第45話 武器ガチャ狙い
第三層攻略の一日目。
昼食を終えると、三人はさっそくレッドストーンの採掘に取りかかった。
政臣はコンテンツ管理に機材チェック、コメント対応まで抱え込み、俺の近くに折りたたみ椅子を出してスマホをいじっている。
一応、こいつも視界の端には入れておいたほうが安全だ。
カン、カン――。
ツルハシの音が、熱気をはらんだ空気の中に響く。
掘り出した鉱石を精霊に還元していく。
……地味だ。
だが、これも立派な冒険者の仕事。
派手なバトルばかりが、ダンジョン攻略じゃない。
三人をチラリと見ると、他の冒険者たちから次々と声がかかっていた。
第二層までは素材採取専門の冒険者なんてほとんどいない。
彼女たちにとっては、こうしたやりとりも初めての経験。
これも今後のために意味のあることだ。
俺は政臣から預かった武器素材管理の端末を確認した。
……すでに、五トン近く還元されている。
そのうち“闇のふわとろ”の名義が三トン。
ついさっきまで二百キロだったのに――尋常じゃない速度だ。
俺の同級生でSR魔法使い、日村。
さすが、上位冒険者にして、あの頃の学院の理不尽を生き抜いた精鋭。
周囲を見渡すが、もう姿はなかった。
――大量の素材を置き土産に、黙って去っていく。
渋いやつだ。
それでも、目標は九百万トン。
一日やそこらで、どうにかなる量じゃない。
攻略と同じだ。
そして、さらに言えば――
積み上げるべき素材は、このレッドストーンだけではない。
・レッドストーン:火属性……900万トン
・ブルーストーン:水属性……900万トン
・グリーンストーン:風属性……900万トン
・オレンジストーン:土属性……900万トン
・ブラックストーン:爆属性……450万トン
・シルバーストーン:氷属性……450万トン
・ゴールドストーン:雷属性……450万トン
・ホワイトストーン:鋼属性……450万トン
そして特殊素材――
・竜の鱗……9,000枚
・悪魔の尻尾……1,200本
・ミスリル……1,500トン
・オリハルコン……300キロ
当初予定では、これを俺たちだけで集めろと言うのだから鬼畜の所業だ。
もっとも、これは三人分の武器素材のため、この三分の一が貯まれば一つ交換できるのだが――
……揉めそうだな。
俺は政臣に声をかけた。
「なあ。これ全部、“投げ素材”で募集かけるのか?
オリハルコンなんて、五百グラムで家が建つレベルだぞ。どこの大富豪狙いだよ」
政臣はスマホをいじりながら、特に気にした様子もなく答える。
「だから、世界中の配信者を増やしていくんですよ。
少しずつ集めながら――太いスポンサーも、巻き込んでいかないと」
本気で言ってるのか……。
……いや、聞くまでもないな。
この数字を前にして、なおアグレッシブ。
俺なら、集まる前に寿命のほうが尽きる心配をするところだ。
かといって、他に神話伝承級の武器を入手しようと思ったら――魔石を貯めて武器ガチャ狙い。
こっちはこっちで、なかなかハードな道のりだ。
俺がそんなぼやきを漏らしていると、政臣が話題を振ってきた。
「武器ガチャといえば、今年はハロウィン特別企画で――
ヴァジュラ解放の予告が精霊から出ていましたね」
ハロウィンと何の関係があるのか知らないが、相変わらず精霊の集金には節操がない。
それにしても――神槍ヴァジュラか。
魅力的ではあるが、うちには槍使いがいない。
宝の持ち腐れだろうな。
……そもそも出ないだろうし。
だが、政臣は案外乗り気だった。
「せっかくなんで、ヴァジュラ狙いで回してみたいですね。
神話伝承級なんて滅多に解放されないし。
爆死なら爆死で――それはそれでおいしいので」
うーん。
ガチャ回しか。それも経験かもしれない。
ちなみに、魔法使いガチャは一回につき十億円相当。これは国が管理している。
武器ガチャは個人でも回せて、もう少し安い――なんと、一回たったの五千万円相当。
排出がショボいナイフとかだった日には、精神的ダメージがでかすぎて立ち直れない。
