第47話 ガチャの女神
第三層の本格攻略となる火山帯へ踏み込む前に、ある程度のレベルアップを果たしておきたかった。
そして、それ以上に防熱結界の持続時間と強度も課題。
荒野エリアとなる第一フロアから第七フロアの外気温は、約五十度。
これくらいであれば、十メートル全方位に展開した水属性結界で気温を下げてやり過ごせる。
短時間なら、結界外に出ても命にかかわることはない。
だが、第八フロア以降の火山帯に踏み込むと、これが一気に八十度まで上がる。
極めつけは――火竜の潜むグロック山の火口。
気温三百度の中で、ボスと戦わなければならない。まさに致死レベル。
俺と山本先生は、水魔法と風魔法を常時まとわせることで断熱できる。
もちろん、身に着けている装備品も同様だ。
だが、これは長期間の訓練こそがものをいう。
いまの三人は、才能うんぬん以前に練度が足りない。
それを補うべく、平日は由利衣と梨々花がひたすら多重結界の訓練を行っている。
ボス戦は、五重の防御で挑む構えだ。
■防御結界構成
結界1(半径50m)
結界2(半径30m)
結界3(半径15m)
結界4(来奈・梨々花・由利衣)
結界5(来奈)
防御結界1〜3で、段階的に周囲の気温を下げていく。
さらに防御結界4を強く各人に張り、断熱と攻撃を防ぐ。
梨々花はバトル中も常に由利衣のそばで、攻撃魔法と結界への属性付与を並行。
そして、近接戦闘の来奈には特に強力な防御結界5を張り、二重バリアとする。
これができるようになるまでは、火山帯には踏み込まない。
――そう決めていた。
俺が火竜役を務め、シミュレーションを何度も重ねていたのだ。
そして土曜日は、火山帯手前までのルート攻略。
日曜日は山本先生を加えて、レベルアップと真亜狩りに勤しんでいた。
そんな中、件の武器ガチャだが。
解禁日は10月20日。ついにやってきた。
ガチャ機に備え付けられたディスプレイでは、雷をまとった槍を構え、ビキニアーマーの女戦士が勇ましくモンスターと戦う映像が延々と流れている。
頭にはとんがり帽子、耳元にはカボチャのイヤリング。
どうにかしてハロウィンに寄せていこうという努力は感じられる。
そのルックスには、いろいろと疑問符が浮かぶが――
女戦士がヴァジュラを振るうと、空から巨大な雷が落ち、ドーム状の光が展開。
千体はいるであろうモンスターが、一瞬で塵と化す。
射幸心は、いやというほど刺激される。
だが、どこまでが実際の性能で、どこからが演出なのかは分からない。
精霊にとって、消費者庁の指導など恐るに足りないのだ。
しかし、あれだ。
俺も長らく冒険者をやっているが、ビキニアーマーを装着している女性冒険者なんて一度も見たことがない。
――伝説の存在だ。
それはともかくとして。
あれから俺たちは真亜を狩りまくった結果、めでたく目標に到達していた。
なお、ゲンさんの話によれば――
この第三層に棲む真亜は、第十三層にいる真竜・ヨルムンガンドの下っ端構成員らしい。
そして俺たちは、その連中を根こそぎ狩り尽くしたわけで。
どうやらヨルムンガンドさん、激おこ案件らしい。
第十三層なんて、俺でさえ足を踏み入れたことのない領域だ。
SSRの三人が行くにしても、相当先の話だろう。
――なので、今のところは知ったことではなかった。
将来のリスクなど意にも介さず、集めた魔石は以下の通り。
魔石(小) × 7,892個
魔石(中) × 5,408個
魔石(大) × 549個
魔石(極) × 52個
魔石(激) × 3個
合計:191,769,200G。
目標を大幅にオーバーしていた。
……だが、あと少しで四回分なのだ。
そう思っていたところ、不足分の寄付の申し出があった。
大塚芹那――山本先生の姉だ。
妹もガチャ回しに参加させてくれと、学院に魔石を送りつけてきた。
やはり、過保護な姉である。
だが、これは山本先生の分。
受け取りを断る理由は、どこにもなかった。
***
いよいよ、特別企画。
ガチャの順番は――梨々花、来奈、由利衣、そして山本先生。
政臣がカメラを構える中、四人がガチャ機械を前に並び立つ。
とはいえ、総額二億円である。
一瞬で終わらせるわけにはいかない。
できるだけ引っ張らなければ、コンテンツとして成り立たない。
まずは、それぞれの意気込みタイム。
未来の抱負や、欲しい武器への熱い想いを、思い思いに語り合う。
――延々と。
ようやく終わると、梨々花が一歩前に出た。
このガチャは、カプセル排出式ではない。
ダイヤルを回し、その結果がディスプレイに映し出されるタイプだ。
結果など、いくらでも操作可能――そう思ってしまう。
いや、それを疑っていては、何も始まらない。
「……いきます」
梨々花が静かにハンドルを回す。
ディスプレイに演出映像が走った。
突如として現れる、天上世界の神殿。
周囲には無数の星々が瞬き、カメラが荘厳な石柱の並ぶ回廊をゆっくりと進んでいく。
どこの誰の趣味なんだろうな……。
そんなことを考えているうちに、画面全体が徐々に白い光に包まれていった。
そして排出されたのは――
通常武器のゴブリンソード。
梨々花の目尻が盛大に引きつった。
政臣がすかさず小声で「スマイル!」と囁きかける。
そして、梨々花はカメラに向かって笑顔を作る。
それでこそ、アイドルだ。
涙は楽屋で見せるもの。
視聴者さんには、夢と笑顔を届けなくてはならない。
俺は握りしめた拳に、じんわりと汗が滲んでいた。
そして梨々花のコメント。
「ゴブリンソード……。なかなか悪くないわね。
でも、これはもっとふさわしい戦士が持つべきものよ。
画面の前のあなた――私の剣を受け取ってちょうだい」
心にもないセリフとともに、ゴブリンソードは視聴者プレゼント行きとなった。
次は、来奈の番だ。
右腕をグルグルと回して、やる気アピール。
……今どき、そんなテンションのやつも珍しい。
勢いよくハンドルを回すと、再び演出映像が始まる。
画面が輝きを増し――最後には、まばゆい金色の光に包まれた。
これは……?
