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第56話 ミスリルの余波

第三層のミスリル採掘は――日本が三十年間の権利を勝ち取った。


年間百億の借地料が必要だったが、深層での採掘コストに比べれば、微々たる投資と言えた。


あの溶岩に棲む巨竜と、採掘ポイントを守っていた数百の翼竜の群れ。

それらの殲滅こそが、精霊による“試練”だったらしい。


一度攻略した後は、モンスターのリスポーンは確認されず、採掘区域の安全は担保された。


学院長に連絡してから、わずか数時間で応援が駆けつけた背景だが――

高柳総理は、俺たちが目標ポイントに突入する直前、与野党幹部および魔導庁長官を臨時召集し、調整にあたっていたらしい。


そのスタンドプレーには批判の声も上がったが、最終的には“国益”という成果で、すべてをねじ伏せた。


もし俺たちが失敗していれば、政治家生命は終わっていたかもしれない。


さすが、千連ガチャを敢行しただけのことはある。

その博打根性には感心すると同時に、日本の未来が少しだけ心配になるのだった。


そして――これは少し後の話になるが。


ミスリル採掘場への中継拠点として、レッドストーン採掘場の設備が大幅に刷新されることになった。

あの、朽ちるに任せていた場末の施設が、再び息を吹き返したのだ。


責任者の田島さんは、俺たちに感謝しきりで、

「レッドストーンの素材提供をガンガンしていくから期待していてくれ!」

と、頼もしい言葉をかけてくれたのだった。


武器解放のための素材確保はまだまだ遠い道のりだが、着実に進んでいた。


そして、俺たちの攻略記録。


政臣は、日本政府の許可を得て動画を公開。

またたく間に数億再生を叩き出し、チャンネル登録は一千万に達した。

まだ新人に毛が生えた程度の魔法使いだが、世界は確かにSSRのポテンシャルと“魅せる冒険”に目を向けていた。


なお、アリアドネの使者であった二人のシーンはカットしたが、その未編集部分はアリアドネ本社の広報窓口へ正式に提出。


あれは、冒険者としてダンジョン攻略に失敗しての死亡――それ以上でも以下でもない。


先方も世界的企業。

自社が雇った冒険者の暴走であったことを認め、こちらに抗議するどころか、CEO直々の謝罪メッセージが届いた。


スポンサードの話は一時凍結となったが、

「アリアドネに対する心象は悪くしないでほしい」

と添えられていた。


こちらとしても、あれが企業方針だとは思っていない。

むしろ、誠意ある対応は、結果としてアリアドネへの高評価となった。


――攻略成功の日に話は戻る。


高柳総理からベアトリス大統領の来日情報を知らされた俺たちは、麗良と尾形、そして日村夫妻にその場を任せ、すぐに学院へと帰還した。


そしてその二日後には、俺たちの姿は首相官邸にあった。


もっとも、政治的な話に呼ばれたわけではない。

セレモニーの席で、大統領のほうから「ぜひ日本のSSRと話がしたい」とのオファーを受けたのだ。


ベアトリス自身も、SSR魔法使い。

その能力は非公表。

国家元首が人類最強クラスの魔法使いというのだから、なんとも凄まじい国だ。


……まあ、こちらにも「神聖リリカ様王国(旧・日本国)」の建国を目論む魔法使いがいるのだが。


俺と山本先生は、SSRたちの付き添いとして同席を求められた。

気づけば、山本先生はすっかり“保護者枠”に入っている。

しかもセレモニーの席だというのに、その格好は――言うまでもない。


かくいう俺も吊るしのスーツだ。

いつもはノーネクタイだが、この日ばかりはワンポイントだけ増していた。


迎えの政府職員が一瞬、目を見開いたが……何も言わなかった。


***


ベアトリス大統領とのセレモニーを前に、俺たちは高柳総理に呼ばれ、広い会議室の椅子に腰掛けていた。


高柳 健三郎――通称タカケン。


あの“SSR三連ブッコ抜き伝説”の日から、その名は日本政治史に燦然と刻まれることとなった。


高柳家は、かつても総理を輩出した名門。

筋金入りの政治家三世である。


その息子・政臣は童顔の優男だが、父親とはまるで似ても似つかない。

タカケンは厳つく、豪胆。

だがそれでいて、育ちの良さを隠しきれない――

豪快さと細やかさが同居する、なんとも不思議な人物だった。


タカケンが入室するやいなや、俺たちは総立ちになった。


だが、向こうは初手からフレンドリー全開。

全員と順に握手を交わすと、すぐに椅子を勧め、自らも腰を下ろした。


にこにことした笑顔のまま、太い声で第一声を放つ。


「うん、入江さん、桐生院さん、黒澤さん。若いのに大したものだ。さすが未来の大魔法使い。

そして、佐伯さんと山本さんも――SSRを育てていただいて、ありがとうございます」


そう言って、やおら頭を下げた。


