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第60話 第三層ボス攻略(2)

第三層ボスの推奨レベルは、星1のSRランク魔法使いでレベル70。

もちろん、単独撃破が可能という意味ではなく、あくまでパーティ戦を前提とした指標だ。


要は、一撃で倒されず、なおかつボスにもそれなりのダメージを与えられる、という目安と考えていい。


そして、山本先生はこの第三層の激戦を経て、めでたく星1のレベル99に到達していた。

SR魔法使いよりはステータスが劣るランクRとはいえ、ここまで鍛え上げておけば、第三層ボス相手でも不足はない。



【山本 美鈴抽(ミレーヌ) ★】

ランク:R

レベル:99

体力 :B 1,251

攻撃力:B 1,309

魔力 :B 1,255

耐久力:C 1,018

魔防 :C 1,023(+5%)

敏捷 :B 1,275

幸運 :C 1,217

装備 :流星撃(弓/障壁無効・貫通/魔導)



相変わらず大きな偏りのない、攻守に優れたステータスだ。


第四層に進んでも問題はない――のだが。

レベルが上限に達したことで、新たに「星を上げるかどうか」という選択肢が提示される。


星上げは不可逆。

一度選んでしまえば、その瞬間にレベルは1へと戻り、取り消しは効かない。


とはいえ、最弱状態に戻るわけではない。

ステータスの三割が、前の★レベル99時点から引き継がれる仕様になっている。

たとえば山本先生の場合、体力1,251は星上げすると375が初期値となる。


加えて、戦闘スキルや魔力制御といった“積み重ね”は残るため、

いきなり第一層の雑魚に手こずる――なんてことはない。


そして、星が上がるとレベルアップ時のステータスの伸びも良くなるため、メリットは充分にある。


ただ、それでもレベルを再び積み上げていくというのは、他人が思う以上に骨が折れる。

特に、年齢を重ねた魔法使いほど慎重になり、守りに入る傾向がある。


年齢も五十を過ぎて、また別の会社でヒラ社員からやり直せる人が、いったいどれだけいるだろう。

そう例えれば、少しはこの感覚を共有してもらえるかもしれない。


星上げせず、そこで満足して終える者を――誰が責められようか。


俺は星4スタートという幸運に恵まれたが、ベアトリスが星1から始め、星5・レベル99に到達したのだとしたら――

その執念には、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。


――そして、攻略の現場に戻る。


第三層ボスへと続く洞窟に足を踏み入れると、

さっそく俺たちの眼前に、ワラワラと亜竜の群れがあらわれた。


「……面倒くさいわね」


芹那がブンッと武器を振るう。

次の瞬間、水圧の鞭がスパパパパッと空を切り、亜竜たちを細切れにしていった。


俺も、芹那の夫・フレッドも、手を出す間もない。


――強い。

さすが現役SRランク魔法使い。


レイドに出ないのは「私は麗良のような戦闘狂じゃないのよ」とうそぶいていたが。


鞭を振るうときの氷のような目は、山本先生と同じ。

まごうことなき戦闘民族だ。


フレッドは、蚊の一匹も殺せなさそうな穏やかな顔をしているが――

やはり戦闘はからきしらしい。


補助魔法特化。

普段は、ダンジョンで魔法衣装の素材採取を行う芹那の攻略に付き添っているのだという。


「殲滅は芹那さんの役目ですからー」

と、柔らかな笑み。


……まあ、この時代だ。

男女の役割がどうこう言うのは、もうナンセンスだろう。

それもまた、一つの形だ。


そして、一体だけ、あえて残していた個体に山本先生の矢が突き刺さった瞬間、芹那が嬌声を上げた。


「わー! 見ました!? 今の!!

美鈴抽(ミレーヌ)の神業! この勢いでボスもブチ抜いていきましょう!!