だから、まともなやつはあまり手を出さない。
第二層の稼ぎは、状態異常耐性リングの購入に消えた。
つまり、第三層ではまた一からの積み上げというわけだ。
ただ、この階層には――出現率こそ低いが、魔石ドロップがやたらとおいしいモンスターもいる。
コンテンツとしても悪くない。
「明日は日曜版で、山本先生のレベルアップデーですよね。
ついでに魔石稼ぎもやってみません?」
政臣の提案に頷く。
どうせなら一石二鳥を狙う。
方針は、これで固まった。
見ると、三人は相変わらずコツコツと掘っている。
一日中魔力集中をやっている連中だからな。
こういう作業も、案外嫌いじゃないのだろう。
俺は三人に声をかけた。
「明日も第三層だからな。そろそろ帰還するか」
「はーい! 誰がいちばん掘ったか、確認してよ教官!」
来奈が声を上げる。
冒険を楽しんでいるようで、何よりだ。
俺の学院時代の強制労働とは大違い。
そして結果は、圧倒的に由利衣。
「次こそは」と意気込む来奈と梨々花の思いを残して、俺たちは初日の帰路についた。
***
翌日。
俺は一週間の疲労を癒す間もなく、日曜も冒険。
ただ、今日は弁当を山本先生が作ってくれるということで、少し遅くまで寝かせてもらえた。
……できた人だ。
性格は少々あれだが。
眠い目をこすりつつ寮の玄関へ向かうと、眩しい笑顔が飛び込んできた。
「おはようございます、佐伯さん!」
そう言って、パタパタと駆け寄ってくる山本先生。
三人はまだ支度中のようだ。
先生はいつもの格好だった。
だが、そうでなくては逆に不安になる。
……とはいえ、今日は妙に“見せつけてくる”気がするのは俺の気のせいだろうか。
「第三層攻略のための、新装備なんです!」
「……そうなんですか。良く似合ってます」
嘘は言っていない。
そこに政臣が寮へ入ってくる。
山本先生の姿を見た瞬間、目が輝いた。
「これ、セリーナ大塚さんデザインの衣装ですよね!?
いや、このエンチャント!! さすがの仕事だなあ!」
俺にはジャージにしか見えない。
だが、聞いたことはある。
セリーナ大塚こと、大塚芹那。
世界的な魔法衣装デザイナーにして、この学院の卒業生。
素材を求めてダンジョンに潜る現役冒険者でもある。
彼女の仕立てた装備は、ハイブランドの服など目じゃないほどの値段だと聞く。
俺の吊るしスーツ三十年分でも釣り合うかどうか、怪しいレベルだ。
「芹那は私の姉なんです。いまは姓が変わってるけど」
山本先生が、はにかみながら答えた。
姉妹で精霊ガチャに当選とは、珍しい。
強運の家系なのだろう。そして、家族情報はあと弟がいるはず。
しかし、世界的デザイナーは妹が年中ジャージ姿なのは気にしないのだろうか。
そんなことを考えていると、梨々花がやってきた。
「おはようございます。
あら。山本先生、新装備ですね。機能性を追求しつつ、可愛らしさと大人の艶めきが同居して……ブリリアントだわ」
その後やってきた来奈と由利衣も、揃って感嘆のため息を漏らす。
俺だけ感性がおかしいのだろうか?
そんな不安な気持ちを抱えたまま、ダンジョンゲートをくぐった。
***
山本先生には、ハロウィン企画の武器ガチャのために魔石をガンガン集めたいと伝えている。
レベルアップ目的とも合致するため、反対はなかった。
「ロマンありますよねー。
これも姉から貰ったんです。武器ガチャで出たけど弓は使わないからって」
そう言って魔導ギアを見せてくる。
なるほど――どうりで、第三層攻略中の装備にしてはやけに高性能だと思った。
たしか、芹那はSR魔法使いだったはず。
現役の精鋭にして世界的デザイナー。
……妹に対して、やや過保護が過ぎる気もする。
もっとも、俺が口を出す話じゃない。
俺たちは、すでに第三層に降りていた。
由利衣が油断なく索敵を続け、目当てのモンスターが棲息するエリアへ進行していく。
そんな中、来奈がふと思い出したように声を上げた。
「ヴァジュラって、そんなにすごいの?