俺は冒険者として、権威に媚びる趣味はない。

だが、こうまで真正面から礼を尽くされると、さすがに話は別だ。


慌てて、こちらも頭を下げた。


タカケンは続けた。


「最初はね、政臣の言ってることがさっぱり分からなかったんですよ。

アイドル? 萌え?……まあ、私より若い感性に任せてみようかなと」


そう言って笑った。


――大丈夫だ。俺にも、よく分かっていないのだから。

曖昧に口角を上げて返した。


「でもね、日本の“魔法使い空白の十年”。

これを一気に埋めてくれる新世代に、私は期待してますよ」


そう――この十年の間、魔法使いガチャで排出されたSRは、尾形ただ一人。

日本は、強力な魔法使いの不在という長い停滞期にあった。


深層攻略は第八層で止まり、麗良に代わってレイドで活躍できるスターもいない。

他国に水を開けられっぱなしの状態だった。


千連ガチャで排出されたSR七人と、SSR三人。

彼らは、沈みゆく老大国に灯った――最後の光だった。


再び“ライジング・ジャパン”を実現できるかどうか。

今まさに、その瀬戸際に立っている。


そして――こういう時に、しっかりアピールを忘れないのが梨々花だ。


「高柳総理。SSR魔法使いになるチャンスを与えていただいた感謝、忘れていません。

王国臣民……いえ、日本国民の未来のために。

深層攻略もレイドも、期待を裏切らない成果を上げてみせます」


……いま、ちらりと本音が漏れた気がしたが。

タカケンは気づかずに――うんうん、と満足げに頷いている。


「心強いね。私にできることがあれば何でも――と言いたいところだけど、過度な干渉はやめろと、政臣や松枝さんに釘を刺されていてね」


そう言って、タカケンは肩をすくめた。


俺の師匠であり、魔導省顧問でもある松枝のじいさん。


魔導庁は、国内の魔法使いを統括する省庁であり、精霊との窓口となる。


三権分立の建前を持ち出すまでもなく、“魔法使いのことは魔法使いに任せろ”――それが鉄則。


俺の育成方針である“最初から与えすぎるな”を、理解してくれていた。


しかし、来奈は苦笑まじりにポツリと呟いた。


「でもさー、あたしは早く最強武器ほしいんだけどなー。

あの必要素材の量、エグいっしょ?」


――総理の前でもこの口調。


山本先生の肩がぴくりと震えたが、さすがにこの場でアイアンクローを決めることは控えていた。


「ま……まあ、来奈。

それは私たちがこれから活躍して、視聴者さんからの“ご褒美”でしょ。

応援してもらえるように、頑張りますから」


由利衣がふわりと笑い、なんとかフォローを入れていた。


タカケンはにこりと頷き、言葉を続ける。


「そう、素材の話だ。

君たちが見つけてくれたミスリル――産出量の五パーセントを、武器解放に割り当てることが決まった。

いやぁ、全部じゃなくて申し訳ないねぇ」


そう言って、愉快そうに笑った。


……貴重なミスリルを五パーセントも。


確かに“俺たちが見つけた”のは事実だが、産出にかかるコストを考えれば、ありがたいどころの話ではない。


そして、話は徐々に今回の核心へと踏み込んでいく。


「で――だ。今回のベアトリス大統領の来日。

日本とミスリルの売買契約を結びたい、という要請があってね。

極秘で進めていたんだが……あの与野党会議のときに誰かがリークしたらしい。

――いまさら犯人探しをしても、どうにもならんがね」


ミスリルは、いまや新世代の半導体製造に欠かせない素材だ。

しかも、深層でも産出量はごくわずか。


その権益を日本が確保したとなれば――

各国が黙って見ているはずがない。


リークがあろうとなかろうと、動くのが早いか遅いかだけの話だ。

そして、いち早く動いたのはアメリカだった。


タカケンの表情は、どこか浮かない。


「大統領直々に交渉されては……まったく、したたかな国だ。

顔を潰すわけにはいかないだろう?」


特定の超大国にベッタリしていれば安心――

そんな時代は、もう終わっている。


あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが黙っていない。


そんな微妙な国際関係に置かれていることくらい、俺にも分かっている。


だが、俺は所詮、一介の冒険者。

ダンジョンの外のことには、あまり興味がないのだ。


その手の政治絡みの話は、正直あまり聞きたくなかったが――

結果的に、年間採掘量の四割を十年間、「お友達価格」で譲渡することで妥結したという。


日本は、これといった資源もなく、食料自給率も低い。

希少金属で一発当てたところで、大国と肩を並べるだけの交渉力には、まだ届かない。


そんな空気を吹き飛ばすように、来奈が能天気に胸をドンと叩いた。


「なんかよく分かんないけどさー。

あたしたちがまたお宝見つけてあげっからさー!

