。
――って、何やってんの、あれ?」
ミアの視線の先には、来奈と梨々花の肩に手を置く由利衣の姿があった。
結局、来奈はプライドを捨て、由利衣という“補助輪”付きで多属性付与に挑むことにしたらしい。
その光景に、セラの目がぴくりと動いた。
「こんなやり方が……。
ミアさん、帰ったらさっそく私たちも訓練しましょう。
私も試してみたいですね」
ミアは、露骨に「うげー」と言いたげな表情を浮かべた。
すると、属性付与を終えた来奈が、さっそく動いた。
装備は毒の爪――ポイズンクロー。
岩から岩へ跳躍し、火竜へと攻め込む。
まだ魔眼は解放していない。だが、この身体能力。
ちなみに、現時点での三人の実力は、星1のレベル76だ。
【入江 来奈 ★】
ランク:SSR
レベル:76
体力 :A 1,039
攻撃力:S 1,572(+200)(+5%)
魔力 :C 463
耐久力:S 1,582
魔防 :B 680
敏捷 :S 1,526
幸運 :B 798
装備 :ポイズンクロー(爪/攻撃+200・毒付与/魔導)
---
【桐生院 梨々花 ★】
ランク:SSR
レベル:76
体力 :B 808
攻撃力:D 245
魔力 :S 1,643(+10%)
耐久力:B 833(+5%)
魔防 :S 1,513
敏捷 :A 1,158
幸運 :A 1,045
装備 :アイシクルワンド(杖/魔力+10%・氷属性/魔導)
---
【黒澤 由利衣 ★】
ランク:SSR
レベル:76
体力 :A 1,114(+8%)
攻撃力:B 842(+8%)
魔力 :S 1,668(+8%)
耐久力:B 732(+8%)
魔防 :S 1,419(+8%)
敏捷 :C 464(+13%)
幸運 :S 1,566(+8%)
装備 :ライトニングブレイズ(銃/全ステータス+8%/魔導)
さすがは SSR。
第二層ボス攻略の頃はまだ総合的に山本先生のほうが上だったが――
評価Sの伸び率は、やはり別格。
星1のステータス上限は1,999。
だが、この勢いなら一部ステータスはすでに“射程圏内”に入りつつある。
ミアは来奈の動きを眺めながら、相変わらず気だるげな声で感想を漏らした。
「ふーん。早いけど……やっぱ素人っぽいなー」
俺は苦笑まじりに返す。
「まあ、そう言ってくれるなよ。
入江は格闘技の経験もない、普通の学生だったんだ。
たしか、あんたたちは軍隊所属なんだろ?」
軍事訓練を受けた魔法使いから見れば、荒削りなのは当然だ。
セラは淡々と答えた。
「深層攻略が任務です。
魔法使いの力はダンジョンでこそ活かされ、国益にもつながりますから」
そして、盛大なため息。
「軍人たるもの、規律が大切。
我々は無秩序な冒険者とは違うのです。
なのにミアさんときたら……」
いろいろ言いたいことが溜まってるんだろう。
見た目どおり、真面目な性格だ。
来奈が間合いに入った瞬間、火竜は鞭のように舌を伸ばし、襲いかかってきた。
それを来奈はギリギリまで引きつけ、横に躱す。
すれ違いざま――舌先を、高圧の水で切断。
火竜は悲鳴を上げ、飛び退いた。
……浅い。
芹那なら、一瞬で根元から断ち切っただろう。
付け焼き刃の技術では、そこまでは届かない。
だが――
相手の魔力を読み、タイミングを合わせて動けるようになっただけでも、数カ月前からは考えられない進歩だった。
その直後、礫の弾丸が火竜のいた位置へ撃ち込まれる。
来奈の踏み込みがもう少し深ければ、火竜の動きを止めて命中していただろう。
しかし弾丸は虚しく岩場を砕いた。
梨々花だ。
さらに追撃。
火竜が跳び退いた方向へ、礫がマシンガンのように連射される。
だが――
火竜はギョロリと目を動かし、飛来する礫を正確に捕捉して回避していく。
「あの魔法もなかなか速いですが……火竜のほうが一枚上手ですね」
セラが冷静に状況を評した。
「そうだな。デカいくせに妙に動きが速い。
直線攻撃だけじゃ、読まれた瞬間まず当たらないだろうな」
俺がそう言うと、ミアは鼻を鳴らした。
「もっと広範囲で攻めなきゃダメなんじゃないのー?
絨毯爆撃っしょ、こういうのは」
「火炎は効かないって言ってるのに、そればかりでしたよね。
あれは私が倒しましたし」
セラが呆れ声で返すと、ミアは目を剥いて抗議した。
「はぁ!?
私がうまいこと撹乱したから、セラでもトドメ刺せたんじゃん!
