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第44話 第三層のオアシス

SSR三人の第三層初チャレンジは――

いきなり“大型肉食竜”の洗礼から始まった。


とはいえ、初見の相手はあくまで俺だ。


背後で明らかに怯んでいる三人に、短く声をかける。


「見た目に圧倒されるな。

第二層のボスを倒したお前たちなら、落ち着いて対処すれば――立ち向かえる相手だ」


そう、ここはまだ第三層。

ステータス的には、理屈の上では“手の届く”相手。


だが、理屈なんて吹き飛ぶほどの迫力だった。


赤黒い大地と同じ色をした皮膚。

体高は六メートルを超え、尻尾を入れれば十五メートル弱。


堂々たる姿。まさしく暴君の名がふさわしい。


「あ、あれって……ティラノサウルス!?」

来奈が、興奮と恐怖の入り混じった声を上げた。


姿形は、確かにそれに近い。

第三層でも最強クラスの捕食者――まさか初日で出会うとは。


正直なところ……ああは言ったものの、今の三人には少し荷が重い。


「……臆するんじゃない。そのために俺がいるんだろう」


昔の戦闘狂ぞろいだった学院生なら、むしろ嬉々として“ティラノハント”を始めていただろう。


だが、彼女たちはまだ魔法使いになって数か月。

この反応はむしろ自然だ。


もっとも、“戦闘民族”としての素質は充分。

あとは、慣れていくしかない。


俺は、右手に飛燕を握りしめたまま、左手で別の短刀を抜き放つ。


麗良から譲り受けた――魔導ギア・月光。


欧州SSR、アリサの持つロンギヌスほどではないが、魔力伝導性に優れた上級魔法剣だ。


飛燕は、驚くほど軽く、それでいて折れず。刃こぼれも自動修復してしまう名刀。

つい昔なじみのこいつを多用してしまうが……

月光の性能も、決して劣ってはいない。


大物狩りだ。

――久しぶりに、少しばかりスロットルを吹かせていこうじゃないか。


その瞬間、無意識に口角が上がっていたのだろう。

俺の顔を見た梨々花の首筋を、ツッと汗が伝い――息をのむ。


俺は苦笑し、ちらりと彼女を見やる。


「ブランクがあるからな……少しくらい気合いを入れさせてくれ。

あいつの皮膚は厚い。お前たちがやるときは、入江の爪に風属性を最大限に付与しろ。

遠距離からは、さっき見せたように礫弾を。できるだけ足を狙え」


言い終えると同時に、月光が低く唸った。

刃先から――高度に圧縮された風が吹き出す。


巨大竜との距離、十数メートル。

背後の四人は硬直したまま、一歩も動けない。


俺は地を蹴った。


砂煙を切り裂き、竜の懐へ滑り込む。

股下をザザッとくぐり抜ける瞬間、月光の斬撃が片脚を断ち、

飛燕がもう片方の腱を正確に切り裂く。


巨体が悲鳴とともに崩れ落ちた。

地鳴りのような衝撃。

重機のような顎が地を噛み、なおも四人を襲おうとするが――あと一歩届かない。


来奈が涙目で後ずさるのが見えた。


俺は身を翻し、月光に魔力を込める。

刃先から数メートルにわたって、風の刃が形成された。


背後から跳び込み、一閃。

風の斬撃が竜の首を断ち切り、血煙が舞い上がる。


政臣は顔面蒼白で口をパクパクさせながらも、カメラを回し続けている。

その根性は見上げたものだ。


「図体はでかいが、お前たちが研鑽を積んで勝てない相手じゃない。

まあ、もう少し慣れていこうか」


そう言い終えたところで、政臣のスマホが震える。

またこのパターンか――と思う間もなく、配信のコメントが流れ始めた。



『毎回、女子高生に無茶振りしてんじゃねえよ』


『一撃で首飛ばせる魔法使いなんて、初めて見たんだけど』


『リリカさまあああああああああああああ。全力でしばいてくれえ』



ふぅ、と息を吐く。


「初見でビビるのは仕方ない。

だが、一度見た戦闘は血となり肉となる。

それが――戦闘魔法使いだ」


言葉が浸透するのを待って、続ける。


「お前たちの才能は信じてる。

やれるようになるまで、何度でも付き合ってやるから、心配するな」


その言葉に、先ほど弱気を見せた由利衣が顔を上げる。

頬を紅潮させ、嬉しそうに言った。


「今の魔力、覚えました!

次からは見つけしだい殲滅しますから!!」


頼もしい限りだ。

俺が笑いかけると、来奈も負けじと勢いづく。


「ビビったのはたしかだけど!