当たったら、あたし使ってみようかなー」
――まず当たらないだろうが。
とはいえ、ガチャは“出る前の妄想”がいちばん楽しいものだ。
わざわざ冷水をかける趣味はない。
「そうだな……雷をまとう神槍。
神話伝承武器の中でも、間違いなく上位だ。
数千年ぶりの復刻――インドがまず黙っていないだろう」
昨年は、青龍偃月刀で中国の魔石を根こそぎ吐き出させた。
経済成長著しい国を狙い撃ちにしているとしか思えない。
……精霊のやることは、相変わらずえげつないのだ。
すると、由利衣が来奈の背でぴくりと反応した。
さっそく降ろすと、寝たままおもむろに銃のトリガーを引く。――六連射。
魔力弾は、昨日見た成人サイズの亜竜――遠くにいる二体の頭部へと一直線に飛んでいった。
額と左右の目に、容赦なく三発ずつ。着弾と同時に二体は崩れ落ちる。
相手に何もさせず、瞬く間の殲滅。
恐ろしいやつだ。
「そろそろ属性付与ね……」
梨々花が由利衣に触れると、青い魔力がふわりと立ち上り、俺たち全員を薄く包み込む。
熱気がすっと引き、SSR三人と政臣は深く息をついた。
山本先生は、自身の断熱魔法の制御を完璧にこなしている。
さすが、ベテランだ。
「黒澤さん、すごいわね。
でも、頼ってたらレベルアップにならないし」
山本先生が苦笑する。
再び歩き出したそのとき――
来奈の背で、由利衣の目が開いた。
「右方向に大きな反応! 昨日のとは違います!!」
なるほど。昨日のやつより大きい。
来奈が叫ぶ。
「あれ、アロサウルスじゃね!?」
……何気に恐竜に詳しいな。
俺が対処しようと飛燕の柄に手をかけると、山本先生が一歩、前に出た。
やるというのか――。
なら、俺は柄に手をかけたまま静止。
山本先生は、背中の矢筒からスッと矢を抜き、グイッと引き絞る。
巨大竜はこちらに向かって、ずんずんと歩みを進めていた。
荒れた大地が一歩ごとに震える。
「ちょっと……山本先生?」
梨々花が不安そうに声をかける。
巨体は迫っているのに、山本先生はいつまでも弓を構えたままだ。
距離にして二十メートル。
もう鼻息も聞こえてくる。
「センセー、ヤバいって!!」
来奈の叫び。
だが、俺は手を上げて制した。ちらりと振り返る。
――いざというときは俺がいる。心配するな。
そう目で合図すると、三人は黙り、政臣は冷静にカメラを構えた。
距離十メートル。
巨竜が捕食のために口を開く。
ナイフのような牙がびっしりと並び、背後で来奈の「いやいやいや……」という声が震える。
その刹那。
十分に引き絞られた弓から、矢が放たれた。
矢は避けようもない速度で、亜竜の口へ吸い込まれる。
――パァン、と小気味良い音。
頭蓋骨を貫通し、下顎から上を吹き飛ばした。
巨体の動きが鈍り、ビクンビクンと痙攣しながら進む。
そして、山本先生の眼前、数センチの距離で足をつき――崩れ落ちた。
頭部の吹き飛んだモンスターが目前まで迫っても、
山本先生の目はいささかも揺るがない。
氷のような眼差しが、生命活動を終えた亜竜を見つめていた。
その姿が光の粒となって消えるまで――ただ、静かに。
さすが、というか。
性格がコロコロ変わるため、どうにも掴みどころがない。
だが、ここ一番での肝の据わりようは、まだ三人には到底届かない地点にある。
山本先生は軽く息を吐くと、くるりと俺の方へ振り向いた。
氷の眼差しのまま、モジモジとした仕草はアンバランスだ。
「とっても怖かった……でも、佐伯さんがいてくれたから……」
こういう時は、何と言えばいいんだろうか。
正直、リアクションに困る。
皆が呆気にとられる中、由利衣の眉が寄った。
「コーチ。さっき私が撃った亜竜の反応……に近いんですけど。
なんか違うというか、異質な感じ? すいません、よくわからないです」
俺は由利衣の指さす方向を見る。
――あれは、目当てのやつだ。
腰に差した二刀を抜き放つ。
狩りのメインイベント開始の合図だった。