以上、現場からでしたー!」


仕切りのコメントを入れると同時に、政臣へカメラ停止の指示を出す。


……さっきから、完全に接待戦闘だ。

つくづく、妹には甘い。


政臣が、俺にこっそりとスマホを見せてくる。

こいつも芹那には逆らえないクチだ。

下手に刺激しないよう、無難に従っている。


配信のコメント欄には――

「シバかれたい魔法使い投票」が開催されていた。



1位 リリカ様 25,678,216票

2位 大塚 芹那 6,166,894票

3位 ジャージネキ 1,094,882票

4位 李 美亜 523,214票

5位 ベアトリス大統領 65,009票



さすがの梨々花だ。

絶対女王の座は、やはり揺るがない。


それでも、芹那も初登場にしては大健闘と言える。


気になるのは――

この場にいないミアとベアトリスが、なぜかランクインしていることだが……。


フレッドが嬉しそうな顔で、

「やっぱり、みんな芹那さんの魅力を分かってるなー」

と呟いていた。


そうして、俺たちはサクサクとボスエリアへ。


「うわっ、暑〜!」

来奈が思わず声を上げる。


さっそく由利衣の三重防御結界と、梨々花の属性付与が展開された。


先日の巨竜戦――溶岩の湖での戦闘は、結界維持の訓練としても格好の実戦経験になっていた。

今の由利衣と梨々花のコンビネーションなら、そうやすやすと効果が切れることはないだろう。


なにしろ、ここは摂氏三百度の灼熱地獄。

魔法制力御の練度が足りない新人魔法使い――SSR三人と政臣が、もしまともに外気に晒されたら、肺の奥まで焼き尽くされる。


それまでにこにこしていた山本先生の表情が、ふっと引き締まった。


「姉さん。ワシ……タマ取ったるで」


のっけからモードチェンジした妹に、芹那は嬉しそうに唇を吊り上げる。

フレッドの口元は、引きつっていた。


そして――あらわれたのは、体長およそ五メートル。

全身を炎に包んだ、カメレオンのような姿だった。


「あれが……竜、ですか?」

梨々花の声が、熱気の中に溶ける。


火竜と聞いて思い浮かべるのは、大きな翼を広げた火を吹く西洋ドラゴンだろう。


俺も、最初はそう思っていた。


「こいつは、ブレスよりも舌の攻撃がやっかいだな。

鞭のようなしなやかさで襲いかかってくる。

……まあ、よく見ておくことだ」


言い終わらないうちに、火竜が口をパクリと開いた。


瞬時に、芹那の魔導ギアから放たれた水圧が、その舌を切り飛ばす。


「ん……。よし。

美鈴抽、やっちゃいなさい!