恐竜とバトルとか、夢あるじゃん。

あれボコれるくらい強くなりたいな!」


梨々花も静かに頷く。

その眼差しはすでに次の戦いを見据えていた。


「そうか。そいつを聞いて安心した。

――ちなみに、今のデカいのはブレスで暴風を起こす。

だから、次に出会ったら“溜め”の前にケリをつけろ」


竜の魔法は、ブレスという形で放たれる。

威力は絶大だが、発動前にはわずかな溜めがある。

モーションを読めれば、回避も可能だ。


――もっとも、上位の真竜のブレスは別格だ。

来ると分かっていても、避けられるもんじゃない。


ブレスについては、第二層ボスの毒モグラで経験済み。

だが――この先、ブレスを使うモンスターは山ほど出てくる。

第三層では、その“対処慣れ”も狙いのひとつだった。


そして、俺は改めてレベル目標を口にする。


「この階層のボスに挑むなら、星1のSRでレベル70。

第四層は……レベル99が目安だな」


数字を聞いた来奈が「ひえぇ」と情けない声を漏らす。

それも無理はない。


第四層は、レベルマックスでも正直厳しい。

だが――星上げしてレベル1に戻る前に、あえて挑む冒険者も少なくない。

いわば、“区切り前の総仕上げ”だ。


少し先の話ではあるが、彼女たちがそこを目指す日も、そう遠くはない。


そのとき――遅れて、耳に届くレベルアップサウンド。

パワーレベリングは俺の主義じゃないが、こればかりは仕方ない。


「お、お前たちもレベル50か。早いもんだな」


ついこのあいだまで、レベル1で最弱モンスターにも手こずっていたのに。

いまでは巨大竜に立ち向かおうとしている。


――たいした成長だ。

SSRだからってわけじゃない。

それは間違いなく、三人の努力の積み重ねだ。


梨々花が軽く目を伏せ、静かに息をつく。

星1とはいえ、レベル50。

彼女にとっては、通過点にすぎない。

だが、その意味は大きい。


やがて顔を上げ、俺の視線と交差した。


「先生のおかげです。

でも、まだこんなもんじゃないってところ……見せていきますから」


一瞬、熱風が吹き抜けた。

その中で、俺は思わず口元をゆるめる。


それでこそ、俺の教え子だ。


「よし。じゃあ、今日のところは――休憩ポイントまでの攻略だ。

あと少し、頑張れ」


俺が指を差した先に、低い岩影の向こうで小さく屋根が光った。

言われて初めて気づいたように、四人が目を細める。


岩だらけの荒野にぽつんと浮かぶ、小さなオアシス。

そこが――わが国の採掘場だった。


熱気の中、俺たちはトロッコ線路に沿って歩を進めた。


***


日本国レッドストーン採掘場。


国旗の掲げられたゲートをくぐる。

この不可思議なダンジョンの中で、日の丸を見るのは――どうにも妙な気分だ。


かつてここは、もっと広大で、多くの冒険者たちで賑わっていたという。

だが今では、施設の一部を残してひっそりと稼働しているだけだ。


限られた魔法使いリソースは、より深層の攻略と勢力維持へ――。

それが国策の現実だった。


それでも第三層は、こうして日本が精霊から借地している区域がある。

第二層までは、ほぼフリーエリアだ。


採掘場といっても、山を削るわけではない。

外の常識を持ち込まれても困るが――このダンジョンでは、鉱石は地表から顔を出している。

それを掘り出すだけだ。まるで、畑の野菜みたいに。


そして掘り出された鉱石は、一定時間が経つとまた元の場所に“復活”する。

まるで精霊が新しい実を実らせるように。


このエリアには、いくつものテントが点在していた。

ここに潜る冒険者たちが、採掘ポイントの“再生”を待ちながら休憩や寝泊まりに使う拠点だ。


俺たちがエリアに足を踏み入れると、人あたりの良さそうな作業服の男が手を振ってきた。

年の頃は、俺より一回り上か。


男はこの採掘エリアの責任者――名札には田島と書かれていた。


「おう、SSRの動画、俺も見てるよ。

ここでレッドストーンを掘るなら、好きにして構わないから。

ただし、テントの場所は邪魔しないようにな」


快活な笑みを浮かべながら、俺たちを休憩施設に案内してくれる。


建物はかなり年季が入っていた。

壁はくすみ、床には幾度も修復の痕がある。

だが、空調の魔法がしっかり効いていて――驚くほど快適だった。


この階層の熱気の中では、それだけでも充分すぎる贅沢だ。


来奈は飲み物を求めて、自販機の前へと歩み寄った。

だが――表示された金額を見て、思わず「ウッ」と声を上げる。


