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第04話 奇跡のR

冒険部の部室は、小綺麗なコンテナハウスだった。

さすが、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの高柳総理の子息といったところか。


魔法使いとしてのランクは最下位のNノーマル

……いや、正確に言えば「魔法は使えない」。

ダンジョンに入るための資格がある、ほぼ一般人だ。


正直、なぜこれがガチャの対象に組み込まれているのか、俺にも謎だ。

どう考えても、当たりとは言えない。


だがまあ――。

魔法が使えなくても、金とコネと権力があれば、人類にとって天恵にも厄災にもなり得るSSRを、己の欲のまま動かすことができる。

それが高柳政臣という男だ。


……と表現すると、ずいぶん悪役じみて聞こえるが、特別な感情はない。

世の中なんて、だいたいそんなものでできている。


それにしても、彼の“欲望”というやつが――アイドルプロデュースとは、あまりにも斜め上。

しかもそれを「日本の国力向上につながる」と真顔で言うのだから、もう好きにしてくれとしか思えなかった。


そんなことを考える俺に、目の前の政臣は口角を引きつらせる。


「ま、立ち話もなんだし……」


そして、俺を部室の中へ促した。


中は、想像以上に整っていた。

会議室のような長机と椅子が並び、壁際にはホワイトボード。

さらに奥にはテーブルとソファの応接スペースまである。

おまけに、小さな給湯室まで完備だ。


……なんだこの充実っぷりは。


俺は部活なんぞやらずにダンジョン漬けだったが、たまたま覗いた野球部の部室なんて――ロッカーと、汗の臭いしか記憶にない。


だが、この空間には――ふわりと花の香りが漂っていた。


会議用の椅子に座る。


三人娘は、少し離れたところで固まっていた。

俺の後ろから遠巻きに見ており、ヒソヒソと何か話している。

内容は概ね想像できたが……。


政臣は向かいの椅子に腰を下ろすと、恐る恐る口を開いた。


「あの……佐伯さんでしたっけ? コーチって。近藤さんは……?」


あいつ、言ってなかったのかよ。


おそらく、事前に知らせたら政臣がゴネると踏んで、既成事実を作るつもりだったのだろう。

麗良も、ずいぶんと汚い手を使うようになったものだ。


――仕方ない。


俺は大きく息を吐き、政臣をまっすぐに見据えた。


「麗良……近藤さんとは、昔のパーティメンバーでね。

彼女の代わりに、コーチをやってくれと頼まれて来たんだ」


その瞬間、背後から遠慮のない声が飛んだ。


「ええ? おじさんが?」


来奈だ。まったく悪びれもしない。


政臣は「はあ」と一言。まだ事態がよく呑み込めていないようだった。


そのとき、後ろから由利衣の声がかかる。


「あった。佐伯……修司さんかな。けっこう古い新聞だね~」


スマホを操作している。

俺が魔法使いになった当時は、まだネット黎明期だったが――よく記事が残っていたものだ。


梨々花もまじまじとスマホを覗き込み、目を剥いた。


「なにこれ! 一回のガチャで連続四回当選? そんなのあり得るの!?」


俺は小学五年のときにガチャで魔法使いになった。

その際、連続当選で星を重ね、★4スタートだったのだ。


そんな事例は、後にも先にもないらしい。

当時は“奇跡の少年”として話題になったものだ。


来奈も興味をひかれたようで、スマホに視線を走らせる。

そして、ぷっと噴き出した。


「なーんだ。おじさん、Rレアじゃん。いくら星が多くても、Rじゃあね~」


そうだ。俺の魔法使いとしてのクラスはR。

現役時代も「所詮は」という目で見られていたので、この反応は慣れたものだ。

むしろ、下手に遠慮されるより清々しいくらいだ。


来奈は堂々と胸を張る。


「聞いてると思うけど、あたしはSSRなの。

四回当選だか何だか知らないけど、格が違うっていうか~。

Rに教わることなんてあるの? って感じかな」


あながち間違いでもない。


Rは扱える魔法が限られており、ステータスの伸びも悪い。

次第に高レベルモンスターの相手は厳しくなり、星を上げるどころではないのだ。


だから、一般的なRの評価は“そこそこ戦える”程度。

……普通なら、の話だ。


すべては想定内。なら、やるべきことはひとつ。


俺はガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。

来奈の小馬鹿にしたような目と視線が交差した。


「口で言ってもどうせ分かんねえだろ。実際に見せてやるからダンジョン潜るぞ」


