第37話 第二層ボス攻略(3)
第二層のボス――巨大毒蛇。
その体力と再生力は、常軌を逸していた。
欧州SSRたちの攻撃を正面から受けながらも、
戦闘の最中にさらに“進化”を遂げていく。
まずは炎耐性の獲得。
そしておそらく、攻撃魔法そのものへの耐性までも上がっている。
長期戦になればなるほど不利。
それは毒蛇に限らず、他のボス候補にも言えることだったが。
だが、対するアリサの士気にもいささかの衰えも見えない。
――何度でもやってやる。
その瞳の光が、そう語っていた。
なんだろうな。
正統派ヒロイン感ではあっちの方が圧倒的だ
そんな考えが脳裏をよぎったのを察したのか、杖が後頭部を的確にヒットした。
「先生。いま頭に巨大なハエがいました」
梨々花は冷静に言葉をかけると、続けて攻略の思考に切り替えていた。
「炎耐性は確かに厄介ですけど……課題そのものに変更はありません。
やはり、“どうやって首を落とすか”がカギですね」
――その通りだ。
毒蛇の攻略法は、まさにそこに集約される。
だが、いままでマルグリットの繰り出す炎で鈍っていた動きが戻ったのは不利。
課題解決に至る前に難易度が向上していた。
そこにマルグリットの声がかかる。
「炎以外にも手札はあるんだよ!」
別のロッドを手にすると、毒蛇を巨大な氷の槍が貫いた。
あれだけのマジックアイテムを、ノーリスクで扱えるとは。
自身の戦闘能力があろうがなかろうが関係ない。
世界の確率を操る能力。いままで見たSSRの中でも、ひときわ特異な存在だ。
再びマルグリットの支援を得たアリサは、氷の槍に串刺しになった蛇の首を切り落としにかかる。
水の魔法をロンギヌスに込める。
槍を振るうと、水圧カッターが巨体を切り裂く。
だが――浅い。
それでもアリサは止まらなかった。
一撃の重みよりも、手数で押し切る覚悟だ。
「あああああっ!!」
立て続けに水刃を叩き込み、毒蛇の首筋へと集中攻撃。
肉が裂け、鱗が剥がれ、鮮血が噴き出す。
同時に、毒と酸がアリサの髪を、肌を焼いた。
焦げた匂いが立ちこめ、視界が滲む。
それでも――止まらない。
「見てらんないよ……あんなにボロボロになって。
くそっ、あの蛇、なんで倒れないんだ……!」
来奈が歯噛みし、拳を握りしめた。
由利衣も、目をそらすことができずにいた。
そのときだった。
氷の槍が――サアッ、と音を立てて霧散した。
拘束を失った毒蛇が身をのけぞらせ、尾を大きくしならせる。
丸太のような尾がアリサの脇腹を打ち据えた。
「――っ!!」
衝撃音とともに、アリサの体が宙を舞う。
地面を転がり、大量の血が吐き出された。
「アリサさん!」
リュシアンが駆け寄り、震える手で回復魔法を展開。
純白の光がアリサの全身を包み込む。
焦げた肌が再生し、裂けた衣服の隙間から覗く傷口が閉じていく。
荒かった呼吸も、次第に静かに整っていった。
だが――リュシアンの綺麗な顔は歪んでいた。
その瞳には、涙が滲んでいる。
「ごめんなさい……。
いくら回復できたって……痛みが……ごめんなさい。こんなの……」
「おい! お前が諦めんのかよ!」
マルグリットの声が飛ぶ。
「アリサもあたいも、強制されてここに立ってるわけじゃねえよ。
やりたいことあんだろ?
