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第48話 妖刀

ハロウィン企画ガチャの余波は、世界のニュースとなった。


ヴァジュラは――インドの執念が実を結び、ついに彼の国へ。

現地の生中継では、血の涙を流しながら六千五百五十連目に突入する政府高官の姿が、全世界に配信されていた。


あれは、とても正視できるものではない。

出てくれて、本当に良かった。


普段は競争関係にある国々も、この瞬間ばかりは同じ思いだったに違いない。

確かに――そこには、世界の連帯があった。


そして、もうひとつのニュース。


幻の妖刀・村正を一発で引き当てた山本先生。

翌日のテレビニュースや新聞各紙では、俺たちの配信コンテンツから流用されたジャージ姿の映像と写真が、見出しとともに踊っていた。


動画のコメント欄には、「金に糸目はつけないから、ぜひ譲ってくれ」――

そんな書き込みが世界各国から殺到していたが、

あれはもう、俺のものだ。


山本先生の姉・芹那からは、お祝いのメッセージとともに、帯剣用のベルトが贈られてきた。


村正と、短刀の飛燕。

もう一本の短刀――月光は、政臣のマジックリュックに預けてある。

魔法伝導率の高い剣なので、この先のモンスターの特性に合わせて、飛燕と交互に運用する予定だ。


かくして、スーツに大小を差した、謎のサラリーマン侍が爆誕した。


そして、もうひとつ嬉しいニュースがあった。


氷の杖・アイシクルワンド。


由利衣の結界内で氷魔法を展開すると、第三層の灼熱が嘘のように和らぐ。


もちろん攻撃魔法にも転用可能。

ボス――火竜攻略を目標とする俺たちにとって、これ以上ないほど頼もしい戦力強化だった。


***


土曜日の攻略は、いよいよ火山帯に突入する。


さすがに、いきなりボス戦というわけにはいかない。

まずは外気温八十度の世界で、まともに活動できるかどうかの訓練からだ。


由利衣が、水属性を付与した結界を二重展開。

本番のボス戦では、これが三重展開――さらに各人への個別防御も加わる。


平日の訓練で慣らしてきたとはいえ、いざ本番となると、梨々花と由利衣の表情には緊張が走っていた。


火山帯が近くなり、熱気の層が厚みを増してくる。

荒れ地はこれまでは岩が所々にある程度だったが、ここからは足元にゴツゴツとした石が多くなり、歩きづらさが増してくる。


来奈におぶれた由利衣の肩に、梨々花が手を添える。額にはうっすらと汗。


「……由利衣、お願い」


すると、防御結界に水属性が行き渡る。


いまは由利衣が寝ているときは、三重防御結界プラス索敵結界が展開されている。

これを起きているときも可能にするのが訓練の目的のひとつでもあった。


結界が張られると、すかさず梨々花はアイシクルワンドを振る。

体感気温は25度以下となり、SSR三人と政臣の汗が引いてきた。


来奈がひと息ついたように表情を緩めるが、梨々花は変わらず口元を引き締めている。


その心構えは良しだが、緊張しっぱなしでも持続しないだろう。


俺は軽い調子で言った。


「まあ、そう固くなるな。

八十度くらいなら、結界が切れても即死ってことはないさ。時間はきちんと測ってるから」


内心は油断ならないとは思っている。

ここはまだマシ。言葉どおり、すぐさま命に関わるほどではない。


しかし、ボス戦は摂氏三百度の世界。

訓練できちんと結界を維持できること――それが本日の主目的だ。


そして俺たちは、山肌をくり抜くように口を開けた洞窟へと足を踏み入れる。

火山帯は岩壁が鋭く切り立ち、踏破は困難。

そのため、地中を貫くこの洞窟こそが唯一のルートだった。

奥は、ボスが潜むグロック山の火口へとつながっている。


壁面には、赤黒い鉱石が無数に埋め込まれ、時折ぼんやりと光を放つ。

地熱で膨張した空洞があちこちに存在し、足を踏み外せば溶岩の池がすぐそこ。

息を吸うだけで、肺の奥が焼けるように熱い。


山脈を横断するこの洞窟は、過去の噴火と地殻変動で何度も姿を変えてきた。

メインルートは確立されているが、内部の地形は変わり、未発見エリアも多い。

――何が潜んでいるかは、誰にも分からない。


……懐かしい場所だ。


俺は学院長がこの前語ったセリフを思い出していた。



――二年のとき。SRの番長と溶岩ステージで対決してたじゃない。



そう。

俺は高校二年のちょうど今ごろ、SR魔法使いの番長・日村とここでタイマンを張ったのだ。


そう呟くと、梨々花の冷静なツッコミが入った。


「どうして、こんなことろで喧嘩するんですか?」


どうして……と言われても。


あの時代の“対決”というのは、そういうものだった。

趣向を凝らしたステージで、互いの力と技をぶつけ合うのだ。


「お前たちも戦闘魔法使いなら、そのうちわかる。

硫酸プールの上に板を渡して、その上で殴り合うこともあるさ」


そうして生まれる絆もある。


……だが、さっぱりピンときていないようだった。


気を取り直そう。


「――それはともかく。

ここからは荒野とは違うモンスターが出てくる。

しっかり見ておくんだな」


そう言いながら、腰の村正に手をやる。


すると来奈が、楽しそうに言葉をかけてきた。

村正を興味深そうに、しげしげと見つめる。


「新武器だもんね。教官もやる気じゃん」


……顔に出ていたか。


確かに、こいつを振るう日は楽しみだった。

寮の部屋で次々と決めポーズを繰り出してみたが――

おじさんのそんな光景は、とても人に見せられたものじゃない。


政臣も、珍しく俺のバトルに期待を寄せていた。


「コメントも、早く村正見せろって書き込みがすごくて!