日本、ウハウハにしていこうじゃん、ね?」


慰めているつもりなのか、本気で言っているのか――判断がつかない。


だが、その一言で、張りつめていた空気がふっと和らいだ。


やはり、生粋の冒険者だ。

手に入れたお宝に執着せず、次の冒険を見据えている。


梨々花と由利衣も――同じ目をしていた。


タカケンは目を細め、三人を見つめる。


「いや、若い人につまらん愚痴を言った。

ウハウハ、おおいにけっこうじゃないか!

次の冒険も楽しみにしてるよ」


そのタイミングを見計らったように、後ろに控えていた秘書らしき男性が時計をちらりと見る。

会談は、ここまで――という合図だった。


秘書に促され、タカケンが退室すると、俺は一気に力が抜けた。


相手は魔法使いでもない一般人だが……やはり圧が違う。

つくづく、こういう場所は性に合わない。


とはいえ、俺は単なる付き添いだ。

セレモニーが終わるまで、無事に三人の警護を果たすのが役割。


――そのとき。

ドアがガチャリと開き、一人の女性が入ってきた。


どこかで見た顔だ。

日本人なのに、鮮やかな緑の髪。

メガネに上等そうなスーツ姿。


山本先生が、嬉しそうに声を上げる。


「姉さん」


そうだ、大塚 芹那(セリーナ)

SRランク魔法使いにして、魔法衣装家の第一人者。

たしか、麗良と同世代だったはずだ。


芹那は山本先生ににこりと微笑みかけ、次の瞬間、俺に鋭い視線を突き刺した。


「あなたが佐伯さん?」


一瞬、その気迫に飲まれ、「は……はい」と答えると、彼女はツカツカと歩み寄り、俺の全身を頭から爪先まで眺め回す。


そして――盛大なため息。


「あなたね……そんな格好でセレモニーに?

しかも、日本SSRの晴れの舞台でしょうに」


至って普通のスーツだろう。

何が問題なのか、まったく分からない。


それに、格好のことを言うなら――山本先生のほうはどうなんだ。


だが、俺の戸惑いなど一顧だにせず、芹那はくるりと背を向け、短く命じた。


「来なさい」


「え……?」


「早く!!」


怒声に弾かれるように席を立ち、芹那のあとを追う。

会議室を出て廊下を進む間も、背中越しに矢継ぎ早の言葉が飛んできた。


「まったく……こんなのが私の義弟だって知れたら、こっちが恥ずかしいのよ。

もっときちんとしてもらわないと。わかる?」


……ひとつも、言っていることが理解できない。


やがて、小さな控室に案内される。

芹那は振り返るなり、有無を言わせぬ声で言い放った。


「その中に着替えがあるわ。

いま着ているのは――焼却処分するから」


冗談じゃない。


抗議しようと口を開いた瞬間、「いいから、早くしなさい!」と畳みかけられ、そのままグイグイと小部屋に押し込まれる。


バタン、と外からドアが閉まった。


なんて強引なやつだ。


テーブルの上には紙袋。

中には仕立ての良いスーツとシャツ、そしてこれまた上等な靴が収められていた。


あの様子だと、着るまで納得しないだろう。

俺は渋々と袖を通した。


…………ぴったりだ。


なぜ俺のサイズを知っている?

いろいろと、怖いんだが。


ドアを開けて部屋を出ると、芹那は腕を組み、満足そうに微笑んだ。


「まあまあじゃない。

美鈴抽(ミレーヌ)は男の趣味が悪いけど……見られるくらいにはなったわね。

それ、あげるから。冒険のときも、ちゃんとした格好するのよ? 修司」


年上のおじさんを、呼び捨て。


「いや……大塚さん。

こんな服、もらう(いわ)れはないんだがな」


そう恐る恐る言うと、キッと鋭い視線が返ってきた。


「なによ。言ったでしょ、私が恥ずかしいの。

あの姿が全世界に晒されてるの、分かってるの?

それに――“義姉さん”と言いなさい」


……まるで会話にならない。


しかし、下手に逆らっても拗れるだけだ。

適当にやり過ごすに限る。どうせ今日だけだ。


俺は覚悟を決めた。


「あ、そう。

じゃあ、ありがたく……ねえ……さん」


――眼前には、満面の笑顔。


こうして俺は、はからずも最高級の魔法装備を入手したのだが、まったく嬉しくはなかった。


そして、敗北感を胸に抱えたまま、セレモニーは幕を開けるのだった。

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