ミネラルウォーター一本、ダンジョン内通貨二千G。

日本円で二千円。


それはそうだ。

ここはダンジョン内なのだから。


だが、すかさず政臣にねだる。

プロデューサーというより、カメラマン兼パシリとしか思っていないのかもしれない。


だが、政臣は気にした様子もなく、いつもの笑顔で財布の紐を緩めていた。

――あれはあれで、幸せそうだからいいのかもしれない。


田島さんは、「分からないことがあれば、いつでも声をかけてくれ」と言い残し、現場へ戻っていった。


俺もかつて、この施設に通っていた身だ。

大抵のことは分かっているつもりだが――それでも、頭を下げて見送った。


しかし、この場末感。

俺が現役だった頃よりも、さらに寂れている気がする。


レッドストーンはまだ一定の需要こそあるが――

この採掘場も、いずれは閉鎖されるかもしれない。

そんな“終わりの気配”が、どこかに漂っていた。


だが、それはそれとして。


「今日のところはここまでだな。

弁当を食べて帰還してもいい。

採掘していくってなら、それでも構わんが……俺の目の届く範囲で頼むぞ」


ここは日本領と言えるが、ダンジョン内。

学院よりも格段にセキュリティが甘い。何が起きてもおかしくはないのだ。


彼女たちは「せっかくだから採掘していきたい」と希望した。

自分たちの装備のため――その意識は立派だ。


その前に、まずは腹ごしらえ。

休憩場のテーブルに弁当を広げる。


俺が朝早くに起きて作ったものだ。

第三層の熱で傷まないよう、保冷バッグ入り。

学食と寮父の経験は、確実に家事スキルを底上げしてくれていた。


政臣を入れて、大きな子ども四人分の腹を満たしてやる。

……俺は、そんなキャラじゃなかったはずなんだがな。


そんなことをぼんやり思いながらも、唐揚げを頬張る皆の笑顔を見て――つい、頬が緩んだ。


そのとき、背後から声がかかる。


「おう、佐伯。SSRの攻略かい」


振り返ると、俺と同年代くらいの男が立っていた。

細身だが、筋肉の線がしっかりしている。

無駄のない身のこなし――いかにも“現役”の冒険者だ。


はっきり言って、この場末の採掘場には似つかわしくない雰囲気。


……誰だったか?

男は、俺の表情を見て苦笑した。


「まあ、二十年は経ってるからな。お互いジジイだ。

日村って言ったら思い出すか?」


脳内の古い領域にあるシナプスに光が灯る。


俺の同級生で、SR魔法使い。

ゴリラのようないかつい体に丸刈り。ダンジョン内でも学ラン、高下駄、マントという、時代を超越したバンカラ。

そして、俺に負けず劣らずの戦闘狂。どこに出しても恥ずかしくない蛮族。


学院の番長だった男だ。


「日村か!?

分かるわけないだろ。お前、骨格から変わってないか?」


俺の軽口に、日村は喉の奥で楽しそうに笑った。

そして、後ろの三人に視線を向ける。


「おじさんもな、レッドストーン、少しばかり協力しようと思ってよ。

まだ全然なんだろ?」


そう言って、梨々花に向けて――バキューンポーズ。


来奈がハッと声を上げる。


「あっ! “闇のふわとろさん”!? さっき素材くれた人!」


日村は口元をゆるめた。


「まあ、第三層に着いたばかりだったから、あんなもんだけどな。

挨拶代わりってことで。……けど、これから協力する連中は、もっと増えるだろうよ」


SRともなれば、こんな浅い階層で採掘するより、深層のほうがよほど実入りがいいはずだ。

それでも――こうして古い仲間が手を貸してくれる。

その心意気が、なんだか妙に嬉しかった。


皆が礼を述べると、日村は笑った。


「投資だよ、投資。

俺はいつも第八層にいるからな。

SSRが深層を攻略してくれりゃ、おじさんももっと稼げるってわけだ。

……じゃあな、佐伯」


照れ隠しのように言い残し、日村は踵を返して手を振る。

振り向きもせず、休憩所を後にした。


第八層。上位冒険者か。

確かに、あいつなら納得だ。


「ねえ、教官。あの人ほんとに同級生?

なんか、あっちの方が若く見えるんだけど。

梨々花はどっちのおじさんが好みなのかな〜?」


おにぎりを頬張りながら軽口を叩く来奈。

その脇腹に、由利衣の肘が突き刺さる。


米が喉に詰まり、顔色が青くなる来奈に水筒を差し出しながら――

俺は、久しぶりの旧友との再会に、ほんの少しだけ暖かさを覚えていた。

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