最高に映えるのお願いしますね!!」


ハードルを上げるんじゃない。


だが、視聴者さんの気持ちはわかる。

この武器の性能は、いまだ未知数。

伝え聞く特性は、ひとつだけだ。


そのとき、由利衣の薄目が開いた。


「コーチ、います」


そうして視線を右手方向にやり、再び目を閉じる。

いまのところ、結界維持のために起きていられるのは数秒といったところだ。


慎重に歩みを進めると、そこにいたのは――


「おお、ディメトロドン」

来奈が興味深そうに呟く。


背中に大きな帆を背負った、四足歩行の大トカゲ。

溶岩のそばで、水浴びでもしているかのように休んでいた。

この一体に棲むモンスターにとって、火炎耐性は言うまでもない。

それどころか、溶岩や焼けた岩を食す生態があるのだ。


俺は亜竜を確認すると、来奈へ振り向いた。


「相変わらず、恐竜に詳しいな……」


つい呟くと、来奈は真顔ですかさず否定。


「ディメトロドンは恐竜じゃないよー。

哺乳類型爬虫類だからさー」


よく分からないが、こだわりに触れたようだ。

話を振っておいてなんだが、付き合う気はなかった。


「そうか。……すごいな」

短く返しながら、村正をスラリと抜き放つ。


爬虫類でも両生類でも――ここで会ったが、やつの運の尽きだ。


刀身が妖しく光を放つ。

ゾワゾワと血が逆流する感覚。同時に、魔力が研ぎ澄まされていく。

ステータスバフではない……精神干渉系か。

まだ検証は進んでいない。


俺は亜竜の前に立つ。

向こうも戦闘態勢。のっけからブレスだ。

喉がぐっと膨らんでいた。


……だが。


村正を、ほんの軽くツッと揺らす。


背後で梨々花の「えっ?」という声が聞こえた。


「あれ? 増えてる?」

今度は来奈の声。


俺は振り返らずに答える。


「これが、この剣の能力のひとつ――残像の実体化。

そして……」


村正を振るう。

残像の刀身が亜竜に襲いかかり、喉元を切り裂く。

血の代わりに、鮮やかな火炎が噴き上がった。


「……残像の刃の操作だ。

政臣、最高に映えるやつ、いくぞ」


そう言って、村正をぐるりと円を描くように振る。

次々と刃が生まれ、満月の輪を形成。


次の瞬間――無数の刃が飛び、瀕死の亜竜を切り刻んだ。


完全なる、オーバーキル。


そして――この刃は攻防一体。

これでまだ、不明な能力があるというのだから。


俺はすでに★5、レベルマックス。

自身の強化は、これ以上ない。


だが、新しい相棒が、その先へと引き上げてくれそうだった。


楽しみすぎるじゃないか。


そう思っていると、亜竜の体が光の粒となり、ゆらめきながら空中に散る。


そして、その光は――村正の刀身に吸い込まれるように消えた。


「……先生、今のは?」


梨々花の疑問の声が飛ぶ。

だが、俺にも分からない。

振り返りざま、曖昧な顔で肩をすくめた。


すると、政臣の弾んだ声が響いた。


「佐伯さーん!! 最高のデモンストレーションですよ!!