実力で黙らせる。これしかなかった。


***


ダンジョンは、日本各地に存在する“ゲート”と呼ばれる入り口から入ることができる。

ただし、そのどれを通っても、最初にたどり着くのは同じ一つの場所――“スタートポイント”だ。


なお、他国にもそれぞれ独自のゲートとスタートポイントが存在し、国をまたいで重複することはない。


そして、日本のゲートのひとつは、ここ――私立宝条学院の敷地内にある。

学院にはSRランクの教師が常駐しており、ダンジョンでトラブルが起きた際もすぐに駆けつけられる体制が整っている。


つまり、この学院内に“たまたまゲートがある”のではない。

“ゲートのそばに学院を建てた”のだ。


スタートポイントには、人のよさそうなおじさんがカウンターに座っていた。


おじさんは俺を見るなり、「修ちゃんかい? 久しぶりー」と笑顔で声をかけてきた。


ゲンさん。フルネームは知らない。みんな、そう呼んでいる。

外見は昔とほとんど変わっていない。


精霊から直接雇用されている――とかいう、謎めいたおじさんだ。

俺よりもかなり年上の冒険者も、子供の頃から世話になっていたらしい。


俺も、その変わらぬ姿に思わず頬が緩む。


「ゲンさん、お久しぶりです。また戻ってきちゃいましたよ……はは」


ゲンさんはうんうんと頷くと、カウンターの後ろにある書棚からバインダーを取り出し、ペラペラとめくった。


「あったあった。修ちゃんのカード」


クリアポケットから名刺大のカードを抜き出し、俺に手渡す。


それは“冒険者カード”。ダンジョン攻略の必須アイテムだ。

俺は引退時に、これをゲンさんへ返却していた。


「……たく、カッコ悪いなあ。“もう来ねえよ!”って啖呵切ったくせに」


俺が苦笑すると、ゲンさんは気にする様子もない。


「まあまあ、そいつも人生よ。ダンジョンにはいろんな人生があるんだ」


含蓄があるのかないのか、よく分からないセリフを吐く。


そして「ちょいと待ってな」と言うと、奥へ引っ込んだ。


戻ってきたとき、手には包みを抱えていた。


「ほいよ。相棒を忘れちゃかわいそうだ」


カウンターにゴトリと置かれた包みを開ける。


「……飛燕。ゲンさん、持っててくれたのか?」


中には一振りの短刀。

俺が冒険者としてダンジョンに潜っていた頃の武装だった。


引退のときはやけっぱちで、ゲンさんになかば押しつけるように渡したものだ。

「売れば小遣いくらいにはなるだろう」とか、そんな軽口を叩きながら。


もっとも、いまは麗良から譲り受けた短刀を携えているのだが、手になじんだものがあるのは有り難い。


……まいったな。今度、酒でも持ってこなくては。


俺は頭を下げ、飛燕を受け取る。


そして、ゲンさんに見送られながら――

三人娘と政臣を引き連れ、ダンジョンへと潜った。


***


ダンジョン一階層。


あの動画配信は、確かここだった。

ジャイアントバットの巣がある。あれは──はぐれ個体だったのだろう。


俺は三人に声をかける。


「とりあえず、だ。

言いたいことは飲み込んで、一回だけ黙って俺の言う通りにしてくれ」


来奈はフンと鼻を鳴らした。

同意の合図、ということにしておく。


「黒澤」


名前を呼ぶと、ずっと“自分は関係ない”という顔をしていた由利衣が、ピクリと肩を揺らした。


「は、はいっ」


「索敵だ。黒澤の役目は、守りと回復──そして索敵。

ボーっとしてる暇はないぞ」


由利衣の表情は、まるで何を言われているのか分かっていない。

俺は言葉を続けた。


「魔眼の結界能力だ。まずは前方だけでいい、展開してみろ。

何かに当たったら知らせてくれ。……何メートル行ける?」


「えと……分かんないですけど、十メートル?」

しどろもどろに答える由利衣。


「有効距離の把握と、結界の密度。

この二つをコントロールできるようにならないとな。

密度を薄くして広く展開すれば、破られたときに敵の位置が分かる。

訓練次第で、モンスターの種類も判別できるようになる」


いきなり情報を詰め込まれて、由利衣の目が泳ぐ。

──仕方ない。最初はそんなもんだ。


「とりあえずだ。目一杯遠くに、小さな結界を出せるだけ出してみろ。

何かに当たったら、だいたいの位置でいい。知らせてくれ」


由利衣はこくりと頷くと、両手を前に突き出した。


――目に見えない波がダンジョンの奥へと滑り込む。


由利衣の瞳が揺れる。


「右の曲がり角の先、何かいる……かも。距離は……すいません」


俺は小さく頷いた。

「よし、慎重に行くぞ」


そろりと曲がり角の向こうをのぞくと、ジャイアントバットが二体、天井に張り付いている。