修司、ボサッとしてない!!」


怒声が、俺に降りかかる。

……これでは参考にならないだろうが。


仕方ない。


俺は山本先生の隣に並び立った。


「山本先生。俺が火竜を引き付けます。

“アレ”が出る前に――速攻でお願いします」


カメレオンの見た目どおり、こいつには周囲の風景に溶け込む擬態能力がある。

由利衣の索敵があれば対処できるが、今の俺たちにはそれがない。


長期戦は避ける。

速攻で決める。


――それが、この溶岩エリアでの鉄則だ。


山本先生は、黙って弓をグイと引いた。

その目は、この熱気の中でも凍てつくようだった。


ボスステージとなる火山の火口には、足場となる岩が点在していた。


俺は素早く岩から岩へと飛び移り、火竜を撹乱する。

山本先生は、火口の淵から狙い撃ちの役だ。


モンスターの視線がこちらに向いた、その瞬間。

山本先生の矢が放たれた。


だが、火竜のギョロリとした目が素早く動き、矢を回避する。

――視界が広い。


舌の攻撃も厄介だが、

四方八方からの攻撃を察知できるこの“目”こそが、難易度を跳ね上げている要因だった。


芹那の音速の鞭や、来奈の魔眼のような、動体視力を超える速度を出さなければ――貫けない。

だが、山本先生と火竜との距離では、矢はまだギリギリ視認可能な範囲にあった。


一方そのころ――


「どう見る? 梨々花」

由利衣が呟く。


梨々花は腕を組み、切れ長の目をわずかに細めた。


「思ったよりも素早いわね……。

外皮も硬そう。貫くなら、私の氷かパイルバンカーだけど――

どっちも避けられそうだわ」


そして、来奈に視線を向ける。


「来奈の魔眼で叩いて、弱らせたところに攻撃魔法……じゃない?」


来奈は顎に指を当て、「ふーん……」と考え込んだ。


実戦を見て、自分たちで戦術を組み立てる。

それも、戦闘魔法使いにとって大切な訓練だ。


俺は三人の表示を確認して、思わず「よしよし」と呟いた。


その瞬間、芹那の声が飛ぶ。


「修司!! もっと美鈴抽のところに引き付けなさい!!」


自らも火口へと飛び込み、岩から岩へとヒラリと跳ぶ。


――言うだけのことはある。

その動きは、麗良にも見劣りしなかった。


「私たちの親族の絆で、ボス撃破よ!」


勝手に人の戸籍を上書きするんじゃない。


村正をツッと振り、残像の刃を展開する。

それを数本──当てないように制御しつつ、山本先生の方へとボスを誘導するのだ。


なぜ俺まで接待を……。


だが、芹那が火竜を追い立てようと鞭の柄を構えたそのとき。

ボスの姿が、ふっと消えた。擬態だ。


モンスターの擬態能力はえげつない。

風景と完全に同化され、視認は不可能になった。


「キャッ!」という短い悲鳴とともに、芹那が吹き飛ばされる。

幸い岩の足場に着地し、溶岩に落ちることはなかった。だが、足首を痛めたのか、その場に座り込む。


第三層ボスは彼女にとって格下だろう。だが、油断は命取り――それがダンジョンであり、モンスターだ。


妹に見せ場を作ってやりたいという気持ちは分かる。だが、相手が都合よく動いてくれるわけではない。


俺は芹那のもとに駆け寄り、すぐさま村正を振るう。

残像の刃が、俺と芹那の周囲に無数に生まれた。

どれか一つでも当たれば、即座に首を切り落とす構えだ。


「なあ……。あんたも魔法使いなら分かってると思うが。

精霊は、俺たちの命がけの勝負に惹かれる。視聴者も同じだ。

なんでもかんでも与えるヌルいバトルなんて、お呼びじゃねえよ。

ついでに言っとくが、俺と山本先生の間には何もないからな」


芹那をちらりと見ると、唇を噛んで俺を睨んでいた。

もし視線で人を殺せるなら、俺は灰まで残らずロストしているかもしれない。


……怖い。フレッドは、いったいどういう趣味なんだろうか。


正直に言えば、あの水龍鞭があれば、この程度はピンチでも何でもないだろう。

だが、これ以上芹那にかき回されるのは御免だ。俺には俺の戦い方がある。


ここは強引にでも、勢いでこちらのペースに持ち込む。

そして、言いたいことは全部、さらりと乗せておいた。


――ただし、山本先生メインの戦いという一点だけは、その通りだ。


「……とりあえず、黙って見ていてくれよ」


ボスの追撃はなさそうだが、芹那の周囲に村正の残像を残したまま、俺は別の岩へ跳んだ。


「山本先生!」


呼びかけると、山本先生は火口にひらりと降り立ち、岩と岩を跳んで俺のもとへ。


「今から村正の刃の結界を作ります。

反応があった場所に――お願いします」


「はい」

山本先生は短く頷き、弓を構えた。


……よし。


村正に魔力を流し込む。

青白い光がほとばしり、周囲に次々と残像が生まれる。


どこまで刃を生み出せるか、一度検証したことがある。

――千を超えたあたりで、こちらの魔力が尽きそうになってやめた。

まったく、性能に底が見えない。


そのとき、刃の一つが鮮血に染まり、ボスの姿があらわれた。

言葉をかける間もなく、山本先生は動いていた。


俺が村正の刃を解除すると同時に、矢が放たれる。

火竜の喉元に、正確に突き刺さった。


遠くで、来奈の「おーっ」という歓声が上がる。


だが、相手はさすがのボスモンスター。

一撃では沈まない。火竜は咆哮を上げ、こちらへ跳躍。

鋭い爪が、溶岩の光を反射していた。


背中から声がかかる。


「佐伯さん……。ありがとうございます」


山本先生がスッと俺の前に立った。

弓には、すでに三本の矢がつがえられている。


「第三層攻略。

私の冒険者人生の一区切りが、つけられそうです……」


そうか。

それも、一つの道だろう。


レベルマックスに達した魔法使いが、そこで線を引く――そんな選択は、決して珍しくない。


冒険者をやめても、教師として後進を育てる人生だって立派だ。


山本先生は俺に言葉をかけると同時に、流星のように矢を放った。


熱気を切り裂き、小気味よい音を立てた矢が、ボスの頭と胴を貫き、風穴を開ける。


そのまま飛来してきた巨体に向かって、俺は跳躍。

刃を一閃。


空中で真っ二つになったボスの残骸は、光の粒となり――

やがて、村正に吸い込まれて消えた。


***


「なによ、あなたたち。息がピッタリじゃない」


芹那が満足そうにウンウンと頷く。

すでに火口から出て、皆のもとへ戻っていた。


「私もこれで安心だわ。

美鈴抽も、ようやく一人前の冒険者。

修司、これからも伴侶として支えるのよ」


さっきの話をまったく聞いていないかのような口ぶり。


俺は呆れて声を上げた。


「あのなあ……違うって言ってるだろ。

それに、山本先生は冒険者は続けないんだ」


その言葉に、山本先生がきょとんとした顔を向けてくる。


「え? 続けますけど?」


……どういうことだ。

俺は思わずしどろもどろになった。


「いや……さっき“冒険者人生の一区切り”って……」


山本先生はスッキリした笑顔で、高らかに言い放つ。


「はい! 一区切りついたので、心機一転――

星2のレベル1から、また頑張ります!

佐伯さん、引き続きレベルアップ、よろしくお願いしますね!」


ぺこりと頭を下げた。


……第三層攻略で終わりじゃないのか?


「いや……その。

そろそろ、日曜は休みたいかなー、なんて」


瞬間、俺の視界の数センチ先に、四つの瞳が迫る。


「修司っ!! あなた妻のレベルアップを手伝う甲斐性もないの?

様子見に行くから、ちゃんと! 今度こそ! きちんとした格好で冒険するのよっ!!」


芹那の怒声。


その横で、山本先生が光を失った黒目だけの瞳で、静かに呪詛を吐いた。


「私……。

“俺と姫は前世から星と精霊の導きで結ばれてる”って甘く囁いてくれた佐伯さんを、信じてますから。

その言葉を胸に、深層だろうが地獄の果てだろうが――追いかけていくって決めてるんです」


フレッドが、にこやかな笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。


「お互い、頑張っていきましょう。同士として」


……なぜこうなるんだ。


こうして、日曜特別版のコンテンツは――

来週から、新たにパワーレベリング祭りへ突入するのであった。

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