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第42話 第三層へ

学院は二学期。

俺に、ようやく日常が戻ってきた。


朝晩の寮の食事の支度に、昼は学食。

むいたジャガイモの数は、これまでダンジョンで狩ったゴブリンの首を超えるだろう。

ここに来るまでは料理などやったこともなかったが、いまでは鼻歌交じりに野菜を下ごしらえする自分がいた。


「佐伯さん、いまから調理師免許チャレンジしちゃえば?」


寮の食堂で、小林リーダーが揚げ物を作りながら、にこやかにアドバイスをくれる。


「それも悪くないかもしれないですね」

思わず真剣に答えていた。


第一の人生がダンジョン。第二の人生が営業。

そして第三が再びダンジョン。

この次は、定食屋のオヤジにでも――。


小さな店を構えて、安くてうまいものを客にたらふく食べてもらうのだ。

俺は調理場で黙々と鉄鍋を振るう。

そしてカウンターでは――


「ジャージに割烹着の若女将が働いて」


そう、ジャージに……。


…………。


山本先生がトンカツに衣をつけながら、楽しそうに俺の妄想を勝手にシェアしていた。

言葉には出していなかったはずなのに。

精神感応系の魔法だろうか。


教師に寮の仕事、そして魔戦部。

おそらく俺以上のハードワークだ。

この学院には、“働き方改革”の文字は存在しない。


どうやら、今週から第三層の攻略に入るということで、気合い充分のようだ。

高坂に聞いたところ、山本先生による魔戦部の指導は苛烈を極め、あの生意気なSR魔法使い・獅子丸でさえ、容赦なくしばき倒されているという。


最初に見たときはおどおどした印象だったのに――

なにがどうしてこうなったのか、よく分からない。


だが、有望な戦闘魔法使いがひとり、ここに覚醒していた。

ある意味ではSSRよりも恐ろしい。


俺はできるだけ山本先生と目を合わせないように、夕飯の支度に集中することにした。


***


俺が遅い夕飯を取っていると、いつの間にか三人が集まってくる。

これも久しぶりな気がする。


「でさー。明後日の第三層攻略だけど。

火山なんだよね。森の次は火山だの溶岩って、いろいろヤバくね?」


ヤバいもヤバくないも、それが精霊の運営するダンジョンだ。

俺はトンカツに醤油をドバドバかけながら生返事をしていた。

来奈は、ほぼ一方的に喋っているときはこちらの意見など求めていないことは最近分かってきた。


「先生。塩分を取りすぎると血圧が上がりますよ」


梨々花の冷静なコメント。

俺は何にでも醤油派だ。


「いいんだよ。暑いステージに行くんだから」


構わず、黒い液体でヒタヒタになったトンカツを食べる。


「味噌汁には七味だよねー。発汗を促すんだから!」


由利衣が勝手に唐辛子をガンガン投入してくる。

やめろと言っても聞かないのだ。


梨々花は、赤と黒に染まった俺の夕飯には見向きもせず、タブレットを取り出して勝手に作戦会議を始めた。


「溶岩ステージね……森林とは別の意味で厳しい環境だわ。

でも、私の魔法と由利衣の結界があれば、熱は大丈夫」


頼もしい言葉だ。


第三層は高温地帯。

魔力制御で、水魔法と風属性を体表近くに循環させ、熱を遮断する特殊訓練が必要になる。

俺がこの域に達したのは、高一の頃。小五から師匠のもとで冒険者を始めて、実に五年かかった。


欧州チームも第三層に挑戦するらしいが、クラリス以外の面子は正直厳しい。

だが、向こうには高価なマジックアイテムを使いたい放題のマルグリットがいる。

おそらく氷魔法を常時展開して、力技で押し切るつもりだろう。――羨ましい限りだ。


一方、うちの三人もまだそこまでの練度はない。

だが、チームプレイでそれを補う。


ここ数日、由利衣の防御結界に梨々花の水属性付与を重ねる訓練を続けてきた。

現在の持続時間は十五分。

徐々に伸びてはいるが、今はまだその程度だ。


こまめな再付与が必要だが――それでも、確実に形になりつつある。


だが、あえて言っておくべきことがある。


「理解していると思うが。

第三層に潜る冒険者は、皆その程度の魔力制御ができるということだ。

お前たちの成長は俺の目から見てもすごいが……やはり、時間をかけて地道に積み上げるべきものがある」


神妙に頷く三人。

経験の浅い魔法使いにも関わらず、第二層を突破できたのは快挙だが――ここで気を抜いてはいけない。


そんな心得を説きながら、味噌汁を口に含む。

唐辛子が喉を焼き、盛大にむせた。


「ちょっ、教官。汚いなあ」


来奈が呆れた声を上げる。

どうにも師匠キャラを演じても、しまらない。


「ま……まあ、第三層はそのレベルだってことを分かってくれればいいんだ。

いまから何年もかけて魔力制御を訓練するってのも悪くはないが……。

足りないものは、工夫で補っていく。それも冒険だ」


そう。

経験は、俺が補えばいい。

こいつらには思いっきり冒険を楽しませよう。そう決めていた。


先日、第二層ボス戦を見て冒険者に興味を持つ生徒が増えたと聞く。

SSRの活躍が若い魔法使いたちの刺激になるなら――俺も、やりがいがあるというものだ。


若い頃には考えもしなかったが、これも年を取ったということか……。


おじさんの哀愁に気づいたのか、気づかないのか。

夜がふけるまで、三人の元気な声が食堂に響いていた。


***


土曜日。


冒険部の五人は、ダンジョンゲートをくぐった。


スタートポイントには、いつものゲンさんの姿。