村正と交換できるなら、素材のオリハルコン百キロ提供するってコメント書かれてますけど――

行っちゃいます!? 行っちゃいましょうよ!!」


……行くわけないだろ。


こいつは、まったく。


政臣のテンションを軽くいなしながら、俺たちはそのまま先へ進んだ。


***


あれから、途中で出会うモンスターは俺が処理。

結界維持に集中していた。


「溶岩地帯で三時間か。

初めてにしては上出来だな。――だが、そろそろ撤退するか」


梨々花と由利衣にはまだ余裕が見えたが、無理をすれば次につながらない。

余力を残して戻るのも、戦術のうちだ。


これを数度繰り返せば、ボス戦への準備も整うだろう。


三人と政臣も異論なし。

やはり、初めての火山帯では緊張が隠せないようだった。


だが、梨々花がすかさずぶっ込んでくる。


「授業で聞きましたが、このあたりはレッドストーン以外の鉱床も多いんですよね。

珍しいものが見つからないでしょうか」


……ガチャが終わって、新ネタが欲しいのか。

貪欲なやつだ。その意気や良し。


だが、現実は厳しい。


環境が過酷すぎて、中途半端なレベルの冒険者はまず近寄らない。

せいぜいが、荒野エリアでのレッドストーン採掘どまり。


一方、上位の冒険者たちはもっと深層を目指してサッサと通り過ぎる。

結果、火山帯は“空白地帯”のままだった。


「昔の文献には金鉱や銀鉱があったらしいんだけどな。

今は掘り尽くされてる。

……もっと奥に新しい鉱脈があるかもしれない、とは言われてるが」


俺は熱風を浴びながら、ふと笑った。


――こんなモンスターだらけの灼熱地獄を掘るより、外の鉱山を掘るほうが、よっぽどマシだろうな。


だが、「金鉱」と聞いた瞬間、来奈の目がキラリと輝いた。


「金も出るの!?

見つかったら取ってもいいんだよね?」


……そんなに簡単に見つかったら苦労はしない。


とはいえ、そのロマンも冒険者には必要だ。


「このエリアなら、鉱床を探すよりメタルモンスターかもな。

まれに希少金属をドロップすることがある」


重金属の含まれた溶岩や、鉱石を糧とするモンスター。

ダンジョン火山帯ならではの特性だ。


さっきのやつも、溶岩の前で寛いでいたが、

さらに進化すると皮膚や臓器が金属と融合する。

――それを総称して、メタルモンスターと呼ぶ。


魔石ドロップはあまり期待できないが、素材狙いなら悪くない相手だ。


「今日のところは無理に探すのはやめておこう。

明日の山本先生のレベルアップと一緒にだな」


本日の訓練は、これにて終了。

あとは、油断せずに帰還。


……と、思ったそのとき。


由利衣の目がぴくりと動き、口元がわずかに開いた。


「……誰か、います。

人間の反応です。ひとり」


ひとりだと?

第三層はまだ下層とはいえ、ここは中途半端な実力では無理だ。


上位冒険者――俺の緊張は一気に高まった。

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