排出されたのは、魔導ギア・アイシクルワンド。
水属性を流すことで、上位の氷属性魔法を展開できる杖だ。
こいつはスカなんかじゃない。
それどころか、第三層攻略中の俺たちにとっては、まさに僥倖といっていい。
来奈の瞳が輝き、ガッツポーズ。
「やったー!!
魔導ギアじゃん、あたしやっぱ持ってるー!!」
見ていた梨々花は、口角をひくつかせながらも拍手。
一気に持っていかれたからな。
やがて、来奈の目の前に光の粒子が集まる。
次第に杖の形をとり実体化。
先端にはカットの入った青い水晶。
白い柄には金の装飾が施され、見るからに高級品のいでたちだった。
来奈はそれを嬉しそうに受け取り、カメラに向かって掲げる。
そして、迷わず梨々花に差し出した。
「こいつで第三層攻略っしょ!!」
ニカッと笑うと、梨々花の表情がみるみるほどけていく。
「ありがとう、来奈」
受け取った梨々花は軽く杖を振るう。
たちまち、涼やかな冷気が俺たちを包みこんだ。
梨々花は力強く頷く。
「うん。これと由利衣の結界があれば……。任せといて」
その様子に、カメラを構える政臣は感極まっていた。
――これこそが青春ドラマだ。
目が、そう語っていた。
だが、まだまだ。ここからが後半戦だ。
次は、由利衣の番。
彼女は祈るように目を閉じ、両手を組むと――静かにハンドルを回した。
演出映像のあと、再び金色の輝きがディスプレイを包みこむ。
排出アイテムが映し出され、由利衣の眉がわずかに寄った。
だが、俺は思わず声を上げていた。
「おおっ……!」
マジックリュック。
一見ただの登山用リュック。
だがその容量は、コンテナ1台分に匹敵する。
下手な武器なんぞより、よほど冒険の役に立つ。
支援系アイテムが武器ガチャから出ることなど、滅多にない。
まさかの、俺の事前予想を裏切る結果。
――どうせスカしか出ないだろう、なんて口にしなくて本当に良かった。
めでたく、マジックリュックは政臣の元へ。
カメラマン兼・来奈のパシリ兼・荷物持ちのうち、最後のひとつが格段にグレードアップした瞬間だった。
だが、まだ締めくくるのは早い。
最後の大トリ――山本先生。
この人だけは、本当に何が起きるか分からない。
ヴァジュラが出てきてもおかしくない。
そう思わせるだけの“妙な期待感”があった。
「最後、いいのが出て終わりたいですねー」
サラッと軽い調子でハンドルを回す。
演出映像の終盤。
画面が虹色の光に包まれた、そのとき――
背後でガタッ、と音がした。
それまでカウンターの椅子に座り、ニコニコと様子を眺めていたゲンさんが立ち上がっていた。
こめかみを伝う汗。
こんな表情、今まで一度も見たことがない。
「おいおい……」
喉の奥から絞り出すようなゲンさんの声。
その視線の先――ディスプレイに映し出されたのは。
ヴァジュラ、ではなかった。
だが――
「まさか……こいつは……」
妖刀・村正。
神話伝承級にも勝るとも劣らない、超一級の魔導ギアだった。
政臣のスマホが、ひっきりなしに振動している。
コメント欄が、どえらいことになっているのは間違いない。
「あら〜」
山本先生は、嬉しそうに実体化した村正をしげしげと眺めた。
そして、俺の前にスッと差し出してくる。
「私は弓使いですから。佐伯さん、どうぞ」
にっこり。
……いや、いや。
使わなくても、こいつを売れば七代先まで遊んで暮らせる値がつくだろう。
「おっ、教官の新武器!? 三つもあるじゃん。三刀流でいくの?」
来奈が軽口を叩く。
さすがに三刀など、使ったことはない。
だが、俺も一応は剣士の端くれ。
村正と聞いて、心が昂らないわけがなかった。
おずおずと手を伸ばし、山本先生からそれを受け取る。
ずしりとした重量感が掌を満たし、血が一気に騒ぎ出す。
ゲンさんが、興奮を隠しきれない様子で声をかけてきた。
「修ちゃん……どえらい逸品だよ。
だけど、楽しみだねえ。そいつで夢のダンジョン制覇だ」
まさかの結果。
だが、これがあれば――
その場の全員の祝福に包まれ、俺は新たな相棒を迎え入れた。