今日から第三層に挑戦することは、もちろん彼も知っている。


「ついこないだ第一層チャレンジだったのにね。

先生がいいのか、お嬢ちゃんたちがすごいのか……どっちもだな」


にこにこと温和な笑顔に、つい頬が緩む。


「今日のところは無理せず体験かなって思ってるけどね。

ゲンさん、最近の冒険者はどんな感じだい?」


第二層までは、ほぼトレーニング目的の冒険者が多かった。

だが、ここから先は違う。

ダンジョン素材やモンスターのドロップ品を目当てにする者も現れる。

利害が衝突する場面も、徐々に増えてくるだろう。


第三層をうろつくのは、駆け出しから中堅クラスの冒険者たち。

とはいえ、経験の浅い三人にとっては――油断すれば寝首をかかれかねない。


ゲンさんは笑みを崩さず、穏やかに言った。


「そうだね。相変わらずレッドストーン採掘の冒険者はちらほら。

でも、下手に縄張りを荒らさなきゃ大丈夫だよ」


レッドストーン。

第三層特産の、火属性を含む高温鉱石。

マジックアイテムの素材としてはもちろん、古くから燃料としても利用されてきた。


もっとも、燃焼時にCO₂を排出するため、近年では採掘規制がかかっている。

かつては日本も第三層に大規模な鉱床の縄張りを有していたが、現在はその規模を縮小中だ。


より下層で採れる鉱石の方が、エネルギー効率が高く、かつクリーン。

いまの資源獲得競争の主戦場は、そちらへと移りつつある。


とはいえ、このレッドストーンも完全に需要がなくなったわけではない。

比較的浅層で採れることもあり、生活の糧にしている冒険者も少なくはない。


鉱床には、縄張りを示すマーキング魔法が施される。

縄張りは主に国家や大企業の単位で運営されており、そのエリアの占有権を得るには、大量の魔石や高価な素材を精霊に差し出す必要がある。

しかも、それは時限契約――個人で賄えるようなものではない。


一方で、低層は素材価値の旨味がないため、占有権は放棄されがちだ。

第四層あたりまではフリーエリアが多い。


魔法使いの人口は人類全体のわずか数%。

希少な戦力は、より深層の攻略に投入したほうが効率がいい――それが各国の判断だった。


なお、縄張りが精霊に認められない例外は、ボスエリアとそこに至る経路である。

ただし、ボスエリアへショートカットするために他国の領域を通過する必要がある場合、料金を支払えば通行を許可する――そんな“関所システム”を採用する国も多い。

そして、下層へ行くほどそれは巨大な利権になっていく。


これは学院の特別教科で学習することだが、案の上、来奈と由利衣は興味なさそうだった。

梨々花だけが、ふんふんと相槌を打っている。


そして、重要なことがもう一つ。


「レッドストーンは、SSR用武装の素材のひとつだ。

ぜひとも回収しておきたいところだな」


必要量は、武器ひとつあたりおよそ三百万トン。

つまり三種揃えるなら、ざっと九百万トン。


「は? トン? 単位おかしくね?」


来奈の素のツッコミが入る。


別におかしくはない。

かつては人類のエネルギー需要を賄っていたのだから。


もっとも、転送ゲートのサイズの問題で、一度に大量には持ち出せない。

石炭の数十倍のエネルギー密度と重量の鉱石。

かつての魔法使いたちは、それを人力と魔法を駆使して運搬していたという。

先人は根性が違う。


「武器交換用なら、外に持ち出す必要はない。

採掘したその場で精霊に還元すればいいんだ」


俺の言葉に、「それ、何の意味があるの?」と質問が飛ぶ。

だが、そんなことは精霊に聞いてくれとしか言いようがない。

理由なんて、俺にも分からない。


「とはいえ、ひとりあたり三百万トンだからなあ!!

なあに! SSRの根性なら、一日一万トン掘れば一年かからないさ。ははっ!!」


軽口を叩いた瞬間、由利衣の銃口がこちらに向いた。


冗談が通用しないやつらだ。


「……まあ、必要量は本当だけどな。

お前たちが全部やらなくても、冒険者に依頼するという手があるだろう」


そう。

アホみたいな素材必要量を要求するかわりに、“採取に協力すると意思表示した人間”から還元された素材もカウントされる仕組みになっている。


すると三人は、ヒソヒソと何やら作戦会議を始めた。

そして、やおら政臣の持つカメラの前へ。


三人娘が揃ってポージング。

梨々花が口火を切った。


「冒険者のみなさーん!

わたしたち、第三層のレッドストーン募集中でーす!

どしどし還元してくださいね!」


来奈も負けじと声を張る。


「みんなの力、あたしたちに分けてくれよな!!」


最後に、由利衣が祈りを捧げる。


「みなさんの協力で、わたし達、強くなって……レイドと攻略、頑張れます。

お願い……お兄ちゃん」


お兄ちゃんって何だよ。

いつの間にそんな属性が追加されたんだ?


……しかし、なるほど。

“投げ銭”ならぬ“投げ素材”か。

考えたものだ。


政臣がすかさずナレーションを入れる。


「素材の進捗は週ごとに出していきますね〜!

上位還元者には……良いこと、あるかも!?」


俺には、根性で掘るか、金で雇うか――その二択しかなかった。

だが、若いやつらは実に柔軟だ。


「視聴者さんがお布施したくなるように、しっかり攻略頑張らないとな。

それじゃあ、行くか」


「はいっ!」


三人の声が重なり、俺たちは新しい冒険のフィールドへと踏み出した。

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