国がどうとか教会がどうとか……知らねえよ。
仲間は死んでも守る。それだけなんだよ!」
その言葉に、リュシアンは唇を噛み、目を伏せる。
「……嬉しいです。本当に。でも……もう……」
「……もう、リタイア? まだ私は立てるよ」
血を拭いながら、アリサがゆっくりと体を起こした。
リュシアンの頬に、やわらかく手を添える。
一方、毒蛇は打ち据えた獲物が立ち上がる様を感情のない眼で見ていた。
毒の浄化、回復。
それらを行っているのは……。
次の瞬間、毒蛇が動いた。
巨体が滑るように地を走り、狙いをリュシアンへ。
「ダメ!!」
アリサがリュシアンを突き飛ばす。
毒蛇の尾がアリサを捕らえ、巨大な身体が一瞬で彼女を締め上げた。
ベキベキ、と骨の折れる音。
「まずい!」
考えるより先に、体が動いていた。
俺はボスエリアへ向かって駆け出す。
こうなっては、一刻の猶予もない。
だが――その前に、冷ややかな声が響いた。
「言っておきますが、あの御三方以外の立ち入りは、即座に失格です。
……そういうことで、よろしいのですね?」
聖魔術師教会の男だ。
一瞬、足が止まる。
だが今は、相手をしている場合ではない。
ボスエリアへ向けて足を進める。
ちらりと梨々花を見る。
反対の素振りはなく――ただ、目を伏せていた。
そこに、か細い声がかかる。
「……やめてください。まだ終わってませんから」
アリサだ。
声も絶え絶え。
魔導ギア・ルミナスが回復するはしから、追撃のダメージが容赦なく蓄積していく。
物語で聞いた、地獄の亡者の責め苦を連想させた。
「ねえ、リュシアン……」
アリサは青白い顔色で微笑みかけた。
「私、覚えてるよ。初めて会ったとき。
冒険者になって、ダンジョンでいなくなったお姉さんを探すんだって。
絶対に生きてるから。リュシアンが迎えにいかなきゃ。
本当のお姉さんに会えるまで、私が……」
ワンダラーズ――
ダンジョンで発生する行方不明者。
モンスターに襲われたか、あるいは魔に魅入られたか。
その数は年間数件と言われているが。
共通しているのは――
遺体も、遺品も、一片として残らないこと。
ただ忽然と、この世から消える。
……それが、彼の戦う理由か。
だが、リュシアンは震えたまま動けない。
――ここは、誰が何と言おうと俺が踏み込むしかない。
そう決めた瞬間、アリサの瞳が金色に輝いた。
爆ぜるような魔力が、蛇の締め付けを押し返す。
「……大丈夫。私には“力”があるから。
リュシアンは危ないから、離れてて。ね?」
大輪の笑顔――それが、俺の見たアリサの最後の人の姿だった。
毒牙が深々と食い込み、猛毒が流れ込む。
***
リュシアンはただ見つめていた。
理解を拒む顔で、生命を失った“それ”を。
聖魔術師教会の男が、ため息をつく。
「……だから言ったのです。
イタリア政府も軽はずみな真似を。貴重なSSRの暴走を止めるべきでしょうに」
我関せずの物言い。
こいつらにとってはリュシアン以外はどうでもいいのだろう。
俺は奥歯を軋ませたが、ここで口論するのは時間の無駄だ。
せめてリュシアンとマルグリットだけでも救出しなくては。
俺が動くよりも早く、マルグリットが駆け寄り乱暴にリュシアンの肩に手を置いた。
「何やってんだよ! お前! 回復魔法は?」
リュシアンは手にしたルミナスを見る。
先ほどまでアリサを回復していた輝きは収まっていた。
「アリサさん……」
聖杯を落とし、両手で顔を覆う。
マルグリットの緑の瞳に動揺が走る。
だが、震える声を振り絞った。
「泣くな!」
リュシアンの肩にかけた手にぐっと力を込めた。
そして今度は静かに、確かな声で語りかける。
「あたいはお前とアリサと……あの役に立たねえ脳筋に賭けてんだ。
あんだろ? 奥の手が。ここでやらねえで、いつやんだよ!?」
リュシアンの目に微かな光が宿る。
「お前にしかできねえんだ。
“法王”(The Hierophant)の魔眼……精霊に聞いてみるんだ」
マルグリットを見るリュシアンの空色の瞳が揺れる。
「精霊に……?」
マルグリットが頷くと、彼は目を伏せ――ゆっくりと顔を上げる。
微かに黄金の光が灯っていた。
そして、ぽつりと言葉をこぼす。
「精霊よ――
アリサさんのために……何が必要?」
地面に転がる魔導ギア・ルミナスが、呼応するように淡く輝く。
ローブの男が、それまでの冷静さをかなぐり捨てて声を荒げる。
「いけません! 神器を差し出すなど!!