おあつらえ向きだ。


俺は小声で梨々花に合図。


「桐生院、風で床を巻き上げてくれ。杖は使わなくていいから。

入江は、風魔法の後に俺と突入」


梨々花は杖を政臣に預け、集中を始めた。


空気が静かに震え──床をなぞるように風が走った。

砂と埃が舞い上がり、視界がかすむ。


天井に潜んでいたジャイアントバットが、

突如生じた気流に驚いて羽を広げる。


俺は駆け出すとともに飛燕を抜き放っていた。

来奈は「えっ? あっ」と声を上げ慌てて追随する。

初動は遅れたものの、さすがの身体能力。すぐに速度が上がる。


しかし、俺は来奈が追いつく前に一体のジャイアントバットを捉えていた。


飛燕の刃が、翼を切り裂く。

そのまま捻り込むように腹を抉り、鈍い音とともに巨体が地に落ちた。


残る一体はバタバタと暴れている。

梨々花の巻き上げた砂塵で方向感覚が掴めていないのだ。


「入江、やれ!」


来奈は砂煙の舞う床を蹴り上げて跳ぶ。


拳がうなりを上げ、モンスターの腹を捉えた。

巨体が鈍い音を立て、そのまま壁に叩きつけられる。


「……当たった」

来奈がポツリと呟く。


俺は感心した。低レベルの攻撃力にしては、なかなかのものだ。


「さすがSSRだな。一撃とは」


素直な感想を伝えると、来奈は「え〜? いやあ、それほどでも」と笑う。

単純なやつだ。


そのとき、由利衣が悲鳴に似た声を上げた。


「あの……この先、十……いや、二十? すごくたくさんいます!」


どうやら索敵を続けていたようだ。感心感心。


バサバサと大量の羽音。群れが来たようだ。


三人と政臣の顔色がみるみるうちに青くなる。

一体に苦戦しているのだからな。当然だろう。


俺は飛燕を鞘に収めると、四人の前に立つ。


「そんじゃ、訓練はここまで。こっから先は、配信の“()え”ってやつのアイデア出しだ……。こういうのはどうだ?」


眼前には迫りくる群――数十、いや数百はいるかもしれない。


俺は両手を突き出した。


土魔法で(つぶて)を形成し、

それを風魔法のインパクトで打ち出す。


一発……二発……。


──ブランクがあるからな。

最盛期は一分間に三千発は行けたんだが……。


ダダダダダッ――。

マシンガンのように礫が放たれ、ジャイアントバットの群れを容赦なく薙ぎ払う。


翼が砕け、体が裂け、バタバタと落下して床を埋めていく。


ダンジョンフロアが震えるほどの衝撃音。

俺は眉ひとつ動かさずに掃射を続けた。


数分後。


静寂が戻った。

群れは全滅したか、あるいは逃げ出したか。


──もっとも、一定時間経てばまた生まれてくる。

それがこの空間の法則だ。


俺は、声も出せずに立ち尽くす四人へと振り向いた。


「Rでも、★5・Lv99になれば、これくらいできんだわ。

SSRなら──こんなもんじゃないだろうな」


梨々花が素っ頓狂な声を上げる。


「★5・Lv99!? そんな人がいるなんて聞いたことないんだけど!」


無理もない。

俺の現役時代は、まだ配信文化なんてなかった。

ダンジョン情報は政府が厳重に管理していて、一般公開はされていなかったのだ。


若い魔法使いが知らないのも当然だろう。


そして、情報秘匿を条件に引退が認められた。

俺は誰にも話していない。吹聴する気もなかったが。


「まあ、いろいろ事情があるんだよ。……で、俺じゃ不満か?」


梨々花が何か言いかけとき――


テレッテッテー、と軽快な精霊サウンドが響いた。

親の声よりも聞いた音。レベルアップの合図だ。


もっとも、俺はもうレベルマックス。

この音は、三人の分だろう。


「うわぁ! レベルアップ! 初めて〜! 嬉し〜い!!」


来奈が歓声を上げる。

そして三人は手を取り合い、ぴょんぴょん跳びはねた。


なんとも微笑ましい光景だ。


──と、その横で。


「ぼ、僕も! やったあ!」


政臣が満面の笑みを浮かべていた。


……そういや、お前もいたな。


三人はひとしきり喜びをかみしめると、来奈が俺に向かって元気な声を発した。


「教官、やるじゃん! これからよろしく!」


おじさんだのRだのと馬鹿にしていた目は、もはやない。

キラキラと輝く瞳。


梨々花も、由利衣も頷いている。


まったく、調子のいいやつらだ。


こうして俺と三人のSSR最強娘のダンジョン攻略は幕を開けるのだった。


「あーー!! みんなの初レベルアップを撮り逃すなんて!! 一生の不覚!!」

膝から崩れ落ちる政臣。


……ついでに、こいつを加えて。

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