全世界のみなさーん、この人クール気取ってますけどね、アニメとか大好きで隠れてコスプレ――」
言い終わる前に、ミアの脇腹へセラの肘がねじ込まれた。
「ミアさん……。戦いに集中しましょう」
射るような視線を向けられ、ミアは悶絶しながらも小さく頷く。
イメージづくりってのは、大変なんだな。
国の威信というやつだろうか。
そんなやり取りをしている間にも、来奈は火竜を追って駆けていた。
梨々花の礫との、両面からの攻撃だ。
だが――岩の上で、来奈の足が滑った。
「うわっと!!」
態勢を崩したが、幸い溶岩に落ちることはなかった。
そこへ、再び火竜の舌が襲いかかる。
来奈は咄嗟に腕でガードした。
だが横から鞭打つような衝撃を受け、体がくの字に折れ曲がる。
それでも――
由利衣の硬い結界が、その一撃を寸前で受け止めた。
ダメージはない。
「来奈!!」
梨々花の声が鋭く飛ぶ。
あの結界が破られれば、灼熱の外気にさらされる。
いまの来奈の魔力制御では――死を意味する。
「大丈夫っ、まだ行けるからっ!」
来奈が叫ぶ。
そこに二撃、三撃と舌が飛んでくる。
足場が悪く、回避がやっとだ。
それでも繰り出した水圧の刃が、火竜の前脚を切り裂いた。
「やった!」来奈の声。
さらに追撃を――と思った瞬間、属性付与の効果が切れ、拳は空を切った。
逆に、激怒したモンスターの攻勢が増す。
中途半端に負わせたダメージが、かえって逆効果だ。
こちらは気が気じゃない。
俺が駆け出そうとしたとき、その気配を察したセラが口を開いた。
「ボス戦が始まれば、文字どおり命がけです……。
それは、彼女も理解しているはずでは?」
覚悟もなしに挑んだのか、と――
セラの目がそう語っていた。
セラは小さく息を吐く。
「だから、私は配信には反対なのです。
視聴者と安全に配慮して深層攻略など。
……日本の方針に口を挟む気はありませんが」
ミアが不満げに声を上げた。
「そうかなー?
何が起きても自分で納得してんなら、それでいいんじゃね。
太く短くってのも、人生でしょ」
……どちらが正しいという話じゃない。
結局のところ、自分たちがどう在りたいかだ。
そして、俺の答えは決まっていた。
「俺は、あいつらには――冒険は楽しいもんだって、それだけ考えててくれりゃいいんだ。
視聴者さんもな」
二人は、俺の次の言葉を待っていた。
「命がけ? そりゃそうだ。戦闘魔法使いだからな。
けどな……ギリギリまで命張って、それでもダメなとき――そこで終わりじゃない」
ゆっくりと言葉を継ぐ。
あのときの、自分自身にも聞かせるように。
「俺がいる限り、終わりにさせねえよ。
笑って強くなって、深層攻略。
あいつらのやりたいこと、全部かなえてやるさ」
セラが、ぽつりと呟いた。
「……それが、あなたの贖罪ですか」
俺は答えず、来奈に声をかけた。
「入江! 突っ込む機を誤るんじゃない。
それ以上無理するなら、やめさせるからな!」
来奈が、「ええ〜?」と声を上げる。
仕方なく後退し、別の岩場へジャンプ。
その瞬間、由利衣の結界が即座に張り直された。
「桐生院!!」
俺が叫ぶと同時に、梨々花の魔眼が解放された。
火口に、一条の光が走る。
梨々花はアイシクルワンドに魔力を込め、杖を高く掲げた。
ドンッ、ドンッ――
空へ打ち出されたのは、氷柱の塊。
いわば、ミアの火炎爆撃の“氷バージョン”だ。
次々と火口へ降り注ぐ氷の槍。
来奈は空を見上げ、「え……ちょっと」と額に冷や汗を浮かべる。
由利衣の結界が、十重二十重と来奈を中心に展開された。
火竜は、前脚のダメージで動きが鈍っている。
そこに、氷柱が容赦なく降り注いだ。
溶岩が激しく弾け、火竜が咆哮を上げる。
そして――来奈の「お助け〜!!」という叫び声が響く。
ミアが、へらへらと笑った。
「アレンジまでしてくるとか、やっぱあいつ生意気〜」
文句を言いながらも、どこか嬉しそうだった。
***
頭を抱えてしゃがみ込んでいた来奈が、恐る恐る顔を上げると――
火竜はボロボロの姿を晒していた。
周囲には氷柱が散乱し、火口だというのに冷気が満ちている。
とはいえ、熱気は徐々に盛り返しつつある。
来奈はホッと息をつくと、梨々花へ向かって大声を張った。
「ちょーっと!! 危ないってば!!
死ぬかと思ったんだけど!!」
梨々花は、何くわぬ顔で返す。
「由利衣のおかげで大丈夫だったじゃない。
それより――ボスのトドメはとっておいてあげたわ。
視聴者さんに、来奈の良いところ見せてあげなさい」
来奈は納得いかない顔をしたが、やがて渋々と魔眼解放。
そして一閃――
火竜は爪に切り裂かれ、光の粒となって消え去った。
「なんかさー……倒した気がしないんだけどー」
魔眼を解除した来奈のぼやき声が、火口に響いた。