それは人一人の命では釣り合わぬ価値のものです!」
マルグリットが、ピシャリとその言葉を遮る。
「そいつを決めるのは、リュシアンと精霊。
それが法王の誓約。人の身が口出ししてんじゃねえよ」
そして、あえて軽口を叩きながら肩をすくめる。
「対価はあたいの命だとか言われたら、どうしょうかとヒヤヒヤしたぜ。
……ルミナスが惜しいかい?」
リュシアンはかすかに微笑み、地に落ちた聖杯を拾い上げる。
両手で包み込み、祈るように高く掲げた。
「――精霊よ。お願い」
その言葉を最後に、最上位の魔導ギア・ルミナスは光の粒となって砕け散る。
眩い閃光が一瞬だけ森を満たし――やがて静寂。
そして、アリサの“抜け殻”が、微かに震えた。
***
あれは、“精霊の特典”か。
俺の人狼化と同じく、精霊エネルギー体への転生。
それが、アリサにも起きていた。
土気色の顔に見る間に赤みが差し、艶が戻っていく。
そして、俺がこれまで感じたことのない膨大な魔力。それがアリサから発せられていた。
ゲンさんの話では、SSRの場合の特典は“亜精霊化”――。
見た目こそ変わらないが、アリサは現在このダンジョンにおいて精霊に次ぐ高次元の存在だ。
毒蛇に締め上げられたアリサの瞳が、うっすらと開く。
「……あれ?」
一瞬、不思議そうに瞬きをする。
だがすぐに記憶が戻ったのか、毒蛇を睨みつけた。
先ほどまで骨を砕いていた締め付けなど、意にも介していない。
「はあ……けっこう痛かったんですよねー」
次の瞬間――高密度の風魔法が展開。
毒蛇の巨体を輪切りにして拘束を解いた。
――アリサの得意能力は攻撃魔法ではない。
だが、それでもこの威力。
いつの間にか、俺の隣に並んでいた日本の三人が、一斉に息を呑んでいた。
「あれが特典……SSRのその先……」
梨々花は呟くだけで、声が続かない。
目の前の魔力に圧倒されていた。
俺たちが見守る中、アリサはリュシアンとマルグリットに向けて、にこりと笑う。
「なんだか変な感じだけど、復活しちゃいました」
そして、ロンギヌスを拾い上げ――静かに目を閉じた。
次に目を開いたとき。
彼女の魔眼から放たれる光が、第二層全域を照らす。
魔力がオーラとなる。
血が逆流するほどの昂りが、その場の全員の魂を鼓舞していた。
もはや単純なバフと呼べる代物ではない。
今ならダンジョン深層のボスとも、ソロで渡り合えるかもしれない。
これが力の魔眼の完全解放――
やはりSSRは一人一人が国家戦略級だとあらためて実感する。
見ると、ロンギヌスも黄金の輝きを放っていた。
アリサは聖槍を毒蛇に向かってブンと振り抜くと、輝きが粒となり穂先に収束。
光の波動が打ち出され、ボスの巨体はおろかその背後の森もまとめて吹き飛ばした。
あれだけ苦しめていた第二層ボスをあっさり撃破。
「うーん、無双もあんまり楽しくないですねー。
やっぱり、冒険はコツコツやらないと!」
アリサの能天気な声が場違いに響く。
――こうして、欧州SSRチームの挑戦は終わった。




